スタジアム視察
今日は映画の番宣はない。そしてスペックスへの出勤もない。
映画の撮影が終わった今、撮影にあてていた時間帯はほぼスペックスへ出勤するようにしているが、ハイスペックスについての打ち合わせをしないとならないので毎日店に出ている訳ではない。
という事で、今日は旧トプステビルへ足を運び、内装の進み具合や細かな装飾についての打ち合わせをする予定だ。
と思っていたのだが、何故か俺はメイド服姿の紗雪が運転する車に乗り、高速を使って移動している最中だ。
朝目が覚めると紗雪が控えており、朝の挨拶と支度諸々を済ませた後、「では参りましょう」と促されて外出した。
最近メイドとしての紗雪と触れ合っていなかったのに今さら気付き、あぁやっぱり色々と忙しくて公私共に後回しになっている事があるんだなぁと実感した訳だ。何かを優先すると何かが皺寄せを受ける。
皺寄せを受けた結果、こうして紗雪が俺を拉致るという行動に出た、という事だ。
「で、どこに向かっているのか教えてくれるか?」
乗せられているのは赤い国産高級車、運転席側の後部座席。紗雪のマイカーだ。俺の車でないという点では締まりがないな。メイドの所有する車に乗って移動する主って、イメージ的によろしくない。
「どこへ向かうかではなく、誰と共に向かうかが重要なのですわ」
このメイド、哲学を嗜んでいるらしい。はぐらかすのがヘタクソ過ぎる。誰と共にって駄メイドしかいないじゃないか。
おっと、ここで罵ったら紗雪の思う壷か。久し振りだからこいつの設定を忘れていた。こいつは主である俺に罵られ、家具のように扱われる事に至上の喜びを感じるド変態だ。
ほら、俺がすぐにツッコミを入れないのをおかしいと感じてミラー越しにチラチラ様子を見ている。そうは行かないぞ。
「へぇ、どこへ向かうかではなく、誰と共に向かうかが重要なんだな」
誰でも出来る適当なお喋り術。言われた事をそのまま返すだけで、あたかも深く話を聞いているような雰囲気にする事が出来る。
「ええ、そうです。共に歩む者と手を取り合い、景色を楽しみながら進んで行く。誰の手を取るのかによって、人生という旅も見える景色が変わってくる事でしょう」
「へぇ、誰の手を取るかによって景色が変わるんだな」
言葉をそのまま返しているだけで、今からどこへ行くかという質問が人生の歩み方についての話へとすり替わってしまった。
「旦那様は私の手を取って下さり、そしてこうして共に歩んでいる。今はそれだけで十分」
いやまぁ確かに手を取って「さぁ参りましょう」って言われたけど、俺は目的地が分からないまま車に揺られている訳で。
「私は嬉しゅうございます。こうして2人きり、明日をも知れない逃避行。主人と従者の禁断の恋。あぁ奥様、お許しくださいませ……」
適当なお喋りをしていた結果、何か始まった。
本来であれば紗雪の意に沿った形でお断りをするのが俺の仕事なんだけど、これはこれで面白い。紗雪が1人でどこまで設定を広げ、話のオチをどこに持ってくるのか見てみたい。
俺はただ言葉を返すだけで、一方的に繰り広げられる紗雪の小芝居。
「そうか、紗雪は嬉しいか。嬉しいけど瑠璃には申し訳ないと思ってるんだな」
感情の反射。相手が思っている事をそのまま言葉にして返す。
受容。決して否定せず、相手の言葉をそのまま受け入れる。
「はい。最近は旦那様もお忙しく、私なんぞに構っておられる時間もなかったでしょうから。私は今、とっても幸せな気持ちです」
そして一番大事なのは相手の想いに寄り添い、共感を示す事。
「うるさい。家具の気持ちなんてどうでもいいんだよ。黙って運転してろ」
なんだけど、どうしても紗雪が美少女メイドモードだとつれない態度を取りたくなってしまう。また、紗雪が求めているのもこういう返しだから仕方ない。
ほら、小さく肩を震わせて感じ入っている。
「あっ……」
あまりやり過ぎると運転に支障が出るので自重はしないとな。特にここ、高速道路だし。死因が言葉責めプレイだとか地獄行き一直線だし。
ってな感じであまり責め過ぎない言葉責めプレイを繰り広げている内に、目的の場所に到着したようだ。運転席から降りた紗雪が後部座席のドアを開け、俺に手を差し出す。
「ここって、近々建て替えられる予定のスタジアムだろ?」
「あぁ、その通りだ」
そして俺を待っていたのは、宮坂三姉妹の父、賢一さん。ダークグレイの高そうなスーツに身を包み、俺と紗雪を待ち構えている。
そしてその後ろにはニタニタといやらしい笑顔を浮かべるオッサン。俺の俳優業を業務委託している芸能プロダクションの経営者、高畑社長だ。こちらも高そうなスーツではあるが、何と言っても本人が胡散臭いからな……。
「お2人がここで待っておられたという事は、ここでリアル迷宮イベントをするって事ですか」
「ん? 道中で紗雪から説明を受けなかったのか?」
賢一さんの声を受けて紗雪を見やると、頬を赤く染めて伏し目がちにモジモジしてやがる。
「旦那様に可愛がって頂いていたので、それどころではありませんでした……」
「んふふふふふ」
おい社長、変な笑い方すんじゃねぇよ。
ってか俺は真っ先に聞いたんだよ、これからどこに行くのかって。しまったな、もうちょっと追及すれば良かった。
賢一さんの案内で観客用のゲートではなく事務所っぽい入り口からスタジアム内に足を踏み入れる。
紗雪は俺のすぐ後ろに控えながら付いて歩き、そのまた後ろをニタニタ顔の高畑社長が続く。
「いや、これはさすがに広過ぎないですか……?」
「大は小を兼ねると言うだろう」
薪は楊枝にならぬ、ということわざもあるんですよね。あんまり使わないけど。過ぎたるは及ばざるが如しの方が分かりやすいか。
「解体が決まっているスタジアム。このグラウンドに迷宮をセットとして組む。スタンド席はそのまま観客用として使えるし、オーロラビジョンで中継も可能。
元々は迷宮に潜る参加者しか想定していなかっただろうけどね、参加したくても出来ない、抽選漏れする人もいるはずなんだよ。その為の観客席だね」
高畑社長はたびたびスペックスへ足を運んで下さり、お断り屋とは何か、ご自分の目で確かめておられる。
プレイヤーとアクトレスのやり取りや、スペックス内の雰囲気、1日の来客数から1人の月平均利用率など。様々なデータを元にリアルダンジョンのマネージメントに臨んでおられる。
その上で賢一さんと話し合い、このスタジアムを開催地として選んだという事だろう。
「それにしても、元は取れるんですか? 解体が決まっているとはいえ、利用料はすごい事になりますよね?
開催当日だけじゃなく、セットの組み立てから解体までを考えると3日間は確実に必要ですよね?」
「優希よ、経営者たる者、損をする事を恐れてはならん」
賢一さんが言うには、このイベント単体で赤字になったとしても、イベントを催した事による宣伝効果でお断り屋業界全体が盛り上がればいずれはその分が回収出来るであろうと考えよ、との事だ。
そして高畑社長はというと。
「お断り屋公式グッズを作り、当日は屋台も出せばいい。イベント、つまりお祭りなんだからね。日本人はお祭りに弱い、どうしても財布の紐が緩むんだよ」
うん、ニタニタ顔じゃなければ素直に頷けるんだけど。
「お断り屋の特集をしていた情報番組があったろう、あそこに掛け合って生中継させよう」
「いいですな、ヘリを飛ばさせて上空からリポートさせましょうか」
オッサン2人が盛り上がっている。思っていた規模と違い過ぎて、もう俺の手には負えないイベントになって来ているんだけど……。
「旦那様、赤字になるような事などないでしょう。それよりも、今から来年のイベント会場を探した方がいいかも知れませんよ?」
紗雪がそっと俺の背中に抱き着いて来る。
「楽しみですね、旦那様」
「主に抱き着くな。立場を弁えろこの家具が」
「あぁっ…………」
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