14話 僕だけが気づいた2つの異変、そして――
途中野営をしつつ、2日ほどかけて国境に到着した。
道中、これといった問題が起こることもなく、穏やかな旅路が続いていた。
ただ僕個人としては、とても困った事態になっていて……。
「エディ様、大丈夫ですか? 疲れていません? ちゃんと私のほうに寄りかかって下さいね」
姫と僕は1頭の馬でタンデム中。
普通、男の方が後ろに乗って、手綱を握るわけだけれど、子供の僕と姫の場合ではそうもいかない。
結局、僕は旅の間ずっと、後ろから姫に抱きしめられているような格好を強いられていた。
「あの僕、寄りかからなくても大丈夫だから……」
「いけませんよ。この馬はただでさえエディ様には大きいのですから」
姫にぐいっと引き寄せられて、後頭部が胸の膨らみに押しつけられる。
柔らかい弾力に、背中がムニッと当たって、僕は思わず息を呑んだ。
「うわっ!?」
「ああ、暴れてはだめです。このままじっとしていて下さいね」
「……っ」
子供相手だから何も気にしていないんだろう。
でも騙しているような罪悪感で、こっちとしては気が気じゃない。
平常心、平常心……。
自分に言い聞かせて、できるだけ冷静でいられるよう、周囲の景色に意識を向けた。
これから僕たちが偵察して回るのは、この国境から半日ほど行った辺りまで。
国境を越えれば魔族領だ。
国王が定期的にこの辺りに送っている偵察部隊も、国境を超えるようなことはしていない。
国境の先の情報はないため、そこを超えないように、僕たちは進んでいった。
クラリス姫たちも、国境先のエリアに関しては、一切情報を持っていなかった。
最初の問題が起こったのは、国境付近の川で馬に水を飲ませようとした時だ。
「何か引っかかっているぞ」
「あれは……吊り橋か?」
護衛たちが見ている先には、確かに岩に引っかかったロープと板のようなものがあった。
「嵐か何かで、橋が落ちたんだろうな」
吊り橋の残骸だということは間違いないだろう。
でも、原因は嵐以外だな。
上流だから、水の流れ自体は激しい。
にも拘わらずここに吊り橋が引っかかっているということは、ごく最近流れてきたものの可能性が高い。
でも、ここ最近雨が降った様子は見られなかった。
川の水を眺めたまま、僕は微かに目を細めた。
もし大雨が降ったのなら、こんなに川が澄んでいるわけないからね。
それじゃあ、大雨以外の理由で、吊り橋が陥落する理由はなんだ?
気になった僕は、岩の上をぴょんぴょんと飛び移り、ロープを回収した。
「エディ様? どうかなさいましたか?」
「見てお姫様。このロープ、少し変だよ」
吊り橋の一部とおぼしきロープ。
その切り口は、斜めに切られている。
「ほら。剣で切ったみたい」
「本当ですね……誰かが故意に橋を落とした、ということでしょうか?」
「えー、どうしてかな? だってそんなことしたら、みんなすっごく困るよね?」
僕は無邪気なふりを装って、小首をかしげてみせた。
現時点ではどういう状況か判断しかねるけれど、クラリス姫たちにも危険が近づいている可能性には気づいていて欲しい。
「誰か、この橋を落とさないと困っちゃう人がいたってことなのかなあ?」
「……!」
僕の言葉を聞いた直後、姫の表情と護衛たちの顔が引きつった。
言いたいことが伝わったようで、よかった。
クラリス姫は、ロープと護衛たちの顔を交互に見比べたあと、表情を引き締めて周囲を見回した。
「……警戒をしつつ、先に進みましょう」
――ところが、異変はそれだけでは終わらなかった。
そこからしばらく、川上に向かって移動していると、地面の一部が踏み荒らされている場所に辿り着いたのだ。
やっぱり、どうもキナ臭い。
嫌な予感は増していくばかりだ。
このこともクラリス姫たちに気づかせておいた方が良い。
「ねえ護衛さんたち。土がぼこぼこしているよ。これって、お馬さんが走った跡なの?」
僕の問いかけに、護衛たちが頷く。
「そうだな。よほど急いで駆け抜けていったんだろう」
「すっごいね! このお馬さん、橋を渡るのも怖くなかったのかな?」
「橋?」
「うん。この柱、きっと橋があったんだよね? ……ほら、向こう側にちょっとだけロープが残ってる」
僕が指さした対岸には、吊り橋の片側とおぼしき残骸が残っていた。
「さきほど下流に引っかかっていた吊り橋は、ここから落ちたもののようですね」
隣に立った姫が、向こう岸を眺めながら呟く。
「お馬さんで橋を渡ったあと、橋を切って壊しちゃったのかな? どうしてそんな意地悪するんだろう……」
「意地悪?」
「うん。だってそのあと誰か来ても、渡れなくしちゃったんだよ?」
「……!」
僕がそこまで誘導すると、他の面々ははっとした顔になる。
「姫……もしや、追われている何者かが逃げるためにこの橋を落としたのでは?」
「ここは人間領……人間が追われている可能性は否定できません。探しましょう」
「我らが偵察して参ります。姫とエディどのはこちらでお待ちを」
護衛の三人が、蹄の跡を追って森の方へ入って行く。
しばらくしてから、ひとりが血相を変えて戻ってきた。
「ひ、姫……! 大変ですッ!」
顔色を白くした護衛が、大声で叫ぶ。
「何があったのですか!?」
「森に……森に、死体が……ッ!」