19話 執着の正体を見破る
『ねえねえ、竜人さん』
クラリス姫と族長が話している隙に、こっそり竜人族たちの間に紛れ込む。
族長をここに連れてきた竜人は、僕を見て、ぎょっとしたように体を揺らした。
『なんで人間のガキが俺たちの間にいんだよ!』
『まあまあ、落ち着いて。それより族長さんって、いつもあんな感じなの?』
『あ!? あんなってなんだよ!』
竜人が怒鳴るたび、耳の奥がキーンとなる。
ガラが悪いうえ、怒りっぽいというのが竜人族の性質なのだ。
しかし族長はただ短気なだけじゃない。
僕が気になっているのは、別の点。
時折、目の焦点が合わなくなったり、その際にやたらと興奮する態度のほうだ。
『族長さんさっき、「あれを手に入れる」って言ってたよね。そのときの態度、変だったよ。なんだか周りが見えてない感じでさ』
族長は、違和感を覚えるほどの執念深さを見せていた。
それがどうにも引っかかる。
だから敢えて話題に出して、竜人たちの反応を見てみようと思ったんだけど……。
直前まで威勢のよかった竜人たちは、言葉に詰まってお互いの顔を見合わせた。
その反応だけでも十分答えになっている。
なるほど。
あの族長の態度は、彼らにとっても異様なものだったわけだ。
『偉い人って、あんなに簡単に取り乱さないよね?』
『まあなー……。確かに最近の族長は妙なところがあるな……』
僕の振りに、竜人のひとりが乗ってきた。
やりとりを聞いていた他の竜人たちはぎょっとして、慌ててその男の肩を掴んだ。
『お、おい……。なにガキの口車に乗せられてんだよ』
『だって気にならなかったか? 族長、「あれ」の話題が出ると、ちょっと様子がおかしくなるよな?』
『そ、それは……。魔王が死んで、俺たちを護るのに必死なんだろうよ……』
やっぱりキーとなるのは、『あれ』と呼ばれるものの存在か。
『竜人さんたちは『あれ』が何か知ってるの?』
『それは……ん? おい、坊主。おまえ人間のくせに、なんでそんなに流暢に竜人語を喋れるんだ』
『え!? あ、そっそれは、本で読んだんだ!』
『そのぐらいで人間に俺たちの言語が習得できるわけねえだろ!』
『ははは。何回も繰り返し読んだからかなー』
疑わしいものを見る目で睨まれている。
危ない危ない。
好奇心を感じると、つい子供らしく振る舞うことを忘れてしまいがちだ。
『で、でも女騎士さんも、竜人語がぺらぺらだよ?』
『あの女は語尾がおかしいだろ! それに比べて、おまえの発音はネイティブを疑うぐらいいい。はっ、もしやおまえ……!』
『な、なに?』
『竜人族に育てられた人間のガキなのか!?』
『あははーどうかなー。って、ああっ! そんなことより、族長さんとお姫さまが大事なお話してるよ! ちゃんと聞かなくちゃ!』
これ以上突っ込まれても厄介だ。
僕は強引に竜人たちの関心を逸らした。
『そもそもなぜこのタイミングで、人狼族と戦争を始めようなどと思ったのデスカー? これまではお互いに干渉し合わぬよう協定を結んでいたのデスネ?』
『人狼どものことは、もともと気に入らなかったんだ。ただわざわざ潰し合うのも馬鹿らしかっただけでな。しかし状況が変わった。魔王のやつが突然、『あれ』を残して死んじまったからな!』
『『あれ』とは一体なんなのデース?』
『武器だ。――爆薬だよ』
ああ。
そういうことか。
人狼と竜人は、どちらも火に弱い種族だ。
だからこそ僕は、先ほどの戦いで火魔法を選んだ。
恐らく魔王も、力の強い二種族への牽制材料として、爆薬という武力を保持していたのだろう。
あの魔王には大した部下もついていなかったみたいだし。
足りない兵力を爆薬で補っていたというところかな。
二種族がお互いに干渉してこなかったのは、勢力が対等だったから。
だけど、どちらかが爆薬を手に入れてしまえば、その均衡なんてあっさり崩れる。
戦争をするまでもない。
爆薬を手に入れた方が、事実上の勝者だ。
となると『あれ』と呼んだ爆薬の存在に対し、族長が異様な執着を見せるのも納得できる。
『あれを手に入れるんだ! 俺たちが! 俺たちがーッ!! あの爆薬を手に入れるうッ!! 何が何でもなああああッ!!』
唾をまき散らして絶叫する。
族長の額には青筋が浮かび、見開かれた目は血走っていた。
突然、喚きはじめた族長を前に、姫も竜人たちも息を呑んで固まってしまった。
やれやれ。
執着してるからって、この豹変っぷりの理由にはならないよね。
まるで禁断症状に見舞われた者のような興奮の仕方だし。
やっぱり、これは――。
疑惑が確信に変わる。
顎を引いた僕は、誰にも気づかれないように口元だけに笑みを浮かべた。
ちょっと面白い展開になってきたかも。
なんて考えていることが姫にバレたら、大目玉だ。
なんとか状況を楽しんでいる気持ちを引っ込める。
さてと――。
姫は気づいているようには思えないし、僕だけで対処しようか。
となると、まずは族長とふたりきりにならないとね。
僕は口内でサッと詠唱すると、森の中に風魔法を巻き起こした。
ガサガサと不自然に揺れ動く木々。
それを指さして、怯えた声を上げる。
『わあ! な、なに!?』
「エディ様!?」
自作自演だとも気づかず、クラリス姫がサッと僕を背に庇う。
ごめんね、お姫さま。
心の中で密かに謝罪して、さらに演技を続ける。
『ねえ、あっちの方に何かいたよ! 人狼さんかな……』
僕はその言葉に合わせて、さきほど発生させた風魔法の位置を動かした。
これで生物が移動しているように見えるだろう。
『ほら! 逃げていく!』
『くそ、本当だ! ――族長、追わせてください!』
『ああ、人狼だったら生け捕りにして連れてこい』
『はっ!』
竜人たちは嬉々として手綱を引くと、森の中へ向かっていった。
姫は単純な竜人たちと違い、対処に悩んでいる。
ここに留まるべきか、様子を見に行くべきか。
もし本当に敵が辺りをうろついているのであれば、護衛たちが眠っているこの場所には近づけるわけにはいかない。
でも姫が様子を見に行けば、僕がここで敵とふたりきりになってしまうもんね。
「見てきていいよ。僕はここで族長さんと待ってるから」
姫の近くに寄り添った僕は、声を落とした人間語でヒソヒソと囁きかけた。
「そんな……。エディ様一人を置いていくなど……」
「その方が助かるんだ」
「え……?」
「僕、族長とふたりで話したいことがあるから」
「……! まさか……今の気配も、エディ様が……?」
僕が無言で笑みを作り、姫が察することができるよう視線で訴えかけた。
想いが届き、姫がごくりと喉を鳴らす。
「分かりました……少しお傍を離れます」
「うん。いってらっしゃい」
ひらひらと手を振って彼女を見送る。
森に分け入る直前、姫が心配そうにこちらを振り返ったので、口の動きだけで「大丈夫。負けないよ」と伝える。
姫はしっかり頷いて、前に向き直った。
そして彼女の姿も森の中に消えた。
これで予定どおり、族長とふたりっきりになれた。
弱い風魔法だって、使い方によっては役に立つものだ。
『ねえ族長さん。僕、少し考えてることがあるんだ』
『ああ?』
『族長さんは一族の皆を護るために、人狼さんと戦いたいんだよね。それで、人狼さんを倒すには、爆薬が必要なんでしょ?』
『そうだって言ってんだろうが! 俺は、爆薬を手に入れるんだ!!』
『だったら僕、いいこと思いついたんだ。一族のみんなを護るのが目的なら、人狼さんが爆薬を手に入れなければそれで済むんだよね』
族長がぴくりと頬を動かす。
『なに……?』
『爆薬が全部なくなっちゃえば、戦う理由もなくなるはずでしょ。だったらあの爆薬、火をつけて消し飛ばしちゃおうよ』
『ああ……!?』
『爆薬がなくなれば一件落着だよ』
『なくなる、だと……? 許さん……許さん!! 許さんぞ!! あの爆薬は俺が手に入れる!! 俺のものにするんだ!!』
『ふうん。種族の安全よりも、爆薬を手に入れる方が族長さんには大事なんだね』
『手に入れる……何が何でも……俺は、俺は』
『犠牲を出して争うより、お互いに放棄するよう話し合うべきなのに。それなら双方に被害が出ないし、族長としては戦うよりもよっぽど重要な手段だと思うけど』
『俺はあれを手に入れるんだああッッ……!』
族長の額にびきびきと浮き上がりはじめた血管に似たもの。
細かい紋様のようなそれは、族長の体に直接刻まれた魔法陣だ。
その魔法陣の隆起が、竜人の脳の辺りまで伸びているのをしっかり確認する。
僕はぺろりと唇を舐めた。
証拠を手に入れたぞ。
『族長さん。やっぱり爆薬を欲するよう、暗示をかけられてるんだね』
『ぐ、がああああああ! あれをぉおお! あれをぉおおお!!』
頭を両手で押さえて、雄叫びをあげる族長には、僕の声が届いていない。
爆薬と聞くと、理性を失う暗示魔法のせいだ。
だとすると、問題は誰がそんな暗示魔法をかけたか。
頭の片隅で犯人を推理しつつ、族長との会話を続ける。
『冷静に話し合うには、あなたに掛かった暗示を解かないとだめみたいだね』
『黙れ! 黙れ黙れ黙れええええええええっ』
『いまなら竜人の下っ端もいないし、護衛も寝てる。――こそこそ誤魔化さずにやれるから楽だよ』
当然、最初からそのつもりで、姫や竜人たちを追い払ったのだ。
『さあ、族長さん。その濁った眼を覚まさせてあげるね』