12話 王様とサシで交渉する
「これはこれは。何者かと思えば、随分小さな来訪者だな」
肘掛け椅子に悠然と腰かけた王は、体勢を変えずに僕をじっと見つめてきた。
「陛下? どうかなさいましたか?」
扉の外から、兵士らしき者の声が聞こえてきた。
戦闘になる可能性を考えて警戒する僕の目の前で、王が首を横に振る。
「構うな。問題ない」
「は……!」
転移で侵入者が現れたというのに問題ない?
ふうん。少し変わった王様だな。
「転移魔法に対する結界も張ってなかったみたいだし、不用心じゃない? 王様」
「殺気の有無を見誤るほど耄碌してはおらん」
随分と余裕がある様子だ。
でも慢心しているわけでもなさそうだった。
隙の無い気配から、探知魔法を使わずとも、相当の実力者だということはわかる。
「それよりも……そなたが私の探していた人間とな? どういうことか説明してもらおうか」
「マディソン王国での賢者探し、関与してないとは言わせないよ」
「ほう。そなたのような小童が救世主の賢者だと?」
王は面白そうに笑ったあと、僕に手を翳した。
ステータスを見ているのだろう。王の眉が少し動く。
「……この魔法能力値は。ふはは、面白い」
「これでわかってくれた?」
「どうだかな。これだけではまだ、異様に魔法能力値の優れた子供なだけだぞ」
「すぐに僕の話を鵜呑みにするような王でなくてよかったよ」
そうは言っても、僕の持つ魔法能力値は明らかに異常だ。
そんな子供が世界に複数人いるとは考えられない。
この数値を得ている時点で、僕が特別な人間であることは明白だったし、王ももちろんそれを承知していた。
そうとわかったのは、王が鋭い眼差しの中に、好奇心を滲ませはじめたからだ。
「ああ。クラリス姫は元気?」
「部屋で謹慎中だ。いまごろ反省しているだろう」
そう言って、王が意味深に目を細めた。
僕の存在を隠したせいで、謹慎させられているわけか。
クラリス姫には悪いことをしてしまった。
僕は内心で姫のことを気にしながら、それを悟られないようにさりげなく話題を変えた。
「あまり雑談をしている暇はないんだ。門限があるからさ」
「門限だと? まったくどこまで本気で言っているのか、わからぬ童よ」
全部本当なんだけどね。
「単刀直入に言うよ。僕を放っておいてくれない?」
僕の言葉に王がにやりと笑う。
「どうやらそなたは、表に出ることを好まないようだな。姫が口を閉ざしていたのも、そなたの意思を汲んだわけだな?」
「王さまみたいな人に見つかると、あれこれ仕事を押しつけられて迷惑なんだよ」
「どれほど金を積まれても、栄誉を与えられてもか? そなたの力があれば、世界を救うことすら容易いというのに」
「国のためにも世界のためにも動くつもりはないよ」
もうそういうのは飽き飽きなんだ。
お金や栄誉より、僕が望んでいるのは気ままな生活だし。
「ふん。まあいい。善意にすがろうなどとは最初から思ってはおらん。――だが、どうする? 世間はそなたを放ってはおくまい」
「よく言うよ。真っ先に引っ掻き回そうとしたのは王さまでしょ」
「誤解してくれるなよ。我が国はあくまでそなたを保護したいのだ。いますぐに何かしてもらおうなどとは思っておらん。ただ、いずれそなたを必要とするときは必ず来るがな。それまでに、万が一にもその賢者の力を失うことを避けたいのだ」
「いずれって何? どっかの国に戦争でも仕掛けるっていうの?」
僕はやれやれと額を押さえた。
すると王は、不敵な笑みを浮かべて身を乗り出してきた。
「私の目指すところは世界平和だ」
「世界平和……」
食えない顔をした王の口から出てくるとギャップがすごいな。
「魔族は強い。彼らが本気で戦争を仕掛けてくれば、人間の世界はひとたまりもないだろう。賢者はその抑止力となる」
「自国のためじゃなく、世界のために僕が必要ってこと?」
「そなたの力、これほど正しく使おうとする王など、私の他にはおらんと思うぞ?」
それ自分で言う?
しかも悪戯っこみたいな顔で笑ってるし。
この王様の人間性は嫌いじゃないかもしれない。
でもそれと僕の望みとはまた別問題。
「僕は世界平和とか、まったく興味ないよ」
「あくまで賛同せぬと」
「ちょっと王様。子供相手にすごむのやめてよ。正直、僕だって、存在がバレている以上、断り続けるのが面倒なのもわかってるんだ」
今はこうやって穏便に話をしているけれど、この王だって本気で困れば、強引な手段に出るだろう。
「我が国に気付かれたのが運の尽きだったな」
「まったくだよ」
それも仕方ない。なにせメイリー国の預言者は、代々、優秀な巫女の家系が引き継いでいるはずだ。
メイリー国自体が、魔術関係に特化した国だし、この小国が何百年も侵略されずにいるのは、他国が魔術による報復を恐れて、迂闊に手出しできないからだ。
領土は小さくとも、メイリー国の秘めた力は侮れない。
……まあ、それだけの力を持っていながら他国を侵略し、領土を広げようとしないのは好感が持てる。
そういう意味では先ほどの世界平和というのも、あながち冗談じゃないのかも。
「姫が言ってたよね。他の国が僕に気づく可能性もあるって」
「預言者を抱えている国は他にもある。何の接触もないのであれば、救世主の覚醒に気づいている可能性は低いだろう。しかしそれは現時点での話だ」
「だろうね。――決めた。それなら条件を出すよ」
僕は人差し指を立てた。
「まず、手伝うのは学校が休みの日か、放課後。宿題に影響が出ない範囲でだけ。学校に行くのを邪魔するのはやめてね。まだレベルは10だし、体力も、魔力量も少ないから、どっちみち学ばないと役に立たないよ」
「……ふむ」
「それから、他国が僕に接触しようとしてきたときは手を貸してもらうよ」
「それは願ってもないことだ。賢者を独占できるとあればな」
「そして何より、ここが大事。僕の平穏な生活を邪魔しないこと!」
かなり重要な項目だ。
「僕は目立たず、注目されず、普通で平凡に暮らしたいんだ」
「……それだけの力を持っておきながら、平凡にありたいだと?」
王は瞬きを繰り返したあと、一拍置いて大声で笑い始めた。
「ふははっ! 面白い。さすが選ばれし賢者だな。いいだろう。その条件を飲もう。こちらとしても、そなたには今以上に強くなってもらいたい。学びを怠るなよ、若き賢者よ」
「もちろん。普通の平凡な子供として、本分はまっとうするよ」
……といっても、僕が学ぶつもりなのは、賢者としての力じゃなくて、普通の子供らしい生活の方だけどね。
「しかし若き賢者よ。そなた、大した度胸を持った童だな。小国とはいえ、この魔術大国メイリーの国王である私にそのような口ぶり。諸外国の王ですらそのようなことはせぬぞ。かといって、幼さゆえの無謀というわけでもない。むしろ、敢えて挑発しているのであろう?」
「なんのこと? ぜんぜんわかんないなあ」
「ふ。食えぬ子供よ」
「それは王様もだよ。こんな子供相手に、真剣に交渉してくるなんて、相当変わり者だよ?」
「はは、違いない」
僕と王は目を合わせて、にやりと笑い合った。
「それと、これは個人的な質問なのだが」
「なに?」
「幼子のくせに、どうしてそれほどに賢いのだ?」
あまりにどうでもいい質問だ。
僕は軽く肩を竦めて、こう答えておいた。
「さあ。賢者だからじゃない?」