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【書籍化】6歳の賢者は日陰の道を歩みたい  作者: 斧名田マニマニ
2章 闇の支配者、誕生
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16話 強化:クラリス姫

 足音がものすごい勢いで近づいてくる。

 探知魔法を使って調べている暇はない。


「エディ様、私の後ろへ!」


 表向き、姫に庇われる形をとりながら、僕はさりげなく身構えた。

 最悪の場合、すぐに魔法を発動できる状態にしいておく。

 その直後、木々の向こうから、音の主たちが姿を現した。


「=================」(ああ? なんで人間がこんなとこにいんだよ)


 紡がれたのは竜人族の言葉だった。

 僕は理解できてる。

 でも姫たちにはわからないだろう。


「ヒッ……! り、竜人……!?」


 馬上から見下ろしてくる魔族を前に、護衛たちが震え上がる。

 敵は10人ほど。

 すべて騎乗しており、慣れた手綱さばきで僕たちを取り囲んだ。


「姫、下がって下さい!」

「いいえ、私も戦います!」


 護衛と姫は、子供の僕を庇うようにして、円形の陣形を組んだ。

 お互いに背中を寄せ合って一か所に固まり、武器を構える。


「=========」(おいおいやめとけって。……ああ、竜人語が通じるわけもねえよなあ)


 ひとりがふんと鼻を鳴らし、別の言語を使い始めた。


「おい。公用魔族語が分かるやつはいねえのか」

「……そ……ソレデハー、私がしゃべりマス」


 姫が応じて、少したどたどしく公用魔族語を話しはじめた。


 でも姫たちにはわからないだろう。


『話が通じてよかったぜ』


 竜人は、顎の下まで鱗に覆われたその顔をにやりと歪めた。

 竜人といえど、立ち姿は人間とそれほど変わらない。

 尖った耳と、全身を覆っているであろう銀の鱗、身長2メートルはある体格に、一振りしただけで周りのものを破壊しそうな尾くらいだ。

 いやー、結構違うかな?

 でも二足歩行をしていて、公用魔族語で会話が成立するんだ。

 大差ないってことでいいだろう。


 ――それにしても、この竜人たち。

 人狼の追手なのだろうが、完全武装状態とはね。

 鱗の上からさらに鎧を着込み、腰には大剣をさげている。

 あの密書に書かれていたことが、いよいよ現実味を帯びてくる。


「人間がここで何をしている? 返答次第によっちゃあ殺すぜ」

「く、クララ様、お逃げください……!」


 クララは姫の偽名だ。

 万が一のとき、王女だと気づかれないよう、事前に決めておいた。


「……落ち着きなさい。この方々は、質問をなさっているだけです」


 姫は深呼吸をして、ことさらゆっくりと言った。


『わたくし共はメイリー国の兵デース。国境付近の視察に来たネン。戦闘を行うつもりはアーリマセン


 ちょっとたどたどしいどころじゃないな。

 通じてるからいいけど。


 今の問題はこの状況のほうだし。

 なぜ魔族が人間の領地にいるのか。

 許可なく踏み込むことは、同盟で固く禁じられている。

 おそらく姫もそのことを追求したいのだろうけれど、この状況下で下手に相手を怒らせたら藪蛇なのはわかっているのだろう。

 今はただ淡々と、こちらに敵意がないことを説明するだけに留めていた。


 でもまだ竜人たちは疑っているように見える。

 もうひと押し必要そうだな。

 頃合いを見て、僕は大きな声を上げた。


「お姉ちゃん、怖いよ……! 今日はここにお散歩に来ただけじゃなかったの……!?」

『……ああ? 子供連れだと?』

『ふん……どうやら、悪さする気じゃなかったってのは本当らしいな。ガキまでいて戦いもなにもないだろう』


 竜人たちは値踏みをするような目で僕たちを見ながらも、一応は納得したようだ。


『ふん。まあいい、どけ、人間。俺たちはそっちの犬コロに用があるんだよ』

『犬コロじゃねえよ、もう死んでんだからな。ボロ雑巾とでも呼んでやれ』

『くははっ、それもそうか』


 最初から僕たちは眼中にないということのようだ。

 こちらを見下している感情を隠そうともしない。


『ほらほら、さっさと走って逃げろ。殺されたくなかったらなあ』

「ひ、ひいい……!」


 護衛たちは震え上がっている。

 言葉は理解できなくても、剣を振るうふりをした粗野な態度で意図を汲んだのだろう。

 竜人は、『敵に回したら最後』と言われている魔族の中でも、最強の部類に位置する種族だ。

 そんな相手に睨まれているのだから、護衛たちの怯えきった態度も致し方ない。


「行きましょう、皆さん。……『竜人の皆様。感謝いたします』」


 姫の行動に、僕は頷いた。

 そうだ。この状況では、何より逃げるのが正解。

 竜人ひとりで人間の一軍を滅ぼすと言われているのに、この人数ではどうにもならないからね。

 今後どうするにしても、いま判断するわけにはいかない。

 ここは一度切り抜けるに限る。


 僕たちが馬に乗ろうとした、そのとき――。


『おい。こいつ、どこにも密書らしきものを持ってないぞ』

『なんだとぉ……?』


 竜人たちが、こちらに声を投げる。


『おい。人間ども。お前ら、こいつの死体に触ったか?』

『……イイエー』

『おかしいな。人間の臭いがするぞ? 犬コロ共ほどじゃなくても、俺たちは、おまえら人間より、よっぽど鼻がいいんだ』

『……傍に寄って、生死を確かめただけデース』

『そのときによお、こいつの懐から何か持って行かなかったか?  例えばそう、お手紙とかな』


 馬から降りた竜人たちが、僕たちの方に近づいて来た。

 護衛の1人が震え始める。

 密書を持っているのは彼だ。


『おいお前ら。全員ひんむいて確かめろ』

『……っ。ちょっと待つネーン!!』


 クラリス姫は、青ざめた顔で、必死に竜人を睨み返した。


『我らはれっきとした王国軍の騎士デス! あまり無作法なことはなさらないでクーダサイ』

『ああん?  無作法?』

『ぶはは、聞いたか! 人間ごときが、俺たちに作法を守れだってよ!!』

『そうかそうか。じゃあいう通りにしてやろう』


 竜人のリーダーは、馬鹿にしきったような笑みを浮かべて、ずいっと腕を伸ばした。

 その太い指が指し示した先には、クラリス姫の姿がある。


『レディーファーストだったか? 女、お前から先に確かめてやる』

『俺たちは礼儀正しい紳士だからな』


 両手をいやらしく動かして、竜人たちが姫に近づく。

 何をしようとしているかは一目瞭然だった。


「クララ様!! お逃げ下さい!!」


 僕は内心で舌打ちをした。

 せっかく穏便に済ませられると思っていたのに、ついてないな。

 この状況だ。

 もう逃げるのは難しい。


 この中で、戦えるのは……。


 護衛たちはなんとか姫を守ろうとしているものの、まともに戦えるような様子じゃない。

 震えながらも毅然とくちびるを結び、戦意を失っていないのは、クラリス姫だけか。


「エディ様、逃げて……」

「ねえ、お姫さま。剣の腕前、どのぐらい自信がある?」

「え?」


 驚いて僕を振り返った姫は、何か言いたげな顔をしたものの、質問に答えてくれた。

 僕の声音から、真剣さが伝わったのだろう。


 せっかく転生してまで手に入れた生を、僕はこんなところで手放したくない。

 だからなんとしても、姫には窮地を脱してもらいたいのだ。


「私は……女の身なれど、剣の腕だけは誰にも負けません。あのお父様もそれだけは認めてくださっていた。でも、負け知らずなのは人間相手の時の話です……」

「あの王が認めた実力があるのなら、それで十分だよ」


 僕は姫に近づき、さっと耳打ちをした。


「僕が魔法で援護するから、姫はあいつと剣で戦って」

「エディ様、で、ですが……」

「大丈夫。死なせたりしない。僕を信じて」

「ですが。それでは、エディ様の、誰にも力を気づかれたくないという望みが……」

「あー……まあ、たしかにね」


 やれやれ。

 こんなときにまで、僕との約束を守ろうとしてくれるのか。

 青くなって震えていたくせに僕の魔法には頼らず、ひとりで戦おうとしていた姫。

 僕は彼女のことを、つくづくお人好しだと思った。


「姫、心配してくれてありがとう。僕は大丈夫。そのかわり護衛さんたちは眠らせてもらうよ」


 本当は、竜人にも眠り魔法が効けば手っ取り早い。

 しかし、魔族にはこういうステータス異常系魔法は滅多に効かないことを僕は知っていた。

 試し撃ちをするほど、今の僕のMPに余裕はない。


「僕と姫、ふたりで戦おう」

「……! ……わかりました。あなたのために剣をふるいます!」

「そのためにまずは少しだけ、ひとりで戦っている状況を見せてくれる?」

『おい。いつまでひそひそ話してるんだ。さっさとこっちに……』


 どさり、と人間が地面に倒れる音がして、竜人たちが足を止める。

 僕たちの護衛が眠り魔法によって次々倒れていくのを見て、竜人たちは怪訝そうに首を傾げた。


「なんだ?」

「……行きます、エディ様!」


 姫は剣を構え、地面を蹴ると、軽やかに竜人たちの中へ突っ込んでいった。


 へえ、早いね!


 姫の剣筋は軽やかなもので、僕は純粋に驚かされた。


「やあっ!」

『ふん……人間ごときが!』


 竜人が大剣を抜き、姫に向かって振り下ろす。

 重厚な一撃が風を切る音と共に姫に襲いかかる。

 姫はしなやかな動きで、後ろへ飛んでそれを避けると、隙の生まれた竜人へ向けて細身の剣をなぎ払った。


 動きは圧倒的に姫のほうが速い。

 けれど――。


『なんだあ? くすぐったいだけだぞ』

「そ、そんな……」

『次はこっちだー!』


 竜人は鎧に覆われた手で姫に殴りかかり、ぶんと腕を振り下ろした。


「……あうっ!?」


 強烈な一撃を喰らった姫が後ろに吹き飛ばされる。

 なんとか受け身を取ったものの、ざざっと地面を滑って木の幹に体を打ちつけてしまった。


『っ、うう……!』

「お姫さま、大丈夫!?」


 慌てて駆け寄り、姫の顔を覗きこむ。

 切れた唇から血が滲んでいて痛々しい。


「申し訳ありません、エディ様……! まったく歯が立たないなんて……」


 肩で息をしている姫が悔しげに、眉を寄せる。

 僕は首を横に振って、彼女の腕にそっと触れた。


 あの竜人を相手に瞬殺されていない。

 それだけでも大したものだ。

 さすがオークキングたちを、最後まで一人で相手にしていただけのことはある。


「ごめん、お姫様。もう一度だけいけそう?」

「ええ、問題ありません……!」

「お姫様の動きは大体わかった。ここからは僕が連携していく」

「え……たったあれだけでですか……!?」

「うん。僕を信じて」

「はい!」


 剣士を魔法で援護するのは、ごくありふれた戦闘方法だ。

 そのためにパーティーを組むようなものだし。

 だけど今回試そうとしているのは、単純な連携ではなかった。


 僕が魔法を使えることは、この竜人たちにも気づかれたくない。

 そうなると、姫が1人で戦っているように見せる必要がある。


 この方法、前世で使ってみたことはないんだけどね。

 技術的にも理論的にも絶対失敗することがないと、僕は確信を持っている。

 一度も使ったことがない理由はたんに、誰かとパーティー組むのがそもそも初めてだからだ。

 機会さえあれば、いつでも実践に活かせるとは思っていた。


「行きます。――はあああッッ!」


 姫が再び地面を蹴ったのに合わせ、僕は口内で火魔法を詠唱した。

 ただし、すぐに発動はさせない。

 魔力を、自分の右手から地面に伝え、そこから姫の剣に纏わりつかせる。

 まるで蔦が刃に絡みつくかのように。


 目に見えないオーラのようなものが、姫の剣を包み込んでいる。

 ここまでは予定通り。


 自分の体からではなく、遠距離で魔法と発動させる。

 相当なコントロール技術がいるけれど、それは前世の僕が大得意にしていた分野。

 あの感覚は今も衰えていないと肌でわかっている。


「姫! 攻撃を仕掛けて!」

「っ、はい!」


 僕の合図と共に姫が剣を薙ぎ払う。

 それにあわせ、僕は魔法を発動させた。

 その瞬間。

 姫の手にした剣の刃が赤く輝き、強大な炎を吹き上げた。

 竜人たちは、燃え盛る剣に目を見開く。


「お、おいなんだそれは!?」

「やばいぞ!!おい、逃げ……」

「姫、剣を竜人たちに当てず、熱風で吹き飛ばすんだ! 全力で薙ぎ払って!」

「はい! ――やああっ!」


 刃から巻き起こった熱風の渦は、姫が声をあげて剣を一振りしただけで、竜人たちをまとめて吹っ飛ばした。


「ぐあああああああああああっ!!」


 鉄の鎧は熱を通す。

 それを着ている竜人たちも相当なダメージをおっただろう。

 死んではいないものの、地面に倒れたきり起き上がれずにいる。


 竜人たちは熱に弱いからね。

 うろこがどれだけ硬くとも関係ない。


「こ……これは……」


 自分が放った一撃に、姫は呆然と立ち尽くす。


「うわあ。すっごく強いね、お姫さま!」


 僕は驚いて瞬きを繰り返している姫に向かい、にこりと笑いかけた。

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『幼馴染彼女のモラハラがひどいんで絶縁宣言してやった』
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【あらすじ】
一個下の幼馴染で彼女の花火は、とにかくモラハラがひどい。

毎日えげつない言葉で俺を貶し、尊厳を奪い、精神的に追い詰めてきた花火。
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