借金のカタシチュ:エキストラとしてプレイ
美代に見送られ、みみのマンションのエントランスを出る。
なかなか良かった、色々と。
そろそろ本屋に行かないとな、と考えていると、またもやスマホが着信を伝えるようにバイブする。
「もしもし」
『もしもし、道子です。紗丹君、今から時間いいかな?』
その道の姐さんこと、道子さんからの電話だった。話し方は姐さんモードではなくプライベートモード。
「ええ、大丈夫です。どのようなご用件でしょうか?」
プライベートモードだとはいえ、怖い。だが可能な限り自然に応答する。
『もちろん借りを返してもらおうと思ってね。時間あるって、言ったよね……?』
ええ、ええ! 言いましたとも……!!
「分かりました、どちらへ伺えばよろしいでしょうか?」
『ふふっ、話が早くて助かるよ。借りは裏営業を受けてもらう事でチャラにするからね』
裏営業と来ましたか。
裏営業、店を介さずアクトレスとプレイヤーが直接やり取りをする事で、スペックスで言うところの裏オプションのような事が楽しめる。もちろんその中には、性的接触が含まれる事もあるのだろう。
しかし、話を聞く限り道子さんは組長である旦那さんとは上手く行っているはずである。それはないはずだが……。
『例のウサギちゃんのマンションを出たところだよね? そこにタクシー呼ぶから待っててね』
怖い、もしかして俺監視されてる……!?
『あぁ、監視してるのはウサギちゃんを、だからね。ご心配なく、一応念の為にね』
「そ、そうですか、分かりました。ここで待機しておきます」
やばい、心臓がバクバク言ってる。この近くに怖いお兄さんがいて、俺の方を見ていると想像すると事務所に連れて行かれた時の緊張感が蘇る。
すぐにタクシーが来たので、周りを気にしながら乗り込んだ。
大丈夫ですよ、逃げませんからね!!
「来たね、さぁ行きましょうか」
ホテルのロビーで座っておられた道子さんと合流。さぁどのような展開になるのだろうか。
「入って、すぐに始めるけどいいかな?」
コクコクと頷く。
ホテルの一室。スイートと呼べばいいのか、割と良さげなお部屋である。
道子さんの髪が濡れており、すでにシャワーを浴びた後である事が分かる。
ベッドの隣にある椅子に座るよう勧められたので腰掛ける。浴室からシャワーが流れる音が聞こえるのが非常に気になるんですが……。
「プレイ内容は簡単。ただ君はこの椅子に座っているだけでいいんだ」
ほう、ではそのアイマスクと手錠、さらにヘッドホンは何に使うんですか!?
「詳しく聞かない方が、身の為だよ……?」
分かりました! 分かりましたとも!!
道子さんが俺にアイマスクをさせ、椅子の背もたれの後ろで手錠をはめる。首にヘッドホンを掛けさせて、さらにはバッグから太い縄を取り出して俺を椅子に縛り付ける。
「形だけだから、そんなに緊張しないで。君は本当にここで座ってるだけでいいんだから」
そう言って、ヘッドホンに繋がれた音楽プレイヤーの再生ボタンを押す。
「私のオススメソングセレクションだから、大音量で楽しんでね」
ヘッドホンを耳に掛けられると、バーチャルアイドルの歌声がこれでもかって程の大きさで耳を塞ぐ。
これでは道子さんが耳元で話したとしても何も聞き取れないだろう。
座っているだけとは言え、これは結構苦痛ですよ道子さん……。
ついでのように、タオルのようなものを口に咬まされる。
ドシドシと足音が響く。もちろん音ではなく床に伝わる振動でそれを感じ取る。
恐らく道子さんの物ではない誰かの足音。
やや軽めの振動が俺から離れて行き、重めの足音がそれを追いかけるように近付いて行く。
なるほど、俺は脇役として呼ばれたらしい。
すぐ隣にあるベッドから何かを放り投げたような振動が伝わる。何やらバタバタしている。
俺の肩に細い手が触れるが、すぐに大きな手がそれを乱暴に引き剥がす。
ベッドで何かが行われているようだ。プロレスかな?
大音量でバーチャルアイドルが深刻なエラーがどうたら言っている。え? あぁそう。
途端、ヘッドホンから流れる音が止む。この歌の最後はしばらくの間無音状態になるのだ。
となると必然、道子さんともう1人のやり取りが聞こえるわけで……。
「あぁ、止めて下さい! お願いです、主人の前でこんな、あぁ……」
「うるさい、お前の旦那が金返さねぇんだ、妻としてお前にも責任ってもんがあるだろうが!」
やたら野太い男の声。ビリビリと何かを破る音も聞こえる。やっぱりプロレスかな?
ここはエキストラとして指示通り座っているだけがいいのか、それともお2人のお楽しみにほんの少しのスパイスを提供する方がいいのか。
少しだけ考えてから、俺は後ろ手に縛られた手錠をジャラジャラと鳴らし、身体を大きく揺らす。
「ん~! ん~~!!」
2人のやり取りが一瞬止まるが、すぐに興奮気味な男の声が聞こえて来た。
「どうやら旦那が起きたようだ。よその男と楽しんでいる声を聞かせてやれよ!!」
「あぁ! あなた、聞かないで!! お願い、許して……」
またも大音量で音楽が始まる。やっぱりプロレスなんじゃないかな? もう2人のやり取りは聞こえない。
しかし時折手錠を鳴らしたり、足をバタバタさせたりして、エキストラとしての役柄を全うする。
と、俺の膝に細い手が置かれる。またも大音量の曲が終わり、ちょっとした無音のタイミングで息遣いが聞こえる。
……、なかなか白熱した戦いみたいだな、うん。
その後しばらくしてヘッドホンが外された。そしてアイマスクを取られると正面にはツヤツヤと上気した道子さんの顔。
「ありがとう紗丹君。とってもいいプレイが出来たわ、いいアドリブだったとうちの旦那も感心してたよ」
「そうですか、それは何よりです」
それよりも早く手錠を外して下さい。
「状況は分かっているだろうから説明はしないけど……、どうする?
人のお楽しみに立ち合わせたまま帰すのも忍びないって旦那が言ってたんだけど、誰か呼ぼうか?」
「いえいえ、お気遣いなく。僕もプロのプレイヤーの端くれなので大丈夫ですよ」
誰か呼ぼうかだなんて、非常にお断りしたい提案だ。
「そう? ならいいんだけどね。あ、手錠も外さないとね」
手錠と縄を外してもらい、立ち上がって伸びをする。結構この態勢は辛かったな。耳もまだ大音量のダメージから回復してないし。
「旦那とは直接会わない方がいいだろうって判断だから、気を悪くしないでね。
はいこれ。今回のプレイ報酬だから受け取って」
「報酬ですか? この間の借りをお返ししただけですので結構ですよ」
「借りは裏営業を受けてもらった時点で返してもらったよ。これは裏営業自体の報酬。
まぁ、口止め料も入ってると言ったら受け取りやすいかな?」
なるほど、そう来ましたか。
道子さんと旦那さんが2人でいい歳してプロレスを楽しんでるなんて言われたら、立場上外聞が悪いのかな?
「分かりました、ではありがたく頂戴致します」
道子さんがバッグから分厚い封筒を取り出し、俺に向ける。
いやいやいや、いくら何でもそれは多過ぎるでしょう!?
「いいから、旦那の顔を立てると思って、ね?」
うっ、そう言われると受け取らざるを得ないじゃないですか……。
その封筒を受け取ると、道子さんが俺の両手を包み込むように握り、俺の目を見て妖艶な笑みを浮かべる。
「こんな事、君以外の誰にも頼めないんだ。また、お願いしてもいいかな……?」
これはさすがにお断り出来ません。
誤表記修正致しました。




