本当の私を知ってほしいのシチュ(?)
本日2回目の投稿です。
感嘆符後のスペース追加、三点リーダーを偶数に変更、ルビ等その他追加修正
一部加筆しています
803号室の前に到着、
『拒否拒否拒否ぃ、断固拒否ぃ♪』
本意気で歌ってらっしゃるけど大丈夫なんだろうか。ノックの音は聞こえるんだろうか。いや、歌い終わるまで待機した方がいいのか?
さゆの方を見るとすでに後ろ姿が遠い。競歩選手かな? あ、あいつモニターで観戦するつもりか!?
などと考えていると、お客様がこちらに気付いたようだ。
ガラス戸越しに会釈する。歌いながらこちらへと歩み寄るアクトレス、扉を開けて手を引かれた。え、マイク向けて来るけどどうしたらいいの?
『だから俺は、拒否してんだぁ~!!』
あ、曲終わった。
「何頼む? もしかして未成年? じゃぁノンアル系ね、コーラでいい?」
「あ、はい。僕頼みますね」
壁掛けインターホンを手に取る。
『はいあなたの紗雪です』
「あ、コーラ2つお願いします」 ガチャン!
はぁ、ため息出るわ。コンコンコン、「ドリンクお持ちしました~、こちらに置かせて頂きます失礼しまぁす」早ぇ~なおい。
「はい乾杯、よろしく」
「乾杯、よろしくお願いします。お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
座ったまま頭を下げる。コーラを飲んだまま手を振る彼女、薬指の指輪が光る。見た目30代前半かな? 真っ黒な長袖のカットソーに真っ白なロングフレアスカート。ちょっと顔に苦労の跡が見られるような気がする。
「いつもは亀西君に当日指名入れてんだけどね、今日は予約が入ってたらしくて。
私も予約すりゃあいいんだけど、いつも気まぐれに来るからね」
そう言えば信弥さん何か言いたそうにしてたな。ちゃんと聞くべきだったか。
「そうでしたか、ベテランのピンチヒッターになるのか。緊張しますね」
「ん? アンタ新人なの? その割には堂々としてるように見えるけど」
そうマジマジと見られると照れるんですが。
「ええ、今日が初めてでして。先ほどプレイデビューしたばかりです。
希瑠紗丹と申します。お客様でお2人目なので、どうぞお手柔らかにお願いします」
「へぇ~、新人君に私の相手さすのは可哀そうかも知れないね。あ、私の事は道子って呼んでくれたらいいよ」
相手をするのが可哀そう? そんな特殊なプレイなんだろうか。ちょっと気合入るな、無理だと言われると俄然やってやろうと思うもんなのかもな。
「おっと、やる気の顔になった。新人だって言う割には度胸ある感じ? いいね、期待するぞ?
準備するからちょっと待って」
ドンと来い、堂々とお断りをしてやろうじゃないか。道子さんはカラオケのタブレット型リモコンを操作して次々に激しめの曲を入れていき、音量をかなり大きくした。
あれ? 全部歌入りの曲をリクエストするんだな。もしかしてモニター越しに誰かが監視しているのを知っているのか……?
よいしょっと口にして、俺の隣へと移動する。膝と膝が当たる距離、これもプレイの一環ですかね?
「私の旦那はね、ヤクザの組長をやってんだ」
ヤクザの姐さんプレイ入りました~!! そんなプレイもあるのか、勉強になります。
曲の音量がデカ過ぎて、耳元で喋らないと会話が成立しない。
「そうなんですか、とてもそうは見えませんが」
「そうかい、亀西君もそう言ってくれたよ。って言ってもまだ通い始めて5回目くらいか。たまたま初めて相手してくれたプレイヤーがあの子だったのよ。
ヤクザもんに嫁ぐとさ、色々と自由が利かなくてね。でもあの子は普通の客を相手するように接してくれたんだ。それが嬉しくてね、じゃあ通ってみようかとなったわけ」
ほう、さすがやり手プレイヤー信弥さん。姐さんアクトレスの心を掴んだのか。
そう言えば信弥さんのランク聞いてねぇな。
「信弥さんのプレイヤーランクって何なんですか? 昨日初めて会ったばっかでゆっくり話せてないんですよね。
それでも良くしてくれる、いい先輩です」
道子さん曰く、信弥さんのランクは最近Bに上がったばかりらしい。道子さんが初めて会った時はランクCだったから、今日みたいにふらりと来てもすぐにプレイが出来たとか。
ランクCとBではアクトレス達からの扱いが違う、と本音をポロリとこぼしていたそうだ。
「アンタもなかなか話しやすいね。よし、じゃぁ本題に入ろうか」
そう言ってはにかむ道子さん。今まではプレイの下準備、そしてここから本番と言った所か。
「私と旦那はね、ヤクザの家庭に生まれたんだ。旦那の家系が代々組長を継いでてね、私の父親はその組の若頭、まぁ簡単に言うと幹部ね。
で、私達は生まれた時からの幼馴染で、お互いヤクザの家ってのが嫌で嫌で堪らなかったのよ。いつかこんなところ逃げ出して、誰も知らない土地で2人で暮らそうって誓ったのが中学の時ね」
幼馴染と環境の悪い家庭、そして駆け落ちか。設定詰め込み過ぎてやしませんか? 聞き逃さないように出来るだけ耳を近付ける。微かにタバコのニオイがする。
「でさ、駆け落ちしようにもバレてんのね。親だけじゃなく組全体。常に監視されててさ、2人きりになんのも一苦労よ」
いい仲になったんですね。
「16の時にね、お前ら結婚しろって言われて。いや結婚すんのはいいけど旦那は18になんないと出来ないでしょ? 法律上。
自分の親ながらにバカかと思ったんだけど、違うくて。子供さえ出来れば逃げられないだろうって魂胆よ。子供なんか作るかっての、常に気を付けてるわ!」
いい仲になったんですね!
「でね、親主導で同棲させられてね。高校生よ? 教師が心配してたわ、お前ら潰れる前に逃げろよって。出来る事なら何でもするぞって。
泣いたね、先生が親だったら良かったのにって抱き着いて号泣。旦那も鼻水垂らしまくってんの。でも結局はヤクザになってね、跡継いじゃった。そんな簡単に抜けらんないのよね、実際。
お前らを食わす為の金はこうやって稼いでんだってエグい事見せられてね。見たくねぇよ! 産んでくれって言ったかって。
……、だから私らは未だに子供作んないんだ」
とても5・6回目のプレイとは思えない、自然と情景が目に浮かぶような話し方。どんどん引き込まれていくのが分かる。張りのあった声が徐々に弱々しくなって行く。
「子供好きなんだよ? 小っちゃくて可愛くて、大好きな旦那との子供、欲しいよ……。
さっきカラオケ歌ってたでしょ? どう、あれが極妻の本当の顔なんだよ。オタクだからさ、アニメの曲とか好きで、旦那以外と話すのが苦手で、怖がりで、痛いのとか大っ嫌いで、ぬいぐるみとか遊園地とか大好きで……。
普通の青春を過ごしたかった。旦那さえいればどこででも生きて行けるの!
でももうどこへも行けないんだ。仕方ないんだ、でも辛いんだよ」
道子さんは、組員の前では極妻を演じているらしい。旦那さんと2人きりの時だけ、その仮面を外すのだとか。
それでも10年以上そのような生活を続けていれば、心は少しずつ壊れて行く。端っこの柔らかいところからポロポロと崩れ落ちて行くように。
「旦那からカウンセリングを勧められたんだけどね、私ったら姐さんだよ? どこ行くにしても運転手が付く。
抗争しに行くのかってくらいのイカつい車でさ、精神科? 心療内科? そんなとこ連れてけなんて言えないよね。
辛いのは私だけじゃないんだ。私はともかく、旦那への風当たりがキツくなる。余計旦那が辛くなる、そんなのダメだよ……。
だからここに来て、プレイと称して本当の気持ちを聞いてもらいに来るんだよ」
決して涙は流さない。彼女は愛する旦那の妻だから。
程なくしてリクエストに入っていた曲が全て流れ終えた。外から別の部屋の気持ちよさそうに歌う声が聞こえる。お前ら歌ってていいのか?
「はぁ、君本当に新人なの? 君の目と言うか、聞く姿勢と言うか、すごく話しやすいね。亀西君もやる男だけど、君も相当だね」
いや、俺は本当にただただ聞いて相槌を打っていただけなんだけどな。だが、そう言って頂けると嬉しいもんだな。
「ですが、僕はまだ何もお断りしてませんよ、大丈夫ですか? 今ならすごいお断りが見せれそうなんですが」
手を叩いて笑う道子さん。とても極妻には見えません。
「じゃあさ、君うちの組に入らない?」
マイクをオンにして、
『お断りします!!』
次話は23時に投稿予約済みです。合わせてお読み頂ければ幸いです。
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