第19話 やはり俺の魔法修行は間違っている
「俺たちじゃ勝てないって……俺はともかくお前でもダメなのか?」
「私では魔王の眷属は倒しきれません。他の仲間が居たところでそれは一緒です。あなたが倒すしかないんです」
エルティアの敗北宣言を聞いても、俺は正直半信半疑だった。幼女の面の皮を被ってはいるが、実際は化け物級の力を持つ奴だ。こいつで勝てないというなら誰が勝てるというのか。
「……お前がどうしようもないってのがどうにも信じられないんだが……仮にそうだとして、そんな奴に対して俺にどうしろっていうんだ」
「魔王の眷属たちには『魔核』という器官があって、それを破壊さえすれば倒すことができます。眷属に何らかの攻撃を加えることによってその魔核にもダメージが通るんですが……私たちでは破壊に至るダメージの約八~九割ほどを与えることが精一杯なんです」
結構ボコボコにできんじゃん。そう思ったがエルティアは俺の表情を見て首を横に振る。
「どれほどダメージを与えようとも破壊できなければ意味がありません。そして」
エルティアが杖を俺に向ける。
「最終的な魔核の破壊は、魔王殺しの祝福を受けたクウェイド……つまり久太郎さん、あなたにしかできない」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
「……で、今の俺の力では、その残りたった一、二割のダメージを与えて魔核とやらを破壊することすらできない、ということか」
「そういうことです。ベヘモスの固有アビリティは絶対物理耐性。つまり魔法による攻撃でないとダメージが通りません。だから特訓によって魔核を破壊できるだけの攻撃魔法を身につけなければいけないということです。あと一週間で」
「オワタ」
やっとこさゴミレベルを脱したぐらいの俺の力でどうしろというんだ!?
「……終わらせませんよ。絶対に」
エルティアは三角帽のつばを指でつまみ、杖をブンっと振るった。
「今回の私は、本格的にイチャイチャするために、あと十年は待たないといけないんです。色々世間体的に。こんなところで終わるわけにはいきません。絶対に勝ちますよ」
「結局そんなのばっかだな!お前!」
鼻息の荒く杖をブンブン振り回しながら戯言を言うエルティアさんに、俺ドン引き。世界のみんなに謝って。
「それはともかく、久太郎さんにまず覚えてもらわなければいけないのは、対属性防御魔法です。これができなければお話しになりませんから。じゃあさっそく始めますよっ」
さっそく特訓をおっ始めようとするエルティアに、俺は待ったをかける。
「ちょ、ちょっと待てよ。こんな穴倉の底でか?いったん外に出ようぜ。ていうか、一回家に帰らせてくれよ。ひとっ風呂浴びて少し休みたい。あの島に拉致られてから碌に寝てもいないんだぞ」
寝たと言えば、最初のキャンプとエルティアに毒もどきの薬を飲まされて気絶した時ぐらいだ。イノシシの爺さんのところでは、本当に一睡もしていない。謎の温泉のおかげで体がつらいわけではないのだが。それでも精神的に休息は必要だろう。
俺の言葉を聞いて、思案顔になったエルティアだったが、やがて一つこくんと頷いた。
「……そうですね。分かりました。では少し時間を置きましょうか。程よい時間に迎えに行きますからそれまでゆっくり休んでください……心残りのないようにして下さいね」
「怖くなるからそういうこと言うのやめてくれる?!」
それからすぐに、なんちゃってダンジョンの最下層から自宅へとエルティアに送ってもらい、何日かぶりの帰宅になったわけだが……
帰って早々に、母ちゃんに大目玉を食らった。どうやら俺は謹慎中の身でありながら、一枚の書置きを残したまま三日も姿を消したことになっていたらしい。
正座をして説教を食らっている俺の後頭部を、姉ちゃんが嬉しそうにグリグリと踏みながらその書置きをひらひらと目の前にちらつかせる。そこには、
『愛する人と旅に出ます。すぐに帰るので心配しないでください。かしこ』
と、書かれてあった。
あのやろう!
次の日のまだ夜も明けきらない早朝。
楽しみにしていたアニメの第一話を見ながら寝落ちしてしまい、そのまま爆睡してしまったわけだが、まったく程よくない日も昇りきらない時間にエルティアに叩き起こされてしまった。
時計を見て思わず早すぎるだろうと文句を言おうとした時、目の前にエルティアの他に一人の男が立っているのに気が付いた。見覚えがありすぎるその顔を俺は呆然と見上げる。
『やばい。寝起きの俺って超キモイ』
そんな暴言を吐く、ものすごく見覚えのある男。
「エルティアさん?このすごく失礼なイケメンさん、誰?」
「さらりとイケメンとか言っちゃってますが、この前言っていたあなたのドールです。またしばらく帰ってこれないと思うので、急遽用意しました。特訓の間、あなたの代わりを務めます」
『そういうわけだ。エルティア様は寝る間を惜しんで最終調整を終わらせてくれたんだ。感謝のキスでもして差し上げろ』
「おい、俺が死んでも吐かないようなセリフを言ってくれるんだがこの人形。大丈夫か、こいつで」
「大丈夫です。ドールは人格や行動まで完全にトレースできるようになっていますので。最終調整で少し私好みの仕様にしましたが、全然大丈夫です」
「その最終調整いらなかったよね?」
『ふざけんなよ俺。エルティア様に永遠の愛と忠誠を誓うよう調整してくれたんだ。感謝するしかないだろうが』
「ああ、素晴らしいドールに仕上がりました」
「使用前だし、返品できるよな?このクソ人形」
朝っぱらから騒がしくしていたせいで、隣の部屋から姉ちゃんの壁ドンが聞こえてきたので、俺とエルティアはクソ人形を残して慌てて別の場所に移動する。
移動した先は、いつぞやの岩山だらけの荒野だった。
砂混じりの熱い風を受けながらポツンと荒野に突っ立っていると、またぞろヘルハウンドが出てきやしないかと少し落ち着かない気分になる。
エルティアは杖を取り出すと、ローブをバサリとはためかせて俺を振り返った。やる気満々の表情である。
……ああ、特訓が始まるのかー。やだなー。なんか吐きそう。あ、朝飯食ってねーや。
てな感じで、まったくやる気の出ない俺を差し置いて、エルティアさんはさっさと説明を始めてしまう。
「さあ、ではまず全属性防御魔法『マハドーマ』を伝授しますよ」
「……マハドーマ?」
「はい。これはエランティアにおける上位の防御魔法の一種で、全属性の攻性魔法に対応しているという意味ではおそらくこの地球上にはないものになります」
「何気にすげえ感じに聞こえるけど……ていうか、全属性って?」
「『火、水、土、光、闇』の五元属性を含め、それから派生する全ての属性魔法に対応しているということです。マハドーマは、いかなる攻撃魔法でも耐えることができるということですね」
「最強じゃん」
やばい。今のところまともに使えた魔法はファイアーボールぐらいなものなのに、なんかいきなり最強くさい防御魔法を覚えることになってる。
「とはいっても、そうそううまい話はありませんよ。マハドーマは消費マナが多い上に、一回攻撃を受けると効果がなくなります。今の久太郎さんには実戦で使うのはお勧めしません」
「ダメじゃんか!そんなもん覚えてどうするんだよ」
「物事には順序というものがあるということですよ。魔法の習得には、まずはその魔法をあらゆる角度から体感するということが必要になってきます。体感することによって明確な魔法のイメージを自分の中に描けるかどうかが習得の鍵となるんです。この後に教える上位の攻撃魔法を習得するためには、その魔法に耐えるだけの防御魔法が必要になってくるわけですが……まあとにかく使って見せますのでよく見ておいて下さい」
エルティアは表情を真剣なものに変えて杖を構えた。
「――豊穣なる芳しきスーマの地。我が愛しき者に抱かれしかの地と、芽吹く命をあまねく守護する鉄壁の盾よここに顕現せよ――『マハドーマ』!」
エルティアが呪文の詠唱チックなこと言ってから杖を高らかに掲げると、突然彼女の姿が白銀に輝き始めた。
「……見ましたか?」
「見た見た。でもそんな厨二チックな魔法詠唱が許されるなんて小学生までだよなあ。俺、オタだけど厨二病じゃあないからさ。ここに顕現せよ(笑)とか、そんなのさすがに恥ずかしすぎてとてもとても(笑)」
「ぶんなぐりますよ?!」
顔を羞恥で真っ赤にしながら杖をブンブンと振るうエルティアさん。いいじゃん、小学生なんだから(笑)。
「はあ……まあいいです。とにかく、今私はマハドーマによって生半可な魔法では傷つかない状態になっています。では次に、久太郎さん。可能な限りマナを練ってからファイアーボールを私に向かって撃ってみて下さい」
「ええ?!お前を攻撃しろっていうのか?いや、それはさすがにちょっと……」
「大丈夫ですよ。久太郎さんの魔法程度ではマハドーマを纏っている私にかすり傷一つ付けられませんから」
「そういうことじゃなくてだなあ……」
俺がガリガリと頭を掻いていると、エルティアがニンマリと意味ありげな笑みを浮かべた。
「なるほど。愛する者に攻撃はできないというわけですね。分かります」
「お前のそういう自信、どこから出てくんの?」
例えその実力が化け物じみていたとしても、見た目は年端もいかない少女だ。魔法をぶっ放すのはさすがに躊躇してしまう。
「ちゃんと意味のあることですので、いいからお願いします。ちゃんとできたら前に私が使っていた透明化魔法を教えてあげてもいいですよ」
「よし待ってろ。限界までマナを練って、物凄い一発をぶっ放してやんよ」
夢魔法の為、全力、出します!
ジト目のエルティアから距離を取ると、マナを練って活性化していく。体全体が熱を持ち、これ以上はヤバイかなというところで練るのを止めた。そして右手を突き出してマナを集中して火の属性を付与する。
「それでいいでしょう。さあ、熱いあなたのものを私に下さい」
「……お前。まあいいや。とにかく行くぞ!ファイアーボール!」
俺はトリガーを引くイメージをして炎と化したマナを放出する。
ドンッと勢いよく放たれたファイアーボールは、大きさもスピードも最初の頃とは段違いだった。
スライム戦の時と比べても威力の高さを感じさせる炎の塊は、余裕の顔で棒立ちのエルティアに殺到する。
インパクトの瞬間、ドカン!と物凄い爆音がしてエルティアが火柱の中に飲み込まれた。真っ赤な灼熱の火柱の熱風が俺の全身を叩きつけ、自分で放った魔法の威力にドン引きしてしまう。
やばっ!こんなに威力が上がってるのかよ!?あ、あいつ大丈夫か?!
残存する炎のせいで近づけず、ハラハラしながら目を凝らしてエルティアの様子をうかがう。
やがて炎が消え失せ、真っ黒に変色した地面の上にエルティアが涼しい顔で立っているのが見えた。マジで無傷だよ。
「いいですよ。魔力の増加もまずまずの水準です。ところでどうですか?マハドーマの防御能力は理解できましたか?」
「ああ、お前が地上最強の幼女だってのは再認識した。そのマハドーマとかいう魔法なくても無傷なんじゃないの?お前。あんまり早く走ったりするなよ。時速4キロ以上出すと、世界中のGPSが狂うかもしれないから」
「人をなんだと思ってるんですか!?」
エルティアが頬を膨らませて抗議するが、俺の認識は変わらない。なんだと思っているかと言えば、範馬の血も真っ青の超小型メタ●ギアだ。幼女、怖い。
「まったく……とにかく次の段階に移りますよ。これで魔法の発動と効果は目の当たりにできたわけです。次は、実際に久太郎さんのマナをマハドーマの状態に変化させてそれを体感しなければいけません……というわけで、久太郎さん。服を脱いでそこに座って下さい」
「またかよ!」
「さすがにもう理由は分かるでしょう?もちろん久太郎さんがマナを知覚しやすくするためなのと、私がマナに干渉しやすくするためですから」
何かにつけて人の服を剥きたがる変態幼女め。特訓に必要なことだからということを免罪符にして自分が楽しんでいる節があるんだよな、こいつ……
だがまあ、確かに必要なことなんだろう。俺はしぶしぶジャージとシャツを脱ぎ捨て、地面に胡坐をかく。と、そこでハッと気が付いた。
「あ、ちょっと待てよ……もしかしてあの灼熱電流地獄みたいなことになったりする?」
「ふふふ、まさか」
「そ、そうだよな」
「あんなのとは比べ物にならないくらい辛いでしょうけど、頑張ってくださいね」
瞬間的に逃げ出そうとするが、体はもちろん動かせない。金縛りにあったように胡坐の状態のままピクリできない。
ですよねー!いつものパターンですよねっ!ちくしょう!つーか、こいつの特訓、こんなのばっかじゃねーか!
「ここが正念場です。つらいでしょうけど、耐えて下さい。いいですか。大事なのはマハドーマに変化したマナの状態を記憶することです。何度も同じ目に遭いたくなければしっかりと覚えて下さい。では行きますよ」
エルティアが俺の膝に乗り、そのまま抱き着いてくる。
「――我が身命、我が魂を捧げし最愛の者に……邪悪を退ける退魔の障壁よ、来たれ――マハドーマ」
胸元で小さくそうつぶやいたエルティアから、大量のマナが体内に急激に流れ込んでくるのが感じられた。そして間髪入れずに全身に痛みと苦痛が襲ってくる。
それは、裸のまま高所から落下して水面に叩きつけられたような痛みと衝撃が「体の内部」から発生しているかのようで。
「ぐわぎゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
断続的に襲い掛かってくる破壊的な衝撃。全身の骨という骨、肉という肉が砕かれ、引き裂かれるような激痛の波が押し寄せる。あまりの痛みに絶叫しながら七転八倒してしまう俺だったが、程なく楽になる。
「あふん」
その激痛は俺の意識をあっさりと刈り取り、すぐに俺は昏倒してしまったのだった。
久太郎とエルティアが打倒ベヘモスを掲げて特訓に明け暮れている頃。その討伐対象である魔王の眷属たる象頭のモンスターは、精霊島の岸壁に座り、一人釣り糸を垂らしていた。
その様子をじっと観察しているのは、精霊であるサトとシゲ。二人はエルティアに監視役を頼まれ、以来ベヘモスを昼夜問わず見張り続けていた。
周囲にはエルティアによって強力な結界が張り巡らされており、滅多なことは起きないと彼女に聞かされてはいた。しかし、その強大な力を持つ魔物の存在に二人は少なからず緊張を強いられている。
「シゲ。あれ、何をしちゅうがやろ?」
「釣りじゃろが」
「いや……何か様子がおかしくないがか?」
「何がじゃ?」
「何というか……ずっとブツブツと何か独り言を言っとるじゃろ?釣りをしとるわりに、引きが来ても上の空じゃし」
「ふうむ?」
サトの言う通り、ベヘモスは片手に折れんばかりにしなる釣り竿を握ってはいるが、それには関心を払わずに独り言を繰り返しながらぼんやりと海を眺めているばかりだった。
「ほほう?ふむふむ?これはこれは……」
ベヘモスの握る釣り竿が引きに絶えきれずについにへし折れてしまうが、それに全く関心を寄せず、ベヘモスは興奮したかのように立ち上がり、長い鼻先から大きく息を吐く。
「もほほほほほほ!すごいんだもん!こんな素晴らしい芸術がこんなにたくさん……!?眷属たちよ、もっとわちきに情報を送るんだもん!」
ベヘモスは興奮のあまり立ち上がって思わず足踏みを始めてしまう。その巨体と凄まじい脚力のせいで足場となっていた岩場が粉々に砕け散る。
「な!?」
ベヘモスの尋常ならぬ様子にサトとシゲが思わず声を上げた。そして、見る見る内に膨れ上がる象頭の魔獣が放つ膨大などす黒いオーラに目を見張る。
漆黒のオーラの奔流は海岸に張られたエルティアの結界の中で渦巻いた。
「もほほほほほほほぉおお!」
「こ、これはいかんちゃ!」
狂ったように長い鼻と耳を振り乱しながら岩場を跳ねまわる巨獣の姿に、二人の精霊は色を失いながらも、事前に打ち合わせていた行動に移った。
「シ、シゲ!おまんは長の所に!わしは娘っ子と連絡を取るき!」
「し、承知、じゃ!」
シゲが応じて一瞬で姿を消した。それを見届けるや否や、サトは腰に提げていた草で編んだ巾着に手を突っ込む。そしておもむろに取り出したのは白い毛玉のような小さな生き物。
小さな赤い目をクリクリさせるその愛くるしい生き物は、ニンジンを咥えてポリポリとかじっていた。
その生き物はエルティアがサト達に託した使い魔で、この使い魔を介していつでもエルティアと連絡を取ることができる。
使い魔は、いきなり掴まれたことに立腹したのか、喉をキューと鳴らした。
「し、食事中にすまん。じゃが、娘っ子に伝えてくれんか?あの魔物が急に――」
サトが言いかけた時、バリバリ!と凄まじい音が海岸全体に響き渡った。
「!?」
大きな音がした方に目を向けると、ベヘモスがまさにエルティアが張った結界を破ろうとしているところだった。
漆黒のオーラに包まれたベヘモスは、青白く輝く結界の壁をその剛腕で強引に引き裂こうとしていた。
「もほほん!」
ついにベヘモスは膂力一つでエルティアの結界を打ち破ってみせると、空中を嬉々として跳ねまわる。
「もほほほほほ!こんなところで魚釣ってる場合じゃねーもん!行くもん!お宝が溢れるかの地へ!」
そして、ベヘモスは海を割るような勢いでいずこかに飛び去ってしまった。
サトは、ニンジンをポリポリとかじる使い魔を手にしたまま、呆然とそれを見送ることしかできなかった。




