第27話 エステディン姉妹
およそ一週間前のあの日。
ベヘモスを辛うじて倒し、マナの乱用と薬のヤリすぎで心身がボロボロになっていた俺の前に一人の女子高生が現れた。
ダンジョンの壁面をダイナミックにぶち割って広間に入ってきたのは、エルティアこと山田花子の姉、山田風香だった。
「あー。もう終わったっぽいね。残念」
そう言って、手にぶら下げていたベヘモスの眷属に何気なく拳を振り下ろす山田。
彼女の拳が眷属を撃ち抜いた瞬間、眷属は黒い瘴気を残してあっという間に消滅してしまう。
「って……え?」
汚い物を振り払うように手をプラプラしていた山田は、俺と、俺を膝枕しているエルティアに気が付いてポカンとした顔になった。
「ハ、ハナ……?それに……宮藤?」
山田と同じく呆けた顔をしていた俺たちだったが、エルティアはいち早く事態を察したのか、山田に話しかける。
「ま、まさかお姉ちゃんがアルティナだとは……」
エルティアは、驚きながらも、どこか嬉しそうに声を弾ませた。
「面白いですね!生まれ変わりも実の姉妹で、しかも、私が妹なんて!」
「面白いっていうかややこしいわよ!でも、ほんとまさかよ。ハナが姉さまだなんて」
山田はふっと短く息をついて、俺に視線を向けた。
「……で、私たちの英雄様は私のクラスメートだった、か」
山田は俺の側まで来て膝を立てて座ると、俺の頬に優しく触れた。
「……久しぶり、クウェイド。会いたかった」
山田は懐かし気に目を細め、俺に微笑みかけた。その優しく輝くような微笑みに、俺は一瞬心を奪われかける。
なにこれ。
山田、可愛えぇえええええ!!
「ていうか、ずいぶんボロボロじゃないクウェイド。ベヘモスの奴、なんかヤバいことでもしてきたの?」
「あー、いや。その」
可愛すぎるクラスメートにどぎまぎしつつ、事態がいまいち飲み込めてない俺は、エルティアに助けを求めた。
「お、おいエルティア。説明求む」
「あ、あー……そうですね。でもその前にここを一旦出ましょう。瓦礫を止めている魔法の効果がもう限界っぽいですから」
エルティアがそう言ったとたん、洞窟の壁面や天井から崩壊した瓦礫がガラガラと音を立てて落ちてくる。
「やべえ!エルティア早く転移転移!」
「はいはい。じゃあアルティナも掴まって下さい。行きますよ」
俺たちの頭上に巨大な岩の塊が落ちてこようとしたその瞬間、俺たちはエルティアの魔法で別の場所へと転移した。
移動した先は、エルティアの部屋だった。
この前に来たときと同じ、ごくごく普通の女の子の部屋だ。俺の写真に埋め尽くされた変態部屋のような狂気はみじんも感じさせない。
「なんだ、ハナ……じゃない、姉さまの部屋じゃない」
「そうですよ。ほら、みんな靴を脱いで下さいよ」
エルティアが、俺たちに靴を脱ぐよう促すが、俺は腕を上げるのもつらい。
そう言うと、エルティアは、「しょうがないですねー」と妙に嬉しそうに靴を脱がせてくれる。何がそんなに嬉しんだか。
「あのクウェイドがこんなになるまで苦戦するとはね。何があったの?」
山田が俺のことを心配げ、というより物珍し気に見つめてくる。顔を近づけてくるので、やたらといい匂いが俺の鼻をくすぐる。
「俺としては山田が何者かっていうのが気になるんだけど」
そう、こちらは山田の事に興味深々だ。
俺をのぞき込む山田の胸元がチラ見えするのが、俺の興味をさらかきたてる。
もう一度言おう。山田に興味深々だ!色々な意味で!
「何者って……何を言ってるのよ」
山田がいぶかしげに眉根を寄せる。
「えっとですね……この娘はアルティナ。エランティア時代では私の妹でした。そして、ご存知でしょうが、この世界での私の姉、風香です。ややこしいですが」
「前に武闘家か何かの妹が居るって言ってたな。それがこの山田だったってことか」
「ええ、そういうことになります」
「何?なんでそんなこといちいち説明してるのよ」
「ええと……アルティナ。驚かずに聞いて欲しいのですが、実は――」
エルティアは、俺が記憶を失っていることや、かつての英雄の力のほぼ全てを失くしていることを説明した。
説明を聞くごとに、顔色を失っていく山田。驚愕に目を見開く山田は、それでも信じられないといった様子で俺をいぶかしげに見やった。
「うそ、でしょ……?」
そして、ぎこちなく笑顔を作りながら俺に問いかけてくる。
「……冗談よねクウェイド。私のこと……忘れちゃったの?」
「……悪い。何も覚えてないんだ」
「……っ」
俺の答えに、山田はショックを受けたように床にペタンと座り込んだ。
「うそ……うそよ。そんなわけ……」
「私も最初は信じられなかったですよ。ですが事実です。この宮藤久太郎さんは確かにクウェイド本人ですが、今はただの小学生が大好きな一高校生にすぎません」
「おい。最後おかしくない?」
「しかも……ロリコン……」
山田が顔面を蒼白にする。いや、そんなん信じるなよ。
「それでも最後にはベヘモス討伐をやってのけるのですから、大したものですよ。そこはさすがクウェイドといったところです。でも、ここまで力を引き上げるのにどれだけ苦労したことか……。アルティナ、あなたも色々教えて――」
「うそよ!」
エルティアの言葉を遮るように、山田がどこぞの竜●レナばりの声量で叫んだ。
「クウェイドが……クウェイドが私を忘れるはずないじゃない!そうでしょう?!姉さま!」
悲痛な叫び声が、部屋の中で反響する。
「私だって……最初はショックでしたよ。ですが、事実は事実として受け止めないと。それに……クウェイドはクウェイドですから」
エルティアは、そう言って膝の上の俺の前髪を優しい手つきで撫でた。それ、恥ずかしいからやめて欲しいんだけど。
「……なによ、それ……」
山田は唇を強く噛み、握った拳を震わせていた。
ここまでの反応をされると、さすがに記憶がないのが申し訳なくなる。山田にとっても、前世の俺は大切な存在だったのだろう。
「姉さまのことはともかく、この私のことを忘れるなんて……!」
そうポツリと呟かれた山田の言葉に、エルティアの体がピクリと反応を見せた。
「私のことはともかく……?その言い方は聞き捨てなりませんね。クウェイドが私のことを忘れているのは当然だとでも?」
「……当然だなんて言ってないじゃない。ただの比較の問題よ」
「仲間の中で一番愛されていた私が、どう比較されたというんでしょうね?目覚めたばかりで少し記憶に混濁があるんじゃないですか?アルティナ」
今度は山田が片方の眉をピクリと動かす。腕を組み、憮然とした表情を浮かべた。
「……一番愛されていた?姉さまこそ、ベヘモスとの戦いで強く頭打ったんじゃないの?自分に回復魔法でもかけたら?」
「事実をありのままに言ったまでです。なにせ、一番最初に彼に出会ったのは、この私ですし。あなたは何気に一番最後じゃなかったでしたっけ?」
「一番愛されていたっていう根拠がそれなの?お花畑なおつむは相変わらずなのね、姉さま。夢見がちな姉さまには、自分好みにカスタマイズしたドールあたりが、お相手にうってつけなんじゃないかな?」
「もう作ってありますからアルティナにあげましょうか?あなたの性癖に合わせた調整をしてあげますよ?クウェイドはドン引きでしょうから」
「姉さまの趣味には負けるけど」
「なんです?」
「なによ」
エルティアと山田両人が同時に突然立ち上がると、お互いをにらみ合いながら対峙する。
そのため、膝枕されていた俺の頭がずり落ちてしまい、俺の後頭部と床とがゴッツンコ。痛てえ!
「……目覚めてから間もないようですし、体が鈍っていることでしょう。少し、表に出て運動しましょうか」
「……いいね。こういうの久しぶり」
突然、二人の体から尋常でないプレッシャーが周囲に放たれ始めた。ビリビリと肌にひりつくような力の波動がファンシーな子供部屋の空気を一瞬にして変える。
なにこれ!姉妹喧嘩?!
やめて!仲良くしてっ!
「おい!お前ら何おっ始めようとしてるんだよ!お前らの足元に瀕死の英雄様が寝てるんだけど?!」
そんな俺の叫び声にエルティアがはっと気が付き、体から放っていたプレッシャーを瞬く間に消す。
「ごめんなさい!私としたことが取り乱してしまって……どこか苦しいですか?痛い所はないですかぁ?」
瞬く間に膝枕の体勢へと戻ったエルティアが、いやに甘ったるい声で俺に語りかける。そして、さわさわと怪しげな指使いで俺の胸やら腕やらを撫で始めた。
こいつ、なんのつもりだよ。
「……」
山田は、俺たちのそんな様子をしかめっ面で見つめていた。そして、ふんっと鼻を鳴らす。
「そこのロリコン。あんたいつまでそうしてるつもりよ?いやらしい」
「ロ、ロリコンじゃねえよ!……好きでこんな格好してるわけじゃない。本当にまったく動けないんだ」
「そういうフリでもしてるんじゃないの?やらしそうな顔してるし。ロリコンなんて死ねばいいのに」
あれぇ?さっきのまでの優し気な笑顔をした美少女は一体どこに?
なんだかさっきからゴミを見るような目で見られてるんですけど。それになんか威圧感が半端ない。
「言ったでしょうアルティナ。彼は力の大半を失ったせいで、ベヘモス相手にギリギリの戦いを強いられたんです。マナポーションの過剰摂取でしばらく絶対安静ですよ」
「記憶どころか力まで失くして、これからどうするのよ!魔王の奴が復活したらその時点で終わりじゃない!」
「だからこそ」
エルティアは、あどけなさが消えた大人びた声色で山田に語りかける。
「今こそ、私たちが支えるのです。私たちの英雄を。そうでしょう?アルティナ」
「……」
山田はうつむき、何も語らない。
そして、やがて一つ頭を振ると、部屋の扉に向かって踵を返す。
「……今は……どうしていいのか分からない。しばらく時間を頂戴」
そう言って、山田は扉を開き、部屋を出て行ってしまった。
「……なんかえらくガッカリさせちまったみたいだな」
「まあ、気持ちは分かりますよ。私もあなたのマナがゴミ以下だと知った時は、一緒に死のうかとも思いましたもの」
「怖えよ!」
「それは冗談ですが、大きなショックを受けたのは事実です。まあ、しばらく様子を見ましょう」
エルティアは苦笑しながらそう言うと、山田が出ていった扉に目を向け、しばらく何も言わずに見つめていた――
一週間前、そんな感じの初邂逅を果たした俺と山田風香ことアルティナは、今日までの間全くの接触もなかったのだった。
屋上に残ったエルティアに俺は尋ねる。
「お前、あの子にも俺の先生役やらせるつもりだったんだろ?」
「まあそうですね。あの子にはあの子の専門分野がありますので」
「真面目な話、あの様子じゃ何もしてくれそうにないんじゃないか?」
俺のことをゴミクズ程度にしか思ってなさそうな様子の山田が、積極的に先生役を引き受けるとも思えない。いや、逆に思いたくない。
あのツンドラ少女からの特訓はもしかしたら免除になるのでは、という淡い期待も込めてエルティアに尋ねる。
が、エルティアは小首を傾げて呑気にこうのたまう。
「まあ、どうにかなるんじゃないですか?前に言ったでしょう?私たちはよくも悪くもあなたの事しか考えてないですから」
エルティアは「さて」とつぶやくと、杖を抱えるように握り直して、俺に向かって満面の笑みを浮かべた。
「それはともかく随分と特訓をさぼっちゃいましたからね。新しい魔法教える前に、久しぶりにアレ、やっときましょうか」
元気ハツラツといった調子でそんなことをおっしゃる魔法幼女。
ニコニコ顔で俺ににじり寄るのを見て取った俺は、戦慄してとっさに距離を取っていつでも逃げれるように態勢を整える。
「まさか……あの灼熱電熱地獄か……!」
「はい♡」
輝くような笑顔で言う事かこの野郎!
「いい加減ワンパターンなんじゃないか?変態幼女さん」
「修練というものはほとんどが退屈な同じことの繰り返しですよ。あと、幼気な少女を変態呼ばわりする人には威力三割増しのフルコースをごちそうして差し上げます」
「ぐっ!……こ、この後授業だってあるんだぞ?」
「ドールの修理なら終わっています。思う存分気絶していただいて結構ですから♡」
「くっ!」
体を翻して逃げ……ようとしてもやっぱり無駄でした!
体が全く動きませんとも、ええ。
「はいはい。痛いけど怖くないですからねえ」
「や、やめろぉおおおおお!!!!」
無駄な抵抗と俺の服を剥きにかかる変態幼女。
気絶するという結末まで同じなので、以下略――(血涙)




