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第16話 ドコダ・ココハ

 毎度おなじみ、流浪の高校生、宮藤久太郎です。


 エルティアの魔法で連れてこられたのは、どこか理科の実験室のような佇まいの一室。

 見たこともないような怪しげな器具が所狭しと並んでいる雑然としたその部屋に、俺は一人取り残されていた。


 シンと静まり返った部屋に、柱時計のカチカチと時を刻む音だけがやけに大きく聞こえてくる。


 エルティアは、ここに着いてから早々に、薬を調合してくると隣室に閉じこもってしまった。

 

 しばらくここで待つようにと言われたので、俺は実験室のようなこの部屋には不釣り合いの年代物の安楽椅子に腰かけ、ゆらゆらと椅子を揺らしながら時間をつぶしていた。


『今から薬を作りますけど、絶対に部屋に入ってきたり覗いたりしないでくださいね』


 などと、鶴の恩返しか芸人の前フリのようなセリフを言って隣室に消えたエルティア。


 止めろと言われれば、覗きたくなるのが人情。前フリに応えて嬉々として熱湯風呂に飛び込むような心境にもなろうというものだ。


 あまりの暇さと、部屋の薄気味悪さに居たたまれなくなった俺は、隣室へと続く扉にゆっくり近づき、覗いてくれと言わんばかりに空いてあったクラシカルな鍵穴から隣室の様子をうかがう。


 隣室も怪しげな実験器具がたくさん置かれている。しかし、中でも目を引くのがテーブルの上に置かれたゲージのような檻に入れられている一匹のモンスターだった。


 所々にイボのような突起がある緑色の体に、口から牙が生えたスライムのような風貌。ウネウネと体を動かしている様子はかなりグロい。


 例の防音障壁でも張ってあるのか、まったく部屋の中の音が聞こえてこない。


 その時、赤い液体の入ったフラスコを持った人物が視界に入ってきた。


 ここにはエルティアしかいないはずなので、この人物はエルティアなのだろうが、すぐにエルティアだと断定できない。


 それは、そいつがまるで放射線防護服のような厳ついいでたちをしているせいだった。


 防護マスクの前にフラスコを掲げて、うんうんと頷くと、踏み台を登っておもむろに檻の中のモンスターにそのフラスコの液体をかけ始めた。


 すると、嗚呼なんということでしょう。あんなに元気にキモく蠢いていたモンスターが急にのたうち始めて、体から紫色の煙を上げ始めるじゃありませんか。


 どうやら体が溶けているようです。


 音が聞こえてこないが、それはそれはひどい断末魔の声を上げていることでしょう……


「あかん」


 俺は戦慄で全身が総毛立ち、慌てて扉から離れた。


 あのモンスターも溶かす劇薬……もしかしなくても、これから俺に飲まそうとしている魔力増強薬だろう。

 

 人体に有害なものを飲ませようとはさすがにしてこないとは思うが、はっきり言って飲みたくない。全力で拒否だ。


 俺は部屋を見回すが、隣室への扉以外に出入り口らしきものがない。完全な袋小路である。ちくしょう!


「っ!」


 その時、隣室への扉がガチャガチャと鳴ってエルティアがこの部屋に戻ってくる気配がした。

 

 俺はとっさにマナをロープ状に形成して天井へと飛ばし、それを収縮させて体ごと運んでそのまま扉上部の壁に張り付いた。

 

 この間、ゼロコンマ何秒の早業。人間、生命の危機を感じたときにこそ、真の力を発揮するのだ……!


 俺が壁に張り付いた瞬間、扉が開いて全身を白の防護服に身を包んだエルティアが部屋に入ってくる。


「久太郎さーん。できましたよー……って、あれれー?久太郎さんどこですかぁー?」


 マスク越しのくぐもった声で俺を呼び、部屋をきょろきょろと見回すエルティア。


 俺はロープ状のマナを使い、ゆっくりとエルティアの背後に降り立つと、音を立てないように素早く隣室へと体を滑り込ませた。


「……っ!」


 目の前の光景に俺は思わず声を上げようとなるところを、口を押えて耐えた。


 部屋の中には整然と数多くの檻が置かれており、それぞれに様々なモンスターが捕らえられていた。


 さっき溶かされていたスライムのようなグロいモンスターを始め、大きな角と牙を持ったウサギのようなモンスターや、手が六本ある猿の化け物。


 この前俺を襲ったヘルハウンドもいる。部屋の奥にあるとりわけ大きな檻には白い布がかぶされていて中に何がいるかは分からないが、改めて確認する気もない。絶対ヤバイのいる。


「久太郎さーん、どこに行ったんですかぁー?ふふふふ。かくれんぼですかぁ?」


 このままではまずい。どこかに身を隠さないと。部屋を見回すと、部屋の左隅に別の扉があるのに気が付いた。


 俺は、モンスターたちの気配に慄きながら扉へと駆け寄り、ノブを回す。幸い鍵はかけてないようですんなりと扉は開いた。


 しかし、扉の中に足を踏み込んだ瞬間、またも息を飲む。


「なんだよ……ここは」


 一面、白の世界。


 床、天井、壁面の色が白で統一されているため、それぞれの境界線が分かりにくい。


 直線状に左右に分かれていくつもの扉が並んでいるので、真っ直ぐに作られた長い廊下なのだろう。


 真っ白な世界に浮く様に、地平の先まで整然と扉が並んでいる様は、不気味だという以外にない。


「久太郎さぁーん?ふふふ、どこに行こうというのかね?」


 背後からそんなエルティアの声が近づいてくる。だめだ!あいつ、完全に遊んでやがる!


「くそ!」


 俺はとにかくエルティアから離れようと白い廊下を走り始めた。


 しかし、走って走っても風景は変わることがない。真っ白な空間に左右に整然と扉が並んでいるだけの世界。まるで悪夢のようだ。


「困った人ですねえ。こんなところにまで来てしまうなんて」


 後ろを振り向くと、エルティアがまっすぐこちらに向かって歩いてきていた。


 白い防護服を着ているせいで周囲の色と溶け込み、防護マスクが浮いているようにも見える。怖えぇ!


「くそ!どこまで続くんだよ!この廊下は!」


 延々と続く不気味な廊下を走り続けることに耐えきれなくなった俺は、一か八か適当な扉を開けて中に入ることにした。


「ええい!ままよ!」


 適当に一つの扉を開き、中に飛び込む。後ろ手に扉を閉めて息を切らせながら扉にもたれ掛かった俺が見たものは。


「……」


 普通の部屋だった。もっと言うと、普通の女の子が使うような部屋。


 可愛いぬいぐるみや抱き枕が置いてあって、好きな男性アイドルのポスターが貼ってあるような。


「ある一点」を除けば。


 俺を模ったぬいぐるみ、抱き枕。俺の写真がポスターのように加工されて部屋中のあちらこちらに貼られている。


 果てはクッションや布団に至るまで、全て「俺」がキャラとしてあしらわれていた。


 極めつけは、壁に埋め込まれているモニター。そこにはなんと俺の部屋の様子が映し出されている。


 どう見ても盗撮です。本当にありがとうございました。


「……見ましたね?」


「ぎゃーーー!!」


 背後から突然声がして、俺は叫び声を上げてしまう。


「なんですか。人をお化けみたいに」


 振り返ると、防護マスクを取ったエルティアが立っていた。


「怖えよ!お化けみたいに!なんなんだよここ!やばすぎるだろ!」


「いいでしょう?私の癒し空間です。魔王討伐に向けた準備で疲れた心身を癒すために作ったんです」


「お前絶対頭がおかしい!特にあれ!普通にプライバシーの侵害だから!犯罪だから!」


 俺がモニターを指差すと、エルティアはやれやれと言った様子で首を振る。


「何かやましい目的のためにこんなことをしているとでも?本来なら私を含め仲間の誰かが交代で付きっ切りであなたを見守るんです。いついかなる時でもあなたへの脅威に対処するために。今は私しかいませんから、監視用の使い魔を常にあなたの周囲に配置しています。記憶がなくて常に従者が側にいるような習慣に不慣れな今のあなたに、これでも大分気を使ってるんですよ」


 妙に早口でそんなことをまくし立てるエルティア。


「そ、そうは言ってもだな……!人にはプライバシーってものが……」


 俺がごにょごごにょと口ごもっているとエルティアは。


「……大丈夫ですよ。今さら何を見たって引いたりしませんよ。久太郎さんがどんな趣味だろうとオールオーケーです……ただ、ナースの恰好でイチャイチャするのは今の私ではまだ早いので、後何年か待ってもらわないと……」


 そう言ってポッと頬を赤らめるエルティアさん。


「う……」


 うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!!


 色々なアレやコレやを見られていることを悟った俺は、羞恥のあまり顔を押さえてうずくまってしまう。そんな俺の肩にエルティアが、ポンと手を乗せる。


「まあまあ。そんなことより……」


 エルティアが満面の笑みで手に持ったフラスコを振る。


「お薬の時間ですよ」


「……」


 もう殺すなら殺せ。



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