壁を乗り越えた先にあるのは
スクリーンに映し出される俺達。制服姿で右往左往し、世界が終わらない為にはどうすれば良いのかと苦悩している。
映画館に比べると二回りほど小さな試写室。大波監督を始めとした製作陣。その前には演者である俺達が座っている。
「終わったね」
夏希が独り言のように呟く。
「あぁ、終わったな」
映画の本編を観終わったのに、エンドロールが流れて来ない。すごい違和感だ。そしてゆっくりと試写室の照明が明るくなっていく。
試写、といってもまだ作品として完成した訳ではない。現状ではこんな感じに仕上がってるんだな、と確認する為の、1回目の試写。
「どうかな? 映像で最初から最後まで見てやっと、自分がどんな映画の一部なのかが分かるでしょ?」
監督の言う通りだ。台本を全て読もうが、自分が出演していないシーンの撮影を傍で見ていようが、こんな仕上がりになっているなんて想像も出来なかった。
BGMや特殊効果など、まだまだ追加される要素はあるのだろうけれど、映像としてはほぼ完成していると言って良いと思う。
「まだ違うテイクを使う可能性もあるし、音とかも入れるとガラッと作品のテイストが変わるからね。まだ完成じゃないよ」
未完成らしい。映画製作に関わった事のない人間にとっては、これからどんな調整が入るのか想像も出来ないな。
そういう意味では、夏希やその他の演者はある程度分かるのかも知れないが。
「優希、これが1回目だって」
ひめが何も映っていないスクリーンをぼんやりと眺めている。そうだな、1回目だな。
「まだこれで途中経過なんだってよ。これからどんな風に仕上がるのか、楽しみだな」
「違うよ」
違う? 何が違うというのか。最初から通しで観て、全体の雰囲気を確認しながら1シーンずつ修正を掛けて完成度を高めていくんじゃないのか?
「そうだよ、違うよ」
夏希、お前もか。俺は両隣に座っている女優さん達から、非難めいた表情で見つめられる。分からないの? とでも言いた気な2人の顔。
「1回目なんだよ、ゆーちゃんの出演作品の」
「優希の出る、1回目の映画」
あぁー、まぁ物は言いようだな。1回目は1回目だ。例えそれが最初で最後であったとしても、1回目である事に変わりない。
「まだまだこんなもんで終わる訳ないよ。優希は思ってる以上に人気が出る」
「色んな現場から引っ張りだこになるだろうね。あー、私もゆーちゃんに置いて行かれないように頑張らないと」
この子達は何を言っているんだろうか。俺の本業はあくまでお断り屋のプレイヤーで、映画に出たり歌を歌ったり生放送に出たりするのはスポットの副業なんだ。
これをメインにするつもりはないし、出来ないと思うんだけど。
「出来る出来ないなんて関係ないよ、やるんだよ」
ひめさんや、どこの熱血タレントさんですか。そもそも俺自身が望んでないよ。
「望む望まないんじゃないんだよ、望まれているんだよ」
うん、ちょっと分かりにくいね、夏希さん。上手い事言おうとしなくてもいいんだよ。
「優希の1回目を見て、みんな2回目を見たくなる」
「そして気付いたら3回目、4回目と続いている。今の私みたいに」
「いやだから俺はこれが本業じゃないからさ……」
夏希みたいにがっつり俳優業に専念する訳じゃないし、そもそもこれからハイスペックスのオープン準備とお断り屋リアル迷宮の準備もあるし、スペックスの経営についても色々と考えなくてはならない。
「本業かどうかなんて関係ない。求める声に応えればいい。時間がないなんて言ってないの。時間は作るものなんだから」
またひめがちょっと上手い事を言った。時間は作るもの、か。
「でもいくら時間が作れたとしても、役者としての才能がなかったら主演なんて務まらんだろ。いい役もらっても演じ切れなかったらただのピエロだ」
「あのね、ゆーちゃん。ゆーちゃんの本業はプレイヤーなんでしょ? プレイヤーって何する人?」
「は? プレイヤーはお客様をお断りするのが仕事だよ」
何を今さら。お断り屋のお仕事は、アクトレスの望むシチュエーションにおいてお断りをする。ただそれだけのサービスだ。
「それって、演技が出来ないと成り立たないお仕事なんじゃないの?」
ん~、夏希が言いたい事は分かるんだけど、それとこれとは別なんだよなぁ……。何と表現したら良いのか分からないけど。
「同じ演技は演技だけど、プレイ中の演技はクロールで撮影中の演技はバラフライ、みたいな……?」
「いやよく分からないから。せめて短距離走と長距離走とか、散歩と競歩とかにしてよ」
「なっちゃん、それでもまだよく分からないから」
何かだいぶ話が逸れてきた気がする。どうでもいいけど。
「まぁまぁお2人とも。紗丹さんに俳優業を続けて頂くのは決まっているので、それでいいじゃないですか」
少し離れた座席で観ていた花蓮が近寄って来た。続けて行くのは決まっているってのはどういう意味だろう。
「次の映画はね、純愛ラブストーリーですよ!」
いやちょっと待って聞いてないから。
「「相手役は誰!?」」
そして食いつく女優さん達。
「いや一応ね、紗丹さんも形だけオーディション受けてくれって頼まれてるんですよ。ですのでヒロイン役もオーディションで決めるんじゃないですかね?」
「「オーディション!?」」
声は揃っているけれど、向かい合ってお互いを睨み付けている女優さん達。だからね? 俺がその話を受けるかどうかはまた別の話であってね……。
「いやぁ楽しみですね! 3人で我が高畑芸能事務所を引っ張って行って下さい!!」
うっぜ! この人やっぱ父親そっくりで自分の都合でしか物事を考えてないな。リアルダンジョンイベントが終わったら上手い事フェードアウトしないと……。
「伝説の名女優、天野花江を芸能界に復帰させておいて、はいサヨナラなんて事、しませんよね?」
ぐっ!? 痛いところを突いて来たな、花蓮さん。花江さんが極度の上がり症なのにも関わらず、映画の番宣の為に色んなテレビ番組に出演してくれているのは俺がプレイヤー業に専念出来る為だ。
それなのにその花江さんを盾にして俺を次回作に出演させようとするのって卑怯じゃね!?
「紗丹さんに何と思われようと、私はあなたを売り込みますよ。才能のある役者がいるのに、世に出さないなんてあり得ませんもの」
さも当然の事を言っているかのような顔を見せる花蓮さん。だから俺はそんなもの望んでないんだよ!
「望む望まないんじゃないんですよ、望まれているんですよ」
その下りはもうやったから!
「何にしても、当分はお断り屋に専念する時間があります。新しい店舗をオープンさせて、大規模なイベントを成功させて、そして次の主演映画です。壁の次にはまた壁があるんです。少しずつ壁の高さは高くなって行きます。そうじゃないと、人って成長しないんですよ?」
ちょっと良い事言うの流行ってんの?
「はい楽しそうにしてるところ悪いんだけどね、試写室の使用時間終わっちゃったから出てってくれる? また完成披露試写会で観れるからお楽しみに~」
しっしと手で追い払う仕草をする大波監督に追い出されてしまった。完成披露試写会か。今回の映画の撮影はやりきった感があるから、楽しみではあるんだけど。
「1つの作品をみんなで作り上げるっての、1度経験してしまうと止められなくなっちゃうよ?」
「優希はもう手遅れなの」
手遅れ、か。見事に引き込んでくれた夏希とひめだけど、まぁ楽しかったのは確かだからな。もう少しだけ、もう少しだけ続けてみてもいいかも知れないな。
という訳で映画撮影が終了しました。
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