エミルの出した損害
本日2回目の投稿です。
祝10万文字!!
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ソファーの真ん中に夏希を座らせ、右隣に座る高畑社長。反対隣に石田さんが座り直す。
出されたコーヒーカップを手に取り、「いい香りですなぁ」と楽しんでおられる芸能事務所社長。
さっきの土下座の勢いはどこに行ったのか。
「さて、とりあえずエミルちゃんに話をしなければならない。もう何をしでかしたのか、自分でも理解出来ているだろうとは思うが、君一人の行動で現在我が社は窮地に立たされている。分かるかい?
君の顔は、体は、広告塔なんだ。企業は君の顔を使って物の宣伝をしたり、テレビ局や映画会社はスポンサーから得たお金で映画やドラマを作ったりしている。その製作費は莫大な金額だ。
CM3本に、主演で活動しているわけではないとは言え、ドラマ・映画で5本。雑誌の取材などを入れると……、君の身勝手な行動で出た損害は、億を超えていても不思議ではない」
夏希の顔が真っ青になる。
テレビに映っている俺を見て我を忘れたにしても、自身がメディアで活動しているという自覚が足りなかったと言わざるを得ない。
あと1日、たった1日待つだけで、俺との再会を果たす事は出来たのだから。
「さてエミルちゃん。君が身勝手な行動に出て、その結果スポンサーに損害を与えてしまったとする。
何が起こるか、分かるかな?」
「違約金が発生する、という事でしょうか……」
高畑社長が大きく頷く。
違約金、芸能人がCMの契約中に突然選挙へと立候補すると表明するだけで、その放送されているCMは打ち切られてしまう。
そして契約期間中に何てことをしてくれるんだと芸能人が所属する事務所に対し、損害賠償請求をかける。これに対する支払いがいわゆる違約金と呼ばれるものだ。
「その通り、違約金が発生する。君はデビューして半年が過ぎたところだ。事務所の総力を挙げて売り出している最中だ。
正直な事を言うと、現段階ではあまり儲けが出ていない。今は安いギャラで仕事をして、人気を獲得する時期だ。利益は少ないんだよ。
しかし違約金となると話は別だ。契約書に則って請求される。いくら安いギャラで仕事を受けたとしても、契約違反によって相手様にかかる損害というものはすべからく大きいものだからだ」
懇切丁寧に、教師が生徒に教えるように、優しい口調で厳しい現実を説いていく。
「その違約金は事務所が支払う事になる。しかし先ほど言った通り、それに見合うだけの儲けはないんだ。君が今日まで結城エミルとして活動して来たギャラではペイ出来ないんだよ。分かるかい?
赤字になるんだ。その赤字を事務所が被る事で、我が社は多くのタレントを抱えたまま、倒産の危機に晒される。
それでも君は、我が事務所を辞めて芸能界を引退すると言うのかな?」
「…………」
夏希は答える事が出来ない。ただ下を向いて震えているだけだ。
ただ幼馴染と再会しただけで、今の自分の立場のせいで、苦しい思いをしている。
当の幼馴染としては、何とか出来ない物かと考えてしまう。
「ふふふっ、高畑社長もお人が悪いですわ」
不適な笑みを浮かべる牡丹。何か考えでもあると言うのだろうか。
「偶然にもエミルちゃんのお仕事に関わるスポンサーは、宮坂グループ傘下の会社が多いと聞き及んでおります。スポーツ飲料を始め、現在確認出来ている損害はそう大きくないだろうと報告が上がっております。
そしてその宮坂製薬からの打診も、すでに社長のお耳にも入っているのでは?」
牡丹の問い掛けに対し、ニヒルに笑みを浮かべる高畑社長。最初から夏希にそのような損害を被らせるつもりなどなかったという事か。
そして牡丹の耳にも宮坂製薬からの打診とやらの内容は入っている。しかしその上で、何を意図して損害に対する負い目を追わせるような事を言うのか。
芸能界引退を思い止まらせる以外に、何か狙いがあるということだろう。
高畑社長がチラリと俺を見て、またウインクをしてくる。だから何でそんなに俺にキモいアプローチをかけるんだ!?
「何故かたまたまスタジオに居合わせたスポンサーの方々が、生放送でのやり取りをいたく気に入られましてね。放送されてすぐ各社に謝罪の電話を入れたんですが、宮坂製薬さんだけでなくその他の会社までも生放送を絶賛されていましたよ。
いやはや、見えないどなたかに助けられましたな、ハッハッハッハッ!」
そう言って笑いながら、高畑社長は白く染まりつつある頭髪を撫で上げる。
そうか、この人はここにいる面子が持つバックボーンの事を知っているんだな。違約金が請求される事はない、そう裏取りした上でさっきの話を夏希にした。
辞めさせてなるものかという意思と、そして……?
「つい先日までエミルは海外にてポカルのCM撮影をしておりました。が、あまりにも今日の生放送での演出の反響が大きいそうで、そちらをきちんと撮影し直して次のCMに差し替えたいと申し出を頂きました。
……、これは暗に、それで今回のこちらの不手際を水に流すと言う事でしょうな。
つまりエミルちゃん、君はまだしなければならない仕事があるんだ。今は宮坂製薬さんからしかアクションがないが、もしかしたら今回の穴埋めにと、もっと安いギャラでCM撮影を依頼されたり、プロモーションに参加したりしなければならないかも知れない。それでも君はスポンサーに応えなければならない。それが君が行った行動に対する代償だ。
そうは思わないかな?」
言っている事は至極まともだ。業界人として、業界のルールには従うべきであろう。
しかし何だ、何か違和感がある。この話をわざわざ俺達がいる前でする必要があるのか?
人を叱る時は、叱る人と叱られる人のみがいる空間でするのがベストだ。
タレントという扱いの難しい仕事を生業とする高畑社長が、わざわざ他社のオフィスで所属タレントを叱っている。
わざと俺達に見せつけている……?
「分かりました、私の考えのない行動のせいで多くの関係者にご迷惑をお掛けした事、しっかりと償おうと思います」
また大きく頷く高畑社長。そしてニヤニヤと笑いながら俺を見る。
嫌な予感が的中しそうなんだが……。
「さてそこでだ、エミルちゃん。先方は全く同じ状況でのCM撮影を望んでいる。
分かるかな? 相手役が誰なのか」
ほぉら来たでコレ。ホンマ勘弁してぇや!
「え……、優希!?」
「大正解! 君達2人のコンビがどれだけの宣伝効果を生み出すのか、今から楽しみで仕方ないね。反応を見る限りご本人は戸惑っておられるようだ。
何とか幼馴染の君の説得で、うちとの所属契約を結んでもらえるよう話をしてみてくれないかい?」
「紗丹君、いえ優希君ね。彼が所属契約をしてくれるのなら、あなたは芸能界を辞めずとも彼と一緒にいられるかも知れないわよ?」
おい石田、今まで空気だったくせにここぞとばかりに饒舌になりやがって!
しかし恋人となるとこの3人が黙ってないぞ、今に口々に私の主人だとか、旦那様がとか可愛い弟がとか言い出すぞ!!
収拾つかなくなっても知らねぇぞ!!!
「「「…………」」」 ニヤニヤニヤニヤ
何ニヤニヤしてんだよ……。
チラリと夏希を見ると、眉間に皺を寄せて考え込んでいる様子。膝に揃えた両手をきつく握り締めている。
ダメだ、俺が直接話をしなければ……。
「勝手に話が進んでいますが、そもそも僕は芸能界に興味がありません。それに人気女優であるエミルの幼馴染が一緒にCMに出るとなると、熱愛報道とか追っかけ取材とかで大変な事になるんじゃないですか?」
「興味があるとかないとかではないと思うよ、優希君。君は幼馴染を助けるか助けないかの選択肢しかないんだ。
そして、君がエミルの恋人と見られても事務所としては何の問題もない。うちの事務所同士のタレントカップルであれば管理しやすい。エミルにも、君にも悪い虫が付かないようにね」
そしてまたウインクをし、ついでとばかりに投げキスまでして来やがった。
このじじい、さてはホモだな?
いつもおおきに。
コラボ作品の方もよろしくお願いします。
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9/16 誤字修正 言わするを得ない → 言わざるを得ない
ご報告頂きましてありがとうございます!何回読み直していても誤字は減らない…
誤表記修正致しました。




