第8話 大切なのはイメージです
「おりゃー!」
「おらおらー!」
二人が武器を振り回し、スライムに肉薄する。俺の目から見ても二人の動きは素人同然だ。
スライムの動きも想像以上にすばしっこく、中々攻撃を当てることも難しいようだが、それでも何匹かのスライムを倒すことはできたようだ。
しかし。
「お、おいおいおい!なんか俺の方だけ、めっちゃ寄ってきてるんですけど!?」
岡部たちが相手している数匹を残して、その他すべてのスライムが俺に殺到してきていた。俺は必死になってグルグルとグラウンドを逃げ回る。なんで俺ばっかりなんだよ!
「久太郎!素手じゃまじでやばいから早く武器出せって!」
ボブソンが武器を振り回しながら叫んでいるが、もちろん俺には武器なんてない。
「くそ!」
しかし、俺だって男だ。ガチオタ二人が戦っているのに、俺だけが逃げ回っているわけにはいかない。見てろよこのやろう!
「プロテクト!」
俺は身体の表面を覆うマナを意識して、硬質化するイメージをする。参考資料はエ●ァのATフィールドだ。すぐに俺の体全体に硬質な膜が張られるのを感じた。
成功だ。
「よし!俺の心の壁は分厚いぜ!」
実は今朝、エルティア式拷問の成果とやらを試してみる気になって、ちょっとプロテクトの練習をしてみたのだ。
マナを感じることができるようになったのがよかったのか、案外すんなりとプロテクトを張ることができた。
いまいち効果のほどが実感できなかったので、姉ちゃんに上手くいっているか聞いてみたらファイアーボールが飛んできたりしたが、無事無傷で済んだのでちゃんと機能しているのだろう。
頭のおかしい姉のおかげで防御魔法の実証実験は済んでいる。あとは攻撃だ。
こちらはなかなかうまくいかなかった。庭でファイアーボールとフリーズを試したが、小さな炎や冷気が出たりはしたが、手の先で留まるばかりで攻撃対象に飛んでいかないのだ。
しかし、今使える攻撃手段といったらこれだけ。やってみるしかない。
俺は逃げるのをやめ、押し寄せるスライムどもと相対する。めちゃ怖い。
「フリーズ!」
俺は両手を突き出し、手の先を流れるマナを凍らせるイメージをする。すると両手がみるみる内に凍り出し、小さな氷塊で覆われた。
先日、体育の時間で全身氷漬けになってしまったが、マナを感じることができる今、部分的に凍らせることはできるとは思っていた。
「アイスグローブ!これが俺の魔法(物理)だ!」
俺は氷塊で覆われた手をスライムに向かってブンブンと振り回す。自分のマナから作り出したものだからなのだろうか、ちっとも冷たくないし重くもない。
しかし、打撃としてはそこそこ有効のようで、クリーンヒットしたスライムはドロリと形を崩してピクリとも動かなくなった。
体を赤く変色させながら、こちらの顔めがけて飛びかかってくるのは怖いが、素早くとも動きが単純なので打撃を当てるのはそう難しいことではないのに気が付いた。タイミングさえ掴めば、そこいらのリズムゲーよりもヌルゲーだ。
「わははははは!勇者様をなめるなよ!このゼラチン野郎!型に流し込んでゼリーにしてやるぜ!」
顔への張り付きを防ぐために手の氷塊をハンマーのように振り回して、飛びかかってくるスライムを叩き落とし続ける。氷塊にドロリとした粘着質のスライムの残骸がこびりついて気持ちが悪い。
「おい!そろそろ合体始まるぞ!気を付けろ!」
岡部が武器を振り回しながら焦った声でそう叫んだ。
見ると、二人が相手取っていた数匹がピョンピョンと跳ねながらこちらへと向かってきた。そしてお互いが鏡餅のように折り重なっていく。
「今だ!合体して動きを止めてるぞ!ばんばんファイアーボールを打ち込め!」
ボブソンがそう言ってファイアーボールをスライムに向かって放った。岡部もそれ続く。こぶし大の火の玉が次々と合体途中のスライムを襲った。
ファイアーボールの当たった衝撃で体の一部が飛沫となって飛び散り、焦げ臭い匂いを辺りに振りまく。しかし決定打とはなっていないようで、大きさは多少小さくなったが、倒しきれない。
俺も参戦したいが、手のひらがたいまつになるだけで攻撃にはならないのでどうしようもない。くそう、こうやって手をこまねいて突っ立てるのは恥ずかしいものがあるな。
「おい!久太郎後ろ!」
「え?」
と、振り向いたらすぐ背後に一匹のスライムが迫っていた。どこにいたんだこいつ!
声を上げる間もなく俺の顔めがけて飛びかかってくるスライム。張り付かれる!と思った瞬間、襲い掛かってきたスライムが突然視界から消えた。
何事?と思って左右を見渡すと、左手の方に矢で射抜かれた先ほどのスライムが蠢いていた。
「あ、当たった!」
嬉々とした声が聞こえたのでそちらに目を向けると、そこには弓を手にした瑞希が頬を紅潮させてニマニマしながら立っていた。
「おい、これお前が?」
矢に射抜かれたスライムを指差しながら尋ねると、瑞希が弓を持ちながら腰に手を当てふんぞり返った。
「当然よ!久太郎を倒すのは私なんだから、スライムごときにやらせるわけないじゃない!」
相変わらず何を言っているのかさっぱり分からない。それよりも。
「でもお前……今、当たった!とか言ってなかった?」
「……言ってない」
そっぽを向き、ヒューヒューと鳴らない口笛を吹き始める瑞希。このやろう。
「俺に当たったらどうするんだよ!殺す気か!」
「い、一応、人除けの加護は与えてあるから大丈夫よ!た、多分!」
「多分ってなんだ!多分って!」
「それより合体終わっちゃったみたいよ」
「え?」
振り返ると、俺の背丈の半分ぐらいある大きなスライムがウネウネと蠢いていた。思ったよりも大きくはなかったが、体色は緑っぽい色に変化し、何やら小さな目と口のようなものがあるように見える。
「ダメだー。合体が終わっちまった」
「ああ……試合終了だなぁ」
ガチオタ二人が武器を下ろし、すっかり諦めムードだ。
「お、おい、お前ら!諦めてどうすんだよ!魔法をもっとバンバン打てよ!」
「……久太郎、お前これ攻撃できんのか?」
「……え?」
二人が指差す合体したスライム。プルプルと体を波打たせながら、愛嬌タップリのゆるキャラスマイルで笑いかけてきた。
「ぷるぷるん!ボク、スライムのスラえもん!わるいスライムじゃないよ!いっしょにあそぼう?」
その場でポヨンポヨンと小さく体を弾ませるスラえもん。名前が何気にヤバい。
しかも、仲間になりたそうにこちらを見てるぅ!
「……これは」
「こうなったらキツい。タダでさえ害の少ないモンスターなのに、合体したら多少の知性を持って可愛らしくなっちまう」
「もうこれは俺たちの手には負えない。保健所に連絡して連れて行ってもらわないと……」
「……捨て犬じゃねえんだから」
とはいえ、この愛くるしい見た目の生き物をザックリいくのは確かに躊躇われる。しかるべき機関に処分は任せるべきだろう。
「ぷるる……?キミ、なんだか?」
スラえもんが突然、俺の方に体を向けてプルプル体を震わせる。そして、体色がだんだんと赤っぽく変化していき……
「なんだか……めっちゃムカつくぷるん!!」
などと言っていきなり襲い掛かってきやがった!
「い、いきなりなんだーーーー!?」
大きなバウンドを繰り返しながら俺に迫ってくるスラえもん。大きくジャンプしたかと思うと、俺を踏みつぶさんばかりに体を地面に叩きつけてくる。俺は慌てて横っ飛びしてそれを避けたが、間髪入れずに再び俺を踏みつぶそうとその巨体を跳ねさせる。
避けられないスピードではないが、スラえもんが地面に叩きつけられる度に鳴る、ドスンドスンという重量感たっぷりの衝撃音が背筋を寒くさせた。
「にげるのダメぷるん!そこにたってるぷるん!」
「バカ野郎!死ぬわーーー!」
俺はストンピングしてくるスラえもんからダッシュで逃亡を図るが、しつこく追いかけてくる。
「久太郎、お前スライムに何したんだ!?」
「あいつ、スライムいじめでもしてたんじゃないか?人を見分けるぐらい知能が高いっていうから、復讐しに来たのかも」
カラスじゃねーんだから!しかも、スライムなんてものに出くわすのは、これが人生で初めてなんだから恨まれるような覚えだってもちろんない。
「黒蜜よ!久太郎のことだから黒蜜かけて美味しく頂いちゃったのよ!」
「うるせーよお前ら!見てないで助けろ!」
ふざけた事を言う奴らを尻目に、俺はひたすらに逃げまどう。見た目は愛らしくても、こいつは確実に俺を殺りに来てる。むざむざやられるわけにはいかない。
グラウンドを逃げ回りながら、俺の魔法(物理)でスラえもんの横っ面を引っぱたいてやろうかとを考えていると、いきなり何かが背中にのしかかってきて、前につんのめりそうになった。
「うお?!」
スラえもんが追いついてのしかかってきたかと思って振り返るが、あいつは少し離れたところを跳ねながらこちらを追いかけている。
じゃあこの背中の生暖かい重いのはなんだ?!
俺はパニックになりかけるが、すぐに耳元に小さな声が聞こえてきた。
『久太郎さん、私です。エルティアです。姿を消したまましがみついてますので、そのまま走りながら聞いてください』
「エルティア!?」
背中にのしかかっている重みはエルティアが俺にしがみついているからのようだ。ていうか姿を消してるってなんだよ。なにその素敵魔法。後で絶対教えてもらおう。
エルティアは、耳元にかなり顔を近づけているのか、吐息がかかってこそばゆい。
『先ほどから様子を見ていましたが、スライムごときにいいようにされてるのにこれ以上我慢できなくなりましたので、ちょっとだけ力を貸すことにしました』
「いやいや!もうお前がちゃちゃっとあいつぶっ飛ばしてくれよ!」
『それじゃあ意味ないでしょう。クウェイドの記憶がないあなたはろくに実戦経験すらない様子ですから。あなたの手であいつを倒して下さい』
「どうやって!」
『知れた事。魔法ですよ』
「練習はしたが、魔法が前に飛んでいかないんだよ!」
『単純に魔力が足りてないんですよ。早急にどうにかしなければいけませんが、今は私が少しだけマナをあなたの体に送りますので、それでなんとかして下さい』
「マナを送る!?あの拷問ここでやんのかよ!」
『あんな量のマナは送りませんから心配いらないです。少しビリビリする程度ですよ。ビリビリしてきたら、ファイアーボールをあのスライムに撃って下さいね』
俺の襟元からエルティアの腕らしきものが胸元にスルリと入った感覚がした。胸に小さな手が当てられている。
『じ、じゃあ行きますよ……ハァハァ』
「おい待て。ハァハァってなんだ」
『気にしないで下さい』
エルティアがそう言った瞬間、俺の体にマナが流し込まれるのを感じた。
「ぐっ」
体に暖かいモノが巡るような感覚がすると、次に全身にビリビリとした痺れが走った。確かに先日の電流地獄のような激しいものではないが、つらいものはつらい。
俺は逃げるのを止め、スラえもんに対峙する。
『いいですか。もう分かっているようですが、イメージが重要です。ファイアーボールを受けたことがあるなら、その威力、熱、痛み、恐怖をよく思い出して下さい。『心に因りて正しき理をもって現世に像を結ぶべし』。それが魔法の基本です。そうすればマナは必ず応えてくれます』
半分何を言っているのか分からないが、要は何度か食らったことがあるファイアーボールの事をイメージしろってことだろう。魔法においてのイメージの重要性はすでに理解している。
俺は、ファイアードッジという頭のおかしいスポーツと頭のおかしい姉ちゃんに食らったファイアーボールを思い出し、イメージを膨らませる。
煌々と輝く火の塊。火球が迫ってくる恐怖。体にぶち当たった時の衝撃。瞬間に感じた熱気と痛み。姉ちゃんの凶悪なドヤ顔。
全身のマナを手の先に集め、その全てを心に描いた火の塊へと練り上げていく。赤い光が付き出した掌に集束し、大きな炎となっていった。
魔法の放出も、ロケットランチャーの引き金を引くイメージ!
撃ったことねーけど!
「行くぞ!ファイアーボール!」
引き金を引くイメージをすると、ドン!と大きな炎が俺の手から放たれた。
よし!うまくいった!
大きな炎は、スラえもんめがけて真っ直ぐに飛んでゆく。
ていうか、炎の塊でか過ぎぃ!?
「ぷ、ぷるん?!」
突然出現した大きな炎の塊に、スラえもんは慌てて回避しようとするが、もう遅い。炎はスラえもんに直撃し、その瞬間大きな火柱が上がった。
「ぷるーーーーーーーん!!」
「ス、スラえもーーーーん!!」
断末魔だろうか、スラえもんは大きな声を上げて炎に飲み込まれていく。
今、同時になんか敵の名前を悲痛な声で叫ぶのが聞こえたんだけど。
うねるように立ち昇る火柱はその場に留まって、全てを焼き尽くすまで空に向かって黒煙を吐き続けた。
しばらくすると、火柱は突然フッと消え失せる。先ほどまでの猛威が嘘のように感じるほど、炎は完全に掻き消えていた。
黒く焦げた地面の上に、消し炭となったスライムの残骸がブスブスと煙を立てている。
「す、すげえ……」
思った以上の威力に俺はゴクリと喉を鳴らす。
『ほとんど私のマナのおかげですけど、まあ、今回はよくできましたね久太郎さん』
そんなエルティアの声が聞こえてきて、頭のてっぺんがさわさわと触られている感覚がした。
……小学生に頭を撫でられてるのだろうか、俺。
「まあ、とにかく、だ」
俺は呆けたような顔で俺を見る瑞希たちに声を掛ける。
「これで万事解決!どうだ、俺もなかなかやるだろうが」
ドヤ顔をする俺に、しかし三人は同時にこう言った。
「「「鬼!」」」
「……」
理不尽!