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第1話 神様やめて下さい正気ですか?

 ――俺、宮藤久太郎は、半年前ぐらい前までは何の取柄もない普通の高校生だったんだ。



「もう勘弁してくれぇーーーーー!」


 ドオン!ドオン!


 炸裂音のする森の中を、俺は泥だらけになりながら転げ回っていた。


 口に入った湿った落ち葉をペッペッと吐き出しながら、俺は苔むした巨木の影に身を隠す。


 俺は時計を見て、この地獄の残り時間を確認する。


「マジかよ……まだ五分しか経ってねえ!」


 俺の「先生」たちに出された今日の課題は「気絶しないこと」。


 時間内に俺が気絶しなければ、成功。気絶したら、後で罰ゲーム。


 おかしくない!?ふつうにただのいじめだよ!


 半泣きになりながら、俺はポケットをまさぐり、いくつかの小さな木の札を取り出すと、体の擦り傷から滲む血をその木札に塗り込んでいく。


「ちくしょう!――『デコイ』!」


 俺は淡く青く輝き出した木の札を周囲にでたらめにばらまいた。


 これで、複数の俺のオーラやマナの発生源を作り出せたはず。あいつらの索敵の精度を狂わせるのだ。


 習って間もないスキルを使って「あいつら」にどれだけ効果があるか分からないが、黙ってボコボコにされるよかいい!


「あのクソ野郎どもの目を欺く、公安●課も真っ青の光学迷彩よ、来たれ!――インビシブル!」


 俺は下級の透明化魔法を使って悪あがきをしてみる。というか、不可視化系の魔法はこれしか使えない。


 俺は、枝を折って大きな音を立てないように、慎重に森の中を移動する。


 コソコソしたそんな俺をあざ笑うかのように、複数の巨大な魔法の気配がして、俺は全身が総毛だつ。


「や、やべえ!――フライ!」


 俺はよたよたと宙に浮かぶと、鈍足の浮遊魔法でその場から逃れようする。しかし、完全には間に合わない。


 ドドドドドドドドドド!


「おわぁ!!」


 魔法の絨毯爆撃の爆風で、俺は吹き飛ばされた。


「くっ!」


 爆風に煽られながらも、俺はとっさにオーラを練り、衝撃に備えた。


「ぐへぇ!!」


 大木に激突した俺は、そのままベシャリと地面に張り付くカエルのように地面に落下する。

 普通なら肋骨どころか背骨までポッキリいくほどの衝撃。


 しかし、「あいつら」の教えのおかげで、鉄棒で逆上がりをしている時に背中から落ちた、程度の苦しさですんでいる。


 十分辛いけどね!?


 俺は苦しさに喘ぎながら、なんとか立ち上がると、首元まで伝う汗をジャージの袖で拭う。


 その時。


「っ!」


 俺は、身を刺すような「鬼気」を感じて、本能的にその場にしゃがみ込んだ。


 ザンッ!


 頭の上を激しい風が通り抜けたような感覚がした後、見える範囲の大木が軒並み切断されて、メキメキと音を立てながら次々と倒れていった。


 俺は思わずゾッとする。


 バカ野郎!気絶どころか昇天するわ!


 その時、俺の頭の中に複数の声が響いてきた。


『ふ、ふーん。一応、教えた通りやってるみたいね』


『あのあの!……デコイは、ダメ、です、ょ?』


『広域殲滅魔法の前では無意味ですねえ』


『……剣気、感じたー?えらいえらいー。もうちょいでくびチョンパー』


 かしましい悪魔どもの恐ろしい会話が脳内で進む。


『じゃあそろそろ』


『ほ、本気で……?』


『いくとしますか』


『死なないでねー』


「……」


 鬼!



 

 ――俺、宮藤久太郎は普通の高校生だった。

 漫画やアニメやファンタジーの世界が大好きな。

 でも、そんな世界に実際に身を置くものではない。

 いくつ命があっても足りはしないんだから。












「今すぐ学校を木っ端みじんに吹き飛ばして下さい。お願いします神様」


「いきなり何を言い出すんだこのアホは」


「人死にが出ない方向でなら完全同意」


 寝不足で朦朧とした意識で思わずつぶやいた俺の一言に、二人の友人が答える。

 登校途中で合流したこいつらの顔もなかなか素敵な顔色をしていた。目の下のクマは戦士の証。この二人は常々そううそぶいていた。


「で、久太郎。どうだ今期は。第一話が出尽くしたわけだが」


 細面の黒縁メガネオタ戦士、合法ロリ推進委員会会長である岡部が、くいくいっとメガネを光らせる。


「結構切ったな。ほのぼの4コマ系とか美少女動物園系は正直もうおなか一杯だわ」


 そんな俺の言葉に、亀頭型天パーヘヤーが眩しい、キャストオフフィギュアをこよなく愛する残念変態黒人クォーター、ボブソン田中(本名)がハッと鼻を鳴らした。


「出ましたよ。重厚なストーリー展開しか認めない(笑)意識高い系オタの戯言が。俺らオタはブヒってなんぼだろうが」


「ふざけんな。お前みたいなブヒブヒしか言ってない萌え豚と一緒にすんなよ。良い作品ってのは萌えアニメだろうが異世界転生ものだろうが、面白くて深いストーリーあってこそだろうが。それと、俺はオタでもソフトオタだ。お前らガチオタと一緒にすんな」


「「ハイハイ」」


 などと一般人ドン引きの不毛な深夜アニメ論争を続けながら、俺たち三匹のオタは重い足取りで学校へと歩を進めていた。


 欠伸を噛み殺しながら学校前の横断歩道の信号待ちをしていた時、岡部が急に俺のブレザーの裾をくいくいと引っ張り始めた。


「何だよ?」


「な、なんかさ、あそこの幼女、こっちをじっと見てないか?」


 妙にうわずった声を出す岡部が視線を向ける先。信号横の歩道橋のたもとに目を向けると、そこには赤いランドセルを背負った、長い髪の女の子が立っているのが見えた。

 確かに、じっとこっちを見ているようだ。というか、公衆の面前で声に出して幼女とか言うなよこいつ。ごく普通のはずの単語が、お前が言うと犯罪臭がハンパないだろうが。


「誰かの知り合い?」


 俺が尋ねると、二人とも首を横に振った。


「だとすると、岡部の醸し出す強烈なロリコン臭のせいだな。ヤバすぎる変態オーラを感じてビビッて立ちすくんだんだぜ、きっと」


「同意」


「オイ、マテ」


 さもありなんといった風に頷き合う俺とボブソンに、岡部はメガネを光らせながらこちらに食ってかかろうとしたその時。


「っ……」


 俺たち三人は思わず同時に息を飲んだ。


 離れた場所からこちらをじっと見ていた女の子が、いつの間にか俺たちのすぐそばまでやってきていたのだ。しかも、先ほどと変わりなく俺たちをじっと見つめている。

 いや、正確に言うと、「俺の事を見つめている」のだった。


「お、俺たちになんか用?」


 見知らぬ小学生の唐突な行動に少し戸惑いつつ、なるべく平静を装って優しい声色で尋ねてみた。高圧的な態度で女児を泣かせてしまっては、甚だまずい。事案発生である。


「……」


 女の子は何も答えず、なおも無表情な顔で俺をじっと見つめてくる。その大きな瞳の中に自分の顔が映りこんでいるのに気が付いた。じっと見つめ合う小学生女児とオタ系高校生。危険な絵面だ。


「……」


「な、なあ、用がないなら俺たちは行くな?」


 これ以上は色々危険な気がする。戸惑う様子を見せていた岡部とボブソンに目配せしてその場を去ろうとしたが。


「……クウェイド」


 女の子がボソリとつぶやく様に初めて口を開いた。


「え?」


 一瞬何を言われたか分からず、思わず振り向いた俺に、女の子ははじけるような笑顔を浮かべた。


「またね」


 楽しそうな声でそう言ったきり、女の子は赤いスカートを翻しながらクルリと俺たちに背を向けて走り去ってしまった。


「……」


 訳が分からずポカンとしていたが、しばらくして二匹のオタからの生暖かい視線を頂戴しているのに気が付いた。


「……事案発生」


「いや、まて。あんな子、俺知らないって」


「……などと意味不明の供述をしており、余罪を調べております」


 ジト目でスマホを取り出して、何か良からぬことをネットに拡散しようとするバカ二人を慌てて止める。

 本当にあんな子は知らない。近所の子でもないし、知り合いの妹とかでもないはずだ。


「きっとあれだ。なんかの罰ゲームとかだって。見知らぬイケメン高校生をナンパして来いとかさ。どっかの陰から友達連中が見てたんだぜ、きっと」


「顔面偏差値の一番低い奴がなんか言ってる」


「現実って残酷」


 こいつら。


 顔面偏差値はともかく、ソフトオタな俺は、これでも外見にはちゃんと気を使っている。いや、気を遣わされている。

 宮藤家の恐怖の大王こと、俺の姉ちゃんは、人の趣味にこそ口を出さないが人の外見には容赦なく手を出してくる。服は全て姉ちゃんチョイスだし、キモイ話し方をすると鉄拳制裁。怠惰なブタに人権なし、などと言って、強制的に筋トレまでさせられていたりする。いつか整形しろとか言われてるけど、これ普通に人権侵害だよね?


「それより久太郎、お前なんか言われてただろ?クエなんとか。あれ何なんだ?」


「知らないって。あんな名前、聞いた事ない」


 俺はヒラヒラと手を振りながら横断歩道を渡り始めた。岡部とボブソンが俺の後に続いて歩き始める。


「ああ、あれ名前だったんだ」


「ん?」


 岡部の指摘に俺は歩きながら、はて、と考え込んだ。そういえばそうだ。女の子が何と言ったか、はっきりと分からなかったにも関わらず、なんで俺はそれを名前だと思ったんだろう。

 音の響きだろうか?クエ……なんだっけ。


「あの子、なんつったっけ?」


「クウェイドだよ」


 ボブソンが欠伸を噛み殺しながらそう言った。


「え?」


「だからあの子、クウェイドって言ったんだ」


「クウェイド……」


 その瞬間、突然俺は強烈なめまいを覚えた。


「な、んだ……?」


 視界が歪み、平衡感覚が失われる。


 天地が逆さまになったかのように上下の方向すらおぼつかなくなり、自分が地面にたっているという感覚さえよく分からなくなっていた。


 街の喧騒が耳から遠ざかっていく。自分の鼓動だけがやけに大きく聞こえた。

 やばい……!倒れる……!


 生まれて初めて気絶というものを体験するのかも、という恐怖にも似た予感を覚えた瞬間。


「……大丈夫か?お前」


「いきなりだるまさんが転んだを始めるツレへの対処法など俺は知らない」


 二人の呆れたような声に、俺は急に我に返った。めまいに似た不快感もすっかり消えている。

 自分の恰好に意識を向けると、どうやら左足を踏み出した状態のまま固まっていたようだ。


「や、やばい。俺、今気絶しかけたみたいだ」


 俺がそう言うと、二人は怪訝な顔をして顔を見合わせる。


「立ったまま気絶することなんてあんのか?」


「ロリっ子か。ロリっ子の破壊力のせいか」


「さすがに意味分かんねぇよ。なんだよロリっ子の破壊力って」


 しかし、今のは本当にヤバかった。寝不足とかで、気絶とかするもんなんだろうか。

 俺は何気なくスマホを取り出して、寝不足と気絶の関連性をググろうとした。電源を入れると、バッテリー残量がもう残りわずかなのに気が付く。


「あ、やべ。充電してくるの忘れた」


 不覚だ。そういえばタイムラインの確認しながらそのまま寝落ちしたんだっけ……


「なあボブソン。お前、モバイルバッテリー持ってたよな。授業前まででいいから充電させてくれないか?」


 ボブソンは最近までスマホゲームでいつもモンスターの捕獲に勤しんでいたため、モバイルバッテリーを常備していたはずだ。


「モバイルバッテリー?」


「いつも持ってるだろ?ダ●ボーのやつ」


 ボブソンはダ●ボーというワードに、あぁと頷いて鞄からモバイルバッテリーを取り出した。


「マナコンのことか。なんだよモバなんとかって。ラノベ作家でもあるまいし、妙な造語やめろよな」


 そう言ってモバイルバッテリーとケーブルを手渡してきた。


「いやいや造語って。モバイルバッテリーじゃんか。これ」


「マナコンだって。マナコンバーター。気絶して頭おかしくなったか?」


「お、おい岡部。ボブソンがおかしいぞ。フィギュアを愛しすぎて常識がキャストオフしてやがる」


 しかし岡部はボブソンと怪訝そうな視線を交わした後、俺の肩をポンと叩いた。


「久太郎。一話目が続くこの時期の深夜マラソンは、ともすれば苦行だ。ありえないクソアニメのために睡眠時間が削られたことを思えば、お前の頭がいかれるのもうなずける。が、これはボブソンの言う通り、マナコンだ」


 昨日は豊作だったろうが、と後ろでボブソンがブーブー言っているが、そんなことはどうでもいい。こいつらが冗談を言っているわけではないということが、雰囲気から察せられた。ということは、俺がおかしなことを言っている、ということになってしまう。いやいや。


「マナコン……?なんだそりゃ」


 俺は恐る恐るケーブルをスマホに繋いでみた。すると、いつもと同じように充電中のアイコンが点灯した。おかしなところはない。

 なんだ、とほっと息をついた時、ダ●ボーバッテリーの背面に妙な模様が描かれたへこみがあるのに気が付いた。


「なんだ?この模様とへこみ。こんなのあったっけ?」


 俺の言葉を聞いたボブソンと岡部は、いよいよ表情を曇らせた。


「おい、久太郎。お前、本当に大丈夫か?今日は休んだ方がいいんじゃないか?」


「同意。いつも大概おかしいが、今日はとくにおかしい。帰って寝ろ」


 正体不明の模様とへこみを指摘しただけでこの言われよう。


「じ、じゃあ聞くが、これは一体何なんだよ」

 岡部とボブソンは顔を見合わせ、そして俺に向かってこう言った。


「マナドレインするための魔法印だろ」


「……」


 二人が素の表情で言ったあまりの内容に、俺が何というべきか迷っていたその時。


 ドカン!!


 耳をつんざく大きな音が学校の方から聞こえた。遅れて、体が浮く様な激しい風が俺たちを襲った。


「な!?」


 驚愕に見開いた俺の目に、まるで爆弾で吹き飛んだかのような無残な瓦礫と化した学校の校舎の姿が映ったのだった。


※最初の部分を少し改稿しました。

あらすじには変更はありません。

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