11話 王様と話をつけてくる
入学説明会から数日。
なんとか適性診断を潜り抜けた僕は、学校が始まるのを楽しみに、毎日をのんびりと過ごしていた。
魔王だ賢者だのとバタついた日も、もはや遠い夢のようだ。
ところが、案の定、平穏な日々はそう長くは続かなかった。
発端は、「街に来た不審な連中が、賢者を探している」という噂が流れてきたことだ。
その噂を僕の家に運んできたのは、近隣の街の町長だ。
「ローブで身分を隠しているものの、どうやら帯刀しているようで……。垣間見えた剣に、メイリー国の紋章がついていたという話もあるんです」
「メイリー国の……。そうか――」
「その者たちが街の人間に聞き込みをしているのです。『この辺りで大きな災害、または強大な魔力を使った人間を見なかったか』と」
町長はそう言って、領主である父に困惑顔を向けた。
父は無言のまま頷いたが、何を考えているかだいたい想像がつく。
僕も同じことを思っているからだ。
クラリス姫は約束どおり、僕の存在を秘密にしてくれた。
だが、おそらく調査によって魔王を討伐したことが国王にバレてしまったのだろう。
その部分は遅かれ早かれ、バレるだろうとは予想していたから意外ではない。
扉に耳をくっつけ聞き耳を立てたまま、考え込んでいると――。
「坊ちゃん? 何を?」
声をかけられ慌てて振り返ると、お茶を運んできたメイドが、僕を見て不思議そうに首を傾げていた。
「わわっ! な、なんでもないよ!」
いけない。
完全に父たちの会話に気を取られていた。
僕は慌てて部屋の前から逃げ出した。
階段をのぼりながら軽くため息をつく。
やれやれ。
やっぱりこうなったか。
現時点で向こうはメイリー国の騎士だと隠して探しに来ている。
ただ、いずれはこの国の国王に正式に事情を話し、堂々と大挙をなし捜索しはじめるかもしれない。
賢者の覚醒について明かさなくたって、理由ならいくらでもでっちあげられるし。
そうなったらどんどん大事になってしまうだろう。
父は辺境伯という立場もある。
このまま放っておくと、僕のせいで微妙な立場に追い込まれる可能性が高い。
父に迷惑をかけるような事態は避けたい。
……仕方ない。
一度、しっかり話をつけてこよう。
どうせこうなるとは予測できていたけど気が重い。
両親に心配はかけたくないし、一人でさっと行って帰ってこよう。どうやって一人でメイリー国まで向かうかは……あの方法でいいか。
こんな時のために、案は練ってあった。
僕自身、転移魔法(自)は魔王を倒した時に習得している。
ただ魔力量が足りていないから、現段階では発動させることができない。
となると、誰かに飛ばしてもらうしかないのだ。
うちの家族で他者の飛ばす転移魔法を取得しているのは、父と長男のふたりだけ。
父さんが町長と話してるうちに……。
階段を上り終えた僕は、長男ローガンの部屋へと急いだ。
◇◇◇
「学校に忘れ物?」
机に向かって書き物をしていた兄が、手を止めて僕を振り返る。
傍まで寄っていった僕は目一杯困った顔をして、背の高い兄を見上げた。
「そうなんだ、お兄ちゃん。死んだおじいちゃんがくれた宝物のコイン。このあいだ学校の診断に行った時、お守りで持って行ったら、落っことしちゃったみたい」
「まったくエディ。学校に大事なものを持って行ってはいけないんだぞ」
「うん、ごめんなさい」
叱るような態度を見せていても兄の声音は穏やかだ。
この長男も、両親たちと同様、年の離れた弟である僕に弱い。
「仕方ない、私と馬車で取りに行こう」
「それは、だめ……。パパとママにコインのことを知られたら、きっと叱られちゃうもん。だから僕だけをこっそり学校に転移させて欲しいんだ」
「転移っておまえ、それは……」
「お兄ちゃんの転移魔法ならすぐに行けるでしょ? そしたら帰りは、マックス兄ちゃんと一緒の馬車で帰ってくるから!」
次男のマックスは学院の高等部に、毎日馬車で通っている。
兄ローガンが所持している『転移魔法(他)』は、他人のみを飛ばせるものだ。
ローガンが自分を転移させるための魔法、『転移魔法(自)』を取得していないのは、運が良かった。
おかげでローガンは、僕についてくると言えない。
「それでも一人で行かせるのは心配だな。先日あんなことがあったばかりだしな……」
「もう、お兄ちゃん。僕はあと少しで王立学院の1年生だよ。忘れ物ぐらいひとりで取りに行けるよ」
僕が頬を膨らませると、兄は仕方なさそうに苦笑した。
「……そうか。お前ももう、一人でなんでもやってみたい年頃なのだな。危険があることならいざ知れず、多少の経験は積ませてやるのも兄の務めか。――では、転移魔法を用意しよう」
「お兄ちゃん、ありがとう! 早く早く!」
「ははは、しょうがないやつだ。わかったから、そう急かすな」
転移魔法は、足元に魔法陣を描いて発動させる。
兄は机の引き出しからチョークと、大きな羊皮紙、地図を取り出して来て床に広げた。
「エディは少し離れていてくれ。魔法陣には触れないように。術式が書き換わったら大変だからな」
「はーい」
兄は地図を見て学院の経度と緯度を確かめ、魔法陣に組み込んでいった。
少し離れた場所からそれを眺める。
兄が魔法陣を書くところを見るのは記憶を戻してから初めてだけど、かなりの速度だ。
これだけの複雑な魔法陣を、正確に、迷いなく描きあげていく者はなかなかいない。
「よし、完成したぞ」
そこですかさず、僕は大きな声をあげた。
「わーっ! お兄ちゃん、カーテンの陰にネズミが!」
「む!? なんだって? エディ、ちょっと待っていてくれ!」
「お兄ちゃん、机の下に潜った!」
「わ、わかった! ここか!?」
兄が屈みこんで机の下を覗き込んでいる隙に、僕はチョークを手に取ってささっと魔法陣を修正した。
直したのは経度と緯度。
――つまり、目的地を修正したわけだ。
……ついでに少し気になるところも直させてもらおう。
兄の魔法陣には無駄がないが、これじゃあ6歳の体には負担が大きい。
手早く書き換え、チョークを元の場所に戻したころ、兄が顔を上げた。
「お兄ちゃん。どう?」
「うむ……すまない。逃げられてしまったようだ。あとでメイドに伝えておくよ」
「うん。驚かせてごめんね、お兄ちゃん」
「いいや。待たせて悪かったな。それじゃあ魔法陣の中に立ってくれ」
「うん!」
魔法陣の中に入ると、早速転移魔法が発動した。
僕は目を瞑り、転移魔法の起こす風を感じながら体の力を抜いた。
ふわりと臓腑が浮く感覚。
体の内側がくすぐったいような気がする。
一瞬後、目を開けると、もう違う場所に立っていた。
周囲を取り巻いていた風が、少し遅れて消失する。
僕がやってきたのは、とある執務室――。
「何者だ、貴様」
椅子に座っている髭の男が、僕を見て、訝しげに眉をあげた。
突然、子供が現れても動じず誰何するとは。
その堂々とした立ち振る舞いから、一瞬で彼が愚王でないことを理解した。
前世で数えきれないほどの王と付き合ってきたから、どうしようもない馬鹿王か、立派な賢王か、一瞬で見極めることぐらい容易いのだ。
今、この執務室内にいるのは国王と僕だけ。
扉の向こうに護衛の気配はしているけれど、側近をやたらと侍らせていない辺りも好感が持てる。
第一印象どおり、ちゃんと話が通じる相手だと助かるな。
そんなことを思いながら、王に声をかける。
「あなたが僕を探してたんだよね?」
「……なんだと?」
僕は余裕の笑みを浮かべ、その人物に向かって手を差し出した。
「僕と話がしたかったんでしょう? だから会いに来てあげたよ、王様。さあ、話をつけようか」




