25話 魔王城、木っ端みじんになる
精鋭部隊の面々は拘束され、竜人族の里にある牢獄へと護送されることになった。
処刑は、人狼族とのいざこざが解決した後に執り行われるらしい。
竜人族の兵士たちは、仲間のうちから裏切り者が出た事実に、かなり動揺していた。
皆、意気消沈して、不安そうな顔をしている。
正直、居心地が悪い。
とはいえ、こんな雰囲気になるのも当然か。
裏切り者が出たことだけじゃない。
火薬を巡る人狼との問題は、まだまったく解決していないのだから、どうしたって重苦しい空気になるだろう。
しかも精鋭部隊に属する優秀な兵たちが、まとめて二十人捕えられてしまったのだ。
人狼たちのほうはまだ戦をするつもりで、陣をかまえたままだというのに。
これからいったいどうすればいいのか。
竜人族の兵士たちの間には、戸惑いの沈黙が漂っていた。
『情けねえ。俺が不甲斐ないばかりに……』
兵士たちの様子を眺めて、族長がぽつりと漏らす。
『まあ、仕方ないよ。失った信頼は取り戻せばいいんじゃない?』
『簡単に言ってくれるな』
苦笑が返ってくる。
族長自身、それ以外方法がないことは百も承知なのだろう。
そういえば族長の傷は、本陣と合流してすぐ、回復士によって治療が行われたのだった。
治療の前に、『俺の傷が回復したら、再びお前に挑んでくるかもしれないのに、回復させていいのか?』なんて尋ねられ、僕はちょっと笑ってしまった。
そんなふうに律儀に尋ねるような相手が、回復させた途端襲い掛かってくる確率は相当低いよ。
もちろんゼロってわけじゃないけど、その時にはまた対処するから裏切られたって問題ない。
僕は族長をほとんど疑っていなかったものの、『もしまた戦闘をしかけられても、倒すだけだしね』と返しておいた。
『せめて火薬をどうにかできればな……。万が一、人狼どもが火薬を手に入れると大変なことになる』
『族長、今も火薬を手にしたいって思ってる?』
そう問いかけると、族長は黙って首を横に振った。
『どちらかが火薬を手に入れてしまえば、せっかく守られてきた均衡が崩れてしまう。いっそのこと、火薬などなければ……』
深いため息が族長の口から零れる。
その横顔を見守りながら、僕は珍しくおせっかいを焼きたい気持ちになっていた。
この気持ちがいい男に再び手を貸すのも悪くはない。
『すまん。こんな弱音を聞かせちまって。俺がここでグダグダ抜かそうが、火薬が存在している事実はどうにもならないってのに』
『そうかな? 火薬、なくしちゃえばいいんじゃない?』
『んだと?』
『火薬なんかなければいい。族長さんの言うとおりだよ。僕だったらその道を選ぶ』
『んなこと言ったって、どうすれば……』
『僕に考えがあるよ』
『な!?』
族長が信じられないものを見るというような顔で、僕をまじまじと眺めてきた。
珍獣みたいな扱いはやめて欲しい。
ようするに戦をせず、火薬だけなくしてしまえばいいのだ。
そのぐらいなら容易いよ。
◇◇◇
――数時間後。
いま僕は族長とともに、魔王城の右手に設置された陣の近くにいる。
ここは最前線。
魔王城の左手側には、人狼族の陣営が目視できる。
ちなみにクラリス姫たちは、本陣で待機してもらっている。
『さて……』
僕たちが近づけるのはここまで。
いっぽう人狼族のほうも、城を挟んで反対側、似たようなギリギリの位置に斥候を置いている。
『小僧、これからどうする気だ?』
『この場から遠隔魔法を使って、火薬を爆破させちゃうよ。魔王城ごとね』
族長はぽかんとしたあと、慌てたように言った。
『いくらなんでも距離が遠すぎるだろう! それに場所もわからん火薬庫にどうやって当てるんだ!? 的確に狙い打つなんて不可能だ!』
『そんなことはないよ』
僕は本陣でもらっていた魔王城の見取り図を取り出した。
『火薬庫の位置は、多分ここだよ』
『なぜわかる?』
『湿気が少なくて、万が一のときに爆発しても城が守られる場所という条件が必要だからね。ここしかないよ』
『なるほどな……。ただ場所がわかっても、ここから魔法で狙うなんて無理だろ。届くわけがない』
『なんで?』
僕が首をかしげると、族長は顔を引きつらせた。
『なんでって……。まさか、おまえには可能なのか?』
僕は頷いてから、族長に問いかけた。
『それで? 火薬、吹き飛ばしちゃってもいいの?』
『頼めるのであれば。不要な争いを招くくらいなら、新たな力などないほうがいい』
『わかった。じゃあ任せておいて』
念のため探索魔法で城内の様子を確認する。
よかった、生き物の気配は一切ないな。
『ねえ、族長。ちゃんと人狼たちに見えるかな?』
『ああ。陣を設けているのは丘の上だ。あそこからは、魔王城を一望できる』
いよいよ計画を実行するときがきた。
僕は族長に対し、僕の言ったとおり叫んでくれるよう頼んだ。
『さあ族長、いくよ! 人狼族の陣まで聞こえるよう、大きな声でね!』
『あ、ああ……』
『せーの!』
『人狼族よ! 魔王城を見るがいい! 禍の種は竜人族の長である俺が吹き飛ばしてみせようッ!!』
辺りの山々に族長の声がこだまする。
遠目から見ても、人狼族の陣に動揺が広がっていくのを感じ取れた。
次は僕の番だ。
僕はタイミングを見計らって火魔法を放った。
稲妻みたいな火花が宙を走り、魔王城めがけて飛んでゆく。
まるで流れ星みたいに。
前世から、魔法のコントロールには自信があった。
うん、狙ったとおりだ。
僕の放った火魔法は、火薬庫だと当たりをつけた場所に命中した。
一瞬間を置いて、何重もの爆発音が響き渡った。
火魔法が城に当たったぐらいで、あんな轟音はしない。
よし。ちゃんと火薬に着火できたな。
安心する僕の目の前で、爆発によって湧き上がった炎が、魔王城を覆い尽くしていった。
これで災厄の種は消滅した。
思ったよりあっけなかったな。
『小僧! おまえというやつは、どこまで底が知れぬのだ! これだけの距離があるというのに。それもたった一発で命中させたのか!?』
『せっかくだし、もっとハラハラさせたほうが楽しかった? 最初はわざと外して『残り二発しか撃てない……!』とかってね』
『奇跡のような技を見せておいて、軽口を叩くとは……』
さあ、あとは人狼族の出方次第だ。
僕と族長は、そのまましばらく待った。
静かな時間が過ぎていく。
それからしばらくして、火薬の爆発した硫黄の臭いがこの辺りまで漂いはじめた。
そろそろかな。
探知魔法を発動させて確認する。
ああ、やっぱり。
読みどおり、人狼族が拠点から撤退していくのが見て取れた。
『いまのでちゃんと諦めてくれたみたいだよ』
『……! わかるのか?』
『うん。人狼族は下山をはじめている』
『……っ。そうか……』
族長は安堵したように、深い溜め息をついた。
ここに来て初めて見せた族長の穏やかな表情を前に、僕は心の中で思った。
戦にならずに済んで良かったね、族長。