第9話 禁断の裏技
謹慎処分になりました。
理不尽ここに極まれり。
「おかしいだろ!?」
「……まあ」
エルティアがなんとも言えない微妙な表情でメロンソーダをストローで吸い上げた。
ここはいつもの喫茶店。俺はエルティアを前にして、先日自分に起きた不条理な出来事に対して愚痴をこぼしていた。
「いきなり襲い掛かってきたスライムどもを退治しただけだぞ?!なんで謹慎処分にされなきゃいけないんだ!」
スラえもんを倒した後、俺たちは駆けつけた先生たちに職員室に連行され、こっぴどく説教を受ける羽目になった。
最初、迷い込んだスライムに俺たちがちょっかいをかけたと疑われたが、目撃者もいたことでそれは誤解と分かって不問とされた。
しかし、勝手に戦闘をおっぱじめたのがいけなかったようで、しかも、俺が特大のファイアーボールを使ったのが最悪だったようだ。おかげで、三日間の謹慎処分。
エルティア曰く、属性のついた魔法攻撃は、威力次第でプロテクトを砕いて人に危害を与える危険性があるとのこと。ファイアードッジで使うような小さなファイアーボールぐらいでは問題ないが、あれほどの威力の魔法はご法度だそうだ。
「思春期の子供や、ストレスや鬱憤が溜まりに溜まっている社畜さんたちがよく引き起こす魔力爆発は大した問題ではないんです。威力があろうと、純粋なマナの暴発ですから防御系魔法の中でも最下級のプロテクトでさえ防ぐことは容易なんですよ」
先日目撃したような校舎爆発事件も、この世界では珍しいことではなく、毎日どこかの学校やらオフィスが爆発しているそうだ。魔力爆発させた犯人も、「色々溜まってんだなー」と生暖かい目と多少の処罰を受けるだけで、刑事事件にまで発展することはまれだという。 もうなんか無茶苦茶だな。
それはそれとして……
「で、つまりだ。俺の謹慎の原因はお前にある。そういうことで、いいね?」
そこを指摘してやると、エルティアはダラダラと冷や汗を流しながらそっぽを向く。
「……英雄は、時としてそういう試練にぶつかるものなのです」
「うるせーよ!」
やらかした自覚はあるようで、ストローを弄びながら目を泳がせていた。
「ねえねえ?きゅーちゃん、学校、謹慎処分になったんだって?」
ふいに声がして見上げると、そこにはトレイを胸に抱いた大学生ぐらいのお姉さんが俺たちの席の側に立っていた。
城崎智代。俺が昔から智代ねーちゃんと慕うこの喫茶店「キュービック」の看板娘だ。
ちょっと久しぶりなので会えてうれしい。ちなみにその持っているトレイ、ちょっと邪魔だよ?
「……姉ちゃんから聞いたの?」
「まあね。あの子、ゲラゲラ笑ってたけど」
クソ姉貴め。うちの姉ちゃんと智代ねーちゃんは幼なじみで今も仲がいい。きっと余計なことを色々と智代ねーちゃんに吹き込んでいるに違いない。
「事情はよく知らないけど、ほどほどにね。それで?」
智代ねーちゃんはエルティアに目を向けた。
「このかわいい子は誰?彼女?」
飲もうとしていたコーヒーを吹き出しそうになった。
「はい、そうです」
などとエルティアが真顔でぬかしたので頬を思いっきり引っ張ってやった。
「いはいれふ、いはいれふ!」
「お前、ちょっと黙ってろ!……こいつは高校の同級生の妹だよ。暇を持て余したボッチ小学生で、しょうがないから俺がたまに相手してやるんだよ」
「誰がボッチですか誰が!」
エルティアが俺に食ってかかるが、華麗にスルー。俺、おおむね嘘は言っていないからな!
智代ねーちゃんは、俺たちのやりとりを見てクスクスと笑った。
「あーよかった。本当にきゅーちゃんの彼女だったら、私ちょっとショックだったかもだから」
「こいつ小学生だよ?冗談きついよ」
視界の端でエルティアがムッとした顔をしているが、知ったこっちゃない。
「小学生でも、きゅーちゃんが女の子を連れてきたら……ちょっとショック、だよ?」
俺はゴクリと喉を鳴らし、そう言う智代ねーちゃんの顔を思わず見直したが……智代ねーちゃんは悪戯っぽく微笑んでいた。
……やられた。
「ほんと……冗談きついよ智代ねーちゃん」
俺は頬が熱くなるのを感じながら、コーヒーに口をつけた。
……昔から智代ねーちゃんはこうやってたまに俺をからかうのだ。
楽しそうに俺の頭を指でツンツンする智代ねーちゃんだったが、マスターに「智代―、次頼むよー」と声を掛けられた。
「はーい!……あ、そうそう。この前借りたアニメ、結構面白かったから続きあるならまた貸してね。じゃあごゆっくりー」
そう言って、智代ねーちゃんはパタパタと席を離れていった。
この間渡した布教用円盤は、どうやらお気に召したらしい。こうして俺のオタ趣味にも嫌悪感を見せることもなく付き合ってくれる智代ねーちゃん、大好き。
「なんですか、あのあざとい女は。ああいう手合いには気を付けた方がいいですよ久太郎さん。男を手玉に取ることしか考えてないビッチに決まってるんですから」
不機嫌な顔を隠そうともせずにストローでブクブクとメロンソーダを泡立てるエルティア。
「おい、いくらお前でも智代ねーちゃんを悪く言うのは――」
「なんです!?」
ギロリと物凄い眼光で睨まれ、思わず「なんでもないです」と下を向いてしまう俺。小学生女子やりこまれる高校生男子の図。
「ふん……まあそんなことはどうでもいいです。それよりも、喫緊の課題として、あなたの魔力不足をどうにかしないといけません。一人ではファイアーボールすら満足に撃てないんですから。冗談じゃなく、そこらの小学生にも負けちゃうレベルですよ」
「目の前の小学生には世界が負けそうだけど」
「冗談を言っている場合じゃありませんよ……せめて最低限の魔法を使えるぐらいに仕上げておかないと、他の子たちに何と言われるか……」
「おい、待て。他の子たち、ってのは何だ」
「何だと言われても、私以外の仲間たちのことですよ。まだ覚醒していませんが、じきに現れるでしょう」
まだ増えるのかよ!
「……さぞお強いんでしょうね?」
「そりゃもう」
なんだよ。他にもバケモノじみた力を持つ奴らが出てくんのか。もう、本当、お前らだけでやってくんないかな。
「例えば、仲間の一人に私の妹がいるんですが、その子はこの世界でいうところの……武闘家、でしょうか。その子の特訓を受けるとなれば肉体的に苛烈を極めると思います。今のうちにやるだけやっておかないと、色々とやらなきゃいけない特訓が雪だるま式に増えてかなりしんどいことになっちゃいますよ?」
俺が腰を浮かしかけると、目にも止まらぬ速さで腕を捕らえられた。そしてニコリと笑って一言。
「逃げても無駄。ですよね?」
「……ハイ……」
俺はすごすごと席に座りなおした。ちくしょう!
「……なあ、あの時みたいにマナを補填できる手段があるなら、もうそれでいいじゃんか。ていうか、魔法に関してはお前が専門家なんだから、そこは全部お前に任せた方がいいんじゃないか?魔王とやりあうような大事な場面とかでは特にさ」
仕事は丸投げ……ではなく、適性があってやる気のある者に任せるのが一番いい。門外漢が無駄に口や手を出してもろくなことにならないだろう。
しかし、エルティアは額に手を当てて深くため息をついた。
「……言ったでしょう。魔王にはクウェイドでなければ対抗できないと……まあ、今はとりあえず、それは置いておいておきます。いいですか久太郎さん。ファイアーボール程度を撃つためのマナを補填するのは問題ありませんが、それ以上の魔法を行使するのに、他人のマナを頼るなんてできませんよ?高位の魔法を使うには久太郎さんの言う、灼熱電流地獄ぐらいでは追いつかないぐらいのマナの量を送りこまなければいけません。体が中から爆発して死んじゃうのがオチですよ」
「だから、魔法は全部お前に丸投げ――」
「ダメです」
エルティアは、ピシャリと俺の提案を退ける。
「普通は何年もかけて地道にマナの総量を引き上げるんですが、実際の話、そんな悠長なことを言っている場合ではないので、今回は外法気味の裏技を使うことにします」
「裏技?」
「そうです」
「……嫌な予感がするんだけど……ちなみにどんなことやらされるんだ?」
「やることは単純ですよ」
エルティアは、チュー、とメロンソーダを一口飲んでから言った。
「ドーピングです」
ギャーギャー!
得体の知れない獣の鳴き声があちらこちらから聞こえてくる。
周りは鬱蒼とした木々に囲まれていて、方向すらうまくつかめない。濃密な森の香りが鼻腔をくすぐった。
「……もう慣れてきたけど、今度は一体どこなんだよ」
またいきなりの場面転換。ジャージ姿のままの俺に比べて、目の前のエルティアは、いつの間にか私服からローブ姿へとコスチュームチェンジしている。
見たところ、どうやら俺たちはどこかの森の奥深くにいるようだが……
「ここは、とある無人島です。人の手が入っていないので、貴重な素材を採取することができるんですよ」
今度は無人島か。ジャージ一丁のまま連れてくんなよ。それにしても。
「お前、小学生の癖に……いや、中身は違うのかもしれないけど、どうしてそんなに色々詳しいんだ。こんな無人島のことなんかどうやって調べた」
「エルティアとして覚醒してからというもの、私はこれでも毎日のように魔王討伐に向けた下準備を色々と進めているんです。必要となる錬金素材についても採取できる場所など世界を飛び回って色々と調べたり……どうです、偉いでしょう?偉いと思ったら褒めてくれていいんですよ?」
「はいはい、えらいえらい」
俺はエルティアのとんがり帽越しに頭をぐしぐしと乱暴に撫でてやる。ぞんざいな扱いに怒ると思いきや、まんざらでもないような顔で撫でられるままになっている。案外ちょろい。
「ふふっ。それでですね。久太郎さんのマナを強化するための、魔力増強薬を調合するための素材をこれから集めたいと思うんです」
「ほーん?そうかそうか。なるほどな。でも、俺はなんで連れてこられたの?必要ないよね?」
薬の素材の知識などない俺がいてもしょうがないだろうに。むしろ足手まといになると胸を張って言える。
というか、さっきから森の奥から聞こえるギャーギャーという謎の鳴き声がうるさい。
エルティアが隣にいるから呑気に構えているが、俺一人だったら完全にちびってる。絶対ヤバイのいる。
「私が素材を集めて薬を作るだけでは芸がないでしょう?せっかく三日間も時間ができたんです。どうせなら久太郎さんに素材集めは任せようかと」
「お前、バカなの?」
もうどこからつっこんでいいのか分からない。
「ちょっと考えたんです。私は過保護すぎるかなって。何をするにしてもいつも私が付いていては久太郎さんの成長を阻害するかもしれないと気が付いたんです」
余計なことに気付かなくていいよ!
「おい、まさか……一人で素材とやらを取りに行け……とか言わないよな?」
「言いますけど?」
言われちゃった!