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馬を買おう!

俺とアリウナの会話に割り込んできたのは、やはりあの男だった。


帝国徴税監督官、ザイノルド子爵。丸っとした顔で小太り。白のカツラは昨日水浸しになったせいか髪が乱れている。背後には彼の部下であろう背の高い男が二人。


「そうはいきませんなあ、お二方。物には適正価格というものがある。」


 俺は表情を取り繕ったが、アリウナは露骨に嫌そうな顔をする。


「ちっ。帝国貴族か。まだハイエナの真似事を続けているのか?」

「ははあ。酷い言われ様だ。我らは法を守っているだけだがね。未開の民には理解しにくい話かもしれないが。」


 そう言うザイノルド子爵の顔は尊大だが、同時に僅かに焦りの色も見える。


「さあ、さっさと値段交渉に入り給え!それとも私が決めてやろうか?」


 馬の値が高くなればなるほど、帝国にとられる2000%の税が重くのしかかる。とはいえ、子爵がこれほど俺を急かすのはどういう訳か。いくら税金が高くなっても、子爵の給料は変わらないはずだが。ここはじっくり時間をかけて様子をみるか。


「ザイノルド子爵。僕はまだ試乗すらしていないのですよ?そしてリンカを買うと断言した訳でもない。」


 ザイノルド子爵は口を開き、しかし何も言わずに眉をへの字にして口を閉じた。


俺はリンカの方に近づいた。傍にアリウナが居るせいだろうか、見知らぬ人間である俺が接近しても警戒する様子は無い。ただじっとこちらを見ている。


するとリンカは突然、俺の服の裾をがぶっと噛むとそのまま俺を引き寄せた。リンカの方へじゃない、仔馬の前に俺を立たせたのだ。アリウナはリンカの行動に驚いて目を見張った。


リンカが俺の耳元でブググ…と嘶く。俺に仔馬を見ろと言っている?取り敢えず、仔馬の目を見る。仔馬の方も両目でじっとこちらを見ている。


その様子を見て、ザイノルド子爵が笑いを堪え切れず噴出した。


「ぶっ!ははははは!しょ、小国の王子には仔馬で十分ということかな?その馬なら銀貨一枚でも認めますぞ?く、くくく…!」


 俺は子爵を無視してアリウナに尋ねた。


「この子の名前は?」

「名は無いのだ。殺す馬に名前は付けない。」


 情がわいたら、殺しにくいもんな。


俺は更に仔馬の様子を観察する。足は確かに極端に短いが、筋肉は発達している。ただ、更に胴体の筋肉が発達しているため、その重さを足が支えきれないのか。


これはもしかしたら?


俺はアリウナに尋ねる。


「仔馬に乗ってみても良いですか?」

「そいつは自重すら長く支えきれないのだが…。」


 アリウナは渋る。だが、リンカが頭で俺の背を押した。だから、おれは仔馬の背に乗った。仔馬は嫌がったり逃げる様子は無い。しかし、やはり俺の重さに耐えきれず膝を曲げてしまう。


「【直接操作ラグラ】!」


 重力魔法で自分の重さを軽くする。仔馬にかかる負荷が減った。だがこれだけでは駄目だ。


「もういっちょ【直接操作ラグラ】!!」


 仔馬の胴体そのものを軽くする。俺の重力魔法も覚えたての頃とは違う。かなり身軽になったはずだ。仔馬はゆっくり、だが力強く左前脚を一歩進める。そこから二歩、三歩。速度を上げ、並足で近場をぐるりと一周すると母馬の傍に寄って嘶いた。


「ブオォオオオオオオッ!」


 やってやったよ、と叫んでいるように聞こえた。リンカは嬉しそうに仔馬に顔を寄せる。背後でアリウナがぶつぶつと呟く。


「…そうか。あれは試合で見せた…。馬を軽くして…。こんなことが…。」


 俺は仔馬の首を撫でながら言った。


「こいつは僕と相性が良いみたいです。僕に売ってください。リンカにはあなたが乗れば良い。」

「た、確かにそれはこちらとしても嬉しい話だが…。驚いた。いや、これが運命というものなのかもしれないね。銀貨一枚で売ろう。」


 これは俺にとってもイシ族にとっても良い取引になった。しかし一名ほどそう思わない者がいる。


「待て待て待て!待ってくれ!正気か?この奇形の馬を本気で買うというのか!?か、仮にも王子たる者が乗るような馬じゃないだろう!」


 俺は馬売買にかかる税金2000%、今回は銀貨20枚を子爵の部下の男に渡した。子爵は更に叫ぶ。


「受け取るなっ!こんなバカな話があるか!…そうだ、我々が立ち去ってからこっそり別の馬を売り買いするつもりだろう!そうなんだろう!?」


 真っ赤な顔で半狂乱の子爵に、その部下たちも戸惑っている。イシ族の者たちが子爵を見る目は冷たい。


すると、ラナーが俺の傍に寄ってきて囁いた。


「たった今、王城の方から伝書が届きました。」


 渡されたのは、王家の紋で封された手紙。風鷲便で届いたようだ。離れたところに立つジャンが手紙を届けた鷲に餌を与えている。


中身を確認すると、それは帝都にいるワシム兄さんからのものだった。内容は、帝都徴税局でサビア小王国を担当していた役人、つまりザイノルド子爵が汚職でクビになったということ。更に新しい担当が来月王城に行く予定であるというものだった。


クビになったはずの男がここで何をしているのか。


「ザイノルド子爵。」

「どいつもこいつもなめくさりおって!偉大なる帝国貴族を何だと思っている!」

「ザイノルド子爵!!」


 声量を上げると、ようやく子爵はこちらを向いた。


「ザイノルド子爵、あなたが徴税監督官を免職になっていると連絡が来ましたよ。クビになっても仕事を続けるとは、大した熱意ですね。」


 子爵の部下二人が驚いて目を丸くする。


「し、子爵様?」


 真っ赤だった子爵の顔は急転直下で青くなる。


「いや、それは。新任の者が来るまでの繋ぎで…。」

「かなり金に困っていたようですね。土地まで手放して。」

「何故それを知っている!?」

「渡した税金は何処へ行くのでしょうか。あなたのポケットかな?」


 俺とラナー、アリウナに他のイシ族、更に自分の部下にまで睨まれて、子爵は冷や汗をかく。


「ああ明らかに残念な誤解があるようだ!せ、正式な抗議を出すため、一度町に戻って…「ザイノルド子爵。」


 部下の一人が宣言する。


「帝国法7条に基づき、真実が明らかになるまで徴税局イスタタウン支部に謹慎処分とします。」

「貴様!身分上の者に対して偉そうにっ!」

「ご自分の発言に留意して下さい。爵位剥奪だけでは済まないかもしれません。」


 こうしてザイノルド子爵は部下の一人にドナドナされていった。


様子を見ていたアリウナが肩を竦める。


「やれやれ。帝国貴族が、あんな奴ばかりでないことを祈るよ。さて、どうする?やっぱりリンカを買うかい?」


 安く売るという話はまだ残っているよ、と言われたが俺は断った。


「いや、僕はこの仔馬が気に入りました。根性ガッツがあるのが良い。」

「ならいいんだ。そうだ、名前をつけてやってくれ。」


 名前か。どうしようかな。


「カウィ、にします。」

「カウィ(強靭)、か。良い名だ。その名が万里に轟くよう祈ろう。」

 

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