24話 吹っ飛ばす
「ぞ……族長! ち、違うのです、これは!」
「何が違うんだ? この紋様、言い逃れはできんぞ」
「これは……っ。し、しかし犯人はどう考えてもヴァンパイアだと、族長も仰っていたではないですか!」
「もし本当にヴァンパイアの仕業なら、お前たちは様子がおかしくなった俺に対してもっと違った対応をしていたはずだ。そうやってヴァンパイアに罪を着せようとしたんだろう。手の込んだことをしやがって」
「私たちがなんのために族長を裏切ると!?」
「戦争をしたかったんだろう? 人狼と」
「……っ」
「今、このタイミングで俺に暗示魔法をかけ直そうとした。それがなによりの証拠だ」
側近をはじめとする精鋭部隊の面々は、言い返せず押し黙った。
「本陣と合流する前に、おまえらは再び洗脳しにくると踏んでいた。本陣に状況が伝達され、撤退が始まったあとに俺をおかしくしても時間の無駄だからな」
「……ま、待ってください族長! これにはわけが……!」
「見苦しく言い訳をするのはやめろ」
族長は失望の滲んだ声で、静かに言い放った。
「我ら竜人族の間でもっとも重い罪はなんだかわかっているな? ――裏切りだ。その罪を犯したものがどうなるのかも、承知の上だろうな」
「……!」
裏切った者がどうなるか。
族長がはっきりと口にしたわけではない。
ただその場に走った緊迫感と、精鋭部隊たちの青ざめた顔を見れば予想はつく。
……処刑されるんだね。
族長の気持ちを考えると、こちらも辛い。
でも種族の長を暗示にかけ、操って、あろうことか戦を起こそうと企んだ。
そんな者たちを生かしておけるわけもない。
上に立つ者の辛いところだな。
集団を護るためには、時には無情な判断を下す必要もあるのだ。
「聞いてください、族長! たしかに俺たちは族長に暗示をかけました。理由も族長が話した通りです。だがそれはすべて竜人族のためを思ってしたことなんですッ!」
「ほう? 例えば?」
「いつまでも人狼やヴァンパイアにナメられていては、竜人の誇りにかかわるでしょう!? とくに魔王が消滅した今こそ、我らが名を上げるチャンスなんですよ! 族長、これはあなたのためを想ってしたことなのですっ!」
「俺のため? 俺のためであれば、俺を洗脳して無様な姿にするわけもない。お前ら自身の醜い願望のためだろう」
いよいよ言い訳の言葉が出尽くしたようだ。
天幕の中に沈黙が訪れる。
「話は終わりだ。来い」
族長がゆっくりと立ち上がる。
手入れしたばかりの大剣は、鞘に戻されることなくごつい指に握られたままだ。
この場で刑に処す気なのか。
僕がそう察するのと同じタイミングで、不意に精鋭部隊の竜人たちが雄叫びに近い声を上げた。
「し、死ねええええええええええええええええッッ!!」
ああ、まったく。
死なばもろともってやつか。
族長はとっさに大剣を構えたが、体中に痛みが走ったのだろう。
低いうなり声をあげて、舌打ちをした。
ボロボロの族長に向かって、精鋭部隊の面々が容赦なく襲い掛かっていく。
殺らせはしない。
僕は幟の後ろから手をかざして、風魔法を放った。
精鋭部隊の男たちは、強烈な突風に巻き上げられて、天幕の外まで吹き飛ばされた。
騒ぎを聞きつけて、すぐに兵士たちが集まってくる。
これでもう精鋭部隊たちは、なんの手出しもできない。
『いまの風は……小僧の仕業か』
族長はひそかにそう呟くと、いまだ幟の後ろに隠れている僕の方を振り返った。
『おい……。俺の一族の精鋭部隊だぞ? それをいとも容易く吹き飛ばすとは……』
げげっ。
僕に話しかけたらだめだってば……!
ひょこっと顔を出した僕は、人差し指を口に当ててしーっと囁いた。
今のだって、僕の魔法じゃなく、族長が殴り飛ばしたことにしてもらわないと困るのだ。
意図が通じたらしく、族長はぐむっと唸って、頭をかいた。
『……ったく、この分だと俺との戦いでも、大方手加減してたんだろうな。くそっ。化け物みたいなガキと出会っちまったもんだ』
おいおい、化け物って……。
幼気な子供を捕まえて、ずいぶんな言い草だなあ。
僕はそんなことを思いながら、軽く肩を竦めたのだった。