22話 犯人探し後編
『芝居をうつことで、犯人を罠にかける。自白に近い供述を引き出せれば僕らの勝ちだ。族長さんも僕の言葉だけじゃ信用できないでしょ。誰が暗示魔法をかけたのか、明確な証拠が欲しいよね』
『おまえは本当に犯人の目星がついているのか?』
『まあね』
これまでの状況が、答えを教えてくれている。
ただ族長がその犯人像を信じるには、まだピースが足りないのだ。
『おまえはどうやって犯人を割り出したんだ?』
『順序立てて考えていっただけだよ。竜人族と人狼族の間で戦が起きればいいと望んでいる者が、必然的に犯人候補として浮上するよね』
『まあな』
『ほら。わかりやすいでしょ?』
族長は眉根を寄せて、重いため息を吐いた。
今回の状況に一番詳しいのは、他でもない族長のはずなのに、もしかして気づいていない?
『おい、俺でも理解できるように説明してくれ。つまりどういうことだ?』
『え? いまので犯人絞れなかった?』
『できるかーっ!』
おかしいな。
状況、利害関係、各種族の歴史、それらをふまえれば結論を導き出すのは容易いはずなのに。
『じゃあ、ちょっと長くなるけど説明するね』
『そうしてくれ』
僕は地面にしゃがみこみ、木の枝でがりがりと図を書いた。
『竜人族と人狼族の間で戦が起きることを望む理由。まず最初に思いつくのは、戦によって得られる利益だ』
『まあな。戦は利益のためにするものだ』
『今回の戦いに限定したら、戦をすることでどんな利益を得られるかな?』
族長はふんと鼻を鳴らした。
『火薬だろう』
『そのとおり』
人狼と竜人、両者が弱点とする火。
その火を使って、強力な武器を作りだせる火薬。
手に入れれば、二大勢力の均衡を崩すほどの力となる。
そんなふうに火薬が与える利益は計り知れない。
『戦をして、火薬という利益を得たいのは人狼どもだ! 俺に暗示をかけたのは、やはり人狼か!』
僕は首を横に振った。
『ううん、違う。むしろ人狼たちは候補から外される』
僕は地面に書いた人狼の名前に線を引く。
当然、族長は納得がいかず、鼻を鳴らした。
『俺を陥れるとしたら、火薬を巡って争っているあいつらじゃないのか』
『でもそれだと、戦を有利に導く火薬を手に入れるために、戦を仕掛けたってことになるよ。火薬が欲しいなら、普通は戦以外の手段を考えるはずだ。だって人狼は、火薬を手に入れたあとで戦をしたいはずでしょ?』
『あいつら人狼族だって、俺たち竜人族と一緒で、自分たちの腕っぷしを自慢にしている。得意とする手段で、火薬を得ようと考えただけじゃないか?』
一見筋が通っている意見かもしれない。
でも、違う。
『それにしたって、族長を洗脳して臨戦態勢にするのはおかしいよ。敵にやる気を出させて何の得があるの? 戦う意思がない敵を、いきなり襲う方が絶対にいいでしょ』
『む……』
族長は押し黙った。
どうやら、一理あると思ってくれたらしい。
『となると俺に暗示魔法をかけたことは、火薬を望むことと繋がっていないのか?』
『ご名答』
『だが火薬以外、今回の戦で得られる利益はこれといって浮かばんぞ……』
『利益が目的で、戦を起こしたかったわけじゃないとしたら?』
『何?』
『暗示魔法をかけてまで火薬を求めさせたのは、戦を起こしたかったからだ。その戦を起こすこと自体が目的だったんじゃないかな? 人狼族と竜人族の間で、戦を起こしたがってる者に心当たりはない?』
族長はハッとしたように口にした。
『ヴァンパイアだ! あいつら、俺たちの利権をいつも横から狙ってやがる。今回もそのつもりで、俺たちを潰し合わせようとしたんじゃねえか!?』
『有り得るね。相打ちを仕掛けて共倒れしたところで、美味しいものを掻っ攫っていく』
『くそ……!! 卑怯者の吸血鬼どもめ!!』
『――とまあ、それならよかったんだけどね』
『あ?』
僕は吸血鬼の名前にも斜線を引いた。
『僕も最初はヴァンパイアかなと思った。でもいくつか引っかかる点があったんだ』
初対面の僕が見ても、明らかに様子がおかしかった族長。
その場で確認したところ部下たちもそれに気づいていた。
なのに彼らは何も対処していなかった。
『どうして族長さんの仲間たちは、族長さんの洗脳に気づかなかったの?』
『それは……』
彼らは族長とずっとともにいたはずだ。
何度も違和感を覚えたはず。
なのに誰も指摘しなかったのか。
『もしかすると、俺が恐ろしかったんじゃねえか。自分が威圧的な長だという自覚はある。そうやって下のもんをまとめてきた。だからあいつらも何をされるかわからないと怯えて、おかしいと思っても言い出せなかったんだろうよ』
『族長さんは確かに怖そうだけど。それでも聞く耳を持たない独裁者というタイプじゃないよね? いままではどうだった?』
族長がハッと目を見開く。
『側近たちは……俺が間違っていると感じたとき、殴られる覚悟で進言してくれたこともあった』
なら、側近が怯えて意見できないということは考えづらい。
竜人たちが全員そんなにポンコツだったら、いくら戦闘能力が高いって言ったって、ここまで種族が繁栄しなかったと思う。
とくに人狼はキレ者が多い。
『誰一人族長の暗示魔法に気づかないほど竜人が愚かなら、すぐに侵略されてたんじゃないかな?』
『聞き捨てならねえなあ。精鋭部隊にはちゃんと頭脳派だっている。竜人は戦闘ばかりの民族じゃねえぞ』
『へえ』
族長から得られた新しい情報は僕を喜ばせた。
『じゃあ何でその人たちは気づかなかったの』
『ぐ……』
『それとも気づいているのに、知らないふりをしてたのかな?』
族長が押し黙る。
僕は、人狼と吸血鬼に斜線を引いた地面に、名前を追加した。
新たな犯人候補、それは――。
『戦を求める理由は、利益を求めることだけじゃない。たとえば嫌いな種族を消滅させたいという願望も、動機としては十分ありえるものだ』
『……何が言いたい』
『今まではどんなに人狼族を潰したいと思っても手出しできなかった。だけどここにきて、火薬を巡る対立という恰好の動機が見つかった』
これは千載一遇のチャンスだ。
『僕がなにを言いたいか、族長ももうわかってるよね』
族長の放つ空気に殺気が混ざる。
彼の目は怒りに燃えたまま、地面に追加された名前を見つめている。
まだ斜線のついていないその犯人候補者は、――竜人族。
『おい。俺の種族を侮辱するな。許さねえぞ』
低い声でそう言い放った族長は、必死に腕を伸ばして、地面に落ちている大剣を掴んだ。
体はボロボロなままなのに、怒りが族長をつき動かしているのだ。
怒る気持ちはわかる。
僕は諭すように言葉を続けた。
『侮辱してるわけじゃないから落ち着いて。族長なら、種族全体を護るためにどうすべきかを考えないと』
もし本当に裏切り者がいて、戦を起こすよう仕向けていたのなら?
信頼だの仲間意識だのを理由に目を逸らした問題が、やがて種族を滅ぼすことに繋がる。
『種族全体のために……』
族長は葛藤を抱え込むかのように黙り込んだ。
種族全体の未来を想う気持ちと、仲間を疑いたくない感情が拮抗しているのだろう。
それでも乗り越えてもらわないとならない。
彼は族長なのだから。
僕が黙って見守っていると、族長は瞳を揺らしながら顔を上げた。
『……だが、あいつらは俺の部下だ』
『ならなおさら僕に協力してほしい。族長に芝居をしてもらうことで、答えは出るんだ』
族長は怒りを逃すように、深く大きな溜め息をついた。
『弁が立つガキだ。もしおまえに何か別の思惑があって、俺を騙そうと考えているなら、俺はまんまと罠に嵌るだろうな』
『まあ、それが出来る自信はあるけど。でもやらないよ』
求めてるのは平穏だからね。
族長は渋々こう言った。
『わかった。お前の案に乗ろう。俺はどうすればいい?』
『ありがとう。族長。感謝するよ』
僕は地面に新しい文字を書き始めた。