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第10話 ゴムゴムのガム

 この秘境で一人きりで素材探索しろだと?

 無理ゲーすぎだろ。


「いやいやいや。俺は素材の取れる場所とか分かんねーし、種類の見分けとかもつかないから!それに、俺の強さってまだまだ村人Aクラスだろう?お前、飛べないひな鳥を巣から落とすようなマネするわけ?」


「どちらかというと、千尋の谷に我が子を落とす獅子の心境でしょうか」


「落とされる子の気持ちになれよ!」


「なにも丸腰で行けとはいいませんから。それに素材の場所を探知できる便利アイテムもありますから心配いりませんよ」


「いや、それを聞いても心配はまったく減らないよ?」


「あとはですね……マナの少し面白い使い方を伝授しておきましょうか。ちょっと私の頭をポンポンしてみてください」


 そう言ってとんがり帽を脱ぐエルティア。人の話を聞かないこのクソガキにゲンコツを落としてやろうかと一瞬思ったが、後が怖いので普通に頭をポンポン叩いてみると、なんだか不思議な感触がした。まるでゴムまりを叩いているような感覚。


「ゴムのような感触がするでしょう?体を覆うマナを性質変化させる技法で、防御系魔法の練習なんかによく使われるんですよ。これを応用するとですね……よっと」


 エルティアは頭上の太い木の枝の方に向けて手を向けたかと思うと、急に宙に浮き始めた。いや、浮くというよりも、見えない何かにぶら下がっているかのように見える。


 手を上げた状態のまま、ブラブラと体を揺らしながら、次第に上に向かってスルスルと昇っていってしまった。


 そして反動をつけながら、振り子のように体を大きく振って宙に飛び出す。膝を抱えた格好のまま空中でクルクルと回転しながら落下してきて、そのまま地面に着地した。


「とまあ、このように、伸縮自在のやわらかいゴム製ロープのような使い方もできるんです。あとはこんな使い方も」


 エルティアはニヤリと笑うと、急に俺の体にしがみついてきた。


「おい?!急になにすんだ?」


「私を引きはがしてみて下さい。私は一切力を入れませんから」


 何がしたいのか分からないが、俺はエルティアの肩を押して彼女を引きはがそうとする。しかし、わずかに動きはするが、まるでガムのような粘着質のもので接着されているような感覚がして容易に引きはがせそうにない。


「な、なんだこれ?ベタベタくっついてる感じがするぞ?」


「マナを粘着性のあるように性質変化させたんです。先ほどのゴムの性質と組み合わせると……」


 エルティアは地面に転がっている大きめの石に向かって手を伸ばす。すると、石がこちらに向かって飛んできて、エルティアの手に収まった。


「このように粘着性のゴムを伸ばして、遠くの物を取ったりできたりするわけですね。素材の採取に重宝するだけでなく、離れたところに転がっているテレビのリモコンを取ったりするのに便利ですよ?」


「使い方が庶民的すぎるだろ。でも、しかしまあ、どっかの殺人ピエロの能力のパクリみたいで、ちょっと面白いなこれ。やり方教えてくれ。というか、いい加減離れろ」


 俺の腰回りにしがみついたままのエルティアを軽くにらむ。しかしエルティアはどこ吹く風で、手にしていた石をポイと遠くに投げた。


「あの石をここから取ることができたら離れます。頑張ってくださいね」


 そう言って抱き着いたまま顔を俺に密着させた。息が当たって暑苦しいったらありゃしない。……何か深く息を吸い込んでいる気配がするんですが。


「……お前、もしかして匂いを嗅いで――」


「嗅いでません」


「いや、だって」


「嗅いでません」


「嘘つけ!前から思ってたけど、やっぱりお前変態だろ!変態幼女なんて社会的にも絵面的に完全にアウトだよ!」


「し、しししし失礼な!私は純粋無垢な乙女です!変な事言うと許しませんよ!こうやってあなたのマナの流れや状態を確認しているだけです!それより早くしないと日が暮れちゃいますよ!ほら、早くマナをゴムのようにするイメージイメージ!」


 頑として純粋無垢な変態幼女は俺から離れようとしない。このまま言い争ってもらちが明かないので、俺はしょうがなく技の練習を始めるのだった。







 それからどれぐらい経っただろうか。辺りが薄暗くなってきた頃。


「ほら!取れたぞ!暑くてしょうがないから早く離れろ」


 俺は粘着性のマナのロープで石を手元に引き寄せることに、やっとのことで成功した。


 マナをただ固くしたり、粘着性を持たせたりといった性質変化自体はそれほど難しいことではなかった。だが、ゴムのように固く、それでいて柔らかく伸縮性のある性質を程よいレベルで維持、調節するのに非常に時間がかかった。完璧に使いこなすにはまだまだ慣れが必要だろう。


「意外に早く成功しましたね。スライム戦でも思いましたが、マナの形質変化に関しては素養があるように思います。いい傾向ですね」


 本当に成功するまで俺にしがみついていたエルティア。成功したのを見て、ようやく俺の体から離れた。引っ付きっぱなしだったこいつも暑かったのか、顔を上気させて軽く汗ばんではいるが、満足げにニコニコしている。


「あーもう暗くなっちまったじゃんか。今日のところはもう帰ろうぜ」


 日暮れにはもう少しあるのかもしれないが、深い森の中は日光が届きにくくすっかり薄暗くなってしまっている。夜の森をうろちょろするのは危ない。なんかヤバイのがひょっこり出てきてもおかしくない感じだ。


「何を言っているんですか?素材の採取が終わるまでは帰りませんよ?」


 不思議そうに首を傾げるエルティア。


「お前こそ何言ってんの?」


 おかしなことを言い始めた変態幼女の正気を本気で疑い始めた俺に、エルティアはニコリと微笑んだ。


「今から行けとは言いませんよ。さすがに。今日のところはここでキャンプしましょう。さあ焚き付け用の落ち葉とか薪になるような木を集めますよ。ふふ、冒険していた頃のことを思い出して少しワクワクしますね」


「アウトドアをエンジョイする気満々じゃねーか!じゃなくて、一旦家に帰ろうって言ってんだよ。俺もお前も一応未成年なんだぞ?帰らなかったら家の人間が心配するだろうが。特にお前なんか確実に捜索願出されるぞ」


「大丈夫ですよ。私の家にはドールを置いてきましたから」


 エルティアは、フンフンと鼻歌を歌いながら、慣れた手つきで手ごろな石を集めて円形のかまどを組んでいる。


「ドール……?」


「自律思考型魔導人形です。私の行動パターンをトレースして勝手に行動してくれますので、私の代わりに学校に行ってもらったり、家に居てもらったりするんです。さっきも言ったように、私はなにかと準備で忙しいですから」


「なん……だと?」


 なんだその夢アイテム。そのドールとやらに学校に行ってもらえるなら、俺は家でダラダラし放題……!社会的リスクなしにニート生活を送れる怠け者垂涎のまさに至宝……!


「そ、それ、俺にもくれよ」


「最終調整がまだ残ってますが、ちゃんと用意してありますので心配いりませんよ。一日中特訓することも可能になりますものね。楽しみにしていて下さい」


「あ、やっぱり要らないです」


 便利アイテムは地獄への片道切符付きでした。


「久太郎さんのお家には、適当にゴニョゴニョしときましたので、とりあえず謹慎の間留守にしていても平気ですから。さあ、早く薪を集めますよ」


「お前、謹慎っていう意味知ってる?」


 適当にゴニョゴニョというのが非常に気になったが、もういい加減どうでもよくなってきたので、俺は森に入って薪を拾い始めた。


 二人で集めた薪でたき火を始める。エルティアは本当にこういったことに慣れているらしく、瞬く間に火を起こしてしまった。俺の拾ってきた薪は湿っているものが多かったらしく大方ダメ出しされてしまった。


「お前、本当に手馴れてるな」


「まあ、魔王討伐の旅をしていた頃は毎日のように野営してましたから」


 今日は特別ですよ、と弁当と水筒を俺に手渡してきた。開けてみると、ハンバーグなど色とりどりのおかずの他、パンダやネコのような顔を施された可愛らしいおにぎりが入っていたりした。芸が細かい。

 ありがたいけど、こいつ完全にピクニック気分だな。


「なんというか……お前はマメだな」


「ふふふ。クウェイドにもよくそう言われました……でもですね?あなたを含めて他の仲間たちはなんというか大ざっぱな人たちばかりなので、必然的に私が細かいことに目を光らせなければならなくなったというか……まあ、これも性格なので別にいいんですけど」


 苦笑いを浮かべながら、エルティアはいただきます、と手を合わせて自分の弁当を食べ始める。


「……他の仲間ってのはどんな奴らがいるんだ?」


「記憶のないあなたに変な事を吹き込んだと、あとで怒られるのもいやなので教えません。じきに分かりますよ」


 箸を咥えたまま、エルティアはクスリと笑った。


「みんな、よくも悪くも、あなたのことしか考えていない人たちばかりなんですよ。変な人ばかりなので色々と大変かもしれませんが……でも、そうですね……一つだけ言えるのは」


 エルティアは俺に顔を向けた。たき火の明かりに照らされたその顔はいやに真剣だった。


「世界の全てが……たとえ神々でさえもが、あなたの敵となり裏切ったとしても」


 パチン、と薪が炎の中で爆ぜる音がした。


「私たちだけはあなたの味方です。それだけは幾度生まれ変わろうとも変わりません。それだけは」


「……」


 俺が何を言っていいか分からず押し黙っていると、エルティアはふっと表情を緩めて「早くお弁当食べちゃいましょう」と再び弁当に手を付け始めた。


 俺も黙って弁当を食べ始める。弁当を食べている間、俺たちは終始無言だった。








 弁当を食べ終えた後、俺たちはたき火の前でしばらくまったりとした時間を過ごしていた。


 たき火とは不思議なもので、見ていると心がとても落ち着く。火の前でぼんやりしているだけなのに、気が付かないうちにかなり時間が経っていたりする。

 ゲームなどで、たき火がセーブポイントだったり、時間経過を促すオブジェクトだったりするのもなんだかうなずけた。


「……じゃあそろそろ寝るか」


 夜も更け、やることもないのでそう促すと、「そうですね」とエルティアは頷いた。


「交代で火の番とかするのか?ならお前、先に寝ていいぞ」


「周囲に結界を張りますし、それは大丈夫ですよ。その前に」


 エルティアが俺ににじり寄ってくる。


「服を脱いで下さい」


 ……何言ってんの?この幼女。


「お前……もう完全に自重する気とかないだろ!襲う気だな!いたいけな男子高校生をその毒牙にかけようと――」


「何をバカなことを言ってるんですか?!あれですよ!寝る前にパスを軽く鍛えておきますよ!」


 あ!


「ま、まさか……あの拷問を今から……?」


「なんだかんだあれから一回もやっていないでしょう?ちゃんと毎日やらないとダメだって言ったじゃないですか」


「ば、バカ野郎!あんなもん寝る前にやることか!寝る代わりに気絶しちまうわ!」


「ちょうどいいじゃないですか。後はどうせ寝るだけなんですから、寝つきがよくなると考えれば」


「……」


 うわあああああああああああああ!


 俺は逃げ出そうとするが、金縛りにあったように体は動かない。こいつ魔法か何か使いやがったな!?


「もう、しょうがない人ですねえ」


 エルティアは、若干鼻息を荒くしながら俺の上着を脱がしていく。そして俺の胸に両手を当て……。


「ひ、人でなしーーーーーーー!」


 俺の絶叫が森にこだまし、驚いた野鳥が慌ただしく逃げ出す音がする。


 その日、俺は深い森の中、気絶するように就寝することになるのだった。


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