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第2話 バカ×火の玉×防御魔法

「なっ……!?」


 黒煙が破壊された校舎の一部からもうもうと立ち昇っている。

 粉々になった校舎の残骸が校門あたりまで吹き飛ばされていた。空いた口が塞がらずに点々と散らばる残骸を呆然と見やっていた俺の横を、岡部とボブソンが悠然とと歩いていく。


「あーあ。派手にやったなあ」


「誰か知らんけど、グッジョブ。一限目は自習だな。ラッキー」


 などとのんきに鼻歌混じりで校門を目指す二人。見ると、周囲にいる他の生徒も特に慌てたりしている様子はないようだ。どうなってんだ。


「お、おい二人とも。校舎が吹っ飛んだんだぞ?他の奴らもそうだけど、なんでそんなにリアクション薄いんだよ!?」


「芸人でもあるまいし、なんでこれぐらいでリアクションしなきゃいけないんだよ」


「たまにあるじゃんか、これぐらいの爆発。どっかの思春期野郎の魔力暴走じゃないか?告って振られてドカンてやつだよ。停学ですみゃいいけど」


 ダメだ。こいつらが何を言っているのかサッパリ分からん。


「そもそも授業どころじゃないだろ!校舎が吹っ飛んで――」


 瓦礫を指差す俺の目の前で、校舎の残骸の一つ一つが黄色い淡い光に包まれたか思うと、ふわりと宙に浮かんで飛んで行ってしまう。残骸は元あった場所に集まっているようで、僅かずつだが校舎がひとりでに修復しているようだった。


「これぐらいの損害なら三十分ぐらいで終わるかなあ」


「どうせならここら一帯吹き飛ばせばいいのに。さすがに休校だったろうにな」


「……」


 おーけー。あるよね、こういうの。アニメとかの世界じゃあさ。


 俺一人がこの訳の分からない世界の常識から取り残されてるわけだ。なるほどなるほど。これは異世界転移ってやつですな。


 ここは、魔法の力が存在する世界。俺が生きてきた世界とは似て非なる世界線のただ中。そういうことでいいですね。うん、納得しましょうとも。

 長年、エンターテインメント作品に溺れてきた俺の適応力をなめるなよ。こんにちは、三文ラノベの世界。

 脇汗がハンパないのと膝が多少笑ってはいるが、俺はびびってない。こういう時は笑顔だ。笑顔で色々ごまかそう。


 引きつる笑顔とぎこちない体の動きを自覚しながらも、俺は覚悟を決めて校門をくぐろうとする。


「ま、待ったぁ!」


 すると、俺の悲壮な覚悟に水を差すかのように、背後から聞きなれた女生徒のかしましい声と靴音が聞こえてきた。


 あと僅かで校門、というところで俺の横を疾風のように駆け抜けていく一人のバカ、いや女生徒。校門を通り抜けたところでこちらに振り向き、肩で息をしているくせに偉そうに手を腰に当て、ふんぞりかえっている。


「はぁはぁ……き、今日も私の勝ちっ!哀れね久太郎!」


「……ハイハイ、哀れ哀れ」


 目の前の残念娘は笹塚瑞希。ただのご近所さんである。人によっては幼なじみと称する存在なのだろうが、残念ながらこちらとしてはまったく馴染みたくない。


 肩まである長い髪を留めもせずに全力疾走してきたためか、髪はすっかりボサボサ。花も恥じらう年頃の女子高校生であるにも関わらず、よほど慌てていたのかシャツの第二ボタンあたりまで留め忘れ、首元のリボンはヨレヨレだ。


 なぜここまで慌てていたかというと、理由は単純。「俺に勝つため」だ。今回の場合、登校時間で俺に負けたくなかった、ということになるのだろう。


 登校時間だろうが、学校の成績だろうが、ジャンケンだろうが、俺に負けたと思う事を極端に嫌う精神年齢小学生並み女子。それが瑞希だ。いっそ病的である。いや的、じゃなく病気である。精神疾患患者である。


 しかし、今日ばかりは、このいつもと変わらないアーパー娘に安堵感を抱いてしまった。少なくとも、人間関係については齟齬がなさそうなのを再確認できたからだ。精神錯乱娘と、そいつを見てドン引きしている友人であるところの変態二人の人となりそれ自体に違和感はない。


「おい瑞希。これ、何ていう名前か分かるか?」


 膝に手をついて息を整えている瑞希に、試しにダ●ボーバッテリー、もといマナコンを見せてみた。


「は?何言ってるの?」


「いいから。これが何か分かるかって聞いてるんだ」


「クイズ?!クイズね!?う、受けてたとうじゃないの!」


 おもむろに俺が手にしているマナコンを、ためつすがめつ見始める瑞希。


「……うーん。どう見てもマナコンよね……でも久太郎がそんな普通のクイズなんて出してくるわけないわ。これはひっかけ……でも……」


 ……そもそもクイズじゃないのだが。まあいい。


「そう!これはマナコン……ですがー。この裏のへこみと模様、この使い方と正式名称はなんというでしょうか?」


「ええ?!つ、使い方はこの魔法印のあるへこみに指を置いて、吸収させた体内のマナを電気に変えることによって蓄電する、でいいはずよね……?でも正式名称?!そ、そんなの気にしたこと……」


「ほほう?分からない、と」


「ぐっ……!」


 わざと見下すような下卑た笑いを向けてやると、瑞希はぐっと親指をかみしめて額に脂汗をにじませる。よくここまでマジになれるよな、こいつ。


 まあ、ともかく色々分かった。この世界にも電気はちゃんとあるようだし、おそらく魔法の原動力がファンタジーでお馴染みの「マナ」なのだろう。そしてマナは体内に存在し、電気にも変換できる、と。


 よし、もうこいつに用はない。


「ブッブー。時間切れで不正解です。ではごきげんよう」


「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!時間制限なんて聞いてないわよ!」


「ルールを確認しなかったお前が悪い」


「無効よ!こんな勝負無効なんだから!」


 何度も言うが、そもそもクイズじゃないし、勝負を挑んだわけでもない。まあ、色々面倒くさいのでここは折れておくことにする。


「分かった分かった。無効でいいから」


「な、ならいいのよ」


 瑞希が俺の言葉にあからさまに安堵する。ほんと面倒くさい。


「ち、ちなみに、答え!一応答えだけでも聞いといてあげる」


 少し涙目のくせに、人差し指をこちらに向けていちいち偉そうな口調の瑞希。


「知らん。じゃあな」


「なによそれぇ!」


 地団太を踏む瑞希を放置しつつ、俺を見てニヤニヤしている岡部とボブソンに合流した。


「……相変わらず仲いいな」


「結婚式には呼んでくれよ」


「よし、お前ら表出ろ。相手してやる」


 ゲラゲラ笑う二人のケツに蹴りを入れてやろうかと思ったが、今はそれどころではない。二人には聞いておかなければいけないことがある。


「そんなことはどうでもいいんだよ。なあ、今日の俺はありえないクソアニメを見た影響で記憶喪失なんだ。だから何も聞かず、俺の質問に答えてくれないか」


「……意味不明すぎてどこから突っ込んでいいのか分からないレベルだが、まあいいだろう。何だ」


「……お前ら防御魔法とかって使えるか?」


 俺の質問に、二人は互いの顔を見合わせた。






 おかしいとは思ったんだ。


 普通、建物が大爆発を起こして平然としていられるわけない。爆発という事態に驚かないということだけが問題なんじゃない。最大の違和感は、起こりうる「人的被害」に対する不安や心配すら皆無だったことだ。他人の怪我や生き死にの心配だけじゃなく、なにより自分の身を守らなければ、という当たり前の行動すら誰も見せようとはしなかった。


 ならば。


 この世界において、人の命は鳥の羽より軽いという世紀末的ヒャッハーな価値観に毒されていないことを信じるならば。


 皆、何らかの災害用防御手段を持っていて、この程度では誰も怪我なんてしない。それがこの世界の常識なのではないか、と考えたわけだ。


 はたして、それは正しかった。


 防御魔法、プロテクトというのは、それこそ小学生が護身用に覚えるような超初級魔法なのだそうだ。そして、それを利用した遊びやスポーツが当たり前のように存在しているわけで。


「ぎ、ぎゃーーーーーーー!!あ、あぶねえ!!!」


 今、俺はあらゆる方向から飛んでくる「炎の塊」から命からがら逃げまどっていた。


 ファイアードッジ。そう呼ばれる頭がおかしいスポーツは、学校の体育の時間に行われる非常にポピュラーなものなのだそうだ。


 ルールは通常のドッジポールと大差ない。ただ、ボールがファイアーボールという初心者用魔法に置き換わっているだけ。


 魔法で作り出された炎の塊を避けるか、炎を霧散させないように受け止められれば、コート内に残っていられる。同級生曰く、炎を霧散させないように受け止めるには防御魔法の応用技術が必要らしく、小学生あたりの魔法制御教育にはうってつけのスポーツだということらしいのだが……


「んなの、できるかーーーーー!!」


 俺は失禁レベルの恐怖にさらされながら、炎の塊を避け続けていた。鼻先をかすめていく灼熱の炎。当たれば、まずタダでは済まない。


「くぉらあー宮藤!ちゃんとプロテクトかけんか!」


 リアルゴリラこと、体育教師の三橋の野太い声が俺の焦りをかきたてる。


 一応、岡部とボブソンからプロテクトの魔法の手順は習っていた。プロテクトのような初級魔法は、詠唱によってマナに働きかけるような高度なアプローチは必要ないらしく、自分を覆っている薄いマナの膜を硬質化させるようなイメージをするだけでいいらしい。


 普段外出する際には、コートを羽織るような感覚で自然にプロテクトをかけるのが普通らしく、俺のようにまったくの無防備の人間は、言うならば真冬に半袖短パンで出かけるようなもの、だという。


「宮藤すげーな。プロテクトなしで最後まで生き残ってるぜ」


 文字通りの命がけの回避行動のおかげでコートには俺しかいなくなっていた。何人かの同級生から俺の無謀な挑戦に呆れとも感嘆ともつかない声があがる。俺としては、やり方分からなくてビビッて逃げまどっているだけなんですけどっ!


 友人二人から教えられたプロテクトは結局一度も成功しなかった。まず、マナという力を感じることができないのだ。


 まあ、後でじっくり覚えればいいや、と思えばこのざまである。まさかこんな頭の悪い魔法スポーツが体育の授業でお目見えするなんて夢にも思わない。


「っち。いつまでチョロチョロしてる気だよ」


 やがて、一向に当たらないことに業を煮やした敵チームが本気で俺を殺しにかかる。形成される敵外野と内野の死のトライアングル。連続パスにフェイントを織り交ぜ、確実に息の根を止めるスタイル。これはあかん。


 入り乱れる炎の乱舞のただ中、俺は涙と鼻水で顔面をぐしょぐしょにして逃げまどいながらプロテクトを成功させるべく意識を集中させる。


 要はイメージだ。まったく感じないが、マナの薄い膜とやらは俺を覆っているはず。ならばそれがあるとイメージしてやり、さらにそれをカチンコチンに硬くすると勝手にイメージしてやればいい。


 妄想なら俺の得意分野だ。伊達に中学までガチで、か●はめ波の練習してたわけじゃないぜ!


「プ、プロテクトぉ!」


 俺は掛け声と共に、全身を覆うマナをカチンコチンにするというイメージを脳内に思い浮かべる。カチンコチンだ!カチンコチン!


 次の瞬間、俺は身体がピクリとも動かせないことに気がついた。なぜか全身に春先とは思えない寒気を感じる。なにこれ。


「うわ!あいつ自分にフリーズかけたぞ!?」


「プロテクトとか叫んじゃってからの、まさかのフリーズ!」


「あいつ、あんなネタ隠し持ってやがったか」


 同級生たちの口から次々にフリーズというワードが飛び出してくる。

 フリーズ。フリーズねえ。


 もしかして……僕、凍っちゃってるのかな?


 いや、こりゃまいったね。たしかにカチンコチンだわー。


 俺、顔真っ赤っか。


「くぉおらぁあああああ!宮藤なにしとるかぁああああ!!」


 どこからかゴリラの遠吠えが聞こえてくる中、目の前に赤い光が瞬いたかと思うと、俺の意識は暗転した。


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