夏希、一歩前へ踏み出す
本日2回目の投稿です。
11/4 感嘆符後のスペース追加、三点リーダーを偶数に変更、ルビ等その他追加修正
約2時間後、控えめなノックの音で目を覚ます。
隣にはスヤスヤと寝ている夏希がいる。おでこにキスをしてからノックに対して返事をする。
昼ご飯の用意が出来たからと瑠璃が呼びに来てくれたようだ。
夏希の手前、部屋に招き入れるのは止め、服を着てから自ら廊下へ出る。
エプロン姿の瑠璃がいた。
正妻だと名乗るこの人は、今どんな感情なんだろうか。俺にはまだ掴み切れないが、気にせず振る舞っているように見せようと思う。
「瑠璃が作ってくれたのか?」
「ええ、今日は天せいろにするわ。夏希ちゃんのお口に合うかしら」
夏希を気遣うその表情は憂いなどないように思える。
その顔をひどく愛おしく感じ、優しく包み込むように抱き締めた。
「ありがとうな」
「ふふっ、正妻として当然の事をしているだけよ?
何も心配いりません。私が望んだ事をしているだけです」
そのままシャワーを浴びようと浴室へ行くと、後ろから瑠璃がついて来た。
紗雪がいないから手伝ってくれると言うが、正直1人で入る方が気楽なんだけどよ。また今度でいいよ。
「これからご実家に挨拶に行くってのに、瑠璃に身体を洗ってもらうのは何か違う気がする」
「ふふふっ、何を今さら」
そう笑って、俺のお断りをすんなり受けて入れてくれる瑠璃。妹のように脚に縋り付く事がなくて助かった。
朝に自分のアパートでシャワーを浴びたばかりなので、手早く必要な個所のみ洗い流す。少し熱めのお湯が心地良い。
浴室の擦りガラスの向こうで、瑠璃がバスタオルを持って待ち受けているのが見える。
う~ん。脚に縋り付くか、バスタオルを持って待機するか。やはり似た者姉妹なんだろうな。
シャワーを浴び終え、浴室の扉をちょっとだけ開けて手を伸ばす。その手にバスタオルが渡される事はなかった。
くいくいっと手で自己主張してみるも、手に触れるのは何か分からない柔らかい感触のみ。これがバスタオルかな?
「優希、瑠璃さん、……、入ってもいいですか?」
脱衣所のさらに外から夏希の声が聞こえる。起きたのか。
浴室の扉を開けると瑠璃が満面の笑みを浮かべていた。自らハーレムへと溶け込もうとする夏希の姿勢に感じるものがあったのだろう。
瑠璃は返事をする前に脱衣所のドアを開け、夏希の腕を取って中へと招き入れる。
「ちょっ!? ゆーちゃん服着てへんやん!!」
だって瑠璃がバスタオル渡してくれへんから……。
と思っていたら瑠璃がやっとそのバスタオルを寄越して来た。はぁ、やっとかよと思い頭から吹き始めると、夏希がキャーと可愛らしい声を上げる。そして瑠璃が良いではないか良いではないかと笑っている。
何事かと思い顔を上げると、幼馴染の服を剥ぎ取ろうとしている正妻の姿が!
「瑠璃、飛ばし過ぎだ。3人で脱衣所にいるってだけで夏希としては十分歩み寄ってるんだから、な?」
息が荒いぞ瑠璃、落ち着け落ち着けどうどうどう。
「ご、ごめんなさい。嬉しくってつい……」
良かった、分かってくれたか。
でも夏希を狙う瑠璃のその姿は刺激が強過ぎるわ。百合好きという訳でもない俺が、トキメキを抑えられないでいる。
2人の間に割って入り、そしてゆっくりと引き離す。
「夏希を抱き締めていいのは俺だけだからな?」
「あら、3人で仲良くする事も今後はあると思いますけれど?」
「ひぇぁ!?」
人気女優を怯えさせるなよ。
そしてまた何か来た。再び脱衣所のドアが開き、恨めし気な牡丹が現れる。
「また私だけ仲間外れですか?」
後は女同士仲良くどうぞ。俺は一足先に部屋へ戻る事にした。
女性というのは順応するのが早い。夏希はすっかり諦めて2人と一緒に浴室へと入っていった。俺はただ、その場面を想像する事しか出来ない。
中でどのような事が行われているのか気が気じゃない。
もしかしてコレ、嫌がらせ……?
ダイニングで天せいろを食べ終わって現在、夏希と牡丹が2人で食後の後片付けをしてくれている。
「何かいいですね、こう言うの。お姉ちゃんが出来てみたいで嬉しい」
夏希が食器を洗い、牡丹が拭いて食器棚へと片付けていく。
「お姉ちゃんか、私もそう思ってもらえて嬉しいわ。夏希さんの事なっちゃんて呼んでいい?」
「あぁ~、もちろんいいですよ! 優希の妹がそう呼んでくれてました」
そうだったな、俺がゆーちゃんで妹の優奈がゆなちゃん、そして夏希はなっちゃんだった。
事故からもう半年以上経つ。
父方のおばさんが俺に代わりお寺さん関係を取り仕切ってくれているとはいえ、ぼちぼち一度墓参りに行こうかな。
やっと、そう思えるようになった。
「夏希、なかなか難しいとは思うんだけどさ、休みが取れたら墓参りに付き合ってくれないか?
……、みんなのお陰でやっとそう思えるようになったよ」
瑠璃が胸の前で手を合わせて答える。
「いいわね、みんなで行きましょう! 今日うちの両親に会ってもらうんだから、私達もご挨拶しておかないとダメよね?」
みんなで、か。5人で行ったらさぞびっくりする事だろう。びっくりし過ぎて生き返ってくれないだろうか。
夏希の手が止まっている、すまんな。泣かせるつもりはなかったんだけど。
「……、絶対に行こうね」
「ああ。……、そう言えばご両親にお会いするなら手土産を用意しないとな。何がいいかな?」
あからさま過ぎるが、話題を変える。湿っぽいのばかり続いても、な。
「そうですね~、ちょうどいいお店があるので寄ってから家へと向かいましょうか」
どうやら3人のご両親は甘い物が大好きらしい。
もうすぐ紗雪が帰って来る時間だ。ぼちぼち出掛ける用意をしよう。
しかし、大事な娘を3人も取られて、俺いきなり殴られたりしないだろうか。
この娘達の父親なんだから、それはないような気はするが……。
いや逆に全く想像出来ないな。どうなる事やら。まぁ、覚悟だけはしておくか。
そう言えばおじいさんの話も前にちらりと出てたような。一緒に住んでおられるのだろうか。
書類を確認しながら鞄に入れている牡丹に聞いてみる。
「祖父母は今海外を転々としているんですよ、やりたい事がいっぱいあるからって。先日はオーロラを見たって電話で言ってました。すごく興奮してましたよ」
そう言って牡丹が苦笑する。まぁ、お元気そうで何より。
そうこうしているうちに紗雪が帰って来た。
隣には30代後半くらいの女性がいた。驚いた事に紗雪がいつも来ているメイド服と同じ物を着ている。
宮坂家のメイドさんだろうか。
「優希様、夏希様、初めまして。私、宮坂家にてメイド長を仰せつかっております芹屋と申します」
そう言って深くお辞儀をしてくれる。この方が生放送の時にスタジオで待機してくれてた人か。
「ご丁寧にありがとうございます。桐生優希です」
「潮田夏希です。大変ご迷惑をお掛けしたようで……」
「いえいえ、お礼など不要です。全て私の仕事でございますから。ご用意はよろしいですか?」
もう宮坂のお家に向かうんだな、こうも丁寧に挨拶してくれると緊張感が増すわ。
ちょっとビビって来たかも知れない。
「あ、待って下さい、すぐに着替えて参りますので」
慌てた様子で紗雪が自分の部屋へと戻って行く。着替える必要あるんだろうか。
少しして姿を現したのは、美少女メイドモードの紗雪だった。
「皆様、お待たせしてしまい申し訳ございません」
「では参りましょう。紗雪、これを」
メイド長が車の鍵を渡す。紗雪が運転するのか。
メイドとしてのスキルはこの芹屋さんから教えられたものなのかも知れない。やり取りが完全に上司と部下のそれだ。
お嬢様であり部下であり、昔から複数のキャラを使い分けていたんだな。
エレベーターで地下駐車場へと降りる。そこには黒塗りの大型ワゴン車が停まっていた。これで向かうようだ。
「旦那様、シートベルトを着けさせて頂きます」
運転席の後ろの席に座らされ、やたらと身体を密着させながら紗雪がベルトを締めてくれた。
いや、目を見つめながらカチャッ、てされてもどんなリアクションしていいか分からんって。
まぁいいや、深く考えず堂々としておくのが一番良いような気がする。
そう思ってると、助手席から芹屋さんがこちらへと振り向いた。
「私の物も必要でしょうか?」
はっ!? 何の話ですか!!?
いつもありがとうございます。
コラボ作品第二弾、「お断り屋のお仕事:心の中へ紡ぐ糸」も合わせてよろしくお願い致します!!
誤字修正致しました。
ところどころ前後の展開とは違うセリフや描写が出て来るところがありますが、電子書籍版お断り屋をお手元に表示させた上でなろう版と見比べてもらえればどういう事が分かると思います。
こっちは健全なお断り屋なのです、よろしくお願い致します。




