貸し借りなしで
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道子さんは事務所に入ってすぐ、親分と呼ばれるおじさんの顎を持っていた扇子で思いっきり引っ叩いた。
入って来た黒服、元々事務所にいたお兄さん達、全員が動かずそのやり取りを見ている。親分は無表情、ただ黙ってやられるだけだ。
道子さんは黒い着物姿で、以前会った時よりも目つきが鋭くこれぞ極妻といった凄みを感じる。
「で? この血を流してんのは何?」
「へぇ、こいつが素人さんをここへ連れて来まして」
「素人に手ぇ出すなって言ってんだろうが! お前の組は取り潰されたいのかい!?」
「すんません、姐さん」
道子さんが黒服達に顎を突き出して指示を出し、床に倒れてたままだった俺を殴った男を事務所の外へと連れて行った。
脅していた相手が両脇を抱えられて連れて行かれたのがショックだったのか、うさぎちゃんが青い顔で事務所の扉を見つめている。
「後回しにしてすまないねぇ、紗丹君。事情を確認するからその間、君は奥の部屋で座って待っててくれるかい?」
低い声で道子さんがそう言い、黒服が俺を奥の部屋へと案内する。
「あ、あの、私はどうすれば……?」
「あんたは当事者だろ? うちの若いのを脅してたらしいね。その確認もしないとさぁ、うちの面子もあるからキッチリ片を付けないと、ねぇ?」
ソファーに座らされているうさぎちゃんの髪の毛を上から掴み、前後に揺らす。うさ耳のカチューシャが床へと落ちる。
男達を顎で使う道子さんによほど恐怖心を感じているのか、怯えた表情を浮かべ抵抗出来ないでいる。
俺は奥の部屋へ通される前に、道子さんに向けてうさぎちゃんの身の安全についてお願いする。
「すみません、僕からもその女に聞かなければいけない事があるので、後で話させてもらっていいですか?」
道子さんが俺を見つめ、ゆっくりと頷いた。
奥の部屋にあるソファーに座り、大きく深呼吸をする。
殴られた顔と腹が痛い。滅茶苦茶痛い。痛くて怖くて叫びたい気持ちだが、部屋の扉の内側に黒服の怖いお兄さんが直立不動で待機しているので我慢する。我慢出来ないけど何とか奥歯を食いしばって我慢の子状態だ。
部屋の外では何かしらのやり取りが行われているはずだが、音も話し声も一切聞こえて来ない。この部屋は防音仕様になっているのだろうか。
ソファーの左側にうさぎちゃんが着て来た服が脱ぎ散らかされている。
上下ピンクで合わせた下着、白いスカート。
その隣には銀色に光る手錠にアイマスクと口に噛ませるギャグボール。一体ここで何をするつもりだったのか。
怖い人達の事務所でうさぎちゃんのお楽しみ大会を開催していれば、俺だけでなく本人も無事では済まなかっただろうに。あいつ大分頭弱いな。
ガチャリ、ノックもなく扉が開かれて道子さんが入って来る。
待機していた黒服に指示して退室させ、1人で俺の方へと近付き、そして土下座した。
「紗丹君、この度は本当に申し訳ない事をしてしまい、何とお詫びしていいか……、この通りです」
「いやいやいや!? 止めて下さい道子さん! あなたは何も悪くないじゃないですか、顔を上げて下さいお願いします逆に恐縮してどうしていいか分かりませんって!!」
何とか顔を上げてもらい、対面のソファーへと座ってもらう。
道子さんが本当はどんな人なのかを知っていても、極妻スタイルでの土下座を受けるこの状況は心臓に悪い。
「あの女が紗丹君を引き抜く為に、弱みを握っているうちの若いのを使ってここに連れて来たって事は分かったわ。
弱みについては……、ごめんなさい、君を巻き込みたくないから伏せておくね?」
知らない方がいい事もある、っていうヤツか。
なら知った上で若いのを脅していたうさぎちゃんは結構崖っぷちなんじゃないだろうか。
「その……、君を殴った男の子なんだけど……」
言いにくそうにする道子さん。俺からどんな報復をしたいか確認しようとしているのだろうか。
こういう場合はこの人達のルールに則った責任の取らせ方が一番本人が受けるダメージが大きい気がする。
ここは道子さんに全て任せよう。
「いえ、僕から何か要求するつもりはありません。全て道子さんにお任せしますので」
パァ~っと道子さんの顔が明るくなる。
「良かった……、あの子最近子供が生まれたばっかで、指詰めろとか保険掛けて車道に飛び出せとか言いたくないの。そっか、じゃああの子のした事は私に預けて頂戴ね。一般人に手を出さないようキツく言い付けておくから」
あっ、思ってたんと違う。
けど道子さんがそう言うならそれで良しとしよう。一発殴らせて下さいとでも言っておけば良かっただろうか。
いや、変に周りの人達を刺激しない方がいいだろう。これで良し、だ。
「それであの女の方だけど、聞きたい事があるって言ってたよね?
私も一緒に話を聞きたいから、ここに連れて来てもいいかな?」
道子さんの問い掛けに頷くと、部屋の扉を開けて黒服に声を掛け、うさぎちゃんを呼び寄せた。
「そこに座りな」
床を指差し、道子さんがうさぎちゃんに地べたへと正座するよう促す。声色が低い極妻仕様に戻っている。
俺がいない間に何をされていたのか。
長い髪はボサボサに乱れており、黒タイツが所々破られている。
すっかり怯えたうさぎちゃんは、涙ぐんだまま俺を見つめている。
先ほどのビンタされても男を睨み付けていた気丈さは、今はもう残っていなかった。
「たかが男1人引き抜くのにうちの若いのを使うとは大した度胸だねぇ。今も泣き喚いてしょんべん漏らしていてもおかしくないのに。
今の状況に見合う金を貰ってんのかい?」
下を向き、ふるふると首を左右に動かすうさぎちゃん。
「成功報酬なのでまだ何も貰ってません。この人がどうしても私に靡かなかったので、ついムキになってツテを頼ってしまいました。申し訳ないです」
そう言って頭を下げる。
ずいぶん素直に答えるんだな、相当怖い思いをしたらしい。
「紗丹君、聞きたい事聞いてみな」
「そうですね、まずは引き抜き元の依頼主はどこなのか、そしてクライアントから多少強引な手を使ってでも俺に頷かせろと指示があったかどうか、さらにスペックス内の内通者の情報。
これだけでも聞いておきたいですね」
うさぎちゃんとしてはクライアントの情報をターゲットである俺に伝えるのは抵抗があるだろう。
俺がうさぎちゃんがバラしたとクライアントに話せば、信用など全くなくなってしまう。
しかしこの状況で答えないとなると、文字通り相応の痛みが伴うだろう。
さぁ、どうする?
「業界2位のTop Statusです。方法については……、多少の傷であれば問題ないと……」
よし、殴られ蹴られた痛みはそのトプステとやらにお返ししよう。帰って経営者会議を開かなくては。
「内通者については把握していません。でもいるのは確実です。それだけしか分かりません」
いるのは俺でも分かっている。どうやって炙り出すかが問題だな。
一度トプステからの引き抜き交渉を受ける素振りで乗り込むか、いやそれでは内通者が誰なのかなんて分からないだろう。引き抜き対象が俺だけだとは限らない。
ここはうさぎちゃんを通して、交渉に対しては前向きだがすぐには応じられないと有耶無耶にして時間を稼ぐべきか。
何にしても一度帰って三姉妹に相談したい。
「道子さん、この女貰ってっていいですか? これを使ってトプステを逆に探りたいんです。
道子さんもこの女をこのまま返す訳には行かないと思いますが、何とかお願いします」
ここに置いて帰っても夢見が悪そうだ。
道子さんだけなら多少の脅しでうさぎちゃんを放すだろうが、これだけ男を挑発した後だ。道子さんも立場がある以上、すんなりと帰せるか分からない。
俺は続けて道子さんへ提案する。
「この女に脅された若い男の人、その人に殴られた俺、そしてこの女。殴られた事をこの女を貰う事で貸し借りなしに出来ないですか?」
道子さんは腕を組んで考え込んでいる。
うさぎちゃんは2人のやり取りを不安そうな顔で見つめている。
「……、いいだろう。ただし、この女が他所で脅した内容をペラペラ喋ったらその時は、こちらで落とし前をつけさせてもらうからそのつもりで」
うさぎちゃんがコクコクと頷く。頷く以外選択肢はない。
「着替えな、いつまでそんな格好してるつもりだい?」
慌てて立ち上がり、うさぎちゃんが俺の後ろで着替えている。そろそろ退散する頃合いか。
スペックスへ帰ってうさぎちゃんから詳細を聞き出し、今後どのようにトプステへ攻めて行くか考えないと。
「ところで紗丹君、あたしがスペックスへ通ってるって事バラしたよねぇ……? 若いのには内緒にしてたんだけど、姐さんはアクトレスなんですか? なんて言われたら形無しじゃないか。
これって貸しになるんじゃないのかねぇ? いつか返してくれるかい……?」
そう言って道子さんがニヤリと笑う。
ギクッ! あえて言わなかったが、痛い所を突かれてしまった。借りを返せと言われてもどんな事を言われるのか想像が付かない……。
とりあえず俺も、コクコクと頷くしかなかった。
いつもありがとうございます。
次話はまた明日22時頃に投稿致します。
その後23時には悪役ヒーローの3話目を投稿致しますので、合わせてよろしくお願い致します!
誤字修正致しました。




