2話 ステータスの数字が異常すぎる
屋敷の周囲に広がる森。
パジャマにガウンを羽織っただけの格好で、その入口に辿り着いた僕は、早速適当なモンスターを発見した。
透明な体でぽよぽよと跳ねている物体。
幼児のデビュー戦に最適な弱小モンスター、赤スライムだ。
経験値は期待できなくても、6歳の体で倒すにはお誂え向きだろう。
そんなことを考えていると、ぽよんと跳ねて、赤スライムが飛びかかってきた。
右に飛び退って、うまく避ける。
前世で得た知識があるから、赤スライムの特性はわかっている。
使う攻撃は、体当たりと弱火魔法だけ。
弱点はぶよぶよの体の真ん中にある核だ。
尖った武器を上から刺して核を貫けば、一発で弾け飛ぶ。
赤スライムから習得できる魔法は、火魔法と探知魔法の2種類。
習得確率は高い方なので、期待しよう。
火魔法を放たれては厄介だから、今度はこちらから攻撃を仕掛ける。
僕は、道中で拾っておいた尖った石を、赤スライムめがけて思いっきりふりかぶった。
ぶじゅっ!
核に突き刺さる手応えを感じた。
赤スライムは狙い通り、音を立てて弾け飛んだ。
赤スライムが消滅するのと同時に、地面にコロンと落ちた朱色のかたまり。
宝石のようなそれを見て、「おっ」と思う。
「スライムコアだ。ついてるな」
スライムを倒すとごく希にドロップするレア素材だ。
万能目薬の材料に使えるため、薬屋だったらそこそこの値で買い取ってくれる。
お小遣いの足しにしようと、僕はスライムコアをガウンのポケットに入れた。
さて、次はステータスの確認だ。
今ので、魔法を習得できただろうか?
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名前:エディ
レベル1
職業:賢者
体力:10
魔力量:30
魔法:火魔法(弱)、探知魔法
攻撃力:3
魔法能力値:119585(転生ボーナス)
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「よし。魔法は習得できてる。火魔法と探知魔法、両方取れたんだ」
どちらも超初級にして、ささやかな魔法だ。
この世界で魔法が使える人間なら、ほぼ誰もが持っている。
火魔法。
これは汎用的な魔法なので、持ち主のレベルに威力が依存する。
レベル1の僕では、せいぜい飴玉ほどの火を放てるぐらいだろう。
探知魔法。
こっちは、自分の周辺にある生物の気配を察知できる魔法だ。
周囲に敵がいないかどうかを探ったり、真っ暗なダンジョンに入ったときなどに、目の代わりとして役立てたりもできる。
目のないスライムたちは、この魔法を使って獲物を探しているのだ。
「ん……?」
魔法の部分にだけ注目していた僕は、不意に違和感を覚えた。
レベルが上がるわけはないから、つい無関心だったのだけれど。
習得した魔法よりも、その下の部分がおかしい。
「……え?」
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魔法能力値:119585(転生ボーナス)
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「なんだ、これ……。『魔法能力値:119585』って……。この数字、前世の僕以上だ……」
いくらなんでもそれはおかしい。
だって僕はいま、レベル1なのだから。
こんな数字になるわけがない。
「それに転生ボーナスって……?」
もう一度、ステータスを開示し直してみようとしたとき……。
「きゃああああっ……!」
森の奥から、若い女の人の悲鳴が聞こえてきた。
「今の声は……。あの禁じられた森の中に、人がいる……?」
目前に広がる森。
この緑の奥には、特殊な結界が張られている。
『禁断の森』
僕の家系、ラドクリフ辺境伯家は代々、この森の結界を守ってきた。
結界の中には、凶悪な魔物が無数に閉じ込められている。
そのため領民たちは、何があってもこの森の奥には入っていかない。
「もしかして余所者が迷いこんじゃったのかな」
ステータスのことは後回しだ。まずは……。
僕は習得したばかりの探知魔法を使った。
レベル1だから詳細には調べられないだろうし、探知範囲も10メートルほどだろう。
それでも悲鳴が聞こえるほど近い距離だから、なんとかなるはずだ。
そう思って発動した直後。
僕はぎょっとして息を呑んだ。
「これは……」
あまりにも、細かく解析されすぎている。
通常の探知魔法で取得可能な情報は、せいぜいどこの場所に生物がいるかという程度。
辺りのぼんやりした地図に、生命体の反応が白く光るだけのはずだ。
だけど僕の前に見えているのは、この辺りの詳細な地形。
そして、ここから数十メートル先に、魔物と人間がいること。
それだけじゃない。
白い光の周辺には、魔物の種類を記した文字が浮かび上がっている。
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キングオーク
オーク オーク
オーク
オーク オーク
オーク オーク
人間(女)
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探知魔法を使って、これほど詳細な情報を手に入れられる人間を僕は一人しか知らない。
それは、前世の僕だ。
「はは、信じられないな……。レベル1しかない6歳の子供が、魔王を倒したレベル99の賢者と、同じ精度の魔法を使えたって?」
わけがわからなくて混乱する。
でも、いまはそれどころではない。
オークたちの反応が、人間の女と記されている光に接近していくのが見えて、僕は額を押さえた。
「襲われているよね、これ……」
さてここで、6歳の幼気な少年として僕が取るべき正しい行動は、家に引き返して父を呼んでくることだ。
父は強力な魔法の使い手であり、オークくらいどうにかしてくれるだろう。
だけどそれじゃあ間に合わない。
かといって、この場にいる僕が使えるのは、探知魔法と微弱な火魔法だけ。
火魔法に至っては、まだ試してすらいない。
「――いや。火魔法が使えれば、オークたちを攪乱することはできる」
仕方がない。
今回の人生では、自分のためだけに魔法を使うと決めていたけれど……。
「ここで死なれちゃ寝覚めが悪いもんね」
僕は小さくため息をつくと、禁断の森の結界へ急いだ。