これってプレイって呼べるんでしょうか?
「う゛ぅぅぅ……、ぐっ、うぅぅぅ…………」
俺の足元でただただ泣き続けるお客様。俺はただ無言で、その場にいるだけ。
もう1人、店付きアクトレスが俺の隣にいる。俺と同じく無言、そして身動きもしない。
「そ゛ん゛な゛に゛い゛や゛な゛ん゛た゛っ゛た゛ら゛そ゛う゛と゛い゛っ゛て゛く゛れ゛れ゛は゛よ゛か゛っ゛た゛の゛に゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛…………」
鼻水を垂らしてぐじゅぐじゅと泣くアクトレス。髪の毛を振り乱して床をバンバンと叩いている。叩く手には俺が書いた、という設定のアクトレス宛ての手紙。
くしゃくしゃになったその手紙は白紙で、何も書かれていない。だから俺はそこに何が書かれているという設定なのか、分からない。
分からないが、プレイ上支障はない。なぜなら……
「わ゛た゛し゛と゛の゛け゛っ゛こ゛ん゛か゛い゛や゛た゛か゛ら゛っ゛て゛し゛ぬ゛こ゛と゛な゛い゛し゛ゃ゛な゛い゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛…………」
俺は死体役だから。隣のエキストラアクトレスは天国で結ばれる予定の恋人。俺と同じく天井から吊るされた輪っかに首を通している。
「う゛わ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~~~!!!!!」
そんなに泣けたら気持ち良いでしょうね。
アクトレスの設定要望は、他の女との心中によるお断り。
家同士の決めた婚約。しかし男には心に決めた別の女性がおり、その女と結ばれる為に自殺してしまう。というストーリーらしい。
ありふれたような話だが、身近には聞かれない話。死ぬくらいなら全てを捨てて逃げればいいのにと思うし、そもそも今の時代に本人の意思を無視した形の結婚があるのかという疑問も浮かぶ。
が、実際に身の回りで起こらないからこそお金を払って体験する。そこにお断り屋の価値があると言っていい。
しかし、俺としてはプレイをしている訳ではなく、ただ舞台上の小道具として天井から吊るされている状態だ。
もちろん首に巻かれている縄には体重は掛かっておらず、あくまで首を吊っているように見えるだけだ。服の下で食い込むハーネスがちょっと痛い。
チラッと横目で見たエキストラアクトレスは、どことなく幸せそうに目を閉じていた。
そうだ。エキストラアクトレスの役柄としては、それが正しい。あの世で幸せになるんだ、そう思い至っての行動で今こうして吊られている訳だ。
しかし俺はどうだろうか、こうして吊るされているだけで「お断り」をしていると言えるのだろうか。
ただアクトレスに求められて、裏方スタッフに準備をしてもらって、こうして安全に吊るされているだけで、俺は仕事をしていると言えるのだろうか。
「考え過ぎじゃない?」
プレイが終了、クーリングタイムを望まれなかったアクトレスはそのままお帰りになった。直後に俺のプレイヤーアプリに通知が入った。あのアクトレスは俺のプレイに大変満足されたらしい。
いや、俺は何もしていないけど? と思い、たまたまオフィスにいた紗雪に愚痴ったら、考え過ぎであると言われた。
「アクトレスが求めたのは、トッププレイヤーであり予約困難の希瑠紗丹の首吊り死体だったんでしょ?
ならそれでいいじゃん。変に自分で設定を付け加えて、死体が喋る非日常系ホラープレイとかにしてたら低評価入れられてたと思うよ」
うん、ちょっとだけ考えた。だって俺何もしてないんだもの。ただそこにいるだけだったんだもの。
「お義兄ちゃんさ、求められた物に対してそれを上回る何かをしなければならないっていう考えはとても良いと思うし、それがあるからこそThe Oneとして選ばれたんだと思うよ。
でもね、それ以外しないでほしいっていう求めに対して、それ以外の何かをくっ付けて返してしまうのはダメなんだよ。だから今回はそこにいるだけで正解だった訳。
だからお義兄ちゃんはアクトレスの期待通りのお仕事をしたんだよ」
俺の対面のソファーに座る紗雪は、そう言って大きく脚を組み替えた。黒いミニスカートから覗く白い太もも。それ以上は見えなかった。
「アクトレスの期待通り、ねぇ……」
オフィスには俺と紗雪の2人きり。瑠璃と牡丹はリアル迷宮開催に向けて設営業者などの選定に入っているのでこの場にはいない。
だから、紗雪が俺をわざわざ『お義兄ちゃん』と呼んだのには紗雪の期待が込められているのだ。
姉の旦那である俺、という設定を望んでの『お義兄ちゃん』。禁断の愛という甘くて酸っぱい設定。
義理の兄の戸惑う目線を楽しむ為にわざと大きく組み替えた脚。試すような目つき。やや吊り上がる口角。
紗雪が望んでいるのは、義理の兄を誘惑するというシチュエーション。
「でも勿体ないとは思うけどね、予約困難のトッププレイヤーを天井から吊るしておくだけなんて。あたしならあんな事やこんな事もするのになぁ」
紗雪は腕を組んでその胸を持ち上げる。第二ボタンまで開けられたブラウスからは豊かな谷間が見える。
俺の視線が谷間から離れたのを確認した後、前かがみになって俺の顔を下から覗き込む紗雪。
「お義兄ちゃん、どうしたの? ちょっと顔赤いよ?」
どうしたのじゃないよ、今さらこんな程度で照れたりしない。どうもしてないんだよ。
「そうか?」
紗雪が望むのは慌てて取り繕う義兄か、それとも脈ありと感じて一歩踏み込んで来る義兄か。
「ちょっと疲れてるんじゃない? 膝枕してあげよっか」
「いや、それはちょっと……」
まだどちらでも対応出来る。主導権は、そしてルートの選択権はあくまでアクトレスにある。そうか、俺はあくまでアクトレスが求める事をすればいいんだ。
求められた事、その先にあるものがあれば提示出来るが、今日のような求められる事がその場にいる事のみであった場合、それが全てなのだ。その先にあるものなど何もない。
ただそこにいるだけで、アクトレスへ何も語らない事だけで、十分お断りが出来ていたんだ。
「まぁまぁ、遠慮せずに♪ お姉ぇには黙っててあげるから……」
そう言ってソファーから立ち上がる紗雪。俺の目を見つめたまま、ゆっくりとこちらへ歩み寄る。この展開だと膝枕して、その先にはキス、さらには……。
「ただいま~、あらアナタ! お疲れ様です、休憩中ですか?」
瑠璃が帰って来た。実に良いタイミングだ。牡丹は別の用件でまだ外出中らしい。
「今日はもう上がりなんだ。疲れたから膝枕してくれない?」
そうそう、今から膝枕してもらうところだった。瑠璃が嬉しそうに俺の隣に座ったので、遠慮なく膝を借りる。
「ちょっ!?」
膝枕されながら、立ったままの紗雪を眺める。はい、お断り完了。姉の旦那は妻一筋の真面目な男でした。
クルっと寝返りし、瑠璃のお腹に顔を埋める。ほどよく柔らかい感触を唇で楽しむ。
「あら、ずいぶん甘えん坊さんですね? ふふっ」
瑠璃が俺の頭を優しく撫でる。
「っと、本来ならここで拗ねたり対抗意識燃やしたりするんでしょうけど、あたしには関係ないし」
プレイを強制終了させ、俺の上へ覆い被さって来る義妹。
「ちょっと、夫婦の営みの邪魔しないでくれる?」
瑠璃が紗雪を引きはがそうとしているが、結構な力でしがみついているので簡単には離れない。
「お姉ぇ、先に手洗いうがいして来て。じゃないと大事な旦那様に病気がうつっちゃうよ!」
「うっ……、確かにそうだけど私自身が病気みたいに聞こえるんだけど!?」
「いいから早く向こう行って! しっしっ!!」
「だから言い方!!」
この姉妹喧嘩は牡丹が帰って来るまで続けられた。




