勝負
結局、ザイノルド子爵は用事があると言って、賭場の中には戻らなかった。なので、俺は魔法使いや賭場の主人から話を聞いている。
「これが子爵が持っていた鞄だ。あいつが金を払わねぇってぬかした時から強引に預かっている。」
魔法使いのフウクはそう言って、茶色い鞄を机の上に投げ出した。金を払わなきゃならない側のザイノルド子爵が賭場に来ていた理由はこれか。
「ちょいと中を拝見。」
俺は鞄の中を確認する。すると、土地の所有権利証が入っている。しかも帝都の一等商業地のものだ。でも別紙によると抵当権を行使されてるね。年内に帝都銀行に金を返さないと、この土地は完全に子爵の手を離れる。子爵が色々動いているのは、この借金を払うための金が必要だからか。
「この証書は子爵にとっては大事ですが、あなた達にとっては無価値だ。証書だけ奪っても土地を譲渡してもらったことにはならないですから。」
「そうだな。」フウクが頷く。「俺たちとしちゃ、帝都の土地に興味はない。あくまで賭けの支払いだけしてくれりゃあいいんだ。」
小柄で年若い賭場の主人がそおっと口を挟む。
「やり合うのは当事者同士よそでやってもらえませんかねぇ?」
「ああん!?そりゃ、あんた、無責任ってもんだろう!金を払えなそうな奴を賭場に入れないのがあんたの仕事だろうが!」
がっくりと主人が項垂れる。
「帝国の貴族様が金を払わないなんて思いませんて。それに親父と違って自分が賭場の経営に向いてないのはよく承知してるんですよ。だから喫茶店に建て替えようとしているのに…。」
そんな主人を横目に、俺は更にフウクに尋ねた。
「そもそもあなた達は、砂漠で仕事が無い期間にこっちで仕事をする為に町に来ているんですよね?その割には、町で働いているという話は聞きませんが。」
「それは表向きの理由ってやつだ。砂漠でかなり稼いでいるからな、オフシーズンは別に余所へ移動してまで必死に働く必要は無いんだ。だから、この町に来ているのは避暑の休暇みたいなもんだ。実際にはな。」
そうすると彼らは子爵から金を回収出来たら、貯水槽で働いてくれない可能性もあるな。まあ、回収は無理だろうけれど。
さて、じゃあ子爵が金を払えないところから始まるこの状況をどう打開したものか。
ちらりとラナーの顔を見ると、(いつも通りやるしかないでしょう)という表情をしている、だから、まあいつも通りやることにした。
「ところでフウク殿。僕と遊戯盤で一勝負しませんか?」
「ほう。」フウクの目がギラリと光る。「何を賭ける?」
俺は少し考えるふりをし、それから懐に仕舞ってあった指輪を取り出した。俺の魔法の才を調べるのに使った小鑑定球を加工したものだ。
「僕はこれを。」
「個人用の鑑定球か。面白い。では、こちらは…「いえ、そちらは何も賭ける必要はありません。それと、皆さん纏めて相手をしましょう。」
これに、フウクとその後ろの10人の魔法使い達がざわついた。
「大した自信だ。一応言っておくが、子爵も勝負の前は自身満々だったぞ。運の要素が無く知恵の勝負なら負ける道理は無い、とな。だが悲しいかな。身分の良さと知能の高さは必ずしも比例しないという結果が残った。」
「ま、取り敢えずやりましょう。」
賭場の主人が11の遊戯盤を机の上に並べる。プロ棋士のような多面指し。
結果、俺は全ての勝負に勝った。こんなことが可能なのは、まだこの世界では開発されていない定跡を俺が知っているからだ。茫然と盤を見つめる魔法使い達に、俺は畳みかけるように新たな勝負を挑む。
「種を明かしましょう。実はこのゲームを思いついたのは僕なのです。だから強いのは当たり前。しかしこのままでは皆さん、面白くないでしょう。今度はそちらの得意分野で勝負しませんか?」
フウクがじろりと俺を睨む。
「俺たちの得意分野?」
「ええ。魔法、で勝負しませんか。」
彼らは簡単に誘いに乗ってきた。賭場で魔法をぶっ放す訳にはいかないので、広い空き地に移動する。
「また11対1でいいですよ。」
「ルールは?」
「シンプルにいきましょう。相手にまいったと言わせた方の勝ち。」
「王子殿がどんな魔法を使うのか知らないが、今度は俺たちが負ける要素はないぞ?」
「では、なにか賭けますか?」
「そっちは何も賭けなくていいぜ。だが、俺たちが負けるようなことがあれば…そうだな。子爵の鞄の中身をやろう。意味は分かるな。」
債権を譲渡するってことか。よしよし、狙い通りに動いてくれている。
「では始めましょうか。さ、どんどんかかってきて下さい。」
フウクが後ろに横並びになった魔法使い達に合図をする。すると、彼らは拳サイズの水撃魔法を次々に飛ばしてきた。
彼らの本気はこんなもんじゃないはずだ。14歳相手に全力で魔法を使うのは抵抗があるのかな。しかしそれでは困るのだ。わざとあくびをしながら余裕をもって水撃を躱す。
すると今度は1メートル以上はある中級の水魔法を連続で飛ばしてきた。でもまだ足りない。
「こんなもんじゃないでしょう?」
挑発すると、ようやく本気の…しかし殺傷能力は無さそうな…魔法が飛んでくる。合同詠唱で生み出された水流魔法が怒涛の勢いでこちらにせまる。離れたところで観戦していたラナーとジャンも慌てて更に距離をとった。
ここで俺も魔法を使う。重力魔法で自分を軽くし、高く飛び上がった。大ジャンプの先は魔法使い達の後ろ。彼らは慌てて水流魔法を中止し、こちらに向きを変える。
「かくなる上は水竜の魔法を!」
魔法使いの一人が叫ぶが、それをフウクが止めた。
「全員、魔法を止めろ!おかしいぞ。妙だ。何故この辺りの地面は水浸しにならない?あまりにも水捌けが良すぎる!」
気づかれたようだ。俺は種を明かす。
「ここは貯水槽の真上ですからね。金網の上に荒い砂利を敷いてあって分かりにくいですが。」
フウクの顔がトマトのように赤くなる。これは怒らせたかと思ったが、逆にフウクは笑い出しだ。
「アッハッハッハ!こりゃまいった!まんまと使われたということか。おい、おまえら!折角だから、魔力が切れるまで地面に水を撒いてやれ!」
賭けは俺たちの負けだと言って、フウクは俺に子爵の鞄を渡した。
「貯水分の賃金は後で支払いましょう。」
「いらんいらん。今日は楽しませてもらった。それで充分。それが肝要。休暇中に退屈することほどつまらんことは無いからなあ。」
「実は子爵の金のほうにもそれほど執着は無かったんですね?」
「どちらかというと、賭場の主人のほうに灸を据えてやりたかったのだ。あいつは客をもてなす仕事をするには少々大雑把過ぎる。だが、もういいだろう。以後、俺たちが賭場の建て替えに反対することは無い。」
魔法使い達の魔力が尽きたところで、彼らは宿に帰り、俺たちは賭場に戻ることになった。
最後にフウクが叫ぶ。
「ファルク王子よ!砂漠都市に来ることがあったら、必ずこのフウクのところを訪ねてくれ!」