呼び出し
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浴室から何やら声が漏れ聞こえて来る。やっぱり紗雪が夏希の身体を洗っているようだ。
夏希も昨日1日の疲れ、そして昨夜の疲れから正常な判断が出来ないでいるのかも知れない。
同性で同い年とは言え、「私はメイドでございます」という女性に身体を洗いますと言われハイお願いしますとはなかなかならないだろう。
「瑠璃、リプレイの時にいたあのコの事、冬美ちゃんは何か言ってたか?」
「ええ、姫子ちゃんは特に問題ないだろうって。性同一性障害っぽい自覚があったらしいんだけど、思春期に友達に言われた事をキッカケとする思い込みだそうですよ」
逃げ子さんの名前は姫子というのか。可愛らしい名前だ、まさに名は体を表す、だな。
思春期に友達から言われた事というのが少し気になるが、今は置いておこう。少なくとも身も心も女性だったという事は分かったわけだ。
もし本人にその気があれば口説いてみようかな。本人もまんざらでもなさそうな雰囲気だったし。
「まぁそんな舞台女優さんのお話は置いておいて。
優希さん、今は夏希さんをどう歓迎するかを考えましょう?」
牡丹お姉ちゃんは何でもお見通しよ! みたいな感じで諭される。そうですね、ええ分かりました。
しかし歓迎も何も、本人からハッキリとした回答は得ていないわけで。
全面的に拒否される事はないだろうと思うけれど、だからと言って加入が決定したわけでもないし。
まぁ本人に直接確認するしかないな。そう思っていたら、脱衣所からドライヤーの音が聞こえて来た。もうすぐ出て来るな。
「夏希が出て来たら俺もシャワー浴びるよ。今日はビルに帰るか、それともどこか行くか?」
男1人、女4人でどこに出掛けるのか想像も付かないが、何か特別な事をしたいと思うのも本音である。
「どうしましょうね? 紗雪が何時に帰って来るかによって変わりますけど、まず夏希ちゃんに今日私達と一緒にいても大丈夫か確認しておきますね」
うん、そうだな。そうしよう。ちょうど夏希が部屋へと戻って来た。
紗雪が用意したオレンジのカットソーにカーキのキュロットスカート、そして白いタイツを履いている。なかなか似合うな、でもエミルのイメージではない。エミルはもっとふわかわって感じのイメージだ。
まぁそれはいいとして、夏希に一声掛けてからシャワーへ行こう。
「夏希、さっきみんなとゆっくり話したいって言ってたけど、どこか行こうか? それとも俺達が住んでるビルの最上階に行くか?
ハーレムに入ってくれるかどうか、その返事を急かすつもりはないんだけど、今日1日どうやって過ごそうかなと思ってな」
コクリと頷く夏希。少し考えている様子なので、先にシャワーへと向かう事にする。
「まぁまだ時間はあるしな、俺がシャワーに行ってる間に考えておいてくれ。3人と話し合って決めてもいいしな」
「私は旦那様のお身体をお流し致しますので」
やっぱりそう言うんだな。夏希の手前、あんまり飛ばし過ぎないでほしいんだけどなぁ。
「大丈夫よ、私と牡丹の3人で決めておくから」
そう言って正妻が送り出してくれるので、今回も流されておく事にする。今取り繕っても後でどうせ分かる事だ。逆に堂々としている方が不自然でなくていいかも知れない。
しかし、夏希の顔を見ていると不安になるな。あの表情はどう形容するべきなのかちょっと分からんわ。
今の状況に戸惑っているのは間違いないんだろうけど、何故か俺の方を見ようとしなかったし。
そんな事を考えつつ紗雪に手を引かれシャワーへと向かう。
あ、俺服着てないわ。そりゃこっち見ないわな。
脱衣所のドアを締め、紗雪が俺の目を見ながら頭に着けているブリムを外す。
頭を振って髪の毛を流し、ふぅ~と息を吐き、ニヤリと笑みを浮かべる。
「どうだったの? 優希」
ほう、今のがメイドモードから2人の秘密モードへ切り替わる瞬間か。もうちょっと派手に切り替わってくれた方が分かりやすいんだが。
メイド服を脱ごうとするのを止めさせる。1人で入れるから!
「瑠璃と牡丹にも言ったけど、最高だったよ。お前が時間を稼いでくれて助かった」
「でしょ!? それなのに何で2人の時間を1回休みにされないとダメなわけ!!?」
ちょっと怒り過ぎ。はい押さない、一緒に入ろうとしない。
背中をぺしぺしと叩いても無駄だ。2人で入れるほどこのアパートの浴室は広くない。
「可愛いさゆ、俺の着替えの用意しといて。さゆ可愛いからお願いな? あぁ可愛い」
メイド姿のさゆ、割と珍しい状況じゃないだろうか。
今回の大発見、メイド紗雪の本体はあの白いブリムだった件。
「そんな棒読みでは誤魔化されないんだからねっ!
エミルちゃんがハーレムに入ったらあたしの時間もその分減るんだから、今のうちに優希をあたし色に染めておかないと……」
「エミルじゃない、夏希だ。さゆと同い年なんだから、仲良くしてやってくれ、な?」
メイド服姿のさゆを抱き締める。背中を優しくと撫で下ろし、想いを伝える。
不安になる事もあるだろう、不満に思う事もあるだろうが、みんな夏希と仲良くしてやってほしい。
それが可能なのかどうか、ハーレムの主となったばかりの俺としてはまだ確信が持てない分、余計にそう願う。
「分かった、分かったから……」
分かってくれたようだ。
身体をそっと離し、ささっと浴室へ入り扉を閉めて内側から鍵を掛ける。
「服の用意頼むなぁ~」
『やられたっ!!』
扉越しのくぐもった声が響いた。
やたら俺に服を着させようとするさゆにお断りしながら、用意してくれた服を自分で着る。
アニメや漫画に出て来るメイドさんのように、さゆはご主人様である俺のお世話をしたいようだが、俺としては自分で出来る事をわざわざしてもらうというのは非常に煩わしく感じる。
「もうっ! 背中も流させてくれないし服も着させてくれないし、全然言う事聞いてくれないじゃん!!」
「お前は旦那様に言う事を聞いてほしいのか? 旦那様に言われた事をしたいのか?
それとも、わがままを言うメイドとして旦那様からのお仕置きがほしいのか……?」
冷たい視線を浴びせてさゆにそう問い掛ける。まぁ、ブリムを付けていない今のさゆに、この言い方がどこまで通用するのかは不明だが。
「……、申し訳ございませんでした!!!」
あっ、ブリムなくても問題なく通用したわ。
さゆが俺の脚に縋り付こうとして来るのを躱しつつ部屋へと戻る。
テーブルを囲んで瑠璃・牡丹・夏希の3人が床に座ってお茶をしていた。
普通に話をしているのが何とも可笑しな光景だな。さゆがわーわーと言っている声が聞こえていたはずだが、夏希の心情を思うと少し複雑な気持ちになる。
しかしここでハーレムの主たる俺が気にしている風な態度を取るべきではない。これからまだまだそういう状況は増えて行くのだから。
「あ、優希さん上がったんですね。実はちょっとご相談があるんですけれど……」
牡丹の非常に言いにくそうな表情。何かあったんだろうか。
「昨日の生放送の件で宮坂の家にかなり動いてもらったのはお伝えしたと思うのですが、父が優希さんとお会いしたいと言っておりまして……。
一緒に来てもらえませんか?」
宮坂家からの呼び出しか、そう言う事もあるだろうとは思っていたが、予想よりも早かったな。
いつもありがとうございます。
次話の投稿は明日の22時の予定です。
え?23時の投稿はないのかって?ございますとも。
結衣埼さんとのコラボ作品、『心の中へ紡ぐ糸』の優希視点でのお話がついに完成致しました。
23時頃に短編として『お断り屋のお仕事:心の中へ紡ぐ糸』を投稿致します。
いつもとは一味も二味も違うお断り屋のお仕事、ぜひご覧下さいませ。




