マッチョ売りの少女
「マッチョはいりませんか?」
師走、雪が降り積もり誰もが忙しく動き回る町の一角で、そんな声が聞こえてきた。
そこに立つのは、二メートルはある身長と彫りの深い顔、そして何よりミロのヴィーナスのような芸術的な美しさすら抱かせる黄金の肉体を持つ――少女。
頭巾を被り道行く人に「マッチョはいりませんか?」と声をかける少女。
これが普通の女の子ならもしかしたら買ってくれる人もいたかもしれないが、彼女はむきむきマッチョウーマン。ほのぼの日常漫画の中に世紀末な劇画タッチのキャラクターが登場するくらいは色々ヒドイ。
そもそも、マッチョいりませんか? と言われて誰がマッチョを買うのか。そもそもマッチョとはなんなのか。
この少女がこんな町の片隅でマッチョを売っているのには理由があった。
少女はここから馬車の駅をいくつも越えた場所にある辺鄙な場所にお爺さんと一緒に住んでいたのだが、二日前、お爺さんが病で倒れてしまったのだ。
身寄りもなくお金のない貧乏なお爺さんは、医者に診てもらえない。だから少女は何とかお金を稼ごうと必死で家をひっくり返した。
だが、家には売れるようなものは何もなくて、だから少女は自らを売りに出そうとしているのだ。少しでもお金を稼がなくては、このままではお爺さんが死んでしまう。
お金を稼ぐためならなんでもする。だが、今の時期に彼女を雇ってくれるような店はどこにもなく、だから彼女は路上でこうして身売りをしているのだ。
しかし、いつまで経っても買い手は出てこない。少女は思った。もしかしたら、この町が悪いのかもしれない、と。もっと大きな町にいけば買ってくれるかもしれない。
少女は走り出した。雪を切り裂き、大腿四頭筋が盛り上がる。疾走。疾風のごとく走る姿は鳥か馬か。町を駆け出すこと数分、少女の前に一組の男女が現れた。
「お母さん! お母さん!!」
地面に倒れた女性の身体を揺らす子供。
少女は迷った。自分の目的は、自分を守り育ててくれたお爺さんを助ける為にお金を稼ぐこと。一刻も早くお金を稼がなければならない時に人助けをしている場合なのか。
目を瞑り、何も見なかったことにすればいい。目を逸らしてしまえ。
「……大丈夫ですか?」
「――うひゃあ!?」
そんなことが少女にできるのか? いや、できるはずがない。情けは人の為ならず、人とは共に差さえあっているのだ。そんなお爺さんの教えを愚直なまでに実践する少女には、そのような残酷な行いができる筈もない。
声をかけられた少年は思わず悲鳴をあげて腰を抜かしてしまった。当然だろう、二メートルはあるかというような濃い人に声をかけられたら誰だって驚くにきまっている。
「驚かせてごめんなさい。いてもたってもいられなくて」
「あ、いえ……えっと、あなたは?」
通りすがりのマッチョ売りです。にこりと微笑み少女は倒れた女性の身体を見る。酷い衰弱具合だ。このままでは町まで戻っても間に合うかどうか。
深刻そうな表情をする少女の顔を見て、やはり駄目なのか、と少年が瞳に涙を溜める。しかし、その涙を流させるようなことを少女は許しはしない。
「大丈夫、すぐに治します」
「でも、どうやって――」
立ち上がった少女が両手を胸の前で円を描くように構え「コォォオオオ……」と呼吸を整える。すると彼女の身体から突如として黄金の光が溢れ出す。
雪を溶かし緑を芽吹かせる黄金の輝き、それは少女の生命エネルギーそのもの。全てを包み込む日溜まりにも似た温かな光は彼女の両手の中でその姿を変え、右腕を静かに突き出すと共に虹色の光となって女性の身体に染み込んでいった。
「――うっ」
「おかあさん!?」
それからすぐに目を覚ました女性は自分の胸に飛び込んできた息子の姿に目を白黒させる。
「ど、どうかしたの?」
「えっとね、この人が助けてくれたんだ」
「この人? ……えっと、どこにいるの?」
「え?」
少年が少女を紹介しようと振り返るが、そこには人の姿などどこにもなく、どこまでも白い景色が広がるばかりであった。
おかしい、さっきまで居たのに。立ち上がり辺りを見回すが少女の姿など何処にも見当たらなかった。
「……もしかしたら、神様が助けてくれたのかもしれないわね」
「……うん!」
息子の落ち込みように、そして何より自分の中に残った誰かを思う温もりに、本当に誰かが居たことを悟った女性はスッと頭を下げると立ち上がり、少年と共に歩き出すのであった。
こうして少女は町々を歩き回った。三日三晩、飲まず食わずの大遠征。なんとかお爺さんを助けなければ、その一心で少女は叫んだ「マッチョはいりませんか」と。
だが、どれだけ叫んだところで聞き入れてくれる人は居ない。意気消沈しながらも、だが少女の歩みを支えるものがあった。
それが、行く先々で出会う人々だ。病床に倒れた人がいて、馬車に潰された人がいた。川で溺れそうになった動物がいた。少女は出会う困り果てた人たちを己の生命力を消費することで助けていったのだ。
見返りなどあるはずがなく、ただ自分の体力を消耗するだけの行動に過ぎないのに、彼女はただ困っている人を見捨てられなくて身を粉にして手助けし続けた。
そして三日目の晩のことだ。流石の少女も体力の限界を迎えていた。
ハァ、ハァ、と白い息を吐きながら必死に足を動かすのは、身長百五十センチほどの少女。二メートルほどあったあの生命力に溢れた少女は、度重なる生命力の譲渡によって普通の少女になってしまったのだ。
膝ほどある積雪に、三日三晩の強行軍。生命力の溢れたときの少女であればまだなんとかなったかもしれないが、今の少女はただの少女でしかなく、そんな彼女には最早この夜道を走破するだけの力は残されていなかった。
だがしかし、少女は必死に手足を動かした。せめて、せめてお爺さんのもとに戻りたい。それだけの思いで少女は限界を越えた肉体の酷使を行っていたのだ。
だがしかし、普通の少女がいくら限界を越えたところで限度があった。
膝の力が抜け、雪の中に落ちる身体。顔面を冷気が包みこみ、窒息してしまうと身体を起き上がらせようとするのだが、少女の身体は言うことをきいてくれず仰向けに転がってしまう。
柔らかな月の黄金の光。そして視界全てを覆い尽くすは星の海。それを見て少女は悟った。
――嗚呼、自分はここで死んでしまうのだ、と。
お爺さんから聞いたことがある。夜空の星とは、人の命なのだ、と。星は人の命を、運命を司っているのだと。まるで涙のようにこぼれ落ちる流星を見て少女は思った。
あれがわたしなのだろう。落ちていく儚い光は自分なのだと。
お爺さんのもとに帰られないのは残念だが、満天の星空の中で死ねるのなら、それもまた本望なのかもしれない。疲れきって指の一本も動かせなくなった身体、徐々に閉じていく視界の中で少女は見た。
自分の身体を包み込む熱と肌色を。
「ごほっごほっ……はぁ……」
森の一角にある小屋の中で、一人の老人がその生涯を終えようとしていた。
その老人とは、少女を育てたお爺さん。彼は医者にかかることができずに病気が進行してしまいこのような骨と皮だけのような姿となってしまった。
身体を蝕む病魔が徐々に自分の身体を侵食していくのを感じながら、だがお爺さんが思うのは一人娘である少女の事。
少女が自分を助けるために外に出て行ったことは知っていた。日付の感覚がおかしくなって久しいが少女がもう長い間帰ってきていない事だけは分かる。彼女はどうしたのだろうか、もしかしてどこかで倒れているのではないだろうか。お爺さんはただただ少女の心配ばかりをしていた。
この森で暮らす偏屈な爺。身内はおらずいずれ野垂れ死ぬのだろうとばかり思っていた頃に偶然拾った少女。彼女と共に暮らすうちにお爺さんは今まで感じたことのない幸福感を覚えていた。だからお爺さんは思うのだ。どうか少女には幸せになってほしいのだ、と。いっそ病気の自分を放っておいてどこかへ行っても良いのだと。だが、心優しい少女は自分を見捨てることなく出て行ってしまった。
今すぐにでも立ち上がって少女を探しに行きたい。だが、病魔はそれを許さなかった。
――せめて、せめてあの子を……。
うわ言の様に繰り返し、天井を睨むお爺さん。そんな時突然小屋の扉が爆発した。
「お爺さんはいるかァッ!!」
一体なんだ、一体誰だ。小屋の扉を蹴り破り現れたのは、大木のような四肢を持つ筋骨隆々の男。男は無遠慮にお爺さんの隣まで来るとニカッと笑い言った。
「俺は町で煙突掃除の仕事をしてるもんだ。あんたを助けに来た」
「……わし、を?」
彼のことを見たことはない。もしかしたらあちらはあるのかもしれないが、そんな何のかかわりもない男性が何ゆえ自分を助けようとするのか。だが、お爺さんには一つだけ心当たりがあった。
「少女……」
「そうだ。少女ちゃんの事情を聞いちまってな。あんたを助けに来たんだ」
ちょっと遅くなっちまったけど、と笑う煙突掃除に、ありがとう、とお爺さんはピクリと頬を動かした。
「じゃが、わしはもう駄目じゃ……。医者でも、無理じゃろう……」
だから、そう伝えようとしたところで扉の方から声が響いた。
「煙突掃除!」
「どうした!?」
「少女ちゃんが――」
「――なんじゃとッ!?」
その緊急を知らせる男の声色にお爺さんの身体に熱が生まれる。少女が危ない、それを聞いて大人しく寝ていられる親が居るか。いや、居るはずがない。
「おい、お爺さん!?」
「わしを、わしを……」
「分かった、ちょっと揺れるぞ!」
ベッドから起き上がることしかできないお爺さんの身体を支え、煙突掃除がお爺さんと共に外に出る。そしてお爺さんは見た。
「しょう、じょ……」
家の前に居る見知らぬ人々、その内の一人が抱えた女の子は、姿こそ違えどその面影を忘れるはずはない。
煙突掃除の手から離れ、お爺さんはふらふらと覚束ない足取りでその少女の元に歩いていく。
雪に足を取られながらも這う這うの体で必死に手を伸ばすお爺さんを見て、少女を抱えていた青年は自らも歩み寄ると少女をそっと雪の上に横たわらせた。
お爺さんが少女の手を握る。その手は氷の様に冷たく、顔色はまるで雪の様に白い。
「お……おお、少女……おぉ……」
よく頑張った。そう褒めてやりたかった。寒かったろう、そう言って抱きしめてやりたかった。でも、その残酷すぎる現実にお爺さんはただ、自分の熱が少女に伝わってほしいと少女の手を両手でギュッと握り締めることしかできない。
項垂れ肩を震わせるお爺さんに、皆目を逸らし顎を引くだけ。
「すいません。僕たちがもっと早く見つけていれば……」
「……いいんじゃ。いいんじゃよ。よく、よくここまで届けてくれた……」
もうこのまま死のう。お爺さんは笑っていたが、その顔は己の死に場所を悟っていた。
己の生きる目的であった少女は死んだ。なら病魔に蝕まれた己もまた逝こう。あまりにも悲惨な笑顔に少女を抱えていた青年は悔しそうに目を逸らす。
暗く重い空気が空間を支配する。冷気が心に鋭く突き刺さり、皆の心を冷たくしていく。
やることはすべてやった。皆が意気消沈して帰り出そうとしたとき、推移を見守っていた煙突掃除が叫んだ。
「お前たち、それで良いのかッ!!」
彼の鍛え抜かれた腹筋から繰り出される叫びは雪を巻き上げ空気を揺らす。
どれだけの雪に打たれようと、どれだけ冷気に曝されようと、煙突掃除の心には真っ赤な炎が燃えていた。
「俺たちは、あの子に助けられたッ! そして、あの子に恩を返したいッ! そうやって集まったんじゃないのかッ!? 違うのかッ!!」
男の炎が皆を焦す。そうだ。彼の言う通り、この場に集まった者たちは皆、この三日間で彼女に助けられた者たちだ。
ある者は雪の中から救われ、ある者は冬眠しなかった飢えた熊に襲われたところを、ある者は不治の病を、またある者は雪の中で倒れていたところを。皆彼女によって命を永らえた者たちばかり。老若男女、誰もが彼女に分け隔てなく手を差し伸べられた者たちだった。
「分かってるッ!! 分かってるけど……」
恩を返す少女は死んでるじゃないか。ある青年の言葉に、更に空気が重くなる。
少女によって与えられた筋肉が萎む。彼女の命は自分たちの中に燃えている。冷たい少女を見たからこそ、尚の事自分たちの中にあるものを意識してしまう。
「馬鹿を言えッ!! 彼女はまだ生きているッ俺たちの中にッ!! 違うかッ!!」
「そんなもの、精神論じゃないッ!!」
上腕二頭筋を唸らせ熱弁する煙突掃除に女性が金切り声をあげた。悲痛なまでの叫びからは、少女が死んだことに対する悲しみが伝わってくる。だが、それがどうしたというのだ。悲しんでいるだけでは何も変わらない。働かない筋肉など所詮は見せ筋にすぎないのだ。
煙突掃除は長年の仕事の影響で傷だらけになった掌を握り、言った。
「だからどうしたッ!! 精神論? 構うものかよッ!! 俺たちは少女ちゃんによって生かされているんだッ!! なら、俺たちにだって同じことができるッ!!」
「――ぼくたちのエネルギーを、少女ちゃんに?」
そうだ。煙突掃除の言葉に集団はざわめいた。
確かに理屈は通る。同一のエネルギーを少女に注入すれば蘇生する可能性だって零ではないだろう。だがしかし、自分たちの状況と違って少女は既にこと切れて時間が過ぎているし、何より今自分たちがエネルギーを失ってしまえばどうなるのか。それを考えると誰もが率先して動くことは出来なかった。
少女に与えられたエネルギーを失ってしまえば、きっと自分たちは少女にエネルギーを与えられる前の状態になってしまう。それは死を意味していた。
「死にたくない。誰だってそうさ。誰だって死にたくて生きてるわけじゃない。でもな――」
「少女ちゃんは、あの子は自分の命を削ることすら承知で俺たちにエネルギーを与えてくれたんだッ!! 分かっていたはずだッ! 自分のエネルギーがなくなればどうなるかなんてッ。でも、あの子はそれをした。分かるかッ!? お爺さんを助けたいって思いをッ、せめて自分が家に帰ってお爺さんと会いたいって想いをッ!! でもッ、この子はそれでも俺たちを、見ず知らずの他人同然の俺たちを助けてくれたんだッ!! 自分が大切な人に言葉を介す時間を俺たちにくれたんだッ!! なのに俺たちはどうだッ!? 俺たちは大切な人と話して、触れ合う時間すらあるッ!! この子はそんな時間すら与えられずに冷たい雪の中に居たってのにッ!!」
全身を震わせ涙を流しながら煙突掃除は叫んだ。こんな不条理があってたまるかと。こんな残酷なことがあってたまるかと。
「誰だって死ぬのは怖いさ。でも、ここでやらなきゃ、俺たちがやらなきゃ誰がやるんだッ!!」
そう言ってお爺さんたちの元へと歩き出そうとした煙突掃除の肩を掴む者がいた。
振り返った先には鋲とバッヂの付いた革ジャン着たモヒカンや金髪の男たち。お前たち邪魔をする気か。剣呑な目を向ける煙突掃除に、しかし男たちはニヤリと笑って言った。
「俺たちも手伝うぜ」
「その為に来たんだからよ?」
「あんたのシャウト、いいロックだったゼッ!」
自分一人だけだと思っていた。驚く煙突掃除の耳に雪を踏みしめる音が聞こえてくる。
そちらを見れば、先程まで落ち込み萎んでいた人々が生命に溢れる力強さを見せていた。「死にたくないなー」「でもさ、格好良くね? 女の子を助けるんだぜ?」「孫と話せんなんて悲しい想いはさせたくないでの」「ふふ、相変わらず無茶しようとしますねぇあなたは」文句を言う者、覚る者、反応こそそれぞれだが、誰もが皆覚悟を決めた顔をしていた。
もしかしたら今だけなのかもしれない。もしかしたら皆に釣られただけかもしれない。だが、今ここで決断したこと、それは真実だった。
煙突掃除は涙を隠すことなく頭を下げた。それは疑ったことへの謝罪であり、感謝の礼。その美しい九十度に皆微笑みを浮かべる。
「さあ、やるぞッ!!」
『――応ッ!!』
それは奇妙な光景だった。
年老いた老人と冷たい少女を囲うようにして作られた円陣。子供がいた。大人がいた。細マッチョがいて、ゴリマッチョが、力士マッチョがいる。男がいて、女がいて、両方がいて、白人も黒人も黄色人種もみんなみんな手を繋いで目を瞑っていた。
千差万別、本来なら相容れない、交わらない人々ですら皆、少女のためにその命を燃やしていた。
人々の命の光が少しずつ少女の身体に吸い込まれていく。だが、これだけの数が集まって尚少女の身体は冷たいまま。皆全身から汗を噴き出し湯気をあげてまで彼女にエネルギーを送り続ける。
それは気の遠くなるような時間だった。己の中から何か大切なものが抜けだしていく感覚と、遅いくる冷たく暗いものに怯え、畏れながらもそれでもエネルギーを送り続けるという、地獄のような時間だった。
誰もが震え、誰もが心が折れそうになった。だが、その度に皆両手の先に居る人々を思った。共に戦っている人々を思うと、不思議と力が湧いてきたのだ。
だが、それもほんの少しのこと。皆膝が震え、ついに一人が地面に崩れ落ちそうになったその時――
不思議なことが起こった。
「――こ、これは――ッ!?」
「な、なんだこの光は――」
「まさかッ!?」
「し、知っているのか傘屋ッ!?」
突如として黄金に輝きだしたお爺さんの肉体。するとまるで時間が巻き戻るかのようにお爺さんの身体に力がみなぎってくる。
枯れ枝のような細い腕は年輪を刻んだ大樹の様に、枯草のような髪は春の青々と萌える草木の様に。折れ曲がった茎のような背中は太陽を目指す向日葵のように。
身長二メートル。明るい茶髪の筋肉ムキムキマッチョマン。お爺さんの突然の肉体変化に皆が目を見開く。だが、これは必然だった。
皆さんは、筋肉、というものが一つの物体ではない、ということを御存じだろうか?
筋肉とは、筋繊維というものが束になって出来たものなのだ。つまり、筋肉とは筋繊維の集合体なのだ。さらに、一口に筋肉と言っても速筋と遅筋、骨格筋と平滑筋。様々な種類の筋肉によって人体は形成されているのである。
そして、彼らが今組んでいるのは円陣。繋ぎ合った手は筋肉のようであり、円とは縁と読み替えることも出来る。
縁とは人々の繋がりを指し、これは生物同士の繋がりを指す。生物のみならず物体は全て分子や原子の結合、つまり繋がりによって成り立っている。そして円とは球と同じ形状をしており球体とは地球も同じ。そして銀河系もまた円であり、星々の集合体、縁なのだ。
言うなれば筋肉宇宙。筋肉の円陣とは即ち生命の輪廻転生を意味し父なる空、母なる大地を表わしているのである。
「皆ッ、力を筋肉にッ!!」
『いいですともッ!!』
筋肉の宇宙に作られた地球。命を育む星の力は螺旋を描き少女の身体に吸い込まれていく。
そして――
※※
「それからどうなったのー!?」
膝の上で暴れる娘に、ここで焦らしたのは間違いだったかなぁ、なんて苦笑してしまう。
だが、そろそろ終わらせないとあの人が帰ってきてしまう。さて、最後まで話すべきか、どうするべきか。
「今帰ったぞー」
「あ、パパだっ!!」
話の続きなんてほっぽり出してすたこらと玄関に走り出した娘に思わず笑みを溢してしまう。
扉の向こうから聞こえてくる大声にクスクスと笑っていると、娘を抱えた夫が姿を現した。
「まったく、お父さんは煤だらけだから抱き付くなって言ってるのに」
「いいもん、わたし汚れないし」
「言ったなぁ?」
そんな子にはこうだー、と楽しそうにキャッキャと騒ぐ二人を見て立ち上がり、私は夫に近づいていく。
「お疲れ様」
「ああ。この時期になると煙突掃除の仕事が増えて大変だ」
文句を言いつつも満足そうな夫の横顔についている煤を見て、私は手でそれを拭ってあげる。私の手の感触に驚いたのだろう、どうしたんだと驚く夫に「煤、ついてたよ」と黒くなった指を見せてやる。
それを見て照れ臭そうに頬を掻いた夫は、話を逸らす為かここで何をしていたんだ、と問いかけてきた。
「えっとねー、ママの話聞いてたのー」
「ママのって、まさか……」
あの話か!? にこりと笑ってみると、その話は止めてくれよと机に手を突くと顔に手を当てて項垂れる夫。
暖炉の炎より赤くなった耳を見て、私と娘は「まっかっかー」と笑うのだった。
ほんの少しの奇跡と共に、命は繋がっていく。いつまでも、いつまでも……。




