第25話 不格好な英雄
「薬というのは、基本は毒、なんです」
一日の特訓の終わりにエルティア手製の回復薬を飲む俺に、エルティアは言ったものだ。
「本当は薬に頼らなければそれに越したことはないんです。劇的な効果を持つものほど体への負担も大きいですからね」
「マナを回復させる薬もあるんだろう?一発で仕留められない時は、使わざるを得ないよな?」
「もちろんありますが、一日一回の服用が限度でしょうね。マナというのは命の循環そのものといっても差し支えないものです。体内の消費されたマナは、外界からの自然な取り込みで回復させるのが一番です……まあ、いくら久太郎さんのへなちょこ魔法といっても二発も当てれば確実に仕留められますから大丈夫ですよ」
「……今、なにげに変なフラグを立てられた気が。ちなみに一日二回飲んだら、どうなるんだ?」
俺の質問に、エルティアは首を横に振った。そしてこう言ったのだ。
自ら劇薬を煽るようなものだ、と――
「ぐうぅ!!」
薬を飲んだ瞬間、グラリと酩酊感が襲い掛かってきて、思わず倒れかけてしまう。体が鉛のように重くなり、真っ直ぐ立っていられない。
ふいに襲ってきた胸から何かがせり上がってくる感覚に、俺は思わず嘔吐する。
「っ!!き、久太郎さん!」
歪む視界の中、エルティアから悲鳴のような声が聞こえる。鉄のような味が口内に広がり、俺が何を吐き出したのかを悟る。
「久太郎さん!クウェイドー!」
俺の腕にすがりつきながら俺の名を叫び続けるエルティア。
……なんでそんなに泣いてんだ。まるで俺が今から死ぬようじゃないか。冗談じゃない。
俺の心中に理不尽な憤りが満ち溢れていく。俺の身を一心に案じるエルティアの俺への侮りに対して。
そしてなにより、エルティアにそんな心配をさせる今の自分自身に。
「……なめんな」
「……え?」
「……この俺をなめんなよ!アゼルとエルミナの息子!クウェイド・クインザールはこんなところでお前を残して死にゃあしない!!」
「ク、クウェイド……!」
何を口走っているのか自分でも判然としないまま、俺はマナを練り始める。
恐ろしく体が重く、意識もはっきりしているとは言い難いが、マナの巡りは悪くない。
いや、それどころか、今までにないぐらいマナの高まりを感じる!
体は死ぬほど辛いが、マナの充実と高揚感に意識が少しばかり覚醒してくる。
改めてベヘモスの様子を見ると、エルティアの分身たちと激しい戦闘を続けていた。
あのベヘモスの巨体が、信じられないぐらいのスピードで分身たちに肉薄し、例の衝撃波と次々に現れる眷属たちに攻め立てられて満足に魔法を撃たせてもらえていないようだった。
俺の側にいたエルティアも、突然現れた俺を狙う眷属の群れを相手取って戦いを始める。
あの速度で動き回るベヘモスに、ちゃんと魔法をぶち当てることができるか……?
「……おいエルティア……!ベヘモスの動き……なんとか止められないか……?」
殺到してくる眷属を杖で殴り飛ばし、時に無詠唱で魔法を放ちながらエルティアが俺の無茶振りに答える。
「時間凍結魔法で崩落を止めながら一人で戦闘をするというのは!ふんっ!これで中々きついものがあるんですよ、っと!」
ですが、とエルティアは笑みを含ませた声色でこう言った。
「あなたのためならば、この命に代えても」
命に代えても、か。
……それじゃあしょうがない。
「……この手はなるべく使いたくなかったんだけどなっ」
俺の切り札。俺のとっておきを使うしかない。
「エルティア!これから魔法を撃つ準備に入る!いざという時は俺を守ってくれ!とりあえずそれに集中してくれりゃあいい!」
エルティアの答えを聞くのも待たず、俺は体内のマナを凝縮し、魔法をいつでも放てる状態にしておく。
そして、俺は。
「久太郎さん!?」
ベヘモスの元へと駆けだしていた。俺の突然の行動に混乱するエルティアの声を背に、俺は暴れまわるベヘモスに声が届く距離まで近寄ると、そこに仁王立ちした。
この僅かな距離を走っただけでもうぶっ倒れそうだ。疲労と体の不調で、少しでも気を抜けば気を失いかねない。
フラフラになりながらも、俺は体に括り付けてあったクリアファイルから一冊の本を取り出すと、それを高々と掲げてみせた。
「ハァハァ……おい!ベヘモス!これが何か分かるか!分かるよな!今大人気の漫画家のEIBIN氏の無名時代の同人誌だ!しかもだ!」
エルティアの分身たちや、さしものベヘモスも動きを止めてポカンとする中、俺は本を開いて中身が見えるように掲げる。
「そんじょそこらの薄い本じゃないぞ!製本されていないコピー本の上、サークルのごたごたで委託販売もされなかった超希少品!しかもその内容のクオリティーから各方面から絶賛されていて、巷では幻とされている超レア本だ!」
俺のオタク趣味の師だった近所の兄ちゃん。地方の大学へと進学する時に俺にくれたものだ。未成年の俺に。
毎日のように俺の姉ちゃんに鉄拳制裁を食らってた、愛すべきバカ野郎との思い出の品だ。
「どうだ?!欲しいか?!欲しけりゃくれてやる!!」
俺は血涙を流す思いで、薄い本をベヘモスに向かって横投げに放った。バサバサと音を立てながら、地面に落ちるコピー本。
洞窟の中がシーンと静まり返る。
「アホですか?!あなたは?!」
エルティアの絶叫に近いツッコミが入った瞬間。
「ブオオオオオオオオオオオオン!」
ベヘモスが大きな咆哮を上げ、ズシンとその巨体をこちらに向けた。
真っ赤に光るその眼光が俺を射抜く。その迫力に体がすくみ上がりかけるが、ここで怯むわけにはいかない。
そして、ベヘモスは素早い動きで巨体を跳躍させる。
「久太郎さん!!!」
俺を守ろうと前に飛び出そうとするエルティアの肩を抑えた。
「な!?」
驚くエルティアに俺はささやく。
「大丈夫だ」
たぶん。
なぜなら、こいつは俺と同じオタだからだ。にわかでもこの本の価値は分かるはず。そういうチョイスをした。これでダメなら、俺に見る目がなかったというだけのこと。
ズシン!とベヘモスが地面に降り立つ。
「ブオーーーーーン!」
「……!?」
はたして、俺の見込みは正しかったと証明される。
エルティアが唖然とする中、ベヘモスは、牙の間から煙を吐き出しながらその巨体を丸めるように屈みこみ、巨大な爪の先でコピー本を開こうとしていた。俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「そうだろうよ。そうだろうともさ。お前も俺と同じ大バカ野郎なんだよ!」
俺は凝縮していたマナを解放すべく、両掌をベヘモスに向けた。しかし、俺のマナの動きに反応したベヘモスは、爪でコピー本を挟みながらその場から逃れようと素早く身を翻す。
「逃がさねえよ!そして、今度は絶対に外さない!」
俺は、マナを集中して魔法をイメージする。三度目の正直!今度こそぶち当てる!
「邪悪を滅する聖なる波動!今こそその力を示せ!――エクマハフォリア!」
俺の体内の全マナをかけた神聖波動魔法が発動し、白銀の眩い光が放たれた。
「っ!だ、だめ!」
俺の狙いではベヘモスに魔法を当てられないと判断したエルティアが焦りの声を上げた。
だが、問題ない!
一見、見当違いの方向に放たれた俺のエクマハフォリアの白銀の閃光は、「何かを伝うように」ベヘモスの元まで一直線に飛んでいく。
「ひも付きなら、俺でも当てられるだろうよ!」
「!魔法伝導……!」
ベヘモスが持つコピー本には、俺があらかじめ「透明化したマナのロープ」を繋げてあったのだ。
さっき、エルティアがマナのロープに魔法を伝導させて使っていたのと同じ要領だ。
エクマハフォリアを、透明化してカモフラージュされたマナのロープに伝導させてあの象の化け物に直接ぶち当てる!
「……じゃあな、クソ野郎。今度生まれ変わったら、きまぐれ☆オレ●ジロードの結末ぐらいは教えてやるよ」
ドオオオオオオオオオオオオオン!
エクマハフォリアがベヘモスに直撃し、魔法の光の柱がベヘモスの巨体を包み込んだ。震える空気が波のように洞窟内に広がっていく。
「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
煌びやかな白銀の光の中で、ベヘモスはひと際大きな咆哮を上げる。そして。
バキン!
何かが砕ける音が響き渡り、光の柱の中のベヘモスの姿が突然黒い瘴気となる。やがて、巨大な怪物の影は、跡形もなくこの世から消え去ってしまった。
「……ははは……やったぜ」
それを見届けた俺は、ドサリとその場で倒れこんだ。もうだめだ。ケツの毛まで抜かれて鼻血も出ねえ。
「クウェイド……」
残っていた眷属の全てを掃討し終えたエルティアが、俺の側にゆっくりと近づいてくる。
「……見たか?お前の英雄とやらの実力を」
「……」
エルティアは、倒れた俺の横にペタンと座り込むと、顔を隠すようにうつむき体をプルプルと震わし始めた。
「……エルティアさん?」
「あ……」
「あ?」
「愛してますーーーーーーーー!!!!クウェイドォ!」
突然ガバリと俺に抱き着いてきたエルティアは、やおら俺の顔を掴むと自分の顔を近づけてきた。唇を、んっと突き出している。迫る幼女の唇。
「ば、バカ野郎!離せ!」
「もう!もうっ!こ、こんなの……!が、我慢なんてできるわけないじゃないですかぁ!さ、先っちょだけ!先っちょだけぇええええ!」
荒ぶる変態幼女。しかし、満身創痍で体が満足に動かせそうにない。迫りくる貞操の危機!
「お、落ち着けぇええええええ!」
頭を振り、俺が必死の抵抗を見せていたその時。
ドオン!
突然、洞窟の壁が爆発するような衝撃音がして、驚きに体がビクリと震えた。
「な?!」
俺と、その上に馬乗りになっているエルティアは、その爆発がした方を凝視する。生き残りの眷属か?!と、身を固くしたが、そこには。
「あー。もう終わったっぽいね。残念」
制服姿の一人の女子高生がいた。手に瀕死のベヘモスの眷属の長い鼻を無造作に握り、ぶら下げていた。
「って……え?」
「……」
「……」
呆然とする俺たちにその女子高生は、同じく呆けたような表情でこう言った。
「ハ、ハナ……?それに……宮藤?」
そこに立っていたのは山田風香。
山田花子ことエルティアの姉であり、俺の高校のクラスメートだった。




