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王妃

「王太子殿下への報告は済んだようですね。」


 執務室を出た俺に、ラナーが声を掛ける。


「うん。後は母さんのところへ行くだけだ。」

「では参りましょう。」


 俺とラナーは母さんと会うために王城を出た。ジャンは忙しいようなので、代わりに騎士が二人護衛につく。


母さんが居るのは、高級住宅街の西の外れの小高い丘だ。


厳密には、その丘の上に建つ王都特別刑務所の中。


何故王妃である母が刑務所に入っているかというと…これまたガイール帝国が関係してくる。あと、少ーしだけ俺も関係がある。


先の大戦で、サビア小王国(当時はサビア王国という国名だった)が帝国の属国になるにあたって結ばれた主従条約。その中にこんな条文がある。


”サビア王家の存続は帝国に恭順する限り保証される。またサビア王家を帝国貴族における伯爵位相当とし、帝国貴族との婚姻を認める。但し、婚姻するに相応しき美しき外見を維持せよ。”


この条文が作られた時、要は何を言いたかったのかというと、「表向きは帝国貴族伯爵と同じ扱いにしてやるよ。だから田舎臭い恰好するなよ?」ってなもんだ。しかし、後年の帝国貴族たちはこれを捻じ曲げて解釈した。


「美男美女なら王族として認めてやる。不細工は駄目だ。俺たちと婚姻関係になるかもしれない奴がド田舎出身なのは辛うじて許せるけど、不細工なのは我慢ならないよ。」と。


 うちの家系は幸運にも皆美男美女ばかり。だから、ねじ曲がった解釈も七年前までは問題にならなかった。


七年前、母さんは娘を産んだ。俺の妹だ。長女だな。この妹には問題があった。左目の周りに大きな痣のような紫斑があったのだ。これが生後半年経っても消えなかった。


このことを知った帝国貴族たちは言った。「おい、そんな奴は王族とは認めない。条約違反だ。養子に出してしまえ。」と。だが、王も王妃も娘を手放したくはない。かといって、帝国に反抗すれば簡単に国ごと潰される。


悩める両親に、当時七歳だった俺は提案した。妹を手放さないことが一番大事なら、方法はあると。


「それはどんな方法か?」


 7歳の子供の言葉に戸惑いつつも、父さんは俺に尋ねた。


「母さんが牢屋に入ればいいんだ。」


 これを聞いたときの母さんの顔は筆舌に尽くしがたいものがあった。




 俺たちは10分ほど歩いて目的地に着いた。丘の上には、青い屋根に砂漠都市から取り寄せた高級煉瓦の壁の屋敷が建つ。広い庭には、色とりどりの花が咲き、小さな噴水に品のある石像が並ぶ。


元は王都のとある商会長が使っていた屋敷を王家が譲り受けたものだ。此処が、母さんと妹が住む王都特別刑務所。七年前、妹は王位継承権を放棄した。そして王族でなくなった妹を法律上育ててはいけない王妃は、妹を育てている罪でこのなんちゃって刑務所に妹と一緒に投獄されている。いつでも好きな時に出入りできるし、父さんは毎日ここに通っているけれど、それでもここは刑務所なのだ。


今までのところ、こちらの屁理屈に帝国貴族は文句を言ってきていない。単に興味を失っただけかもしれないが。


俺が屋敷…じゃなくて刑務所の正門をくぐると、ラナーはぴたりと足を止めた。中までは付いて来てくれないようだ。


「一緒に行こう?」

「家族団欒を邪魔する訳にはまいりません。」

「いや、その団欒が長くなって面倒だから一緒に行こうと提案しているのだけど?」

「王子が団欒が長くなると面倒だと思って一緒に行こうと提案していることは理解していますが、それでもやはり団欒は大切だと思いますので、一緒には行きません。庭で紫陽花の花を眺めております。」


 早口で拒絶された。ラナーも護衛騎士二人も中には入らない、と。仕方なく一人で屋敷の中に入った。



 白と、それに下品にならない程度の金色で飾られた部屋で、我が母レイラ・シグマイル・サビアは編み物をしていた。編み目を数える彫りの深くて大きな目は、俺が母さんから受け継いだものの一つだ。


「お邪魔します、母さん。」


 俺が部屋に入ってきたことにとっくに気づいているはずの母は、もったいぶって編み針を机の上に置き、威厳を損なわないように顔をあげたが、俺の顔を見るともう我慢出来なくなって、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「ファルクっ!」


 ぎゅっと抱きしめられる。背の低い俺の頭は、母の胸に埋められて呼吸が苦しい。


「半月もここに来ないなんて悪い子!親不孝者ね!」

「す、すみません。イスタタウンに行っていたので。あ、お土産ありますよ?」


 右手に持った袋を揺らす。中にはシルクの編み糸とジャムが入っている。


「あら、ありがと。」


 母は素早く袋を受け取るとさっと机まで行ってそれを置き、また戻ってきて俺を抱擁する。いや、もういいですから。


「馬はちゃんと買えた?今年の乾季が明けたら、家族みんなで乗馬もいいわね。テレザはファルクの馬に乗りたがるでしょうね。」


 テレザとは、妹の名前だ。


「テレザはお勉強中ですかね?」

「ええ。でも、そろそろ…。」


 母さんが部屋の入口の方を向く。すると、タイミング良くドタドタと廊下を誰かが走る音が聞こえてきた。


バアン、と音を立てて扉が開かれ、部屋に入ってきた少女。彼女こそが我が妹、テレザだ。母親に似た掘りの深い顔、王家の深い黒色の長髪。


左目周りの紫斑は、長年の治療と多少の化粧のおかげで殆ど目立たない。


「ふぁるく、おにい、ちゃあああんん!!!」


 テレザが嬉しそうに俺に突撃をかましてくる。強烈な頭突きを腹筋に力を入れて受け止めた。


「おー、テレザは今日も元気だね。」


 喜ばしいのは、顔の紫斑に影響されず、妹が明るくまっすぐな性格に育ってくれたことだ。ちょっと元気すぎるかもしれないと思わないでもないが。


「ファルクお兄ちゃんのお馬さんが見たい!」

「よし、じゃあ後で一緒に厩舎に行こうか。それと、これ。テレザにお土産だよ。」


 桜色の髪飾りを渡すと、つけてつけてと要求されたので、黒髪にそっと挿してやった。テレザはてててと鏡の前に走っていくと、髪飾りのついた自分の頭をみてご満悦の様子だ。

 

「テレザ、ちゃんとファルクにお礼を言いなさい。」


 母さんに窘められたテレザは、再び俺の方に突進してきた。


「ありがとー、おにい、ちゃあああん!!!」


 しまった。若干腹筋に力を入れるタイミングが遅れた。思わず「ぐふっ」と声を漏らしてしまった。


「? どうしたの?」

「いや、なんでもないよ。」

「ふーん。あ、そうだ、イスタタウンのお話が聞きたい!」

「それは私も聞きたいわ。」


 母さんもテレザの要求に賛同する。


俺はかいつまんで簡潔にイスタタウンでの出来事を説明しようとしたが、二人からの矢継ぎ早の質問で、結果的に詳細に長々と話しをすることになった。





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