第14話 還流の行
『ほう、マナの増強薬をのう』
「その為に『精霊王の牙』ってのがいるみたいなんだけど……」
俺は、温泉に浸かりながら、この森にやってきた目的をイノシシに説明していた。この温泉、なんだかめちゃくちゃ気持ちいい。
イノシシも、見た目はでかくて厳ついが、案外話の分かる奴のようだった。なかなかいいところなのかもしれない。
『つまり、このわしの牙が必要、ちゅうことじゃな』
「あんた、精霊王とかいうやつなのか」
『自分で名乗ったことはないがの。そう呼ばれることもあるがじゃ』
ボッボッボッボッとイノシシが笑う。
「……そんなわけで、その牙、先の方だけちょこっと欲しいんだけど……やっぱダメ、かな」
『別に構わんよ』
「え!いいの!?」
ほとんどダメ元で聞いてみたのだが、すんなり色よい返事がもらえたことにビックリした。
『二、三百年もすれば元に戻るじゃろ。必要なら持っていくがええ』
「に、ニ、三百年……」
なんか、スケールがおかしい。マジで大丈夫か。
「長、ええがですか?」
『かまわんき。この者に強うなってもらわんと、わしらも困ることになりそうじゃ』
イノシシはググッと顔を俺の前まで持ってくると、大きく鼻から息を吐いた。俺の体がその息に煽られて思わずこけそうになる。しかし、改めて見てるとなんつーでかさだよ。全長十メートル以上はあるんじゃないのか。
『おまん、何か得物は持っておるかの?さすがに素手ではこの牙を折ることはできんじゃろう』
「えーと、ナイフを持っていたはずなんだけど……」
「おまんの持ち物は、全部持ってきとるき。ちくと待っとれ」
少年が温泉から上がって自分の毛皮のベストを手にした。それを軽く振ると、ベストの内側から俺の持っていた風呂敷やナイフがドサドサと落ちてきた。
少年はナイフを手に取ると、俺に手渡してくる。
「ここじゃあこういった得物はご法度じゃが、長のお許しがあるき。ほれ」
俺はナイフを受け取ると、温泉から出てとりあえず下着だけ身に着ける。ナイフを鞘から抜いて、刀身にマナを通した。
「えーと。じゃあ先っちょの方をちょっと切らせてもらうけど、いいかな」
『うむ。やるがええ』
イノシシの許可を貰って、目の前の乳白色の牙に狙いを定める。牙は太く、とても堅そうに見える。……これ切れんのかな?
俺は「ふん!」と気合をいれてナイフを振り下ろした。
ガチン!と硬い音がして刃がぶつかるが、簡単に弾き返されてしまった。
「ふん!ふんっ!」
俺は何度もナイフを牙に叩きつけるが、ビクともしない。
「ハァハァ……だ、ダメだ。硬すぎて傷一つつかねえ」
『……その得物、マナを通せるのじゃろう?じゃったら、ちゃんと属性を付与せんといかんぜよ。純粋なマナだけでは大した威力は出せん』
「ぞ、属性か」
そういや、前にエルティアが魔法を銃でぶっ放した時に、そんなこと言ってたっけ。しかし、どうやるんだ……?
『その短刀が魔導武具じゃったらそれほど難しくはないきに。それを自分の体の延長だと考えりゃええがじゃ。試しに火の属性を付与してみや。少しは魔法の心得はあるじゃろう?』
「うーん?」
マナの性質変化の感じでいいんだろうか……?体を覆うマナをゴム化するような要領で、ナイフに通したマナを別の何かに変化させる、みたいな。ちょっとやってみるか。
俺はナイフに通したマナに意識を向け、刀身のマナを燃やすイメージを膨らませる。魔法の基本はイメージ、だよな。
思えば、プロテクトも、スライム戦で使ったアイスグローブもマナの性質変化の一種のような気がする。
しばらくすると、ナイフの刀身がメラメラと燃え始めた。成功だ。
おお、なんかカッコイイ。
「よし、じゃあこれでやってみる」
俺は燃えているナイフを振りかぶり、牙に向かって振り下ろす。
火の付いた刃がバキン!と大きな音をたてて牙にぶつかるが、ビクともしない。何度か切り付けるが、やはり結果は同じだった。
「くそ!ダメだ」
『ふむ……魔力増強の薬が必要だというのもうなずけるの。それではただ刃を燃やしとるだけじゃ。真の炎の刃にはなっちょらん……おまん、マナは練れるかの?』
「マナを練る?なんだそりゃ」
「ふ、ふうむ……そうじゃのう……ではまず「還流の行」をやってもらうしかないじゃろうか』
「還流の行?」
「そうじゃ。おんし、体中のマナを右手に集めることができるかの?』
「右手にマナを集める……」
俺は右手に意識を集中して、マナをそこに集めるイメージをする。じわじわとだが、少しずつマナが右手に集まっていく。少し時間はかかったが、なんとかマナを集めることはできたようだ。右手に分厚いマナの膜ができたような感覚がして、ほんのりと暖かい。
「……できたぞ」
『ふむ。ほいじゃあ、次はその集めたマナを、右腕を通し、胸から左腕を通してから最後に左手に移動させてみるがじゃ』
「ええ?!」
なんだよそれ。そんなことできるのか?
『マナを散らさんようにの。散れば最初からやり直しじゃ』
「マジかよ……」
俺は集めたマナをゆっくりと移動させるイメージをする。
するとじりじりとマナの塊が腕の方に移動し始めた。しかし、マナを集めたまま移動させるにはかなりの集中力がいるようで、やっとのことで肘のあたりまで移動したマナが、少し油断した瞬間に簡単に散ってしまった。
「……これムズいんだけど」
『……ちっくと時間が掛かるようじゃの……まあええがじゃ。とにかく左手に移動できたら次は同じ要領で左足にマナを移動させるがじゃ。次は右足。そして最後は元の右手に、といった具合に体を一周させるがよ。それが終わったら次は逆の順番にもう一度マナを循環させるんじゃ。これで一回。これをとりあえず三回やるがじゃ。これをわしらは「還流の行」と呼んでおる』
「ええ!?どんだけ時間かかるんだよそれ!」
『時間はいくらかかってもかまわんきに』
「よくないけど!?」
『とにかくそこまでできたら呼ぶがええ。それまでわしゃ寝る』
そう言って、イノシシはその場で寝そべり、一つ鼻を鳴らすとそのまま目を閉じてしまった。
「……俺は一刻も早く帰ってアニメ見たいんだけど」
「ほりゃ、ガタガタ言わず続きをはよやるがじゃニンゲン。あんまり長を待たせちゃいかんきに。そいじゃ、わしゃおまんの飯でも用意しちゃるかの。頑張るんじゃぞ」
仮面の少年はそう言うと、そのままどこかへ行ってしまった。
……そう言えば腹減ったな。今は何時ぐらいなんだろう。
頭上を覆う大きな傘のような木のおかげで空が見えず日の光もあまり入ってこないが、仄明るい光を放つホタルのようなものがそこらじゅうに飛んでいて、周囲はかなり明るい。
しかし、時間の感覚がまったくつかめなかった。
「……ああ、テレビとネットが恋しい」
とにかく牙をぶった切らないことには話が進まない、よな。
「くそー」
俺は、特訓を再開すべく、しぶしぶマナを再び集中し始めた。
集めたマナを左手に移動させるだけでも一苦労だった。
仮面の少年、サトが持ってきてくれた味の薄い木の実集めた、ミックスナッツのような食事を終え、さらにやり続けること数時間。やっとのことで左手にマナを移動することができた。
「で、できた。じゃあ帰っていいかな」
「アホか。そいじゃあ、次は左足へ移動させるがじゃ。ほれ急げ急げ。長が待ちくたびれちゅう」
アホの一言で俺の願いを一刀両断。てか、イノシシは寝てるだけじゃねーか。しかし……まだまだ道のりは遠いなあ。
「今何時ぐらいなんだ?たいして眠くもないけど、もう夜になってるんじゃ」
「時間は気にせんでいいがよ。時間はいくらかかってもええと長が言っとったじゃろう。そういうことじゃ」
「どういうことだよ!」
――そこからが本当に長かった。
疲れてきて集中力が落ち始めると、マナは簡単に散ってしまう。そういう時、サトが俺を温泉に放り込んだ。すると不思議なことに眠気や疲労感が吹っ飛んでしまうのだ。この温泉、ヤバい薬でも入ってるんじゃないのか。
マナが散ったら最初からやり直しという過酷な条件だったが、何度も繰り返していると、なんとなくコツのようなものもつかめてくる。
マナが移動しやすい経路のようなものがあることに気が付いたのだ。
感覚の問題でしかないが、その経路に沿ってマナを動かすとかなりスムーズに進めることができた。
マナを動かすというよりも、その経路にどううまく乗せるかが肝のようだ。
特訓の間、用を足すついでになんとなく脱走を図り、森に迷ってサトに保護されたりしながらも、俺は辛抱強く試行錯誤を重ねた。
サトが持ってきたクソまずい木の実の食事をすること五回。食事までの間隔は、体感だが五、六時間は経っていたはずなので、二日程度は経過しているはずだ。
不眠不休でそれだけの時間をかけて、やっと俺はイノシシに出された課題をクリアできた。
……学校に言い渡された謹慎の期間はもう過ぎてしまっただろうか。帰ったらエルティアに色々ごにょごごにょしてもらわないと。
「よしもう帰る!できたからいいだろ!」
謎温泉のおかげで体調には問題ないが、精神的にやられてしまっている。一刻も早く帰って好きな円盤を見て癒されたい。もうこの際、中身のないハーレムものでもいい。
「おまん、目的忘れてないがか?長、長―。キュウタロがやり終えましたき、起きて下され」
サトがイノシシの鼻をガンガン殴る。起こし方がワイルド。
『むう……?ふうむ』
イノシシは目を開けて、胡乱気にこっちをジロリと見る。
『……誰じゃおまんは』
「えええ!?」
ここまでやらしといて、いきなり何言い出すんだ、このイノシシ!
『むううう……』
うめくような声を出しながら、イノシシは金色の目でじっとこっちを見つめる。
『んーーむ?あ、そうじゃった。いや……冗談じゃ冗談』
そう言って特大の欠伸をするイノシシ。こいつ、絶対俺のこと忘れてただろ。
『……えろう時間が掛かったようじゃのう。待ちくたびれたき』
俺の事忘れるぐらい、ずっと寝てたくせに。
「言われたことはやったぞ。これで牙が斬れるようになったのか?」
『焦るな焦るな。これからマナの練り方を教えるき。どこでもええが……そうじゃの、分かりやすいように右手のマナに意識を向けるがじゃ。今までのように全身のマナは集めなくてええからの』
「意識を向けるだけでいいのか?」
『そうじゃ。還流の行によってマナが通りやすい「道」をずいぶん意識できたじゃろう?右手のマナをその道に沿って今までと同じ要領で移動させるがじゃ。できるだけ早くの』
「よ、よし」
俺はマナを経路に沿って左手に向かって移動させ始めたが、全身のマナを集中させているわけではないので負担が軽い。そして想像以上の速さでマナが左手に到達する。
「は、速いな。あっという間に移動できるぞ」
俺は左手の次は左足。次に右足。最後に右手と今までと同じ順番でマナを動かす。この間、たった数秒。今までの苦労はなんだったんだというぐらいのスピードだ。
『同じ手順をひたすら繰り返すがじゃ。できるだけ高速での。これによって体内のマナが活性化する。これを俗に「マナを練る」と言うがよ』
「マナを練るとどうなるんだ?」
『マナの質の向上じゃの。単純に言うてしまうと、魔法の威力や精度が増すということじゃな』
「なるほど……」
マナを練ることによって、ナイフへ付与する属性魔法の威力も上がるということか。
俺はマナを高速で体内を巡らせ、活性化させていく。そうやってマナを練り上げていると、だんだんと体がポカポカと暖かくなってきた。次第に熱さを感じるように変化していき、額が汗ばんでくる。
『もうそれぐらいでええがじゃ。今のおまんではそれ以上マナを活性化させてても体に毒じゃからの。それで炎の刃を作ってみや』
イノシシの言葉に従ってマナの高速移動を止める。体の中が燃えるように熱い。熱といっても風邪をひいたの時のような不快感はなく、むしろ謎の高揚感すら感じる。
「よし……!」
なんだかいけそうな気がする。俺はナイフにマナを通すと、それを炎へと変化させた。今までより、炎の勢いが明らかに増している。
俺は祈るような気持ちで炎のナイフをイノシシの牙に向かって振り下ろした。刀身が牙にぶつかった瞬間、鮮やかな赤い光が閃き、ナイフ越しに硬い感触が手に響いてくる。
しかし、今度は弾かれることなく、スッと刃が牙を通り抜けていく。斬ったという手ごたえもそこそこに、分断された牙が地面にドサリと落ちた。
「よっしゃあ!」
思わずガッツポーズをしてしまう俺。二日にわたる苦労の末の成功だ。その達成感に浸っていると、サトがそんな俺のジャージの肘の部分をクイクイと引っ張った。
「ん?なんだよ」
「……おまん、先の方をちょこっと欲しいとか言ってなかったがか?……随分とバッサリいったのう」
「……」
俺は、地面に落ちている牙を改めて見る。そこには、ニュースなどで見かけるような密輸品の象牙ばりの特大の牙が転がっていた。牙全体の半分以上はバッサリやっちゃっていた。
「……あ、あのー」
俺は恐る恐るイノシシを見上げてみるが、彼は何気なくこう言うだけだった。
『……気にすることはないがじゃ。「千年」もすれば元通りになるじゃろ』
その答えに俺は五体投地のごとく、ダイナミックに土下座をした。
「すいませんしたーーー!」




