お仕事のご依頼
本日3回目の投稿です。
10/26 感嘆符後のスペース追加、三点リーダーを偶数に変更、ルビ等その他追加修正
無事お断りをする事が出来た後、まだ時間があるという事で普通にカラオケを楽しんだ。久しぶりに歌ったので喉が痛い。
「ふぅ、なかなかいい時間を過ごせたよ。こんなに楽しく歌ったのは初めてかも。旦那とも2人で気楽に出掛けるって出来ないもの。
あ~、亀西君から乗り換えようかしら?」
道子さんが笑顔を向ける。最初に見た時よりも顔色がいいような気がするな。
「今度は3人で歌いませんか? 信弥さんもなかなかいい声してますし」
先輩を押し除けてまで指名を取ろうとは思わない。
「そう、義理堅いね。それにさり気ないお断り。
うん、気に入ったよ。君にこれをあげよう、カタギに渡すのは初めてかも」
そう言ってバックから金属で出来たプレートを取り出した。これは名刺? 小道具ですか、手が込んでますね。
「何かコチラ関係でトラブルがあったらこれ見せるといいよ。持ってるだけでお巡りさんに怒られるもんじゃないし大丈夫。
でも見せびらかすのはオススメしません」
そうですね、こんなの見せられたらどんなリアクションしていいか分からんもん。
「ありがたく頂きます。これを使う日が来ない事を祈りますよ。そうですね、お守りみたいなもんですかね?」
「はははっ、ヤクザの名刺がお守りって。まぁ開けて内面を見ない方がいいって意味では同じかもね。
それにしても紗丹君、声ガラガラ~」
これは後で財布にしまっておこう。家に飾るような芸術品でもないし、かと言って捨てるのも失礼だ。お守りなら財布に入れるのがちょうどいい。
「そうそう、最後にさ、見ちゃう?」
「え、何をですか?」
「ふふっ、背中の入れ墨」
そう言って襟首を伸ばし、覗き込むよう促す道子さん。
あぁぁぁ、本当にヤクザの姐さんでしたかぁぁぁ……。うわぁぁぁ、ご立派ですぅぅぅ……。
その後カラオケフロアでお会計を済ませた道子さんを、お客様専用エレベーターの外から見送った。
俺が最後まで道子さんの話を信じてなかったのはバレてたんだろうか。バレてんだろうなぁ。人を見る目がないとやってけない世界だもんなぁ。
まぁいつまでも自分の勘の悪さを嘆いていても仕方ない。受付カウンターへと戻ろう。
みんなあのままのテンションだったら嫌だなぁ、こっそり帰ってやろうか。そう思っているとエレベーターの扉が開き、受付フロアへと到着した。
受付カウンターにてプレイ終了を報告、紗雪から走って逃げた子はいないようだ。宮坂三姉妹に絞られてたりしたら気の毒だな。
さてどうするか。信弥さんとゆっくり話してみたいが、どうやらまだ戻って来ていないようだ。
さっきはフロアに割と多くのプレイヤーがいたのに、今は少ない。その少ないプレイヤーもアクトレス情報をチェック中だったりで、俺に絡もうとする人もいなさそうだ。
それにしても喉がやられた、声帯は筋肉で動かすらしいが、普段歌っていない人が思いっ切り歌うとその筋肉を痛めるんだとか。
地元からこちらへ出て来てからというもの、カラオケはおろかあんまり人と話してなかったからな。いや、よく考えたらその前からか……。
などと考えているとエレベーターが開いて瑠璃が出て来た。
「あらお疲れ様、紗丹君。フリーマッチングでもう1プレイしたらしいわね? デビュー当日に2連戦なんて、流石私がスカウトしただけあるわね」
先ほどの甘々正妻モードではなく女社長モードと言った所か。恐らく連れて来た隣の女性がいるからこそのモードチェンジであろう。プレイヤー専用のフロアに連れて来るという事は、余程の上客か。
「この子もプレイヤーなの? 演技のお稽古に来たんじゃなくて?」
「ええ、今日デビューしたばかりなんですよ、先輩」
先輩と呼ばれた女性は、すらりと背が高く髪型はショートカット。仕事に生きていそうな印象を受ける。
「ふ~ん、なかなかいいわね。あなた、芸能界に興味ない?」
「ちょっと先輩、うちの主人にちょっかい掛けないで!!」
しかしこのモード切り替え、ゆるゆるである。
「はいはい、さっき話してた子なのね、了解。じゃあ依頼はこの子にお願いしようかしら。あなたの旦那なら手を出される事もないでしょうし。
ランクは?」
何のお願いだ? 依頼って普通のプレイとはまた違うのだろうか。あぁ、信弥さんが言ってたあれか、新人女優の演技の稽古相手とか言ってたやつ。
芸能界がどうたら言ってるし、この人何となく業界人っぽい。特に頭に乗せた大きめのサングラスあたりが非常にそれっぽい。これでカーディガンを羽織っていたら完璧だな。
「ランクはたった今Dに上がったところよ、おめでとう紗丹君。こちらは大学時代の先輩で、今は芸能プロダクションに勤めている石田純子さんよ。
先輩、こちらプレイヤーの希瑠紗丹君です」
「よろしくね、紗丹君」
「ええ、よろしくお願いします。で、僕は何をお願いされるんですか?」
まぁまぁここじゃ何だから、と受付フロア奥にある応接室スペースへと移動した。
「うちのプロダクションはね、スペックスと提携しているの。スペックス所属のプレイヤーに新人女優の演技練習のお相手をお願いしていて、うちからはまだ売れてない女優や女優の卵達を、受付嬢やシチュエーションに必要なエキストラとして派遣している。
つまりウィンウィンな関係って事ね」
なるほど、受付嬢や喫茶ルームのウエイトレス達は女優さんだったのか。さっきこの応接室にコーヒーを持って来てくれた女性も女優さんなんだろうか。
あ、走って逃げ子さんも?
「で、新人女優の稽古相手を紗丹君にお願いしたいと思って。どう? テレビに出てる子に会えるのよ、悪くないでしょ?」
「そうですね、魅力的なお話です。ただ、最近テレビ見てないもんで、お相手の女優さん達に対して失礼になるんじゃないかと気になりますね。
『この私を知らないとは言わせないわよ!!』とかならないですか?」
「う~ん、まぁそんな子も中にはいるんだけどね、うちの方針として素行は厳しく躾けてるつもりだから大丈夫よ。でね、あなたにお願いしたいのは1人だけなの。
結城エミルって子は知ってるかしら? あなたと同い年よ。私がチーフマネージャーとして担当してるのよ」
出たな結城エミル。さっきはCMが切り替わるタイミングで顔を見れなかったからな、テレビを見た時にはもうすでにシュワちゃんが出てたし。
「デビューして半年でCMにドラマにと引っ張りだこだそうですね。そんな売れっ子のお相手が、僕のような駆け出しプレイヤーに務まるでしょうか?」
ちょうどその時、石田さんのスマホへと着信が入る。相手は当の結城エミルさんだそうだ。
本当は石田さんと一緒にここへ来る予定だったそうだが、思ったよりもCMの撮影が長引いたので先に石田さんだけここに来たと手短に教えられた。
「もしもし、お待たせ。どう、終わった? あ~、そうなの。ええ、今スペックスでその話してたとこよ。とってもいい子よ、その子の恋人が目を光らせてるし間違いは起こらないでしょう。
話してみる? うん、ちょっと待ってて」
結城さんはCM撮影が上手く行かず、撮影機器の不具合を直している最中なので待ち時間なんだそうだ。そう言って石田さんはスマホを俺に手渡して来る。
「喋ってみて。どんな人か知りたいって言ってるの」
なかなかアグレッシブな女の子みたいだ。スマホを耳に当てる。
「もしもし、代わりました。スペックス所属プレイヤーの希瑠と申します」
『初めまして、結城エミルです。同い年って事は、大学生ですか?』
おぉ。売れっ子女優なのに敬語なんだな、いい人っぽい。
「いえ、フリーターです。今日からプレイヤーとして仕事してます。新人で頼りないかも知れませんが大丈夫ですか?」
『いえいえ、新人さんの方が気が楽ですよ。私の周りプロ中のプロしかいないから、お稽古の相手もそんな人だったら息が詰まって嫌だって石田さんに言ってたんですよ』
人に言われるがまま仕事をするタイプではなく、かと言って自己中心的な感じにも思えない。非常に好感が持てる声、自然に相手をリラックスさせるような口調。
うん、この子はとてもいい子だな。電話の向こうの表情まで分かるような気がする。
「そうですか、良かったです。どこまでお力になれるか分かりませんが、お会い出来るのを楽しみにしてますね」
『あの~、もしかして関西出身の方ですか?』
おっと何故分かった? 女優の勘ってやつか?
「よぉ分かりましたね、標準語は得意なつもりなんやけど」
『あ! やっぱり♪ 「どこまで」のイントネーションが関西弁やったよ? 何か親近感沸くわ~』
「結城さんも関西出身ですか、えらい偶然やね」
『ホンマやね~。あ、ごめんなさい呼ばれたみたいやわ。うちもう行くし石田さんにもそう言っといてくれる? ほなまたね!』
「はいはい、またね~」
石田さんに撮影が再開されたらしいと伝え、スマホをお返しする。
「紗丹君も関西出身だったのね、エミルと気が合いそうね」
そうだといいんだが。意識して関西弁を使わないようにしてたはずが知らず知らずに出てしまったようだ。プレイヤーデビューの後という事で気が抜けてたんだろうか。
「何か嫌な感じ…」
拗ねるな拗ねるな。
「さて、瑠璃の珍しい顔も見れた事だし、そろそろ行くわ。紗丹君の空いてる日、また連絡頂戴ね」
「はい、よろしくお願いします。あ、今スケジュール全部オフにしてましたね。解除しないと」
慌てて瑠璃が止めに入る。
「ダメダメダメ! 今解除したらあっと言う間に予約で埋まるわ、それはそれでいい事だけど、ね?」
ね? とは何だろうか。
「あなたのプライベートな時間も確保したいのよ、瑠璃も彼女彼女してるのね~」
「ちょっと先輩!」
あ~、なるほど。
じゃあ仕事とオフの振り分けはみんなで決めるとしようか。
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