第22話 前哨戦
「――お伝えしておりますように、一週間前から都内で発生しているモンスターインシデントの警戒レベルが5に引き上げられ、対象地域に避難勧告が出されております。周辺にお住いの方は、直ちに避難して下さい。対象地域は以下の通りです。千代田区、中央区、新宿区――」
テレビのアナウンサーが緊迫感のある声で繰り返し避難を呼びかけている。
現地からの中継画面では、荒ぶったベヘモスの眷属たちが建物に体当たりして破壊し、鼻からの猛烈な息で周囲の車や街路樹を吹き飛ばしたりしている様子が映し出されていた。
「やばいことになってるな……」
エルティアとベヘモスの交渉から約一週間。あの象が言っていたように、破壊衝動を抑えるのもここら辺が限界のようだった。
こうして実際にモンスターが大暴れしている様子を見ると、いやが応にも緊張感が増してくる。この化け物たちを俺たちが止めなきゃいけないのだ。
俺が今いるのは、あの例のエルティアの変態部屋。部屋にあるモニターは、俺の部屋の盗撮映像ではなく、普通のTV番組を映し出していた。
一応の特訓を終えた俺は、あれからエルティアにイノシシのじいさんのところへと連れていかれ、あの謎温泉で体力を回復させてもらった後、強制的にこの部屋に放り込まれた。
それから今までずっと、ベヘモス戦に向けての準備をしていたのだ。
ちなみにこの部屋や、あの悪夢のような扉だらけの白い廊下は、いわゆる異次元空間的なものらしい。岡部やボブソンが使っていたストレージとかいう四次元ポケットのパクリのような巾着袋もこういう空間を利用しているのだそうだ。
そしてこの空間は他のストレージ空間とは違って特別で、クウェイドとその仲間たち限定ではあるが、あらゆる平行世界や時間軸からアクセスが可能な固定された空間とのこと。
仲間たちのプライベート空間や、俺たちが過去幾度も繰り返した異世界転生の最中に収集し、蓄積された貴重なアイテムやらなんやらが納められているそうだ。
「ベヘモスもそろそろ限界ですね。もうタイムリミットです」
「うぇえええ。い、いよいよかー」
なんかプレッシャーで吐きそう。
「心の準備はいいですか?」
「よくないからお家帰っていい?」
「ダメ」
「ですよねー」
やれることはやった、と思う。
地獄のような一週間だったが、たった一週間だ。エルティアに出会った当初は村人Aレベルの強さだった男が、これだけの特訓でどうこうなるものなのか。まるで自信がない。だが、すでに賽は投げられている。
「でもさ、この服はどうにかならないのか?普段の恰好と変わらなさすぎなんだけど」
ジャージ。今俺は黒いジャージ姿である。これから決戦に向かおうとしているのにジャージ一丁ですわ。
「ジャージじゃないですよ!……一応。昔からクウェイドが愛用している甲冑用下着です。まあこの世界で言うところのジャージにしか見えませんが」
「その肝心の甲冑はどうした甲冑は。この紙装甲の下着一枚で戦えっていうのか」
「しょうがないじゃないですか。あなたが記憶を無くしているせいで、あなたの装備が入った倉庫が開けられないんですから。でもそのジャージもそう見えてなかなかの装備品なんですよ。素材と付与魔法の効果で、そこいらの鉄の鎧よりもよっぽど頑強ですし」
「手触りペラッペラなんだけど」
このペラペラジャージに命を託せって言われる身にもなってほしい。
でも、あれ?
「俺の装備が入った倉庫とやらが開かないんだよな?じゃあなんでこのジャージはあるんだ?」
「……」
「ねえ」
「……洗濯した後返すのを忘れていただけです。それを着て寝たりしてませんから」
「……なるほど」
俺の写真が所狭しと張られた部屋を見渡し、俺は頷いた。
ただのお前の変態コレクションやんけ。
「さ、さあ久太郎さん。覚悟はいいですね!ちゃっちゃとベヘモスのやつをやっつけますよ!」
「これ、わりと匂うんだけどいつから――」
「え、えーい!」
杖を一振りして、さっさと転移魔法を使うエルティアさん。
そんな締まらない感じで、俺の生涯初の生死を賭けた戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。
「――っ!」
DVDや本などが散乱した店内の中央に、その巨大な象の化け物はいた。
キャラPOPなどの商品ディスプレイに埋もれるようにして座り込んでいるベヘモスは、漫画を手にしながら体をブルブルと震わせていた。
その目は怪しげに赤く光、口元の長い牙の隙間からは蒸気のような煙が漏れ出ている。フーフーと荒く息を吐きながらも漫画に夢中なのか、こちらに気付いた様子はない。
「……」
俺はエルティアに顔を向ける。彼女は杖を握りしめ、ベヘモスを見据えながら、すぐさまマナを練り始めた。
「……!」
他人のマナの動きなど、まだ碌にはっきりと感じ取れない俺だったが、これはさすがに分かる。エルティアのマナの量と質が驚くべき速度でぐんぐんと高まっているのだ。
エルティアの全身が淡い青白い光で覆われ、その明るさがどんどん増していく。
「!」
やがて、エルティアの長い黒髪が変化して、鮮やかな銀色へと姿を変えた。夢で見たエルティアと同じ髪色。これが彼女の本来の姿。
エルティアはゆっくりとした動作で杖をベヘモスに向けて構えた。ズズズッと音が聞こえてきそうな濃密なマナの奔流が体からほとばしり、その青い光のうねりは、やがて杖へと集束していく。
「――全てを焼き尽くすマハの光。我が最愛の者に仇なす邪悪なる存在のことごとくを滅せよ!――エクマハスルト!」
カッ!と凄まじい光がエルティアから放たれ、俺は思わず手をかざして目を閉じた。
ドオッ!
大きな衝撃音が聞こえて体を揺さぶる激しい風が俺に叩きつけられる。俺はプロテクトを維持しながら、恐る恐る目を開けた。
「いつ見てもこいつの魔法はやばいな……」
目の前には店舗の痕跡がほとんど感じられないほど、商品や棚などあらゆる物が一掃されたガランとした部屋があった。
壁一面と天井の一部がえぐり取られて外の様子がすっかり見えるようになってしまっている。正面のビルも左半分の一部が消滅して、一見倒壊の危機だ。
そんな惨状の中、ベヘモスだけは姿勢をまったく変えることなくその場に座ったままだった。見たところ、まったくの無傷。ただ、その手にあった漫画が消し炭になっていたが。
「……だもん。まだ最後の一話……読み終わってないんだもーーーーーん!!!」
ゴオ!と、どす黒いオーラを放ち始めるベヘモス。その巨躯が一段と膨れ上がり、口元から煙を漏らしながら、その赤い眼光がひときわ鋭さを増す。
「どこだもん……わちきのきまぐれ☆オレ●ジロード最終巻はどこだもーーーーーん!!!!」
古すぎだな?!そのチョイス!
などとツッコミを入れる間もなく、ベヘモスの体から凄まじい光と衝撃が発せられた。
一瞬の静寂の後にドゴン!という激しい音が耳を叩く。先ほどのエルティアの魔法以上の衝撃だろうか。エルティアがとっさに張ってくれた防御魔法のおかげでこちらは無傷だが、なければただではすまなかっただろう。
なにしろ、店舗ビルの今俺たちがいる階より上が全て吹き飛んでしまったのだから。それどころか、周囲のビルも軒並み半壊している。俺はでたらめな威力に空笑いをしながら青空を見上げた。
いやー。今日はいい天気だなあ(棒)。
「だもーん!だもーん!」
漆黒のいオーラに包まれたベヘモスは地団太を踏むように体をバウンドさせる。建物の破片が自動修復魔法の黄色いマナの光を帯びながら周囲を飛び交う中、複数体の眷属が俺たちの周りに現れた。
「……!」
俺は叫び声を上げそうになったが、慌てて口を抑えて我慢をした。俺は何もしゃべれない。それも作戦の内だからだ。
「邪悪を穿つ聖なる光弾よ。愛しき者を脅かす不遜なるモノを貫け!――シルマハスクルト!」
エルティアのマナが強く輝き、大きく横にはらった杖の軌跡から複数の光線が放たれた。
光線は複雑な角度の光跡を残しながら、現れた眷属たちを正確に射抜く。射抜かれた眷属たちは黒い炎のような揺らめきを残し、一瞬で消滅してしまった。一撃かよ。
「即・消滅!だもん!」
ベヘモスが両手を前に突き出し、黒い炎の塊がこちらに向かって放たれる。もろ「俺」を狙っている。あ、まともに食らったら死ぬやつだわ、これ。
「無限なる愛の防壁!――マハドーマ!」
エルティアがすぐさま、毎度おなじみマハドーマを展開した。白い光をまとったエルティア自身が迫りくる黒い炎に突っ込み、その威力を相殺すると共に、そのままの勢いで杖を強く輝かせながらベヘモスに突貫する。まさかの肉弾戦か!?
「えいやぁ!」
白く輝く杖をベヘモスの頭上から勢いよく振り下ろすが、ヘベモスはそれを両手を交差させて受け止めてしまう。
インパクトの瞬間、激しい白い光とバチッという炸裂音が空気を震わせる衝撃となってこちらまで届いた。
エルティアの杖とベヘモスの両腕の接点がバチバチと白黒の稲妻のような火花をちらし、一瞬の硬直状態が生まれる。が、
「よいしょっ!」
と、勢い一発。すぐにエルティアが杖を振り落とし、ベヘモスの巨体を押しつぶすように床ごと階下へと突き落としてしまった。ドカンという衝撃音と共に砂埃が辺りに巻き起こった。
なにこの幼女。コワイ。いまさらだけど。
しかし、次の瞬間にはベヘモスが床を突き破って飛び出してきて、そのまま高く飛翔して空へと逃れてしまった。それを見て取ったエルティアも、青白いマナの光の筋と描きながら空に逃れたベヘモスを追う。
その様を、口を半開きにして呆然と眺めていると、すぐさま青空の中に無数の爆発と閃光が花火のように咲き乱れる光景が目に飛び込んできた。
ドゴンドゴン!と大きな衝突音が響く中、豆粒のように見えるベヘモスが爆発に吹き飛ばされて地面へと勢いよく落下する。ここからは遠く離れた落下先から激しい音がして、砂塵が巻き上がるのが見えた。
漫画とかアニメじゃあよく見るよね、このドッカン系バトル……。
現実では見とうなかった!
「……っ!」
ふいに、ぞくりとするようなマナの膨らみを空から感じて、思わず上空を仰ぎ見る。
「やべえ……」
その光景を見て、思わずそう呟かざるを得なかった。
空には巨大な「太陽」があった。正確に言うと、小さなエルティアの頭上に巨大な白い光球が浮かんでいた。眩い巨大な光球は、みるみる内にさらに大きく膨れ上がっていく。
まさか、あれをぶっ放すのか?!お前、フ●―ザ様かよ!この星もろとも俺たちをゴミにする気!?
「―――――!」
心象詠唱か魔法名か何かを叫んだように見えるエルティアが、勢いよく杖を振り下ろした。それに呼応して巨大な光球がズズッと動き出し、その巨大さに見合わぬ早いスピードでベヘモスが落下した辺りに落ちていく。
光球が地上に落下した瞬間、カッと眩い閃光が走り、凄まじい爆音と共に巨大なキノコ雲が湧き上がった。
「……」
地鳴りが響き、巻き上げられた残骸が黒い雨のように荒廃した地上に降りしきる中、俺の脳裏に映●の世紀のオープニングテーマが流れ始めた。アキバは燃えているか?
「――さん。久太郎さん!」
あまりの光景に半ば呆然としていた俺は、いつの間に側にやって来ていたのか、目の前に立つ黒髪に戻っているエルティアの鋭い声にハッとする。
「久太郎さん。聞こえてますね?ここまでは想定通りです。街や周囲に展開する軍隊への被害を最小限にするために力を抑えて攻撃を仕掛けましたが、ベヘモスにはある程度ダメージを与えられたようです」
力を抑えた。なんか恐ろしい事を聞いた気がするが、今はスルー。
「この後、おそらくベヘモスは――」
その時、ドン!と大きな爆発音のようなものが聞こえてきて、とっさにそちらに目を向ける。
見ると、空中に留まった漆黒のオーラを身にまとったヘベモスが体を小刻みに震わせていた。その威圧感と濃密な力の奔流に、俺は思わずゴクリと喉を鳴らした。
「ブオーーーーーン!」
ベヘモスは、マナを爆発的に増大させ、まるで獣のような叫び声を上げた。しかし、
「!」
次の瞬間には、その圧倒的な存在感を周囲にまき散らしていたモンスターの姿が掻き消えていた。辺りに、不気味なほどの静寂が訪れる。
「……お前の言った通りになったな」
ここまでの大まかな展開はエルティアが想定していたことだ。エルティアの読み通りなら、ベヘモスが向かった先は。
「さあ、久太郎さん。ここからが本番です。今まで教えてきたことをきちんとやれば、大丈夫。あなたはベヘモスに勝てる」
「……とっととぶちのめして積みアニメを消化する」
俺の言葉に、エルティアはニコリと微笑んだ。
「クウェイド・クインザールの従者、エルティア・エステディン。この魂はいつでもあなた様と共に」
そんな言葉の後、エルティアは俺たちを戦闘の舞台へと転移させる。
そこはもう後戻りの許されない、文字通りの死地。




