18話 竜人族の長
待つこと数十分。
竜人の長が、先ほどの竜人や数人の護衛を連れてやってきた。
……おっと。
すごいのが出てきたね。
今まで見たどの竜人よりも圧倒的に体格がいい。
青くきらめく鱗で覆われた皮膚は逞しく、鍛えられた二の腕は丸太のように太かった。
頭部にはえた漆黒の角も雄々しい。
男の中の男という感じが、正直格好よく思えた。
それはそれとして、本当に連れているのは最低限の護衛なのか。
探知魔法を使い周囲の様子を探る。
すぐに結果は出た。
周囲に潜んでいる者などはいない。
やっぱり便利だな、探知魔法。
魔力量の心配さえなければ、もっと頻繁に使えるのに。
馬上にある長は忌々しそうに俺たちを見回した後、チッと舌打ちをして部下を振り返った。
「おい、どうなってんだッ! 人間の女にガキじゃねえか! こんな下等な生き物の、それも非力なメスに負けただとぉ!? どの面下げて俺に『助けてください』なんて言いに現れやがったッ……!!」
「ヒッ……!」
怒鳴りつけられた部下が悲鳴を上げて竦みあがる。
「し、ししししかし族長……! こ、こいつらマジで強いんです……っ」
「うるせえ! 一族の恥さらしどもめ! 仕置きが必要なようだな……」
長の声が一際低くなる。
背中に背負っていた大剣を、長がスルリと引き抜く。
皮膚の表面がざわつくほどの殺気が辺りに漲った。
ここで処刑を行う気か……?
さすがに姫がそれを見過ごすわけもなく――。
『勝手な振る舞いは謹んでクダサーイ』
『なんだと? その口調、てめえふざけてんのか!』
「口調?」と呟いて、姫が小首を傾げる。
本人はいたって真面目なのだからしょうがない。
『いいデースカ。私たちは脅しには屈しマセーン。それに、人狼が所有していた密書は、私の手にアーリマス』
姫の言葉を聞いた瞬間、長はぴくりと眉を動かした。
『あなたたちにとって、重要な情報が書かれたものデース。これを手に入れられなければ、破滅の道を歩むことになりますヨ』
『ふん! そんなもの、お前を殺して奪えばいいだけだろう』
『長年交流の断絶していたあなたがたに、人狼族の言葉で書いてある密書の文字が読めますか? 拠点に翻訳できる者がいたとしても、戻って話を聞いているうちに間に合わなくなりますよ』
姫の指摘が図星だったのだろう。
口惜しそうに長が歯噛みする。
『ふっ……くははははっ! 随分とナメられたものだなあ。俺は侮辱されるのが何より嫌いだ』
長はひとしきり笑うと、真っ向から姫を睨みつけた。
『破滅の道? 上等じゃねえか。人間に手玉に取られるような一族なら、滅んだ方がマシかもなあ』
『ぞ、族長……!』
辺りの空気がピリッと張りつめる。
僕は姫の後ろから、ひょこっと子供らしく顔を覗かせた。
『えー? 竜人さん、どうしてそんな嘘つくの?』
「……何ィ?」
「え、エディ様!」
純粋無垢な少年を装って、ニコニコと竜人を見上げる。
『だって竜人さん、本当は仲間のことすっごく大事にしてるよね?』
『……あぁ?』
この長が短気で荒っぽい性格なのは確かだろう。
しかし振る舞いと、その人物の本質が常にダイレクトに繋がっているわけではない。
『竜人さん、お姫さまに言われたとおり、ちょっとだけの護衛さんとしか来てないでしょ? いまは人狼さんとの戦いがあるかもって危ないときなのに、約束守ったんだよね? それって、ここに倒れてる人たちを助けるためだよね?』
普通、長と呼ばれてる人間が、そこまで無防備な真似などしない。
いまみたいに、仲間が人質みたいにされているとき以外はね。
『竜人さん、お姫様は魔物さんたちと戦いに来たんじゃなくて、みんなの戦いを止めたいんだよ。だから、お話を聞いてあげてよ。――そのほうがお互いのためにもなるんだしね』
「エディ様……」
『……ふん。人間の子供のくせに、俺たちに物怖じせず話しかけてくるか。その度胸は面白い。しかし、それとこれとは話が別だ』
族長は、腰の大剣を抜くと、それをずんっと地面に突き立てた。
姫は一瞬警戒して体を強張らせたものの、すぐに姿勢を正した。長が馬上から降りてきたうえ、その大剣よりも前に歩み出てきたのだ。
『いいだろう。まずは話を聞いてやろう』
『その前にひとつ。これ以降、私どもに危害を加えないでクーダサイ。そしてこの話を聞く以上、人狼族との衝突は避けると約束していただけマスカー?』
『おい、人間。こちらが譲歩してやったにもかかわらず、身の程知らずにもほどがあるぞ!』
『ですが、この情報がなくては種族を護れませんヨ』
『……ふん! 分かった分かった、約束してやろう』
即決なうえ口約束ね。
条件を守る気を全く感じないな
姫も同じことを思ったのだろう。
眉を寄せたまま、黙り込んでいる。
僕は姫に視線で合図を送り、首を横に振ってみせた。
これ以上交渉しても、時間の無駄だ。
『さっさとしろ。俺は気が短いんだ』
姫は懐から密書を取り出すと、僕が指示したとおりの話をした。
『つまり……東西に人狼軍が待機して、俺たちの軍を包囲しているということか』
『正午には攻撃が開始されマース。それでも人狼と竜人の開戦となってしまうでしょう。それを避けるべく、すぐに自軍の元へ引き換えし、北に撤退して下サーイ』
『おい。お前たち、すぐ拠点に引き返すぞ。全軍に指令を出す。人狼を逆に攻め込んでやるとな』
『……そう言い出すのではないかという危惧もありましたが、予想通りデスカー』
『俺たちを疑っていたのなら話は早い。密書が届かなかった以上、動くのは一方の軍勢だけだ。攻めない手はない。ふはは! やつらの裏をかけるぞ!』
『あなたたちが削り合えば、必ずその隙をついてヴァンパイアが動きマース。そうなれば両軍とも――』
『ヴァンパイアなど知らん! 俺はあの忌々しい人狼を滅ぼしてやるんだ!』
『そんな……あなた、長なのでしょう!? 正気デスカ……!?』
竜人の長は目をぎょろつかせ、にたりとわらった。
『それになあ……俺はあの人狼どもをぶったおして、あれを手に入れなきゃならねえんだよ……。あれをなぁあ、ヒヒッ……』
肩を揺らして笑う長の口から、だらりと涎が垂れる。
……なんだ、突然?
様子がおかしいよな……?
『お、長……?』
竜人の部下たちも、困惑気味に長の様子を伺っている。
『そうだ。あ、あああれを手に……手に入れる。あれを手に入れて、俺はこの辺り一帯の支配者になるんだッ! あれが欲しい、あれがぁあ……!」
これはもしかしたら……。
僕はある可能性を疑って、ひそかに目を細めた。
もし考えていることが当たっていたら、姫にこの族長を説得するのは難しくなってくるな。
とにかくもう少し観察して、見極めよう。