表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/15

イシ族

 その日の夕食もクロヴィス町長と一緒だった。


既に貯水槽の件は片付いたと伝えると、町長は驚いてゆでた芋を喉に詰まらせた。自分で胸を叩いてそれから水を飲み、喉と呼吸を整える。


「はあ、はあ。し、失礼しました。しかし、昨日の今日で、もう対処されたのですか!?それも魔法使いとの契約という段階をすっとばして。町の予算を使うこともなく。…ファルク王子が大精霊を従えていると言われたら、今なら信じてしまいそうです。」

「幸運でした。これで馬選びに専念できます。」


 俺がそう言うと、町長は思い出したという顔で頷いた。


「もともとそれが目的でいらしていたんでしたね。そういえば、今日の昼過ぎにイシ族の先触れが来ていました。明日には本隊が着きそうですよ。」


 草原の騎馬七氏族はサビア小王国との商談を一年毎の持ち回りで決めている。今年はイシ族の担当という訳だ。


馬選びは楽しみだが、帝国徴税監督官の子爵とは嫌でもまた顔を合わせることになる。一応、土地権利証という切り札はあるけど、どれだけ役に立つかね。



 翌日、イシ族の一団がやってきた。イスタタウンの北東、町が借り上げた休耕地に彼らは自分たちのテントを張る。


俺はその様子を近くの雑貨屋の二階から眺めていた。


馬。馬。馬。イシ族が操り導く馬たちの姿は、力強く美しい。これなら何時間でも見ていられると思った。王城の馬とは雰囲気が違うのだ。なんというか野性味がある。


テントを張り終えて彼らが小休止しているタイミングを見計らい、雑貨屋を出て休耕地に向かう。


馬にブラシをかけている男に声をかけると、族長を呼んできてくれた。俺はラナーとジャンと一緒に案内されたテントの中で待つ。


騎馬民族は俺たちサビア小王国の者同様、褐色肌に黒髪の者が多い。しかし、似ているのかと言われれば全然違う。まず手足の長さが違う。騎馬民族の手足はすらりと長く、小顔だ。テントに現れた族長も定型的な騎馬民族の姿だった。目は豹のようで、犬歯が獣のように長い。四十路前の女性で、サビアとは基準の違う美しさがあった。


彼女は俺たちを見ると頭だけでお辞儀をした。馬上生活の長い彼らは、体幹を動かさない仕草を好むと聞いた。こちらも合わせておじぎをする。


「サビア小王国第三王子ファルク・アレイマル・サビアと申します。」

「おお、あなたが!髪の深い黒も、紺碧の瞳も、スセリク様にそっくりだ!あたしはイシ族の長、アリウナだよ。宜しくね。」


 随分と快活なお人のようだ。


「父を知っているのですか?」

「あたしがまだ小娘の時、スセリク様が草原まで馬を買いに来たんだ。その時、わが父と戯れに剣を交えていた。強かった。戦乱の世であれば英雄と呼ばれるような人だ。今もご壮健であられるのか?」

「ええ。ぴんぴんしてますよ。」


 それは良かったと満足げに笑うアリウナ。その場にどかっと座り込んであぐらをかく。俺とジョンも促されて同じように座った。スカートのラナーは固辞したが。


イシ族の若い娘が飲み物を持ってきた。馬乳酒というやつだ。味は一言でいうと酸っぱい。これは人によって好き嫌いが分かれるだろう。俺とラナーはまあまあというかんじだったが、ジャンは美味そうに飲んでいる。


お互いの生活について語り合った後、アリウナから提案があった。


「ファルク殿は剣のほうはどうなのだ?」


 俺は隣に座るジャンに目をやる。


「こちらのジャンが、僕の護衛であり、剣の師匠でもあります。」

「スセリク様から教わっている訳ではないのか。まあ、お忙しいだろうからなあ。では、ジャン殿。ファルク王子の剣の腕はどれほどか?」


 するとジャンは腕を組んで目を瞑った。


「うーん。王子の実力は正しく表現するのが難しいのです。センスは良いのですがね。一秒でも早く敵を倒すことに集中し過ぎていて、防御がやや疎かな傾向にある、と言えばいいのかな。」

「それは興味深い。そうだ、ちょっと手合わせしてみないか?」


 うわあ。こういう流れになるんじゃないかと思ってたんだよね。騎馬民族は戦好きが多いって話だったもんな。まだ馬の購入前だし、相手の心象を悪くするのも良くないね。ここは受けておこう。


「いいですよ。」



 休耕地の奥、馬が土を踏み固めた場所で俺とアリウナは手合わせすることとなった。


アリウナは右手に戦闘斧、左手に馬上剣と呼ばれる半月刀を持っている。こっちは、イシ族から借りた短槍。これが一番慣れた武器だからな。 


「訓練用の武器は使わないんですね?」

「む?我々は常に実戦と同じ武器を使う。ちゃんと寸止めするから安心してくれ!」


 いつでもかかってこい、と言われたが攻めあぐねる。まずリーチが違い過ぎる。あの長い手足から繰り出される攻撃を躱し続けるのは難しいだろう。思い切って接近し、手足の長さを活かせないようにもっていきたいが、向こうだってそれくらいは予測し対策をとっているはずだ。


しかし突っ立っていても仕方無い。これが実戦なら全力で逃げているところだが、そうもいかない。ならば最初から全速全力でいこう。


身を低くした姿勢のまま疾走する。右手から繰り出した槍の突きは馬上剣で弾かれた。が、弾かれるのは想定内。素早く引っ込めて突きを繰り返す。


キン、キンと音を立てて全ての攻撃が弾かれる。多分、向こうはそこからいつでも反撃する余裕がある。相手がもう見るべきものは無いから終わらせようと思う前に次の手を考えないといけない。


三歩下がって槍を全力で投擲する。アリウナは今までと同じように馬上剣で弾こうとする。そのタイミングを狙って、俺は槍の柄に引っ掛けておいた透明な糸を引く。急に減速した槍に、アリウナは弾くタイミングを外される。槍はそのまま相手の左肩に向かって飛ぶ。


アリウナはすっと左足を半歩引いて槍を躱す。


外れたか。


俺は糸を引いて槍を手元に戻そうとするが、アリウナが右手の斧で素早く伸びきった糸を切断した。


「手放した武器を回収できると思うな!」


 無手になってしまった俺に、今度はアリウナが迫る。


俺は素早く自分に重力魔法をかけ、軽くなった身でアリウナの頭上を跳び越す。このまま槍を回収して態勢を立て直す、と思ったのだが甘かったようだ。


アリウナは自身の身体能力だけで垂直に飛び上がると、俺の足首を掴んでそのまま地面に叩きつけた。


受け身をとったから、ダメージは少ないが、ここから反撃出来る手が無い。


「降参です。」


 倒れた状態のままそう宣言すると、アリウナは武器を地面に置いて、俺が起き上がれるよう手を貸してくれた。


「最後のジャンプは、ファルク殿の身体の力ではないな。ああいう魔法は初めて見たよ。面白い。でも糸の方は駄目だ。あたしも分からないうちに槍に糸を結んでいたのは凄いけれど、だからといって安易に槍を投げてしまったのはまずい。投げていいのは、100%確実に殺れる時だけだ。」


 アリウナの評論に対し素直に頷く。槍を手放してしまっても一度だけなら重力魔法のトリッキーな動きで回収できるだろうという甘い考えがあった。


「しかしまあ、総合的には悪くないんじゃないか。勿論まだまだ修練が必要だけどな。攻撃の鋭さは並みの戦士以上だった。これなら彼女を任せられる。」

「彼女?」

「そう。付いて来てくれ。」




 草を食む馬が群れる中、少し離れた位置に堂々と佇む姿。雪のように白い姿、鍛え上げられた四足、女王のような風格。彼女こそが、ここ10年の間に生まれた馬の中で最優最速の名馬、リンカであった。


リンカの姿を見た俺、それにジャンとラナーも、その威容に思わず溜息をついた。


この馬を売ろう、というアリウナの言葉に、俺は天にも昇る気持ちになった。しかし、すぐに平常心を取り戻す。


これほどの馬をイシ族が手放す理由が分からない。


「最上の馬は族長が乗るものではないのですか?」


 その通りだ、とアリウナが頷く。


「普通はな。だが、手放さなければならない理由がある。いや、いると言った方が良いかな。彼女の背後を見てくれ。」


 名馬リンカの後ろには、仔馬の姿があった。普通の仔馬ではない。胴体に対して四足が短すぎるのだ。先天的な奇形だろうか。


仔馬は自分の胴体を長く支えきれず、前足の膝をついてしまった。しかし、リンカが嘶くと、鼻息を上げて立ち上がる。その様子を見てアリウナが溜息をついた。


「リンカの子だ。生まれついての異形、辛うじて常足なみあしが可能だが、走ることは難しい。イスタタウンに到着するのもこいつのために7日間遅れた。それに人間が手伝わないと充分に草を食べることも出来ない。こういった馬は普通殺して肉にする。」


 仔馬が再び足を曲げて座り込む。


「だが、リンカは賢く、息子が殺されそうになると敏感に反応して守ろうとする。」

「親子愛ですね。それで殺処分を諦めたと。」

「一時的にな。しかし、ずっとこのままという訳にはいかない。あたしらは遊牧民だ。時には長い距離を素早く移動する必要もある。いずれ仔馬は置いていかざるを得ず、その時リンカも共に残るだろう。だが…そういう結末をあたしは望まない。」


 話が分かってきた。


「成程。二匹が生き残るには定住生活しかない。それで、僕に売ってくれると。」

「ああ。リンカならば王家の馬に相応しいだろ?親子ともども面倒を見てくれると有難い。」


 これほどの馬を手に入れられるのだ、こちらにとってもうれしい話。問題は…。


「値はどれほどに?」

「勉強しよう。この取引はあたしらの望みでもある。」


 だが、ここで別の人物が割り込んできた。


「そうはいきませんなあ!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ