ボイトレ!
年内最終投稿です。
リアル迷宮でミニライブをするにあたって、ボイストレーニングを受ける事になった。
殺魔さんから口パクでのライブは絶対に認めないと言われている。俺は12.5歩のライブを何度も現場で見ているし、ライブの円盤も購入して見ている。
どのライブでも殺魔さんは生歌でやっていたから、当然自分も生歌でライブをするつもりだったのだが、実際に3曲、4曲と歌うと、こんなにも辛いものなのかと気付かされた。
ライブに関してはプロに確認した方が良いだろうという事で、殺魔さんにリアルダンジョン内でライブを行う事についての相談をさせてもらい、ご指導頂く事になった。
その結果、当日は生バンドを迎えての本格的な演奏で歌う事に。生バンドなんて想定どころか発想もなかったのだけれど、
「絶対にこの方がええから」
という一言で決定してしまった。
もちろん殺魔さん達12.5歩が参加されるなんて事はなく、主にサポートなどでアーティストのバックバンドをされている方にお願いする事となった。
また、リアルダンジョン内の見取り図を見てもらい、ミニライブ会場の収容人数は椅子を並べて30名くらいである事を伝えると、
「アホか、オールスタンディングにして100は入れるようにせぇ。その上で1日2公演から3公演はせなアカンやろ」
との事で、1回だけのつもりが3回もライブをしなければならない事になってしまった。つまり俺は4曲かける3公演で、最大12曲を生で歌い上げなければならなくなった訳だ。
12曲。カラオケだと単純計算すると1人で1時間程度で歌い切れる長さだ。そう思って実際にスペックスの会社フロアにある会議室を借りて歌ってみたら、吐きそうになった。当日の広さとほぼ同じ室内、カラオケ用のマイクは使わずマイクを持ったフリをして、パソコンから流した音源で歌ったら、思っている以上に喉が疲れた。
以前12.5歩の年越しライブで、俺が殺魔さんに呼ばれてステージ上で歌った事がある。そのライブ映像を後で見たのだが、まぁ酷いものだった。その時は興奮と緊張で自分の歌声がどうだったかなんて全く意識してなかったけど、客観的に見るとヘタクソ過ぎて叫びたくなるほど恥ずかしい内容だった。
あれでよく殺魔さんが曲を書いてやるなんて思ったなぁと感心する。まぁ殺魔さんに書いてもらった以上、殺魔さんのファンとして期待に応えなければならない。のだけれども……。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
「うーん、悪くないけど良くもないねー」
ボイストレーニング初日。高畑芸能プロダクションのレッスンルーム。初めて顔を合わせた男性講師に、とりあえず当日のセットリストを通しで歌ってみるように言われた。案の定途中で声が裏返ったり、出ない音程があったりしたが、最後まで歌う姿勢は貫いた。いや、歌えてないんだけど。
「悪くないってのは、どういう事ですか?」
良くないのは分かっている。歌えていないのだから。
たった4曲、フル尺だとはいえ4曲だ。音程が取れなかったり、声が掠れたり、裏返ったり。とてもお金を取って聞かせるような歌声ではない。
男性講師が金髪の七三分けツーブロックを撫でながら答える。
「歌詞を間違えず歌えているし、リズム感も悪くない。あとは声さえ出ればそれなりになる。実際に生バンドの前で歌うとなるとまた難しいだろうけど、イヤモニをすれば何とでもなるし」
イヤモニ、イヤーモニターの略で、歌手や演奏者が耳にはめるイヤホン。ライブ会場など、スピーカーから爆音が流れていて、自分の声すら聞こえなくなるような環境でも歌えるように、演奏出来るようにする為の道具だ。
「リズムも取れてて、音程も外してない。後は曲数歌ってもへたれないように声量を上げるトレーニングが必要ね」
必要、ね? 何かちょっと違和感を覚える。語尾が半音上がっていたのも気になる。
細マッチョの男性講師から目を逸らさず、必要なトレーニングとは何かを尋ねる。
「そうねー。腹筋を鍛えたり、長ーく息をするロングブレスだったりねー。
そうそう、このペットボトルを咥えて、中の空気を全部吸い上げるのも訓練になるよ」
そう言って、男性講師が水の入っているペットボトルの中身を飲み干し、そして中の空気を吸い上げてべこっ! とペットボトルをひしゃげさせた。
そういう訓練があるってのは知っていたけど、上目遣いで俺の目を見ながらやる必要はないよね?
「はい、やってみて」
そして今目の前でひしゃげさせたペットボトルを手渡そうとしてきたので、自分が持って来たペットボトルを掲げて見せ、断る。
「いえ、手持ちがありますので」
ちょっと中身が多かったが、炭酸じゃないから問題なく一気飲み出来た。飲み干している時の、男性講師の目線が俺の喉仏にあったような気がするが、こういうのは気にしたら負けだ。大丈夫、俺はお断り屋のプレイヤーだから何なく断れるから大丈夫……。
中身がなくなったペットボトルに口を付ける。そして吸い込む訳だが。
「まず息を吐き切る! それからペットボトルを隙間が出来ないようにしっかりと咥える!! きゅっと唇をすぼめるの、分かる? それから一気に吸うの、ハイ!」
目が怖いよ、俺の口をめちゃくちゃ凝視してるよ……。し、真剣に指導してくれてるんだろうな、そうだよな!
息をふぅ~~~っと吐いて、口を大きく開いてペットボトルに口を付ける。
「歯は立てちゃダメよ!!」
「言われなくても立てませんよ! ちょっと集中出来ないんで見守っててもらえませんかねぇ!?」
絶対変な目で見られてる。よくよく見ればそれっぽいんだよな、この先生。
金髪七三分けってのはまぁいいとして、細マッチョなのもおかしくない。にしても、パステルグリーンのフリル付きシャツに真っ白なスキニーデニムはヤバい。
道子さんとはまた違うその道の人だわ、絶対。手首に花をあしらったシュシュまでしているし、この人と2人きりでレッスンとか大丈夫なんだろうか。
俺が言い返した事で気分を害してしまっただろうか。潤んだ瞳で見つめて来る男性講師。
ちょっと言い過ぎただろうか。見た目は別として、心はか弱い乙女なのかも知れない。
「すみません、先生に対して口答えしてしまい申し訳……」
「マチャ子よ! マチャ子って呼んで!!」
知らねぇよ! ってかさっき正彦って自己紹介してただろうが!!
とツッコミを入れる間もなくマチャ子がタックルして俺の胸に縋り付いて来たので床に押し倒されてしまった。これではお断りのプレイスキルも何も関係なく、ただただ腕力で身を守るしかない。
しかし相手は細マッチョ。ボイストレーニングの講師なだけありインナーマッスルが鍛えられている。何のトレーニングもしていない俺なんかでは、マウントポジションを取られてしまってはどうする事も出来ない。
ので、最終手段。
「助けてぇぇぇ~~~!!!」
「もっとよ! もっと腹の底から声を出して!!」
「汚されるぅぅぅ~~~!!!」
「そんな初心な乙女みたいな声じゃ誰も助けに来てくれないわよ!!
さぁもっと喉を開いて、頭の先から声を出すように意識して!」
マジなのかネタなのかはっきりしてくれ!
助けを求める声を聞いて来たのはニヤニヤ顔の高畑社長だけだった。ニヤニヤとドアの隙間から俺とマチャ子の攻防を眺め、そっと去って行きやがった。
ってかここは色んなレッスンが出来るようにと、完全ではないとはいえ防音設備のある部屋だから、高畑社長が覗きに来たのってたまたま俺の声を聞いたからではなく、こういう展開になっているのを分かっててわざわざ来た訳だ。
あのクソ社長……。
「はい、残念だけど今日はもう時間だからおしまいね。次はこんなもんじゃ済ませないからそのつもりで。ヤならアタシに好き放題されないよう鍛えて来る事ね♪」
スペックスビルに戻るまでのタクシーの中で、エアロバイクと腹筋ローラーとトレーニング用低酸素マスクなど思い付く限りを通販でポチった。
お尻や股間を好き放題弄られるって分かっていれば、前もって鍛えておいたのに……。
その日、俺は牡丹お姉ちゃんに頼んで抱き締めて寝かしつけてもらったのだった。
今年は念願の書籍化が果たせた記念すべき年となりました。
残念なのは、本作の電子書籍版の続刊のお声が掛からない事、そして紙の書籍化のお話も聞こえない事です。
このお断り屋がなければ裏設定という劇中劇としての物語の案は浮かばなかった訳で、お断り屋を読んで下さる読者様には本当に感謝しております。
ですので、「そんな裏設定知らないよ!?」がめちゃくちゃ売れれば本作も次のお話が来るのではないかと考える訳です(根拠はない)
お断り屋の今後は「そんな裏設定知らないよ!?」の売れ行きにかかっていると言っても過言ではない訳です(希望的予想)
日本全国2億人のお断り屋ファンの皆様、1人1冊とは申しません。1人5冊くらい「そんな裏設定知らないよ!?」を買って下さいお願い致します(お願い致します)
それでは皆様、よいお年を~。




