生放送前
本日の投稿は三話。
このお話は三話中の一話目です。
『あれは『見てみや!』キャスターの橋内さんでしょうか?』
『カメラマンやその他技術スタッフと共にスペックスビル正面玄関へと向かって行きます』
『内側から誰かがドアを開けました、スペックス関係者でしょうか? ……メイドさん?』
橋内さんが到着されたようだ。今回は紗雪に迎えに行ってもらった。メイド姿だったので紗雪だと分からなかったようだ。
しかし、マスコミの一部のみをスペックスビルに招き入れるという事がその他マスコミにとっては気に入らないらしい。
高畑芸能事務所が結城エミルと希瑠紗丹の『見てみや!』への出演依頼を受けた事は昨日の番組オンエア中に発表されていた事だ。『見てみや!』の視聴者からのツイートや口コミから、俺が今日生放送に出演する事は広まっている。
わざわざ報道陣がカメラを持ってギャーギャーと騒ぎ立てるのは、自分達がその話題の中心に触れられないという嫉妬、拒否された事に対する抗議、もしくは嫌がらせか。
本当にマスコミというものは鬱陶しい。スペックスビルの玄関前にはタバコの吸い殻や転がった空き缶など、一般的なマナーすら守れない人種が何を偉そうに知る権利だ報道する権利だ言うのだろうか。
お前達が取材している対象にも肖像権やプライバシーの権利などがあるんだが。俺達は犯罪者ではないし、ちょっと話題になった程度の一般人だ。いや、一般人とも言い難いか。
……さすがに俺もストレスが溜まって来ているみたいだ。橋内さんにぶつけないよう気を付けないと。
今回の出演交渉の際、高畑芸能事務所サイドでかなり質問内容に対する規制や注文などを入れたらしい。これを聞くな、あれは言うな、これはセーフだけど言い方に気を付けろなどなど。
そういう芸能界の裏事情に明るくなかったが、そういう風に芸能事務所がタレントのブランディングをしているのだなと勉強になる。
全くの素で取材を受けるなんてほぼないと言って良いと石田さんから聞いたし、台本を用意して取材する側とされる側が折衝した上でインタビューなどの収録が行われるそうだ。
「失礼致します」
スペックスビル、会社フロア大会議室ルームへと『見てみや!』スタッフがぞろぞろと入って来られる。生中継の時間は14時だが、その4時間前である10時から機材の設営や色々なテストをするらしい。
「お久しぶりです、みなさん」
橋内さんが差し入れを持って来て下さった。心なしか表情がいつもよりもピリピリしている気がする。別に多少の失態くらいでテレビ局へ圧力を掛けたりしませんよ。
番組ディレクターと共にソファーへ座ってもらい、今日の流れを確認する。
「実は番組制作スタッフに何人もアクトレスがいるんですよ。私が本当に通ってるって知って、連れて行ってほしいって言われて紹介したんです。
本当はもっと特集とか組みたかったんですけど、なかなか企画が通らなくって」
同じ番組で同じ話題を何度も流すのは難しいだろう。俺と夏希が再会するきっかけになった回と、俺がスタジオに招かれた回、合計二回も取り上げられている。二回目なんて宮屋さんから無茶振りされたりして、結構焦ったな。
今回も生放送でいきなり橋内さんとプレイしろ、とは無茶振りして来ないだろうな? 一応ディレクターさんに確認しておこう。
「いえ、今回は番組進行に割と突発的な形で割り込ませているので、タイムテーブル的にそのような事は出来ません。
とはいえ、念の為もう一度宮屋に無茶振りはナシでと番組の方から念を押しておきます」
ディレクターさんが電話でスタジオにいるフロアディレクターへと連絡をしてくれた。宮屋さんはまだスタジオ入りしていないそうだが、ちゃんと確認しておくとの事だった。
「中継先の方が現場に入るのが早いんですね」
「あー、今回は玄関の同業者達の動きが読めなかったので、早めに入られて下さいとお願いしたんです」
いつもならこんなに早く現場入りする事はないそうだ。現場スタッフの方々も一通り準備が終わったからか、手持ち無沙汰にしておられる。
「あ、じゃあこの光景をYouTubeで生配信しても大丈夫ですか?」
「えーっと、生中継と並行してYouTubeでも生配信するというのはお聞きしていましたが、このタイミングでの生配信については上に確認してみないと。
ちょっとお待ち下さいね」
ディレクターさんがまた電話を掛ける。たびたびすみませんね。
「ずっと配信を続けられるのはNGですが、今からちょっとだけなら大丈夫だそうです。
ただし、現場スタッフの出演については本人の了解を得た者のみでお願いします」
ちょっとだけ、か。じゃあ五分から十分くらいにするか。今から生配信する事を全スタッフへ告げ、映りたくない人には別室を用意するので申し訳ないが移動してもらうようお願いをする。
また、映り込むとマズイ機材はないか。逆に一緒に映ってお喋りに応じてくれる人はいないかなどを確認する。橋内さんと二人の女性スタッフが手を上げてくれたので椅子を用意した。
「はい、こちらスペックスの大会議室ルームから生配信をお送りしております。部屋を見回してみましょう、大きなカメラやたくさんの機材が置かれています。
今日は『見てみや!』さんとコラボ、と言っていいのか分かりませんが、地上波の生中継とYouTubeの生配信を同時に行う予定になっております」
一応番組の宣伝をしつつ、このチャンネルでも同じ内容のものが見れますよと登録してくれている方々へお知らせする。もちろん宮屋さんをYouTube側で映す事は出来ないが、声や会話は流しても問題ないらしい。
中継が繋がる前の、俺達が待機している状態から配信を始めるので、なかなか面白い画が見れるんじゃないだろうか。
橋内さんの紹介をしたり、実は番組制作スタッフにもアクトレスがいた事を話したり。そのアクトレスさんスペックスで一緒になった! と視聴者がコメントで教えてくれたり、結構盛り上がった。
「それではまた後ほど!」
少し長かったかもしれないが、ディレクターさんもニコニコと見守ってくれていたので大丈夫だろう。
別室に弁当を用意してくれているそうなので、みんなで移動する。先に夏希とひめが弁当を食べていた。夏希は生中継に出演するが、ひめは出演者じゃないんだから食べたらダメな気がする。
「いえいえ、大丈夫ですよ。こちらに詰めておられる人数は先にお聞きしておりましたから」
ディレクターさんが気を効かせて、俺達出演者と宮坂三姉妹だけでなく、マネージャーである花蓮さんやひめ達の分の差し入れや弁当までも用意してくれていたそうだ。
生配信とは別に、生中継の当日の裏側を動画にして配信する為に撮影しているカメラで弁当や差し入れなどを映してた後、表玄関で騒いでいる報道陣を映す。特にコメントはしないが、チャンネル登録者達はこれを見て何かを感じてくれるはずだ。
弁当を頂き、食後のお茶をしている内に『見てみや!』が始まり、刻々と生中継の時間が迫る。三回目の出演とはいえ、慣れるものではない。緊張して来た。
スーツに着替え、紗雪に簡単にメイクをしてもらう。夏希には専属のスタイリストがついてくれている。メイクが終わった後、最終の打ち合わせが進められる。生中継の際は、ADさんなり瑠璃達なりがカンペを出してくれる手はずになっているので、特に問題はないだろうと思う。
俺と夏希はすでにYouTubeの生配信カメラの前に座って待機しており、すでに視聴者数は三万人を超えている。
三万人ってすごいのかどうか分からないが、少なくともそれだけの人数の方が紗丹やエミルに興味を持ってくれているという事か。
『これはあれやね、何でもハラスメント言うたらええと思ってるんとちゃうかなぁと思うんですけど!
我々の時代は新人の最初の仕事言うたら電話対応やった訳ですけど、これをさせられたからハラスメントやなんて言われたらもう何の仕事も任せられへんのちゃうかなぁと。
ねぇ夏川さん』
スタジオの音声は耳に付けたインカムから聞こえて来るが、テレビを点けっぱなしだったので牡丹に消してもらう。声がずれて二重に聞こえて気持ち悪い。
『確かに電話対応というものは、いきなりやれと言われて出来るものではないです。ですが、取引先とのコミュニケーションの取り方や報連相の大事さ、仕事を進める上での順序などを学ぶのに一番良い業務だと思う訳です。
TELハラだと訴える新社会人の肩を持つ訳ではないですが、教える側もちゃんと順序立てて電話対応のやり方を教えるべきでしたね。台本を用意してやり、その筋書き通りに会話をすれば用件が分かり誰に取り次げばよいか判断出来るという流れが分かればいいんですがね』
『なるほど、そういうもんですか。まぁ考えてみれば我々も最初から電話対応出来た訳ではないですからねぇ。
台本と言えばお断り屋ですが。もうそろそろスペックスビルとの生中継の時間ですかね』
多少無理矢理な話の繋ぎ方に見えたが、いよいよこちらへ中継が回されるようだ。橋内さんが用意された椅子へ座り、スタンバイ完了。
「中継30秒前でーす!」
ADさんがカウントをし出した。中継の入りは宮屋さんがこちらにいる橋内さんに呼び掛けてスタート。そこから宮屋さんと俺達の会話が始める。よし、大丈夫。
「緊張するね」
「えぇ!? 結城エミルさんでも緊張されるんですか!?」
「そんなノリいらないから」
夏希に冗談を言っていると、苦笑いした橋内さんから静かにするようにとジェスチャーでシーッとされてしまった。すみません、緊張してるんです。
次話へ続く。




