基夫の悲劇
11/2 感嘆符後のスペース追加、三点リーダーを偶数に変更、ルビ等その他追加修正
橋出基夫は根は真面目で妹思いの優しい青年であったそうな。
大学の後輩である宮坂瑠璃に一目ぼれし、「何か困った事があったら先輩である僕に言ってくれよ」、そう言って近付き、仲良くなった2人はやがて付き合う事になった。
どうやら彼女である瑠璃が世界でも有数の資産家のご令嬢であるという事を後で知った基夫は、彼女と釣り合う為に頑張らなければと決意する。
彼女は働かなくても一生暮らして行けるはずなのに、自分で起業して会社を設立し、新しい形態の接客サービスを作ると言うではないか。
自分にも協力出来る事はないだろうか、そんな彼の問い掛けに対し、彼女は嬉しそうにお願いを口にする。
「お客様の要望通りに振る、プレイヤーになって欲しい」と。
瑠璃の従姉妹である牡丹と3人で、試行錯誤しながらお断り屋をオープンさせた。
当初はお断り屋の趣旨を理解出来ていないご婦人にお断りをすると、目の色を変えて激怒され引っ叩かれるといった事態が多々あったが、少しずつ評判が広がって行き、あっと言う間に経営は軌道に乗った。
基夫と瑠璃は大学に通いつつ店を回すのにも必死で、恋人らしいデートや甘い時間を過ごす暇もなかった。
だが基夫は瑠璃と一緒に何かを作り上げているという実感こそ、瑠璃への愛だと思った。
忙しかった日々も、基夫以外のプレイヤーや店付きアクトレス、そして事務方の職員を増やして行く事で少しずつ落ち着いて行った。
気付けば基夫は就職活動もせぬまま大学を卒業し、職業は専属プレイヤーとなっていた。
それでも良かった、瑠璃と一緒ならこれからも頑張って行ける。瑠璃と共にこの業界をどんどん拡大して行き、いつか瑠璃の家に見合うような男になる。
そんな想いを秘めたまま、彼は突っ走った。
何度目か、仕事に勉学にと忙しく、数える程度しか肌を重ねる事のなかった2人。
ベッドに横になったままの基夫へ瑠璃が小さな声で囁く。
「今度、牡丹と妹と4人でデートしたいんだけど、いい?」
基夫は、まだ酸素の回り切っていない頭を縦に動かした。
突っ走った先の終着点が、すぐそこまで来ていたのにも気付かずに……。
基夫・瑠璃・牡丹が忙しい時間を割いて集まる。
瑠璃の妹である紗雪を合わせ、4人でのデートと呼称される何か。
街をブラブラする。そして気付く。
こんな状況、いい訳がない。
自分は瑠璃だけを愛している、それだけでいいはずなのに。
自分の妹よりもさらに年下の女の子とも付き合えと?
従姉妹の牡丹ちゃんも入れて4人で付き合う……?
意味が分からない。理解が出来ない。
彼女は言った、昔からの夢だったと。
じゃぁお断り屋は?
あぁ、そっちは牡丹の夢なの。使命と言ってもいいかも。
お断り屋は「そっち」であり、自分の夢は1人の男を複数の女で取り囲む集団を作る事。
ハーレムと言えば男が誰しも喜ぶと思っていたのだろうか。
基夫は瑠璃の為に、瑠璃に相応しい男になる為にと自分を犠牲にしてまで頑張って来た。
それなのに……。
そうだ、俺が独立して1人で一からお断り屋の店を立ち上げれば、瑠璃に見合う男であると認めてくれるかも知れないじゃないか!
混乱しながらも基夫はそう思い至った。
しかし彼は分かっていなかった。瑠璃は基夫を認めていない訳ではないのだという事に。
基夫を瑠璃が作るハーレムのメインパーツだと認識していたのではないか。
自分は恋人ではなく自分の夢を叶える為の一部品として見られていた。
その可能性に辿り着いたのは、瑠璃から離れたその後何ヶ月も経った後だった。
その頃から少しずつ、少しずつ頭髪が寂しくなって行ったのである……。
「……、と、こういう訳か? 基夫君がスペックスに対する嫌がらせをする原因は」
「はい、それで間違ってません。あの恋は一方通行のまま終わったのだと気付きました。振り向かせるも何も、最初から俺を見ていたわけではないから。
認めさせたいが為に1人でがむしゃらに頑張ってトプステを軌道に乗せた。
でも全てが無駄でした。手っ取り早く一財産築いて、早期リタイヤして海外で暮らそうと思った結果がこれです」
「その考えは非常に安易だったな。基夫君なら例え瑠璃への想いが叶わなくても、真面目に経営を続けていればいずれは悠々自適な暮らしが出来ただろうに……。
ともあれ、娘のせいで人生が狂ってしまった訳だ。父親として、謝ろう」
「いえ、自分もどこかで気付いていたはずです。瑠璃ちゃんが俺を見ていない事、そして俺の経営的センスの不足、もっと早くに切りを付けていれば良かったんですよ。
ですから謝って頂く必要なんてありません。
それよりも、経営者としての責任の取り方をご教授願いたいです」
そう言って、基夫さんは賢一さんにカッパ頭を下げる。
何なんだよこの状況は……。カッパも真面目に語ってんじゃねぇよ!
何で今これだけ順応出来てんのに当時は拒絶して逃げたんだよ全く。
宮坂家に連れて来られる事こそを逃げろよ。何ノコノコ付いて来て地肌晒してんだっつ~の。
俺から見て賢一さんは嫁の父親。基夫さんは嫁の元カレ。
賢一さんから見て俺は義理の息子。基夫さんは娘の元カレ。
基夫さんから見て俺は元カノの旦那。賢一さんは元カノの父親。
この一堂に会する事のなさそうなこのメンバーで、広い湯船に浸かっている。
そして端に控えるメイド姿の女性2人。
うち1人は基夫さんの悲劇の脇役である紗雪。
「さて、そう言う事ならば先に2人で上がろう。少し飲みながら今後の筋道を立てようじゃないか。優希はもうしばらく浸かっておくように。
ほらひかり、基夫君を拭いてやれ」
はいはい、ここで待機してればいいんですね。
物言わぬ家具と2人、広い浴室に取り残される。
いい湯加減だ、もう少し浸かっていてものぼせないだろう。1人で風呂に入るのも久しぶりかも知れない。
そう思っていると、脱衣所から人の気配がなくなった。
さて、当時の事を紗雪から聞こうかなと口を開いたところで再び脱衣所に人の気配が。
浴室に入って来たのは、バスタオル姿の瑠璃だった。
いつもありがとうございます。
この後23時に悪役ヒーローを投稿予約しております。
合わせてよろしくお願い致します。




