そして現実へ
お久しぶりです。お元気ですか?
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「いよいよアナタの立案したリアルダンジョンが始まりますねっ!!」
興奮した様子の瑠璃が、魔王姿の俺に抱き着く。
「あぁ、ここまで長かったな……。ちょっと寝ていいか?」
かなり疲れている自覚がある。ってか無茶苦茶眠い。
「ダメよお義兄ちゃん! ライブの前にも出番があるんだから」
紗雪がモニターから目を逸らさずにそう言って、さらにダンジョン内へと指示を出す。
「昨日のリハーサル、遅くまでやっていましたもんね。それで今朝のドッキリ企画の為に早起きして、アクトレスに追いかけ回されて……」
牡丹が俺の頭を撫でて、心配そうに顔を覗き込む。自分が今朝の大食堂での企画を立てただけに、俺の疲れた様子を心配しているようだ。
「あの企画はいらなかったぞ、牡丹。かくれんぼじゃない、あれは鬼ごっこだ……」
瑠璃に抱き着かれたまま、俺は目を閉じて意識を持って行かれそうになっている。
「ほらお義兄ちゃん! 夏希と姫子ちゃんの呪文がそろそろ終わるわよ!!」
そしていよいよ、長い準備期間をもって用意された大型イベント、お断り屋協会主催『お断りリアルダンジョン』の入り口が開かれる。
……と、思われた。
「……またこの夢か」
見慣れた天井が目に入る。
日はすっかり昇っており、カーテンの隙間が眩しく光っている。
新型感染症の世界的流行。
政府による非常事態宣言。
様々な業界で自粛が広がる。
その結果、俺達が準備していた様々なイベントはおろか、お断り屋の通常営業すら出来ない状況になってしまった。
12.5歩の殺魔さんプロデュースによる俺のデビューシングルは無事発売された。
が、世界的ニュースに埋もれて話題にはならなかった。
あれだけ頑張って番宣した映画も公開時期を無期限の延期とし、お目見え出来ていない。
オープン準備していたハイスペックスは無事に改装工事が完成した。
しかしタイミング悪くオープニングイベントが出来ないまま休館中。
美代を社長として買収したデリバリー専門店のDesireの活用も出来ていない。
緊急事態宣言が発令されてすぐ、アクトレスアプリで当面の間スペックスの業務を休業すると通知。
その他、個別に掛かって来る問い合わせの電話に対応して当初はバタバタしていた。
が、ある程度日数が経った今では何もやる事がなく。スペックスビルを出る事もほぼない。
爛れた大学生のような日々を過ごしつつ、先が見えない不安な日々に耐えている状況だ。
昨日も瑠璃と甘く激しい夜を……、隣にいない。
特にやる事がないのでしばらくボーっとしていると、ノックの音が聞こえた。
返事をするとメイド姿の紗雪が入って来るや否や俺の手を取ってベッドから引っ張り出そうとする。
「何だよ、どうしたんだ?」
「ご用意を」
ご用意も何も俺全裸だし、先に服を着なければならないんじゃないか?
え、シャワー浴びろって?
「そのままではお客様に失礼ですから」
いや俺来客の予定なんて聞いてないんだが。
ってかこの状況下での来客って誰だよ。
「お早く願います」
言われるがままにシャワーを浴び、用意された服を着てリビングへ向かう。
「えっと、月崎さんですか?」
「遅いです!」
出会い頭に怒られた。フェイスガードをして眼鏡をしてマスクをしたぱっと見誰か分からない月崎さん。
両腕には使い捨ての手袋までしている。本格的だ。
「すみません、お待たせ致しました」
「今まで何をされていたのですか!?」
さらに怒りをぶつけて来る月崎さん。
それでも感染対策なのか決して怒鳴ったりせず、お上品な怒り方だ。徹底してらっしゃる。
「さっき起きたばっかりなんですよ」
「違います、緊急事態宣言が出されてから今の今まで、一体何をされていたのですかとお聞きしております」
その言葉を聞いて、俺はリビングを見回す。
瑠璃、牡丹、メイド姿の紗雪がしょんぼりと首を垂れている。
ちなみに夏希とひめは自分のマンションに帰宅させている。こういう状況だから念の為だ。
「えーっと、当分休業しますとアクトレスアプリで連絡を出して……」
「お伺いしたいのはそういう事ではありません」
いつになく辛辣だな、月崎さんも色々とストレスが溜まってんのかな。
「YouTubeのアカウント開設、Twitterのアカウント開設、Instagramのアカウント開設、ZoomやTeamsなどを使ったリモートプレイ環境の構築などなどなどなど!
何もされていませんよね!? 私は何かしらこの状況でも出来るお断り屋の運営形態を模索されているのだろうと思っていました。
ですがいつになってもそのような公表がない!
居ても立っても居られず今日はお邪魔してしまいました」
いや、だって……。
「この状況がいつまで続くか分からなかったので、動きようがなかったんです。今まで準備していた事が全て白紙や凍結になって、残ったのは収益化の目途が経っていない莫大な先行投資、それに伴う支払い。
何かを準備する事で経費がさらに増えて、今まで築いて来たスペックスの資産を減らすのが怖かったんです」
「だから何もしなかったと?」
小さく頷く事しか出来なかった。
経営者だ、トッププレイヤーだ、俳優だ歌手だと色々な経験をさせてもらっているが、俺には圧倒的に経験が少ない。
このような形で立てていた計画がストップするなどという想像もしていなかった事もあり、新たに何かを始めるのに非常に憶病になっていた。
憶病になっていたんだと、月崎さんの言葉を聞いてやっと気付く事が出来た。
「アカウントの開設なんてすぐに出来ます。リモートプレイも相手がいればすぐに始められます。
料金形態を決める、決済方法を決めるのは後でも出来ます。とりあえず無料でもいいですから初めてみてはいかがしょうか。
……こう言っては何ですが、スペックスが動いていない事で所属プレイヤーは不安に思っているはずです。
プレイヤーへはある程度のお金をお渡ししていると瑠璃さんからお聞きしましたが、それがいつまでも続くなどと安心している方はおられないでしょう」
確かにそうだ。この状況を不安に思っているのは俺だけじゃない。
「従業員の雇用を守るのも経営者の務めです。立ち止まっている場合じゃないんですよ!」
「アナタ、ごめんなさい。私達がもっとしっかりしていれば……」
「優希さん、とりあえずアクトレスの皆様に動画でメッセージを送りましょう。
辛い状況ですがみんなで乗り越えましょうと伝えるだけで、想いは届くはずです」
「旦那様、必要機材の手配等はお任せ下さい」
瑠璃、牡丹、紗雪。
準備していた事が上手く行かなくなってしまい、ショックを受けていた俺を目の当たりにし、どう声を掛ければ良いか分からなかったんだろう。
恥ずかしい姿を見せてしまっていたと自覚する。
「月崎さん、ありがとうございます。目が覚める思いです」
「では早速YouTubeのアカウントを開設して下さい。撮影場所はここで良いです。スマホ一つで動画が撮れますし編集なんていりません。思っている事をぶわーって言ってもらえれば大丈夫です。千里さんにお願いすればプレちゃんで動画公開の宣伝をしてもらえますし私もTwitterで繋がっているアクトレスへ拡散する事が出来ます。まずは活動休止していたスペックスが再稼働したという事が伝わればそれで十分ですからね。あ、それと……」
ペラペラペラペラと今後の活動に対するアドバイスを下さる月崎さん。まるで、立て板に水のように水を得た魚のように口が止まらない。
あー、月崎さんも自粛自粛でストレスが溜まってたんですね……。
何にしても、今俺達に出来る事を確認し、一つ一つ始めて行く事となった。
次回更新日は来週の予定です。
よろしくお願い致します。




