13話 魔族の領地を見に行く
王との話がまとまったので、今日は一旦、家に帰してもらうことになった。
ただ帰宅してからが大変だった。
僕が魔法陣をいじって、城に移動したことがばれていたのだ。
心配しまくって大騒ぎしていた家族たちに、王様と話してきたことを伝えると、まず母が卒倒した。
「休みの間だけ、お手伝いすることになったよ」と話したら、今度は次男が泡を吹いて倒れた。
真っ青な顔で「どうやって戻ってきた」んだと詰め寄る父と長男には、あらかじめ椅子に座ってもらってから、「王様が転移魔法をかけてくれた」と説明した。
椅子から転がり落ちた二人を見て、先に座らせておいてよかったとしみじみ思ったことは内緒だ。
すぐに国王の使いの使者が正式な書状をもって転移してきたり、その日は結局、夜遅くまでバタバタしていた。
父は「エディが本当に手伝いたいなら止めないが……本当の本当にいいのか?」と何度も尋ねてきた。
家族と、それなりに平穏な生活を守るための選択だから、僕に不満はない。
正直、国王がもっと嫌な奴だったり、馬鹿王だった場合、僕対メイリー国で戦争するのもありかなとか考えてたけど。
折衷案でお互いが納得できる形を取れてよかった。
目立たないためには、平和的解決が一番だからね。
◇◇◇
そして翌日。
今度は本人承諾のもと、兄に転移させてもらった僕は、再び城へとやってきた。
今回の僕の仕事は、魔族領に面する国境の視察に行くことだ。
魔王がいなくなってから、どんな状況なのかを王様は確認しておきたいらしい。
視察部隊のリーダーは、クラリス姫だと聞いたから、僕も承諾した。
姫は父親に叱られても、僕のことを話さずにいてくれたし、信用してもいいだろう。
それに視察をするエリアは、自国側の安全な場所だけらしいし、初日の仕事内容として、まあそんなところだろうという感じだ。
「エディ様!」
城門前に案内されて向かうと、そこで僕を出迎えてくれたのはクラリス姫だった。
国境には変装して行くことになっているから、前回会った時とだいぶ雰囲気が違う。
ローブを身に纏い、旅人らしい扮装をしている。
金色の髪は目立たないように編み上げているようで、フードを被ればすっぽりと隠れてしまう。
「お久しぶりです、エディ様!」
「わっぷ」
また抱きしめられて、胸が押しつけられた。
相変わらず、姫の抱きつき癖には困ったものだ。
僕はじたばたと暴れたあと、ぷはっと息を吐き出した。
「ふう。そうだ、クラリス姫。なんかいろいろごめんね。僕のせいで怒られたみたいで」
「こちらこそ、申し訳ありませんでした……。結局、父をうまく誤魔化すことができず……」
「ううん。あの王さま相手に嘘なんてつかないほうがいいよ。僕の意思を尊重しようとしてくれて、ありがとうお姫さま」
「私、今回の失態が挽回できるよう、精一杯エディ様のお手伝いをしますね……!」
張り切る姫に向かい、僕は苦笑いを返した。
「違う違う、僕がお姫さまのお手伝いをするんだってば!」
そんなやりとりを交わしている横で、護衛たちが行ったり来たりしている。
僕たちと共に魔族領を目指す護衛が4人。
その旅支度をする兵士たちで、周囲はごった返している。
「馬はこれで全部か?」
「必要な荷物は運び終わったぞ」
「エディ様は私と一緒の馬に乗りましょうね。私、乗馬には自信があるんですよ」
「うん。よろしくね、お姫様」
さすがに6歳の身体では、ひとりで乗馬するのは不可能だ。
それからあとは――。
魔族領に同行する護衛たちだし、ちょっと実力を知っておこうか。
口内で詠唱して、護衛たちのステータスをさっと確認する。
護衛の能力値は、普通に戦うには申し分がないレベルだ。
それはいい。
でも気になるのは、護衛ではなく、従騎士が連れてきた馬だった。
*****************
種類:馬
体力:120
状態:発熱・疲労
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巻き込みでスキャンした結果、馬が病気であることに気づいてしまうなんてね。
僕はきょろきょろと辺りを確認した。
うーん。
新米っぽい従騎士は馬車の支度に夢中で、馬が病気なのに気づいていなさそうだ。
やれやれ、しっかりしてくれ。
このまま出発するわけにはいかないので、さりげなく注意することにした。
「……ねえねえ、お兄さんたち!」
「あ! エディ様!」
たっと駆け出した僕の名を、クラリスが焦ったように呼ぶ。
僕は無邪気な顔で、「待っててー!」と伝えてから、従騎士たちの方に駆け出した。
「どうした坊主。こんなところに近寄っちゃ危ないぞ?」
「いいじゃないか。馬がたくさんいるのが珍しいんだろう」
作業をしながら僕に注意を向けてきた従騎士二人をターゲットに決める。
僕はニコニコ笑いながら、馬を指さした。
「色んなお馬さんがいるねえ。みんなどこから来たの?」
「ははは。ここにいるのはすべて、この城の馬だぞ」
「それって、あっちのお馬さんも?」
首を傾げて指し示す場所を変える。僕の小さな人差し指の先にいるのは、病気の馬だ。
「ああ。あいつもそうだよ」
「ふうん。でも、変だね。あのお馬さんだけ、みんなと違うことしてるのに」
「違うこと?」
「うん! お耳をぺたんってしたり、ぷるぷるって揺らしたりしてるんだ。他のお馬さんはしてないでしょ? だから僕、あの子だけ違うところのお馬さんなんだって思ったの」
僕の言葉に、従騎士たちは驚いたような顔をした。
「お、おい! あいつの様子を見てくれ!」
「分かった!」
「あれ? あれ? どうしたの?」
「あのな坊主。もしかしたらあの馬は、具合が悪いのかもしれない」
「えー!」
もちろん驚いたふりで、本当は前世の知識で知っていた。
馬は不快感を感じたり、ストレスを感じていると、耳を伏せ、小刻みに動かす。
さすがにそれを指摘されたら、従騎士たちも気づくだろうと思っていたので、想像したとおりの展開になってホッとした。
「本当だ……こいつ、熱があるぞ。こんな状態で長旅なんて無理だ」
「すぐに代わりの馬を手配しろ」
いっそうバタバタしはじめた従騎士たちを眺めつつ、のんびりした声をあげる。
「お熱があったんだ……だからお馬さん、そわそわしてたんだねー」
「そうみたいだな。ああもう、気づかないなんざ情けない! ……それに比べて坊主、よく分かったな! すごいじゃないか!」
従騎士たちは感嘆の声をあげ、僕を取り囲んだ。
「坊主はどこから来たんだ?」
「あれだろ、ほら、クラリス姫を介抱したっていう隣国の少年だ。お礼として国王陛下が、我が国に招待して見聞を広めるよう言ったらしいぞ」
「そうだったのか。さすが、着目点が違うな」
従騎士たちが感心しはじめたので、僕は引きつり笑いを浮かべて、後退った。
そういうのは全然求めてないんだから、勘弁してほしい。
「エディ様……!」
うっ。
振りかえれば、両手を胸の前で組んだクラリス姫が、キラキラと瞳を輝かせている。
従騎士たちが離れていったタイミングで、クラリス姫はそっと囁きかけてきた。
「さすがです、エディ様!」
「ちょっとした魔法を使っただけだよ……それより姫」
「わかっています、内緒なんですよね」
唇に指をあてて、しーっ、と言いながらクラリス姫が楽しげに眼を細める。
僕は曖昧な笑みで頷き返しておいた。
それからしばらく。
無事に代わりの馬を揃えたところで、僕は姫の馬に乗せてもらい、護衛たちとともに城を出発した。
今回の旅は、安全なはずだったのに――。
まさか、このあとすぐ最上位魔族同士の戦に巻き込まれることになるなんて。
さすがに僕も予想していなかった。
感想欄でのショタコールありがとうございます!(*˘︶˘*)
冒頭の転生前エディは、青年と言われるぐらいの年齢ですー