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第11話 しにそう

 翌朝。


 睡眠か気絶か分からない眠りから目覚めると、側にいたはずのエルティアの姿がなかった。


 火の絶えたたき火の側には、風呂敷包みと水筒。それに鞘に収まった一振りのナイフが置いてあった。

 いつの間にか体に掛けられていた毛布から抜け出して風呂敷を開けると、中にはラップに包まれたおにぎりが入っていた。

 そして、なにやらスマホぐらいの大きさの黒い石板も一緒に入っている。


「……あいつ、容赦がないのか甘いのか分かんねーな……」


 朝飯として、ありがたくおにぎりを頬張りながら、一緒に入っていた怪しげな石板を恐る恐るのぞき込んでみる。


 石板の中央には水晶のような無色透明の石がはめ込められており、そのすぐ下に僅かなへこみがあった。そこには例のマナコンと同じように何やら複雑な文様の魔法印が刻まれている。


「……ここにマナを流せば何か起こる、か?」


 俺は魔法印に親指を押し付け、マナを送り込んでみた。


『――マナヲショウゴウ。セキュリティロックカイジョノタメ、パスワードヲ、オンセイニュウリョクシテクダサイ』


 はたして、それは正解だったようで、突然声が石板から声が聞こえてきた。機械的な音声だが、なんだかエルティアの声に似ているような気がする。


「パスワード……?なんだそれ。そんなもん……」


 石板を持ち上げて底面を見ると、そこにはなにやらメモのようなものが張り付けてあった。そこにはこう書かれてある。


『パスワード:エルティア愛してる』


「……」


 あのやろう。


『セキュリティーロックカイジョノタメ、パスワードヲ、オンセイニュウリョクシテクダサイ』


「……」


『セキュリティーロックカイジョノタメ――』


「ああ、クソ!分かったよ!『エルティア愛してる』!」


『……』

「……」


『ハァハァ……モウイチド、オネガイシマス』


「おい!てめえエルティア出てこい!お前聞こえてんだろ!?」


 この声、絶対トランシーバーのようにエルティア本人がしゃべっているに違いない。


『――パスワード確認しました。録音もしました。じゃあ周辺情報を表示しますね』


 やっぱりだ!ていうか、もう隠す気もねーよこいつ!


 石板の表面に青色の光の筋が走る。すると突然、水晶が光り出して空中にこの辺りの地図と思しき地形図が映し出された。まさかのホログラフィー。無駄にカッコイイ。


 地図にはおそらく俺自身を表す黄色い三角のアイコン。それに同じく黄色の丸いアイコンが三つ表示されていた。


『いいですか久太郎さん。その三つの丸い点は、素材の場所を表しています。つまり、久太郎さんに集めてもらいたい素材は三つ。『シニ草』『ヒフキトカゲの尻尾』そして『精霊王の牙』です。素材の詳細はアイコンをタッチしてもらえば閲覧できます』


 なんかもう、名前からして怪しげだ。


『全ての素材を集め終わったら、ここに戻ってきて下さい。それでミッションコンプリートです。今回、私が手助けするのは、本当にここまでです。あなたに今できること。その全てを使って頑張って下さいね。では』


 エルティアはそう言って、一方的に通信を終えてしまった。


「……ちくしょう……なんだよ」


 俺が今できること?飛ばない魔法に、不完全なマナの性質変化がせいぜいじゃないか。


 しかし、一人でこのままここにいてもしょうがない。まったく気が進まないが、素材集めとやらをとっとと終わらせることにしよう。


 俺は風呂敷をポケットにつっこみ、水筒を肩から下げる。問題はナイフだが……


 ナイフを拾い上げると、思ったよりも軽い。鞘から抜いてみると、刀身には魔法印のような模様が彫られていた。


「これも……マナを通すと何か起こるのか……?」


 ナイフを握ったままマナを流し込んでやると、ブンッという音がして青白い光が刀身から伸びた。厨二心をくすぐるライ●セイバー仕様。物騒だが、ちょっといいなこれ。


 マナを流すのをやめると、光が消える。いい武器には違いないんだろうが、俺が使いこなせるかどうかというと、まったく自信はない。


「まあ、とにかく行ってみるか……」


 俺はため息をつくと、石板から映し出されている地図を確認して、現在地から一番近いポイントを目指して歩き始めた。








 昨日と同じようにどこからともなくギャーギャーと謎の叫び声が聞こえてくる。

 今のところ姿を現さないが、多くの獣やらモンスターがいるのだろう。多くの生き物の気配を感じながら、俺はおっかなびっくり森の中を進んでいく。


 あちらこちらから漏れる木漏れ日が辺りを明るく照らし、存外暗い雰囲気はなく幻想的ですらある。


 しかしこんな森の中、突然モンスターやらデカい食人植物が襲い掛かってくるというテンプレイベントがいつ発生してもおかしくないので、まったく油断はできない。


 俺はじっとりと汗で濡れる手でナイフを握ったまま、パキパキと枯れ枝を踏みながら歩き続けた。


 最初の目的地とした近場のアイコンの場所には、モンスターとエンカウントするということもなく、案外すんなりとたどり着けた。が。


「おいおい……まさか、この上にある……ってことなのか?」


 俺は目の前にある垂直に切り立つ高い崖を見上げた。崖というか、とんでもなく大きな自然の石柱といった感じだ。森が少し開けた場所に、小さな池があり、そのたもとにこの巨大な岩山がドンと屹立しているのだが、周りには目立った崖や高台は見当たらない。

 どういう風化や浸食のされ方をしたらこうなるのだろうか。


 この辺りにあるはずの「シニ草」。


 ホログラフのアイコンをタッチして、シニ草の画像を表示する。捻じれたゴボウのような奇妙な草だが、説明文によると、引き抜く前の色は黄色い草ということだ。この崖の周囲をくまなく探してみたが、どこにも見当たらない。


 場所を指し示すアイコンはここに間違いはない。ということは、もう残されているのはこの崖の上ということになる。


「マジか……」


 ジャージにスニーカーという近所のコンビニに行くような装備をしている俺に、この崖をクライミングしろというのは、さすがに酷だろう、エルティアさん。


 さて、どうするかとしばし考えてみるが、もうすでに答えは出ている。今俺にできることを全部使え。できることが少ないということは選択肢も自ずと狭まる。


 要は気が進まないというだけ。


「つまりこうするしかないってことだな……」


 俺は手の平のマナを粘着性のあるように変化させて、崖の表面に張り付けた。手を引っ張って確かめてみるが、一応ちゃんと吸着しているようだ。やっぱりこれしかないかー。


 俺にはまだ、マナをゴムのようにして自由自在に伸縮させるような自信がない。マナをロープ状にしてザイルのように扱えればいいが、さすがにちょっと恐ろしい。


 というわけで、両手両足のマナを粘着性があるように変化させて崖に張り付き、まるでスパ●ダーマンの如く這い登ろうというわけだ。


 実際に登り始めると、意外と安定して登ることができる。壁面にぴったりとくっついていられるので、手を掛ける場所や足場となる岩場をいちいち確認しなくてもそのままスルスルと昇っていけるのだ。


 ただ、片方の手足を上に動かすタイミングでその部分だけマナの粘着性を無くすというプロセスが必要になるわけで、これにとても神経を使った。


 間違って両手両足ともに解除しようものなら、地面に向かって真っ逆さまである。


「うひーーー……こ、怖ええ」


 俺は下を見ないように気を付けながら、慎重に頂上を目指す。が、


「うわああ!」


 途中でタイミングを間違えて、両手ともにマナの粘着を解除してしまった。


「くっ!」


 俺はとっさに粘着性のマナをロープのように形成すると、壁面に向かって投げつける。マナロープの先端がくっつき、ほとんど逆さまの状態ながら、なんとか落下することは防ぐことができた。危機一髪。


「あ、あぶねええええええ……」


 全身から冷や汗が吹き出す。マナをロープの状態で維持し続けられるか自信がない俺はさっさとロープを手繰って壁面に張り付いた。死ぬかと思った……


 クライミング経験などない平凡なオタ高校生には体力的にこの登りはきつすぎる。しかし、崖の割れ目などで小休止を挟みながら、どうにかこうにか頂上までたどり着くことができた。明日、筋肉痛がヤバそう……もう二度とやらない。


 眼前に、森を一望できる一大パロラマ広がっていたが、降りるのが怖くなるのでさっさと素材を探すことにする。


 頂上には一本の木がポツンと立っているだけで、あとは目立ったものは何もなかった。しかし、何やら小さな鼻歌のような声が木の方から聞こえてくる。


 何かと思って近づくと、木の根元あたりに、黄色の草がいくつも生えていたのだが、その草がかすかに聞こえる歌に合わせて左右にゆらゆらと揺れていた。


 説明文にはこうある。


『色は黄色をしており、土壌中の根を引き抜くことで、薬効のある焦げ茶色の草となる。根は音声を発声するが、擬態の一種なので注意が必要』


 これがシニ草で間違いないだろうが……声を出す根っこってなんだよ。


 ゆらゆらと動く草を気味悪く思いながらも、俺はその草をゆっくりと引き抜いていく。


『うううううううううううう……あああああああああああああああああ』


 地面からうめくような声が聞こえて、思わずビクッとなって草から手を放してしまった。やめろよ変なうめき声出すの!気味が悪ぃ。


 再び、恐る恐る草をつかむと、時間をかけるのも気持ち悪いので今度は一気に根元から引き抜いてやった。


『ああああああああああああああーーーぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああ!』


 物凄い絶叫に、俺は思わず草を放り出してしまう。


 ボトリと地面に落ちた草には大きな根が付いていて、見ようによっては人の顔のようにも見える。なんだよ、これ。ファンタジー界隈では有名なマンドレイクってやつじゃないのか?!


『ああああ……あああ……』


 草は、みるみる内に茶色に変色していき、気持ち悪い人面根と一体化するかのように束となって捻じれていく。


『ああ……ああ……』


 苦し気な声が次第に小さくなっていき……


『ああ……あ………………おかあさん……』


 そんな切なげな声が聞こえたきり、ピクリとも動かなくなった。姿は画像の通り捻じれたゴボウのよう。素材『シニ草』の完成である。


「……」



 やめろよ!胸が痛てえよ!



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