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第5話 バカとテストと魔法銃

 えーと、ここはどこでしょうか。


 見渡す限り、岩山と乾いた土地しかない荒涼とした不毛の大地。「なるほど、ここをきさまの墓場にえらんだわけか…」と、どこぞの戦闘種族の王子なら言いそうなロケーションだ。


 俺は、そんな360度岩だらけの土地の真ん中にぽつねんと佇んでいた。そして、やけに暑い。ついさっきまで、地元のいつもの喫茶店にいたのに。


 あの後、エルティアが突如として席を立ち、場所を変えましょう、と店を飛び出したので俺は慌てて後を追いかけた。

 店を出てみるとエルティアの姿がない。おかしいと思っていると、背後から「久太郎さん」と声をかけられて振り向いてみれば……ここに立っていた。訳が分からない。


「あのー、エルティアさん?ちょっと説明を……」


 目の前の巨岩の頂上に立つ、赤いランドセルと黄色の通学帽を装備した小学生女子に向かって恐る恐る声をかけてみる。エルティアは、冷ややかな眼で俺を見下ろしていた。


 そして、おもむろに宙に手をかざしたかと思うと、そこに何かが現れた。その何かをこちらに向かって放り投げてくる。


 俺の足元に転がってきたのは、俺の腕の長さぐらいある、表面になにやら青白い光の筋の文様が入った棒。それと一風変わった拳銃のようなものだった。形自体は拳銃のようだが、見た目は縄文式土器の模様のようなウネウネとした造形をしていて少し気持ち悪い。

 その二つの武器らしきもの拾ってみたが、なんだかバカみたいに軽い。


「これは?」


「どちらも模擬戦に使われる魔導武器です。ゴミレベルのマナでもそれに通して使えば、それなりの武器になるでしょう」


 模擬戦?武器?なんだそれ。


「……魔力が能力の全てというわけではありません。身体能力やオーラ、武器の扱いも重要な要素でしょう。私は魔導士ですので、格闘戦には不慣れなのですけど……」


 そう言っておもむろに体のストレッチを始める。


「とりあえず、私は今回、武器や特別な能力は使いません。軽い強化魔法と徒手空拳のみであなたの実力を測らせてもらいます」


「は?実力を測る……ってどういうことだよ?」


 ストレッチを終えたエルティアは、パチンと小さな拳で手のひらを叩いた。同時に、少女の体が淡い青い光で覆われる。


「……では久太郎さん。殺す気でいきますので、死ぬ気で頑張ってみてください」


 ……今、殺す気っておっしゃりました?


「お、おいおいおい!待て待て待てって!」


「問答無用、です!」


 エルティアが岩を蹴って、こちらに向かって飛び出した。派手に巻き上がる土煙が踏み出した力がいかに大きいかを物語る。弾丸のような勢いと軌道を描いてこちらに迫るエルティアは、空中で蹴りの態勢に変えた。おかげでスカートがまくりあがり、純白のおパンツが丸見え。


「やぁあああああああ!」


「ちちちちょっ!ちょっと待――」


 パンツのことを注意するような間もなく、俺は慌てて頭を抱えながら身を伏せた。頭上を少女が通過したかと思うと、背後の岩が発破をかけられたかのように爆散する。爆風にあおられ、伏せていた俺は岩の間を転がり落ちた。


 もうもうと土煙が上がる中、パラパラと細かい小石が雨のように頭の上に降ってくる。俺は恐る恐る顔を上げると、粉々に破壊された岩の瓦礫の間から、ガラリと音をたてて小学生が立ち上がるのが見えた。荒ぶる幼女は、ゆらりとこちらを向き、その不気味な眼光で俺を見据えた。


 ま、まじかよ。小学生どころか、もはや人間ですらないぞ、あれは……!


 右腕の青白い光をさらに強く発光させ、ふわりと宙に身を躍らせるエルティア。太陽を背に、こちらを狙いすましながら、大きく拳を振りかぶった。


「どっせーーーいっ!」


 青い光の軌跡を残しながら、俺の頭上に小さな拳が降ってくる。


「うわあああああ!」


 幼女パンチを避けるため、咄嗟にダイビング。受け身を取る間もなく、すぐに後方から再び爆発のような衝撃が襲ってきて、俺の体をゴロゴロと転がした。


 どこかの岩にぶつかり、そのまま地面にひっくり返った。嫌というほど土埃を口に吸いこんで思わずせき込む。


「ごほっごほっ!ぺっ!ぺっ!……ハァハァ……ハァ」


 土と砂にまみれ、体の痛みといやに大きく聞こえるドキドキと脈打つ自分の鼓動を感じながら立ち上がる。目の前には漫画やアニメでしか見たことないような巨大なクレーターが出来上がっていた。


 信じられない光景に唖然とする間もなく、ボンッ!とクレーターの真ん中から小さな影が飛び出してくる。


 あんぐりと口を開けて宙を見やると、そこにはエルティアが両腕を広げ、青い光をそこに収束させている姿があった。そして、目にも止まらぬ速さでパンチを繰り出し始めた。


「はあああああああ!」


 ドドドドドドドドドッ!


 空中で繰り広げられる幼女百裂拳。腹に響く様な重低音と共に見えない何かがこちらに飛んでくる気配がして、俺は反射的に両腕を頭の前で交差させて防御態勢を取った。


 次の瞬間、全身にまるで連続で石をぶつけられているような衝撃と痛みが走る。全身を容赦なく打つ目に見えない何かの塊。なんだよこれ!ロングレンジの百裂拳とかありかよ!


「ぐううううううっ……い、痛てえ!」


 このままでは全身の骨がバラバラにされる。俺はジリジリと後退しながら、意を決して近場にあった岩陰に飛び込んだ。

 だが、隠れた岩場も連続で放たれる衝撃弾にじわじわと破壊されていく。だめだ!じっとしててもやられちまう!


 俺はエルティアから死角となる岩場を選び、身をひそめる。体勢を低くしながら、岩陰を迂回して、巨岩の上で拳を放ち続けるエルティアの背後に回った。荒く息を吐きながら、岩陰からチラリと覗くと、先ほどいた場所のあたりが土煙で覆われて何も見えなくなってしまっていた。もうすでに粉々に破壊されつくしていることだろう。あいつ、本当に殺す気か!


その時突然、ピタリと破壊音が止んだ。動きを止めたエルティアは、キョロキョロと俺の姿を探しているようだ。


「……まだ生きていますか?というか、これぐらいでどうこうなってもらっていてもは困るんですが……まさかプロテクトすらかけないとは予想外でした。自殺願望でもあるんですか?」


 うるせえ!使えないんだよ!


「そろそろ反撃ぐらいしたらどうですか。と言っても、どうやら思った以上に戦闘能力はアレなことになっているようですので、私はここから一歩も動かないようにしますね。いくらゴミレベルでもそれならなんとかなるでしょう?」


 などど、さんざん煽ってくれる人外小学生。

 先ほどの妙な棒はどこかに落として、手元にあるのは気持ちの悪い拳銃もどきのみ。


 ……そっちがその気なら、こっちも考えがあるぞこのやろう。俺の姿を見失っているなら好都合だ。そう、ここは一発……


 とっととトンズラだ!


 三十六計逃げるに如かず。これは立派な兵法。

 さんざんヘイトを稼いでくれたようだが、大人な俺はクールに去るぜ!


 そもそも訳も分からず突然襲われているだけなのに、なんで反撃なんてせにゃならん。しかもいくら相手がバケモノみたいな力を持っていたとしても、高校生が小学生に襲い掛かるという絵面は完全にアウトだろう。


 俺は、ゲームでさんざんこなしたスニーキングミッションを思い出しながら、こそこそと岩陰を音もなくすり抜けていく。ノーキルミッションクリアなんてお手の物だぜ!







 エルティアから視認できないほどの距離を歩いただろうか。吹き出す汗をパーカーの袖で拭いながら、周りを見渡してみる。

 先ほどから景色は何も変わらない。岩と砂と乾いた灌木が点在しているのみ。


 そこで、はたと気が付いた。


 あらためて……ここどこやねん。絶対日本じゃない。


 イメージとしては、北米大陸やオーストラリアのど真ん中。あのイカレ幼女のことだから、妙な異次元空間だということも考えられる。


「……どうやって帰るんだよ」


 道を探して通りかかる車をヒッチハイク、などと考えてみるが、そもそも道の方向が分からない上、こんな荒野をそう都合よく通りかかる車なんてあるんだろうか。ここがエルティアが作り出した異次元不思議空間とかだったら、その時点で詰む。


「つまり、エルティアと帰るしか方法がない、ということか」


 どっと疲れが出て、その場にへたり込む。さてどうするべきか。


 あの幼女のところに赴いて謝ればいいのだろうか。というか、なんで俺がそこまで卑屈にならにゃならんのか。こちらには何の非もないはずだぞ。言わば、いきなり襲撃を受けた被害者だ。


 近頃、理不尽な、巻き込まれ型主人公の役割を押し付けられているような気がして非常に気分が悪い。改めてムカムカしてきたぞ。


 よし、ここは戻って道理の分からない小学生に、こちらの正当性を滔滔と言い聞かせてやる。聞き分けの無い子供は、きちんと年上の者が叱ってやらないとな。

 逆ギレしてこようものなら……


 ……。

 ……。


 土下座かな!


 方針が決したところで、俺は立ち上がって元の場所に戻ろうとするが。


「ぐるるるるるるるる……」


 背後から何やら動物の唸り声が聞こえてきた。恐る恐る振り向くと、そこには体長2メートルはあろうかという巨大な犬がいた。


「な、なんだこいつ!どこのRPGダンジョンから飛び出してきやがった!?」


 巨大な角と牙を持ち、体の所々にある傷口のようなひび割れから炎が噴き出ている。体勢を低くして、今にもこちらに飛びかからんばかり。その鋭い歯茎の間からはよだれがボタボタと……。


 あ、これあかんやつや。


「こ、こういう時は、落ち着いて、視線を逸らさないようにしながら、ゆっくりゆっくり後退するん……だよな」


 いつかどこかで聞いたことがある気がする野生動物と出会った時の対処法だ。明らかに普通の動物ではない気がするが、たぶん気のせい。とにかく慌てないように、背中を見せないようにゆっくり後ずさりしていく。これが肝心だ。ゆっくり、ゆっくり……。


が。


「ぐおおおおおおおおおん!」


 大きく吠えた狂犬は、炎をまき散らせながら真っ赤な口を開き飛びかかってきた。


「うわああああ!ダメじゃんかーーー!」


 大慌てで回れ右。猛然とダッシュを始める。これでも少しは足には自身のある方だが、今は命の危機である。火事場のクソ力なのか、俺は今までの人生の中でおそらく最速のスピードで岩場の間を駆け抜けていた。岩場をジグザグに縫うように走り、時には斜めに逆進するというフェイントも織り交ぜるが、後ろから迫る獣の気配は消えてなくならない。


 後ろを振り返ると、犬のバケモノは屹立する岩の側面を跳ね返るように蹴り渡りながら、こちらに迫ってきていた。死のワンワンピンボール。


「ぎゃあああ!やべえ!」


 このままではすぐに追いつかれる!


 迫る死の予感に狂乱状態になりかけるが、その時、ハッとスボンにねじ込んであった謎の拳銃のことを思い出した。


 なりふりかまわず銃を取り出し、狂犬に向かって引き金を引く。しかし何も起こらない。


「なんだよこれ!欠陥品じゃ――」


 しかし、俺はすぐに思い直す。いやいや、違う。あの時エルティアはこう言ったはずだ。ゴミレベルのマナでもそれに通して使えばそれなりの武器になる、と。


「マナを通す?いまいち分かんねぇけどっ」


 今は四の五言っている場合じゃない!プロテクトの時の事を思い出す。結果的に失敗はしたが、カチンコチンという「イメージ」で、意図したものとは違ったが、知りもしないフリーズの魔法が使えたのだ。


 肝心なのはイメージ。そう考え、マナとやらは感じることはできないが、体内のマナを銃に流し込むという「イメージ」をしてみる。格闘マンガで「気」を扱うものはさんざん見てきた。あの要領だ!


 さすがに無理があるかと内心思ったが、意外にも上手くいったのか銃の表面に青い光の筋が浮かびあがってきた。これは……いけるかも?!


「食らえ!この駄犬があ!」


 俺は走りながら、徐々に近づいてくる化け物に向かって狙いを定め、引き金を引いた。


 ピシュン。


 山なりの軌道を描きながらあさっての方向に飛んでいく一筋の青い光。


 ピシュン。


 次は岩壁にピチョリと当たって霧散する。


 ピシュン。


 やっと化け物の顔に当たったかと思ったが、当のクソ犬は軽く顔を振っただけで、まるで平気なご様子。体から吹き出す炎の量がちょっと増えたりする。ちょっと怒ったのかも。


「水鉄砲じゃねーかぁああああ!!」


 俺はおもちゃの鉄砲を放り投げて、遁走を続ける。しかし、化け物の荒い息は確実に近くまで迫ってきていた。がぶっとやられる!やられちゃうぅうう!


「うわああああああああ!やばいやばいやばいー!エルティアー!エルティアさーん!助けてーーーーー!花子――――!花子――――――――!」


「花子花子言うなーーーーーーーーー!」


 ドカン!と大きな音がしたかと思うと、俺は後ろからの猛烈な風に煽られ、派手に転がって地面とキス。痛ってえ!


 起き上がって振り返ると、エルティアがこちらにランドセルを向けて立っていた。地面に大きな破壊の跡が見えるが、あの化け物はまだ健在のようだ。目の前の少女を威嚇するように全身から炎を吹き出しながら前傾姿勢を取っている。だがずいぶん警戒しているみたいですぐに襲い掛かってくる様子はない。


「は、花子――!ワレ、来てくれたんか!」


「ぶ、ぶちのめしますよ!あ、あなたは本当に……」


 振り返ったエルティアを見て、俺は少し驚く。泣きはらしたかのように目を真っ赤にしていたのだ。まなじりには少しまだ涙が残っていた。それに気が付いたのか、袖口で乱暴に目元をごしごしと拭いた。


「お前」


「ぐずっ……いつまでも、へ、返事がないものですから……ほ、本当に大怪我でもしちゃったんじゃないかと……」


「い、いや。訳も分からず岩山ぶっ飛ばすような奴に襲い掛かられたらそりゃ逃げるだろうよ!」


「バカバカ!挙げ句の果てにこんなとこまで来てモンスターに襲われてるなんて!私が気づくのがもう少し遅れたらバクッといかれてましたよ!こんな雑魚モンスターに後れを取るなんて……もうなんて言っていいか」


「雑魚?!お前、この化けもん雑魚って言った?」


「雑魚じゃないですか、こんな小型のヘルハウンド!私が渡した魔導武器はどうしたんですか?あれがあれば少しは対処できるでしょうに」


「あの拳銃みたいなやつ、全然役に立たなかったぞ!まるで水鉄砲だ!」


 エルティアはそれを聞いてため息をついた。


「……どういう使い方をしたんですか。いいです。お手本を見せましょう」


 エルティアは、いつの間にか手にしていた例の水鉄砲を犬の化け物、ヘルハウンドに向ける。


「そうですねえ、ずいぶん好き勝手してくれたようですし、あなたの好きな地獄の業火でもプレゼントして差し上げましょうか」


 エルティアの手にある銃の表面に鮮やかな赤い光が輝き始める。その光を目の当たりにしたヘルハウンドは、慌てて体を翻して逃げようとするが。


「あなたの所業、万死に値します。消えなさい」


 次の瞬間、赤い閃光が銃から発せられて、一瞬周囲の音が掻き消える。


 ドウン!!


 すぐに凄まじい爆音がして、前方の景色が真っ赤に染まった。まるでマグマを吹き出す噴火口のように、熱風と火炎が暴れ狂う。


 俺は思わず目を閉じて頭を両手で抱えた。凄まじい衝撃が襲い掛かってくると思いきや、なぜだかそよ風すら感じなかった。


 しばらくして恐る恐る顔を上げると、目の前には屹立していたいくつかの岩山が円形状にくり抜かれている光景が広がっていた。くり抜かれた断面は、ドロリと溶けたようになっており、所々ガラスとなって結晶化していた。もちろん、あのヘルハウンドは影も形もなくなっている。


「……とまあ、このようにマナに属性を付与しながら充填を行うんです。どうせ、純粋なマナだけを送り込んだんじゃないですか?」


「お前……」


「ん?なんです?」


「やっぱ化けもんじゃねーか!」


「し、失礼な!あなたが弱すぎるんですよ!」


 エルティアは、銃を手品のようにパッと消すと、やれやれといった風にため息をつく。


「……まあ、大体あなたの実力は測ることができたと思います。テストの結果を知りたいですか?」


「なにそれ?これ、テストだったのか?ふざけてんのか?」


「ふざけてるのはあなたの実力ですよ!控えめに言ってもあなたの力は」


 エルティアが、俺の鼻先をビシリと指差した。


「村人Aにも劣ります!」



 知ってたよ!


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