200話記念SS 牡丹と夏希
バレンタインデーですがバレンタイン関係ない話です。
大型の液晶テレビに向かい合って座る男。彼の名は桐生優希。この部屋の主である。
2人掛け用のソファーから少し身を乗り出してゲームのコントローラーを握っている。彼の耳にヘッドセットが掛けられている事から、ボイスチャットを用いてマルチプレイのゲームに興じているようだ。
「ナイスチェイスぅ~。そのまま2分間吊られとけ、俺は発電機回しとくから」
ヘッドセットから甲高い音声が漏れるが、彼は構わずコントローラーを操作する。
「なぁゆーちゃん、いつ終わるん?」
ソファーの背もたれと彼の背中の間、彼の背中に抱き着いたまま声を掛ける女性。彼女の名は夏希。優希の幼馴染である。
生まれる前から知り合いである2人。優希の母親がお腹の中の子供は性別に関わらず『優希』と名付けたいと話した事をきっかけに、夏希の名前も性別が分かる前の段階から『夏希』と決まっていた。
そんなある種生まれる前から結ばれていたと言っても過言ではない2人。長い時間を共に過ごして来た男女なのだが、今は幼馴染よりもゲーム優先のようだ。
「うわっ!? レベル3になった!!」
「えっ!? 何ナニなんなん!!?」
夏希はテレビ画面を見ようとせず、優希の背中に縋り付いたまま。彼がプレイしているホラーゲームが怖くて見れないようだ。
「一撃怖いから走らんと見つからんようにしゃがんで……、切られた!?」
「ひぃっ!!?」
夏希の抱き着く手にぐっと力が入る。夏希の脚は優希の腹の前まで巻き付いており、体勢的に優希は辛いはずだが何もリアクションしていない。ゲームの邪魔にならない限り放置しているのか、それとも面白がっているのか。
「なっちゃんったら、怖いなら離れればいいのに」
そんな2人の隣に座る女性。牡丹は優希の姉を自称している。手にはフォークに突き刺した梨。はい、あ~んと優希の口元へ運ぶ。
一切牡丹の方を見ず、口だけを開ける優希。もごもごとボイチャ相手に話しかけながら咀嚼する。
その姿をニコニコと眺める牡丹。とても幸せそうな笑みを浮かべている。
「牡丹ちゃんは怖くないん?」
「自分がプレイしてる訳ではないからねぇ~」
自分が当事者ではなく、かつ愛する弟が楽しんでいるプレイ画面であれば問題ないという事だそうだ。
牡丹はブラウスの胸ポケットからハンカチを取り出し、優希の口元を拭う。そして拭った箇所を見つめてにへらと笑い、再び胸ポケットにハンカチを仕舞った。
「うまっ」
梨を飲み込んだ優希が小さく呟く。夏希はその声に反応しなかったが、牡丹は耳聡くその呟きを拾った。
しかし問題はどちらの意味で「うまっ」と言ったかだ。梨が美味しかったのか、それともゲームのプレイが上手だったのか。
牡丹は過剰に反応しないよう気を付けながら、優希の呟きと同じくらいの声量で聞き返す。
「え?」
しかしその声が優希の耳に届く事はない。何故ならば、彼はヘッドセットでゲーム音とボイチャ相手の声を聞いているからだ。
牡丹の問い掛けに対する答えはなかったが、優希は僅かに牡丹の方へ向けて、大きく口を開く。
「……はいはい。うふふっ」
口を開いた意味を、牡丹は梨の催促であると受け取った。そして再びフォークに梨を刺して、ゲームのプレイの邪魔にならぬよう気を付けながら優希の口元へと差し出す。
がぶりっ。優希は差し出された梨を噛み切って半分だけ口に含んだ。フォークには残された梨の片割れが残る。
ノータイムで牡丹がその梨を自らの口に放り込む。そしてとても幸せそうな表情でゆっくりと咀嚼する。まるで幸福そのものを噛み締めるかのように。
「ええなぁ……。牡丹ちゃん、うちにも1つ頂戴よ」
幸せそうな表情のまま、手に持っているフォークで新たな梨を刺し、夏希の口元へやる牡丹。
「ちゃうねん、ゆーちゃんがかじった後の半分が欲しいねん」
その言葉には何も言い返さず、牡丹は差し出したフォークを夏希の口元へさらに近付ける。半ば無理矢理咥えさせられた形。
「ほんはんいっひにはへはへへんはぁん!!」
夏希の口には少し大きめの梨が。優希に抱き着いている手を離そうとしない為、口から取る事も無理矢理詰め込む事も出来ずにもがもがと苦しんでいる。
と、お腹に絡められている夏希の手を剥がし、後ろへと振り向いた優希が夏希の口にある梨を反対側から半分かじり、そしてまたテレビ画面へと向き直った。
シャリシャリと咀嚼しながら何事もなかったかのようにコントローラーを操作する。
「ふっふ~ん♪」
再びぎゅーっと抱き締める手に力を込め、牡丹に対し勝ち誇ったような表情を見せる夏希。
「ちょっと唇付いてん。きゃっ♪」
ぐりぐりと額を優希の背中へ擦り付ける。優希の腹にある足首が優希の股へと食い込んだのを嫌い、コントローラーから手を離して夏希の脚を少し持ち上げる。
「あんっ、そんな撫でんといてぇな……」
明らかに夏希は自分を挑発しようとしている。それを理解しつつも牡丹は相手にしない。相手をしてほしいのは優希なのだから。
ならばと牡丹は自らの口元へ梨をやり、端っこを唇で挟む。両手で優希の顔を包み込み、狙いを定めて優希の口元へ……。
しゃくっ。優希は牡丹の求めに応じて、梨の反対側をかじった。そのタイミングで牡丹も梨の半分を口へ含み、2人の唇が合わさった。
「んっ……。うへへへへっ」
「うわぁ……」
自称姉でありながら、弟認定している優希とキスをして喜んでいる。本当の幼馴染である夏希にとって、理解し難い喜びだ。あと喜び方が気持ち悪いというのもある。
喜ぶ自称姉と抱き着く幼馴染に構わず、優希がゲームを進める。
「おっ、通電したやん。千里さんノーワンあるか確認よろ。そうそう、切られたら分かるから」
ギャーギャーと甲高い声がヘッドセットから漏れる。と、優希のズボン左ポケットから着信音が流れる。
「夏希、取って」
ゲームは終盤。今手を離せば今までのプレイが無駄になってしまう。画面を見つめたまま、優希は夏希にズボンに手を入れてスマホを取るように言ったのだ。
「しゃーないなー」
優希の後ろから左手を伸ばし、ズボンのポケットへ手を入れる。取り出したスマホのカバーを開けた状態で優希の顔を認証してロック解除。フリックして着信を受けてヘッドセットの右耳をずらしてスマホを優希の耳に寄せる。
「もしもし」
『優希さん、突然なのですが明日の朝から生放送に出演しませんか?』
「牡丹、パス」
電話の相手が自分の俳優業のサブマネージャーである高畑花蓮だと分かると、優希は花蓮へ返事せずに牡丹へ回す。
夏希の手からスマホを受け取り、牡丹が花蓮の相手をする為立ち上がってスケジュールの確認をすべく手帳を開いて答える。
「もしもし牡丹です。花蓮さん、いくらなんでも明日の朝は急過ぎます」
そんなやり取りが始まったのを横目で確認し、優希は一度立ち上がってからソファーに胡坐をかいて座り直し、その上に夏希を座らせる。
「ほら後は逃げるだけや、お前やってみぃ」
「えっ!? いくらなんでも急過ぎるやろ!!?」
「ええからええから。
美代、今コントローラーを夏希に渡したから。夏希を無事ゲートから脱出させられたら5000BPな」
テレビ画面には真っ白なマスクを付けて包丁を握り締めた男が映る。
「ぎゃーーー! 何こいつ、怖いっ怖いねんけど!!?」
「後ろ! 後ろ向いて走れ、ほらみみが切られて倒れたやろ。あれ担いで吊るまで時間掛かるから今の内に……って吊らん! 全滅狙いや!! 千里さん、戻って来て!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ無理無理無理ぃぃぃ!!!」
「逃げろ逃げろ頑張れ頑張れ!!」
「何かハゲ来てんけど!?」
「それ千里さんや、千里さんが庇ってくれるからそのまま真っ直ぐ!!」
「懐中電灯持ってるやん!?」
「あー、千里さん嫌らしいのん上手いからなぁ」
テレビ画面に映された殺人鬼が「うわぁ」とくぐもった声を漏らす。
「ほらはよ走れ! よしええぞ!!」
「どこまで行けばええのん!?」
「そこ入ってずっと走ったら逃げ切れるから!」
あと少しで脱出、という所で夏希が操作するキャラの背中が殺人鬼によって切りつけられる。
「ぎゃーーー!!!」
突然の攻撃と画面のグロさに夏希が絶叫を上げる。コントローラーを放り投げて優希に抱き着く。
「あーーーノーワンやんやっぱ! あとちょっとやったのに!!」
優希は放り投げられたコントローラーを拾い、グルグルと操作している。
「あー、月崎さんガチやん。ガチで全員殺すマンやん。
え? 5000BPは夏希が逃げられたらの話やから。殺してもBPはあげられへんわ」
「え、この包丁持った男は月崎さんなの!? えー、全く予想してなかった」
電話を終えて戻って来た牡丹が再び優希の隣に座る。
「あ、優希さん。明日の生放送は集合時間が午前4時半ですので」
「断れてへんやん!!」
都合の悪い時はお姉ちゃんではなくなる牡丹なのだった。
いつもありがとうございます。
お陰様で200話を迎える事が出来ました。
皆様の応援が作者の糧でございます。
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