第20話 心象詠唱
荒野のど真ん中で、俺はエルティアに見守られながらマナを練っていた。魔法の行使に向けて精神を集中させていく。
エルティアに口酸っぱく言われるのは、魔法で肝要なのは使用する魔法を正しく、そして強くイメージすること。
俺はその魔法を使用するシチュエーションを含めてイメージを膨らませていく。そしてここからが肝心なところ。心象詠唱だ。
「……我目指すは禁断の扉の向こう側……!今行くぜ!智代ねーちゃん……!」
心象詠唱とは心の声の発露。
想いを声にすることによって上位魔法の行使を容易にしたりその効果や精度を強化できたりするものらしい。
心象さえしっかり形にできていれば無詠唱でも魔法は使う事ができる。しかし、俺のような未熟な者や、マナを放出して遠くの敵にぶつけるといった攻性魔法に関しては、心象詠唱は必須といっていいのだそうだ。
呪文のような定型な文章があるわけではなく、その場、その時の詠唱者の心の在り様を言葉にする。つまりはアドリブだ。自分の心に響けばぶっちゃけなんでもいいらしい。
詠唱によって体の中で魔法の完成を感じ取った俺は、行使のトリガーとなる魔法名を高らかに叫んだ。
「インビシブル!」
瞬間、体の周りのマナが変質し、俺の体は光学迷彩のように周囲の風景に溶け込んだ。
「おお!?おいエルティア!そっちから見てどうだ?俺の姿見えているか?」
「……見事ですよ。姿自体は完璧に消えています……気分転換に教えただけなのに……こんな短期間で、それも一発で成功させるなんて……」
「俺すげーよな?」
俺は魔法を解除してエルティアに胸を張る。どやぁ。
「ええ、すごいですよ!その自分の欲望に真っ直ぐなところは!肝心のマハドーマの覚えはさっぱりなのに!」
ジト目で俺を睨むエルティアだったが、こればかりはどうしようもない。魔法の成否は心の在り様によって左右される。つまりはモチベーションの違いだ。
……いや、だからと言っていかがわしいことに使ったりしませんよ?たぶんきっとおそらく。
「スケベ!変態!スケコマシ!」
「し、失礼な!この魔法は……そう、あれだ!護衛用だ!大切な人を陰から守る的なあれやこれやに使うんだよ!」
「あれやこれやってなんですか!言い訳下手すぎでしょう!あの詠唱を聞いてそれを信じろと?」
「……ち、智代ねーちゃんをいかがわしいモンスターから守るために……」
「一番いかがわしい人が何か言ってますね」
幼女のゴミを見るような視線が痛い。ちくしょう。あの詠唱はまずったか……!
「いや。ちゃんと役に立てる方法が――」
言い訳を絞り出すために頭をフル回転させていると、エルティアがふいに真面目な顔をして指を唇に当てて俺に黙るように促した。そしてこめかみに指を当て何かブツブツ言い始めた。そして俺に深刻な表情のまま告げる。
「……まずいことになりましたよ。使い魔によるとベヘモスの奴が結界を破って逃げ出したようです」
「え!?」
まじかよ。やばくないか?それ。
あいつの気配を探ると、確かに今までとは違う場所にいることが分かる。どういうつもりなんだよ、あの象のおっさん。さんざんエルティアの奴にびびってたわりには大胆なことをしやがる。こちらとしては非常に困る事態だ。
「……とにかく私が様子を見てきます。久太郎さんはここでマハドーマの練習を続けて下さい……インビシブルの練習じゃないですよ。分かってますね?」
「ここに来て、さすがにそんなことにかまけたりしねえよ!」
失礼なことをのたまうエルティアは、それでは言ってきますと一言残して姿を消した。
風雲急を告げるような事態になり、さすがの俺も真面目に特訓に本腰を入れざるを得ない。このままでは何もできないままゲームオーバーだ。
そういうわけで、それからしばらく俺なりに真面目に特訓をつづけていたのだが、エルティアが存外早く戻ってきた。
「あれ?お前、えらく早く戻ってきたな」
「え、ええまあ……あの様子ですと、もうしばらくは時間が稼げそうだと思いまして」
妙に疲れたような顔をしたエルティアがため息をつく。
「象のおっさん、お前の結界を破って脱走したんだろ?暴れたりしてないのか」
「ある意味大暴れですが……とりあえず人命を無下に扱っていないという点で許容範囲でしたので、このまま……そう、しばらく放置することに」
「……何やらかしてんだ?あの象」
「……見てみますか?」
エルティアは、丸い鏡のようなものを取り出すと、それにマナを流し込んだ。すると、鏡の表面に映像が映し出される。
「何匹か使い魔を配置してきました。これは、あの子たちが見ている映像になります」
鏡に映し出された光景。それは、オタクの聖地として有名なアキバ。そこに点在するエンタメ系の店という店が大量の象のモンスターに占拠されている様子だった。
薬屋の店先に置いてあるような愛嬌のあるマスコット的な造形をしたそのピンク色の小さな象のモンスターたちは、店内に所狭しと陳列されているコミックやラノベ、映像コンテンツなどあらゆるエンターテインメント系の作品を貪るように見ていた。
「なにしてんだこいつら……」
「……ご覧の通りです。ベヘモスはこの世界のいわゆる「オタク文化」にいたくご執心なようで……意識を共有している眷属たちに片っ端から作品を見させているんです。眷属から集められたその膨大な情報を無節操に楽しんでいるようですね」
「……」
俺の当面の倒すべき強敵は、同好の士でした。まったく笑えない状況である。
ポンポンと跳ねるように体を揺らしながら無邪気に作品を楽しんでいる愛らしい姿の眷属たち。弛緩しきった表情で恍惚としているベヘモス。
「こいつら……」
思わず、対価も払わず著作物を貪っている漫●村キッズに対するような憤りを覚える。
金払えよ!持ってねーだろうけど!?
今から行ってこいつらをボコボコにしてやりたい気分になったが、今の俺にはどうしようもない。
思わぬところで自分の非力を嘆かされることになったものだ。そんな忸怩たる思いに駆られているとふいに鏡の映像が切り替わって、何やら武装した機動隊のような部隊が街の道路に展開している場面が映し出された。
隊員たちは透明の防護盾に、属性付与されているらしき淡く青白く光る槍を装備していた。鎧を着ているわけでもなく、よく見るプロテクターを付けた紺色の出動服なのでファンタジー要素が中途半端だ。よく見ると、金属製の杖のようなものを持っている者もいるので、それは魔法使いの隊員なのだろうか?
隊員たちは、道を封鎖するように横隊で布陣して、ベヘモスや眷属どもが跋扈する店舗を包囲していた。
「お、さすがに治安部隊も動いたか。このまま象のおっさんも倒してくんないかな」
「お願いしますよお願いしますよ……」
エルティアも隣で両手を組みながら祈るように映像を見ていた。
「へえ、お前がそんなに期待をかけるんなら、この部隊の人たちってそこそこ強いのか」
「え?いえそうではなく……」
エルティアが答える前に、映像の中で変化が起きた。店舗のビルから無数の小さな眷属たちが急に飛び出してきて、かなりのスピードで飛び跳ねながら部隊の隊列の中に躍り込んだ。
にわかに場が騒然となる中、隊列に飛び込んだ象型マスコットたちが突然膨張を始めた。一瞬で全長三メートルぐらいの大きさにまで、まるでゴム風船のように膨らんだのだ。
何人かの隊員がその勢いで空中に吹き飛ばされていた。あちらこちらで膨張した眷属たちが姿を現し、その度に幾人もの隊員がポンポン空中に投げ出される。
しかし、一時的な混乱状態に陥った隊員たちも黙ってはいない。すぐさま隊列を組み直し、属性付与された槍で攻撃を仕掛ける。が、しかし。
「……なんか全然効いてないっぽいけど」
隊員たちは懸命に眷属に槍を突き出してはいるのだが、その攻撃は功を奏しているようには見えない。
「眷属はその主人の固有アビリティの特徴を多く引き継いでいますから。絶対物理耐性、とまではいかなくても、物理攻撃の効果は低いです。攻性魔法の方が期待できますが……」
部隊の後方に控えていた魔法隊員たちが金属製の杖を閃かせる。が、それに反応したのか眷属はその長い鼻を振り回し、凄まじい勢いで周囲に息を吹き出した。
まとわりついていた隊員もろとも周囲の隊員全てを吹き飛ばしてしまう。眷属相手に機動隊の戦力はまるで通用していない感じだ。
「なんかダメっぽいな……」
「あの治安部隊は戦闘特化の部隊というわけではないようですから。それよりも……はぁあああ……よかったですぅ」
エルティアは機動隊がまるで機能していない様子を見ながら何やらほっと胸をなでおろしている。
「よかないだろ。機動隊ボコボコじゃんか」
「よく見て下さい。眷属はあの人たちに攻撃らしい攻撃は加えていませんよ」
……たしかに、眷属たちは隊員たちを追い払うように息を使って吹き飛ばしたりしてはいるが、その場に留まったまま自らは人に危害を加えていないように見えた。
「ベヘモスはとりあえず私との約束を守る気はあるようです。これで時間が稼げます」
エルティアは、むん、と両手を胸の前で握る。
「さあ、特訓を再開しましょう!」
「あの部隊の手助けとかしなくていいのか?攻撃を受けているわけではないんだろうけど」
「……あの人たちは、あの人たちの責務を果たしているんですよ。魔王との戦いはこの世界に住む者全ての戦いなんですから。私たちは私たちの責務を果たしましょう」
などと何気に大人なセリフを吐く小学生。
俺たちの義務、ね。
「お互い大変だなあ……」
眷属たちは、リフティングで遊ぶかのように隊員たちを頭の上でポンポンと跳ねさせている。そんな隊員たちの様子を見て、俺は大きくため息をついた。




