21話 犯人探し前編
族長は大の字になって倒れたまま、荒々しく息をついている。
『ぐぅ……っ……。はぁ……はぁ……』
『族長さん、大丈夫? 起きられる?』
手を差し伸べて問いかける。
そんな僕に向かい、族長が自嘲するように笑う。
『ふん、体中が痺れてやがる』
『ごめんね。族長さん、結構強いから。今の僕じゃ加減して勝つっていうのは難しかったんだ。本当は立っていられる程度に傷つけたかったんだけどね』
目だけがギロリと動いて、僕のことを見てきた。
腹の内を探るような、そんな視線を一身に浴びる。
『おまえ、いったい何者なんだ。くそっ。ただのガキじゃねえだろ……』
ちょっと悔しそうな言い方だ。
感情を隠しもしない素直な族長にたいして、なんとなく親近感がわいてきた。
『ただの子供に負けたって事実は、受け入れられない?』
族長の鋭かった眼差しが、まん丸になる。
そんな切り返しを受けるとは思っていなかったのだろう。
直後、彼は『ぶはははははっ!』と声を上げて笑いはじめた。
『っと痛ぅ……大笑いすると体に響きやがる……』
『そりゃあそうだよ。全身打ち身なんだし、そのままだと十日はまともに戦えないと思う』
『おいおい、十日も寝込んでたら人狼に攻め込まれちまうぜ……』
『治してあげてもいいよ』
僕が不敵に笑ってみせると、竜人は驚いたような顔をした。
『なに?』
『回復してあげてもいい。ただし、条件次第だけど。場合によっては回復しないどころか、あなたをこのまま拘束することも考えてる』
『……ふ』
脅迫されているというのに、竜人は面白そうに口元を歪めた。
『……ったく、恐ろしいガキだぜ。この結末もどうせおまえの考えどおりなんだろうよ。力加減が難しかったって話も疑わしいぜ』
『えー? そんなことないよお?』
僕はやる気のない演技で聞き流した。
本気でごまかす気はなかった。
どうせ族長は、もう僕のことを無邪気な子供とは思っていないみたいだし。
『勘違いすんじゃねえぞ。ただのガキに負けるなんてありえねえだとか、余計なことをぐだぐだ言うつもりは端からねえんだ。圧倒的な力の差だった。ひっくり返ってぶっ倒れてる時点で、俺の完敗だ……』
なかなか気持ちのいい男だな。
格下の相手の、それも子供に対して負けを認められるなんて。
『それに俺は何者かの手で暗示魔法をかけられてたんだろ……? 情けねえ……。族長失格だ……』
青空を見つめたまま、族長が呆然とした口調で呟く。
暗示魔法をかけられたうえ、僕に負けたせいで自信を喪失してしまったのかもしれない。
やむをえなかったとはいえ、ちょっと罪悪感を抱く。
でも僕は彼がリーダーに相応しくないとは思っていない。
暗示魔法には、素直で単純な人間ほどかかりやすい。
僕なんか、前世で何度も実験してみたけれど、一度も暗示にかかれなかった。
そういうタイプは、本当の意味で人から信頼されることがない。
逆にこの族長のように真っ直ぐな気質は、一族を引っ張っていく立場に適している。
『まあ、元気出してよ。犯人を見つけて挽回すればいいんだし。というわけで暗示魔法をかけた犯人、疑わしいって思う人はいる?』
『いや……。正直まったく思い当たらん……。いったい、いつかけられたのかさえ見当がつかねえな……』
暗示魔法は不意打ちでかけられるものだしね。
族長のように強い者でも、四六時中周囲を警戒をしているわけではない。
戦闘中ならともかく、日常生活の中では気を許す場面もあるだろう。
そのタイミングで暗示魔法をかけることは、わりと容易い。
もっとも暗示魔法はかなり高等な技術を要するから、使える人間は限られている。
だから、そんなに頻繁に危険にさらされるものでもないんだけど。
『そもそも暗示魔法をかけた動機だって、想像がつかねえぜ』
動機は予想がついている。
ただ族長は嘘がつけるタイプとは思えないし、いまはまだ伏せておくつもりだ。
『族長さん。僕に協力してくれる気ある?』
『協力? は。そうすれば回復してくれるってのか?』
『それだけじゃない。この一件を解決してあげるよ』
『な、なんだって……!?』
だってこのゴタゴタを解決しないと、色々と面倒そうだからね。
人狼族と竜人族の争いは、人間界、ひいては僕の平穏な暮らしにまで影響する。
煩わしさの萌芽を感じてしまった以上、見過ごすことはできない。
『ど……どういうことだ? 解決できるって……本当に?』
『うん』
『くそっ。何でもないことのように言いやがって……。ただのガキではないと思っていたが、本当にどうなってやがる』
『ただの子供だよ。でも解決方法を閃いちゃったんだ。僕はそれを族長さんに教える。族長さんはその代わりに――』
『代わりに?』
『この一件、僕じゃなくて族長さんが解決したことにして欲しいんだ』
『なんだって!?』
族長は訳が分からないと言う顔をしている。
『一体なんのためにそんなことを望む?』
『単純な理由だよ。僕は人からただの子供だって思われていたいんだ。族長さんの前では戦っちゃったけど、そういうのも基本的にはやりたくない。だって――』
その理由はいたってシンプルだ。
僕は族長の目を見上げてにこっと笑った。
『厄介ごとに煩わされたくないからね!』
族長は唖然として口を開けたまま、しぱしぱと瞬きを繰り返した。
『ぶっ……はははは!! 力があることを誇らないどころか、隠したいとはな!』
『笑いごとじゃないよ。本当は族長さんとも戦いたくなかったんだからね』
理性を失った族長が相手だと、クラリス姫では勝てないから、仕方なく力を晒すことになった。
僕からしたら、結構な迷惑を被ったといえる。
『巻き込まれた僕、かわいそうでしょ』
『むう。それは謝るぜ』
族長が体を庇いつつ、ゆっくりと起き上がる。
『もうひとつ尋ねたい。なぜ俺に協力する気になった?』
『それは犯人の動機が理由だよ。でもその点に関しては確信があるわけじゃないから、犯人の口から聞いて欲しい』
『ふん……』
『もし犯人の動機が僕の予想した通りのものだったら、その場合、人間である僕たちにも被害が及ぶんだ』
そんなことになったら最悪だ。
僕の望む人生を得られなくなってしまう。
『面倒ごとの種は、早いうちに潰しておかなきゃ。ね?』
『……っ』
おっと、いけない。
つい殺気が漏れちゃったかな。
僕の言葉に、族長はごくりと喉を鳴らした。
『それでどう? 族長としての責務、果たしてくれる?』
『ああ。当然だ』
族長は緊張を誤魔化すように大きく息をついたあと、ひらひらと手を振ってこたえた。
『俺はおまえに負けた。おまえが協力を願うなら、どんなことにでも手を貸す。命じられたのなら、どんなことにでも従う。覇者にはその権利がある』
『その考え方はどうかな。だけど今は都合良く利用させてもらうよ』
僕は族長の隣に座り込むと、ひそひそと囁いた。
近くに誰もいないのはわかっている。
でも念のため。
これからとても重要な種を仕込むんだから、気を抜いてはいられない。
『犯人の目星はついているけれど、まだ断定はできない。だから一芝居うってもらえる?』
『芝居を打つ? どういうことだ』
『決定的な発言を引き出したいんだ。族長さんには犯人を追いつめる役を任せたい。どう? 楽しそうじゃない?』
『楽しそうって、おまえ……。とにかく詳しく聞かせてくれ』
『うん。もちろん』