潮田さんと桐生君
緊急事態宣言が明け、ソーシャルディスタンスは意識しつつもある程度の活気が世間に戻って来た頃。
「それではカメラ回しますので、ご自由に話して下さーい」
「話せって言われても今さら感があるなぁ」
「もう、グチグチ言わないの。地元の友達も楽しみにしてるって言ってたんだから」
スペックスの学校フロア。夏希や宮坂三姉妹、そしてひめとプレイをしたあの教室で紗丹とエミルの対談を収録している。
俺は学ラン、夏希はセーラー服を着ている。
「二十歳を越えてこの格好はハズいな」
「そう? 撮影の時とか結構着るけどな。紗丹君もプレイヤーとして制服着る事あるでしょう?」
「まぁそうだけど。……夏希と標準語で会話するんも結構ハズいわ。普段通りでよくない?」
「あー、まぁうちはええけど」
夏希がカメラの向こう側にいる石田さんに視線を送る。それを受けて石田さんが両手で丸を作った。チーフマネージャーの了承が得られたので、普段通り会話する事にする。
と言っても、カメラの前で改めて夏希と会話しろって言われてもなぁ。
「…………って何も喋らへんのかーい!」
「エミルさんのツッコミって結構珍しいんじゃないですか?」
「自分で言うといてそれはないやろ」
でも本当に何も喋る事がない。……でもないけど。
「このプレイルームでさ、昔のリプレイやったやん」
「うん、優希が情報番組に生出演してるんをうちが見つけて抱き着いた後の話やね」
えっと、決して間違っている訳ではないけど、真実を話しても大丈夫なんだろうか。
「見てみや!」のオンエア上は、宮坂製薬がエミルを仕込んで生放送中に飛び入りさせたという形になっている。実際はそうではなく、オフの日にたまたまテレビを付けたら幼馴染みである俺が映っていて、いてもたってもいられなくなった夏希が現場に駆け付けて俺に抱き着いたというのが真実だ。
その後、夏希から俺の昔話を聞いた瑠璃が過去のリプレイをする事によって、辛い思い出を乗り越える機会をくれた。だからこそ今があるんだと、俺は思っている。
でもこの話は俺達が知っていれば良いだけの話で、ファンサービスとして本当はこうだったんだよ、とネタばらしして良いものなんだろうか。
「石田さん、この話は大丈夫なんですか?」
「うーん、対談が終わった上で撮れ高と話の流れと雰囲気を見て、編集させてもらうかも」
YouTubeチャンネルも軌道に乗り、現在はスペックス公式や希瑠紗丹専門チャンネルなど複数のチャンネルを運営している。さすがに撮影から編集から投稿、その後の管理まで身内で回す事が出来ないので、番組制作会社を買収してYouTubeに関する業務を任せる事になった。
この撮影もディレクターやカメラマンなど撮影チームが付いてくれている。石田さんの知り合いがいるらしいので、直接編集作業へ口出ししてくれる事だろう。
ちなみに月崎さんは本業へ戻られたので、この場にはおられない。また改めてお礼をしないとな。
「とりあえず好きに喋ってくれていいですよ」
俺のサブマネージャーである花蓮さんもそう言っているので、気にしない事にする。
「うちが先輩に髪の毛を切られて、自然消滅みたいになってしもて……」
「あの時に俺が何とか場の空気を変えてたらあんな事には……」
「優希が受験の日に交通事故があって……」
「今でもあんま思い出せへんねんけどな」
カメラの前、そしてスタッフや仲間が大勢いる場だからこそ出来る会話。二人きりではなかな切り出せない話題。傷は癒えていない、でも触れられたくない訳ではない。
じゅくじゅくとしたかさぶたを剥がすような、痛くて痒くて気になるような気持ち。ついつい触ってまた出血してしまう、そんな感覚。
お互いの口からは発せられるのはそんな話題ばかり。こんな対談、見てて面白いだろうか。
「……この動画を高校の同級生が見たら喜ぶと思うよ。ゆーちゃん、あの日から学校行かんと卒業してしもたし」
高校の同級生、今も連絡を取り合っている友達はいない。今でこそプレイヤーの先輩や仲間とワイワイ飲みに行くようになったけど。
「みんなには悪い事してしもたなぁ、携帯電話の契約も知らん間に解約になってたし」
葬式の段取りから事故についての保険屋のやり取りから何から何まで、親戚がやってくれていた。しかし全てが上手く行った訳じゃない。いや、助けてもらった俺が言うことじゃないが。
口座の持ち主が亡くなったらすぐに銀行は口座を凍結する。相続人の財産を守る為の措置らしい。
遺産相続が確定するまで、全ての取引がストップしてしまう。引き出す事はもちろん、公共料金等の口座引き落としもされなくなる。
本来であれば手続きをして各種支払いを俺の銀行口座へ変えてやればいいだけの話だったのだが、俺が塞ぎ込んでしまった事と、親戚が代わりに手続きをしてくれた事で、手違いが発生した。
両親と妹の契約と共に、俺のスマホ回線も解約されてしまったのだ。気付いたのは、母親の妹である冬美ちゃんがこちらへ引っ越しして来ないか、と誘ってくれた時だ。
久しぶりにスマホを充電して電源を入れたら、電波が繋がらなくなっていた。
今思えば、そのスマホを持ってショップに行けば回線を繋げてもらえるんだけど、そこまで頭が回らず新しく買ったスマホと新しい電話番号を持ってこちらへ引っ越してしまった。あの端末どこにやったっけな……。
「それのせいでうちもゆーちゃんと連絡取れへんようになってしもたし。まぁ結果的にこうして普通に話せる関係に戻ったからええねんけど」
「まさか夏希が女優としてテレビや映画やと活躍してるなんて思ってもみんかったしなぁ」
「うちかて女優になるて思ってへんかったわ」
「お笑いオー「それはさすがにカットさせて!」……分かった」
テレビに出ている自分を見て、俺が笑ってくれないだろうかと思ってお笑いオーディションへ出ようとしたところ、たまたま会場近くにいた石田さんが夏希をスカウトした。この話はさすがにNGらしい。
これもまぁ運命と言えば運命なのかもしれないな。
「ゆーちゃんと一緒に映画の撮影するなんて思ってへんかったし、ひーちゃんとも仲良くなれたし」
「ひーちゃんでは伝わらんやろ。橋出姫子ってちゃんと言うてやらんと」
もしかしたら編集でテロップ入れてくれるかもしれないが。それは俺がこの場で考える事じゃない。
「ひーちゃんもゆーちゃんと出会ってから舞台だけやなくテレビにドラマにって活躍の場を広げてるし、映画でも共演してるし。
あ、映画も公開時期が決まったらちゃんとお知らせさせて頂きます」
「突然のカメラ目線! よっ、さすが女優!!」
「自分の参加している作品を宣伝するのは当然、やってやり過ぎって事はないのよ?
後輩君、よく覚えておきなさい」
突然の先輩モード。してもいない眼鏡をくいっと上げる仕草までしてみせる夏希。カメラの向こう側の宮坂三姉妹もスタッフも声を上げて笑っている。
「瑠璃さんも牡丹さんも紗雪ちゃんも、みんなええ人やし良かったわ。こうしてゆーちゃんとお仕事出来て、同じ家で生活出来る環境もあって、昔の幼馴染の関係にも戻れるし、それに……」
「ちょっとそれはあれやな」
お笑いオーディションはダメでハーレムの話題がオッケーと判断した理由は何だ。
事情を知らないスタッフがビックリした顔をしている。いくら編集が出来るとはいえ、この場にいる者の記憶を弄る事は出来ない。人間なのだから、絶対に漏れない秘密なんてない。
「そうね、今のはさすがに誤解を与えかねないのでしっかり編集をしないと。皆さんも誤解や憶測で人に話したりしないで下さいね。
紗丹にもエミルにも、今後のお仕事に影響しない範囲で関係性を維持してもらおうと思っておりますので」
石田さんがフォローに入ってくれる。何も変な事は言っていないですよ、誤解しないでね。そういう事で向こう側に配慮してもらおうという方法を取るつもりのようだ。
こういう時は変に高圧的な態度に出たり、無理のある誤魔化し方をしたりしない方が良いと経験上分かっているのだろう。
「そうですよ! 付き合っているとか同棲しているとかそんなんじゃないですからね!!
この話がどこかから出たら、その時は分かっているでしょうね!!」
そうそう、ああいう態度が一番いけないんですよね、高畑芸能事務所社長の娘、花蓮さん。
現場スタッフはシーンと静まり、お互いに顔を見合わせている。あーあ、やっちゃったな。
「その時は、一体どうなるんですか?」
瑠璃が花蓮さんに滅茶苦茶冷たい視線を送っている。それで何となく自分がマズイ事をしてしまったと気付いたのだろうか。慌てて、いやーとかあのーとか言っている。
「その時は、高畑芸能事務所の総力を持って僕達二人の結婚披露宴を仕切ってくれるんですよね?」
俺が笑いながらそう被せると、現場の空気は一気に弛緩。何だよ花蓮さんも冗談言ってたのか、みたいな空気に落ち着いた。
「そうかー、結婚かー。ちゃんとお父さんに挨拶してや?」
「娘さんを僕に下さいってか? こないだ電話掛かって来て孫の顔早く見せろって言われたけど」
「えー、掛かって来たん? うちなんてこっちから掛けるばっかで掛かって来る事なんてないのに」
「パソコンの操作方法教えてくれって言われた」
「そんなん自分でやったらええのに……」
それからしばらく夏希の両親の話が続き、小学校の時に二家族で海に行った話や遊園地に行った話などが続いた。
「いやー、撮れ高バッチリですよ。前編と後編に分けますか?」
「そうですね、事務所チェックでカットしたとしても一時間半くらいの長さになるんじゃないかしら。
瑠璃、じゃなくて宮坂社長。可能だったら前編を希瑠紗丹チャンネルで、後編を高畑芸能事務所の公式チャンネルで流すという方式を取らせてもらえませんか?」
「なるほど、そういう手もあるんですね。えっと、その場合はもしかして夏希ちゃんへのギャラはなしになるのかしら。
あと先輩、いつも通り呼び捨てで結構ですよ」
「そっか、お互いのチャンネルへ交互にゲスト出演する事になるからギャラは不要になるのね。それも含めてもう少し詳しく詰めましょうか」
幼馴染。
先輩後輩。
買収した会社で、今は自分の部下。
ほぼほぼ身内で固められた今回の現場。
気の緩みか、認識の相違か。
緊急事態宣言が解除され、ようやく戻って来た日常。
今までの暮らしがまたも、ガラッと変わってしまう事に、
この事はまだ気付いていなかったのだった。
次話に続く。




