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第4話 過去の英雄

 次の日の土曜日の午後、俺は馴染みの喫茶店「キュービック」にやって来ていた。


 ここはたまに岡部たちとアニメ談義をしたりする店だ。マスターの事は子供の頃から知っているのもあって、くつろぎながらゆっくり話をするにはもってこいの場所なのだ。


 たまに手伝いをしているマスターの娘さんの智代ねーちゃんの巨乳を拝みに通っているわけでは決してない。決してないのだ。……今日はいないのか、っち。


 なぜここに来たのかといえば、昨日のエルティアと称するコスプレ少女ともう一度きちんと話をするためだ。


 昨日は、危うくロリコン変質者として連行されるところだった。当のエルティア自身が誤解であることを説明して事なきを得たが。

 説明というか、あれは洗脳のようなものだったような気がするが……


 エルティアが「何でもないんですよー」などと言いながら、魔法らしき力で警官や公園の人たちの頭を霧のようなもので覆った場面を思い出して、少し身震いする。

 あの後、全員死んだような目をして、ふらふらと何事もなかったように公園から出ていってしまったのだ。


 あのお子様は下手に怒らせない方がいい。そんな気がする。


 昨日は、明日ちゃんと時間を取って話を聞くからと、仕切り直しを要求した。正直、色々ありすぎていっぱいいっぱいだったのと、あいつも急に泣き出したりと情緒不安定ぎみだったのを考慮したわけだ。


 あのロリは、どうやら俺に何やらいたくご執心の様子。今後も何かと絡んでくるのは目に見えているわけで、昨日のような惨劇を繰り返さないためにも事情ぐらいはちゃんと聞こうと腹を括った次第。すごくイヤだけど。


 アイスコーヒーのストローを指で弄びながら、エルティアが来るのを待つ。待ち合わせの相手が幼女なんてまったくワクワクしない。

 智代ねーちゃん来ねーかなー、などと考えていると、カランカランと扉が開き、ランドセルに制服姿のエルティアが姿を現した。今日はまともな恰好のようだ。


 俺の姿を見つけると、パアっと顔をほころばせてパタパタと駆け寄ってきた。


「待ちましたか?」


「遅い。遅刻だ」


「こういう時は、僕も今来たところだから平気だよ、とか言う場面だと思うのですが」


「ケツ引っぱたくぞ。早く座れ」


 エルティアは、ぷうと頬を膨らませるが、大人しく席についた。相変わらずこまっしゃくれた話し方をする子供だ。


「お前、土曜日なのに学校だったのか」


「今日はたまたま登校日だったんですよ……あ、私はカプチーノ下さい」


 注文を取りに来たマスターにエルティアが注文を伝える。にこやかに応対するマスターの目が一瞬チラリとこちらに意味ありげに向けられた。


 ……まさか、変な誤解してないよねマスター。やめてよ。俺、オタだけどノーマルだから。安心して智代ねーちゃんを僕に下さい。


「……さて、クウェイド……って、こう呼んでも分からないんでしたね」


 エルティアがやってきたカプチーノに軽く口をつけながら、寂しそうに言った。


「その呼び名、同級生の間でつけた憧れのイケメン高校生へのあだ名とかじゃないんだな?」


「どこからそんな自信が出てくるのか分かりませんが、全然違います」


「どこからどう見ても日本産ロリータのお前が、エルティアなんて名乗るのには負けるがな」


「本名ですってば!……い、いえ、もちろん今は違う名前ではあるんですが、私の名前であるのは間違いありません。クウェイドというのもあなたの名前なんですよ?」


「俺は、生まれたときから宮藤久太郎という名前なんだけど……」


「そう。つまり宮藤久太郎さんとして生まれる前の名前、ということです」


 そう言って、平然とカプチーノをコクコク飲んでいるエルティア。


 ……ふーん、そうきたか。


「つまりなんだ。もしかして、エンターテインメント界隈でよくテーマになる転生……前世の俺の名前……とか?」


「まあ、そういうことですね」


 エルティアが鼻の下にカプチーノの泡をつけながら真面目な顔をして頷いた。


 ……いきなり魔法のある世界に放り込まれるという体験をしていなかったら、速攻で学校か保護者か病院に連絡しているところだ。子供のいたずらか妄想であるとすぐに否定できないのがつらいところだな。


「まあいいや。そのエルティアというのもお前の前世での名前、ということなんだな」


「はい」


「今の名前は?」


「……まあ、それはいいじゃないですか」


 そう言って、そっと視線を逸らすエルティア。ふむ。


「あ!」


 俺はおもむろにエルティアの隣の席に置いてあったランドセルを取り上げ、側面を見てみた。エルティアは慌てるがもう遅い。そこにはちゃんと名札があって名前が書いてある。


『山田花子』


「……」

「……」


 俺はそっとランドセルを戻し、咳ばらいをした。


「うん、そうか。いい名前じゃないか」


「……ええ、この世界の両親はとてもいい人たちで、ここまで私をそれはそれは慈しんで育ててくれましたが、何か?」


「俺、何も言ってないけど?!」


 エルティアは、ふんと鼻を鳴らし「そんなことはどうでもいいんです」と、おもむろに宙に向かって手をさっと降った。すると、カラリとテーブルの上に薄汚れた木札のようなものが現れた。もうこの程度の手品では驚かないぞ。


「これを見て、何か思い出しませんか?」


「風呂屋の鍵?」


「なんですかそれは!違いますよ!よく見て下さい!」


 えらい剣幕で木札を差し出してくるので、とりあえず手にとって真面目によく見てみる。


 一見小汚い昔ながらの銭湯の鍵のようであるが、よく見ると細かい透かし彫りの装飾が施されたなかなかに美しい代物だった。だが、見覚えはない。


「悪いが、見たことないな。思い出せることはない」


 そう告げて木札をエルティアに手渡すと、少女はそうですか、と顔を伏せた。そして、木札を愛おしげに一つ撫でると、ランドセルに大事そうにしまった。


「……昨日、あなたの魂の記憶を探りました。魂に刻まれた記憶は消えることはありません。あなたがクウェイドであるのは確かです」


「そうは言うがな……」


「魂の記憶が今の人格とうまく繋がっていない状態なのでしょう。こんなことは初めてですが……」


「それで?まったく記憶がない俺にちゃんと説明してくれないか?この状況は一体何なんだ。いきなり魔法なんてある世界に放り出されたのは、俺の前世とやらと何か関係があるんじゃないか?」


「その言い方だと、まるで魔法のない世界からやってきたかのように聞こえますが」


「そう言ってんだよ!」


 俺がまくし立てると、エルティアは少し驚いたような顔をした。


「それは……そんな世界があるんですねえ」


 エルティアが腕を組んでしみじみと感心するように頷いている。


「……お前は、魔法のない世界を知らないのか」


「知らない、というよりも、そんな世界があったとしても忘れてしまっているというのが正確なのですが……。とにかく、言いたい事は分かりました。やはり、あなたはクウェイドですね」


「意味がわかんねーよ」


「クウェイドには、一つの能力がありました。……まあ能力というか考えようによっては呪いのようなものなんですが」


「呪い?」


「はい。魔王の魂が引き起こす世界改変の影響を受けない、という――」


「はい、出ました!『魔王』!!」


 突然の俺の叫びにエルティアがびくっとする。


「え?!と、突然なんなんですか!?」


 叫ばずにはいられないでしょうよ。ファンタジーのラスボスの定番、魔王さんのお出ましなんですから。これはもう、とてつもなくイヤな予感がする。


「もう細々としたことはどうでもいいや。前世から何かと因縁があるというお前が俺の前に現れた理由。もうそれだけキリキリ吐け。三十文字以内だ」


「ええーーー?!なんですかそれ!」


「要点をまとめろって言ってんだ。思わせぶりな昔話や無駄に複雑な設定なんかで喜ぶ人種じゃないぞ、俺は。さあこい。作文の時間だ」


 俺は腕組みをして、ふんすっ、と一つ大きく鼻から息を出す。


 エルティアは口を開けてポカンとしていたが、やがて気を取り直したのか、指折り数えて文章を考え始めた。真面目な奴だ。そして仕草がちょっとカワイイ。


「え、えっとできました。これで理解いただけると思いますが」


「では、どうぞ」


「は、はい……『魔王を倒せるのは世界であなた只一人。また一緒に頑張りましょう』……分かってもらえましたか?」


「分かりました。じゃあサヨウナラ」


「なんで帰ろうとするんですか!」








 かつて、エランティアという地に、突如として魔王と称される災厄の王が現れた。


 平行世界のはざまの混沌から生まれし滅びの象徴。その圧倒的な力は、瞬く間にエランティア全土を滅びの炎で覆い尽くした。


 その魔王に敢然と戦いを挑んだのが、勇者、英雄とも称された英傑クウェイド。


 クウェイドとその仲間たちは絶望的な状況の中、その災厄に抗い続けた。


 やがて神々より魔王討滅の力を授かったクウェイドは、激闘の末に魔王を打倒したが、その力の代償として死後もその魂を縛られることになった。魔王もその魂は完全に滅びることはなく、クウェイドと魔王、両者の魂は、共に世界を流転、転生を繰り返しながら常に相争う運命にあるのだという――








「なんというか、ベッタベタやな!」


「あなたは何を言っているんです?」


「勇者物語に異世界転生モノを混ぜたようなその設定。目の肥えた視聴者には、そんなんじゃ満足してもらえないぞ?もうちょっとこう、意外性を盛り込まないと」


「設定ってなんですか。設定って」


 ジト目で俺をにらみながら、目の前のチョコパフェをやっつけているエルティア。


「むぐむぐ……まあ、とにかくです。クウェイド、あなたには魔王を討滅するという役割があるわけですよ」


「お断りします」


「……記憶のない今のあなたなら、まあそう言うのも無理からぬことだとは思いますよ?でも現実問題として、やがてこの地にも魔王が復活するのは間違いのないことですし、あなたがやらないとなれば世界は滅亡しますけどいいんですか?」


 な、なんだってーー!!(棒)


「いやいや、文明社会をなめるなよ?科学がこれだけ発達した世界で、おまけに今は魔法まである世界なんだろう?核兵器以上の兵器があるのかもしれんが、近代兵器で魔王とか一発だろう。アメリカとかロシアの大統領に相談したらどうだ」


「核兵器ですか?威力だけでいえば、私が使える魔法で威力のあるものならあれぐらいの破壊力は余裕で出せますよ。そんなもので魔王が倒せるわけないじゃないですか」


 世界終末時計が一分ほど針を進めたような気がする。核爆弾がニコニコとパフェ食ってますよ。


「お前の言ってること無茶苦茶だな。核で倒せないような相手を俺がどうこうできるわけないだろ!」


「どうこうできますってば、クウェイドなら。いつもみたいにちゃっちゃと魔王なんて倒して残りの人生をエンジョイしましょう」


 核爆娘は、そんなことを言ってペロペロと口の周りについたクリームやチョコを舐めている。ついでに言うと、魔王さんもずいぶんなめられているようだ。


「……お前が真面目に言ってるのか、ふざけてるのか分からなくなったぞ」


「私は至極真面目ですよ!あなたさえいれば、魔王恐れるに足らずです。私たちが何度生まれ変わってあいつらとやり合ったと思っているんですか。むしろ、魔王復活までにポコポコ湧く眷属たちを退治するのが面倒なくらいです」


「……ちなみに何度生まれ変わったんだ?」


「うーん。正確には覚えてない、というか思い出せないようにしてるんですが、両手の指では数えきれないでしょうねえ」


 まじか。


「何度も言うがな。我ながら、俺が魔王討伐できるような力の持ち主とは到底思えないぞ。この前だって、ファイアーボールで危うく死にかけたぐらいだ」


「またまた」


「本当だって」


 エルティアは、スプーンを咥えながら訝しげな顔をしたが、おもむろに一枚の細い白い紙のようなものをこちらに差し出してきた。


「なんだこれ?」


「咥えてみて下さい。大ざっぱではありますが、体内のマナ総量をこれで測ることができます」


「……リトマス試験紙みたいだな」


 裏表を見て、匂いも嗅いでみたが特に変なところはないようだ。紙の半分ほどを口に咥えてみる。


「ほれへひひのは?」


「しばらくそうやってじっとしてて下さい。すぐ終わりますからねー」


 エルティアはしばらく鼻歌を歌いながら呑気にパフェを堪能していたが、やがて「そろそろいいでしょうか」と俺の口から紙を抜き出した。


「どれどれ……」


 俺が咥えていた紙の先が、淡く茶色に変色しているように見えた。エルティアは、それを見た瞬間、カランとスプーンをテーブルに落とす。


「ど、どうした?」


「や、やですねー。もうちょっとちゃんと唾液を含ませてくれないとー。もう一度お願いしますねー」


 若干笑顔を引きつらせながら、別の紙を差し出してくる。


「いいけど……」


と、もう一度紙を咥えた。今度は意識的に唾液を多く含ませるようにしてみる。同じようにしばらく経ってから紙を抜き出して色を確かめるが、先ほどのものと色合いは変わらないように見える。


エルティアが、色が変わった紙を凝視しながらフルフル体を小刻みに震わせ始めた。


「そ、そんな……そんな馬鹿なこと……」


 すると突然、エルティアが俺の唾液まみれの紙を自分の口に放り込んだ。


「ちょっ!」


 なにすんだこのガキ。上級者か、こいつ。


 カチャン、とコーヒーカップが鳴る音が聞こえたので、そちらの方に顔を向けると、マスターがふいっと顔をそらした。


 ……マスター、ちゃうねん。


 やがて、エルティアが口から紙を抜き出したので色を見てみると、俺の時とは違って鮮やかな黄金色に輝いていた。


「……ずいぶんと俺の時とは鮮やかさが違うな。マナ総量を測るとか言ってたが、俺のはどんなもんなんだ?」


 それを聞いたエルティアは、ハハハと乾いた笑いを浮かべ、死んだ魚のような目でこちらを向いた。


「……ゴミレベルですね」




 わーお。


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