ダシにされた話(仮)
いいサブタイトルが思い付かなかったので仮タイトルです。
宮坂三姉妹の父、賢一さんに呼び出された。何故か俺1人だけ。それも宮坂家でもなくスペックスのオフィスでもなく、繁華街の中心。
店名を伝えてタクシーに乗ったけど着いてから分かった。これ、高級クラブってヤツだわ。こわっ、座っただけで100万請求されるとかないよな?
ビクビクしながら店内へ入ると、背の高い執事のような格好をした白髪の男性が深々と一礼した。
「お待ちしておりました、お坊ちゃま」
人違いです。と言える訳もなく「はぁ……」と曖昧に返事しておく。
「旦那様がお待ちです、こちらへどうぞ」
えっと、ここって執事カフェなの? それとも大企業の御曹司プレイが出来るお店?
執事さんに案内されて店内を進むと、奥の個室へ通された。VIPルームというヤツだろうか。そこには綺麗なお姉さん達に囲まれた賢一さんが座っておられた。黒いスーツに黒いネクタイ。金色の腕時計がキラリと光っている。
「来たか、まぁ座れ」
一気にマフィア感漂う雰囲気に。何これ。一応俺も芸能人の端くれなので反社会的勢力との接触はちょっと……。まぁ引退でも契約解除でも何の心残りもないからいいんだけど。
賢一さんの向かい側のソファーへ座ると、ささっと両サイドにお姉さんが座って来た。俺の太ももに手を添えながら、「何を飲まれますか?」って聞いて来る。空気を読まずアイスコーヒーを頼んでおいた。
「実はお前に相談があってな。その、花江についての話なんだが……」
花江さんの話? 自分の奥さんの話を高級クラブで、しかも女の人を侍らした状態でするって? マジか、このオッサンやんちゃやな。こうしている間も賢一さんは両隣の女性の肩に手を回し、脚を組んでおられる。
この状態で自分の妻の話をするとか、感覚がぶっ飛んでいるとしか思えない。さすが裏社会のドン。いや違うけど。
「もう限界なんだ、何とかしてくれないか?」
え、限界? もうあいつと一緒にいるのは限界だって!? 何で俺に離婚の相談なんて持ち掛けるんだこの人は。息子だ何だととても良くして下さるが、それとこれとは話が別だ。
「賢一さん、まずは弁護士に相談した方がいいと思いますよ? 娘さん達はもう独立しているようなものだとはいえ、財産分与や権利関係のあれこれがありますから」
「娘の旦那に自分の離婚話を相談するバカがいるか!」
おぉ、お姉さん達がウケている。ちょっと気分が良くなっちゃったなぁ。ボトル入れちゃおっかなぁ。
「映画の番宣で出ずっぱりだろ? もう精神的に疲れ切っててな、見てられん。優希から上手い事言ってくれんか?」
真剣な表情で切り出す賢一さん。そんな話なら最初からもっと真面目な雰囲気と場所を用意してほしい。俺だって花江さんの心労については気になっていたし、三姉妹も心配だと話していた。
テレビで見る花江さんは女優オーラ全開で、それでいてバラエティ番組の司会や共演者とあらあらウフフと華麗なトークをしているけれど、裏では緊張とストレスでふらふらになっておられるのだ。
高畑社長にこのままではダメだと話をしても、本人が望んでいる事だから、君達の為に動いてくれているんだからと、あくまで花江さんの意思を尊重した立場を崩さない。
確かに花江さんは俺や夏希、姫子の為に望んで映画の番宣をしてくれているのだけれど、だからこそ実情を知っている俺や賢一さん達は辛い訳で。
「ちょっとずつやつれて行っているような気がしてな……。何とかしてやりたいんだ、頼む」
いやね、その発言だけ聞くと愛する妻の為に娘婿に対して頭を下げる良き夫って感じなんですが、せめてお姉さん達の肩から手を離してさ、脚も組むの止めてさ、ちゃんとしてくれません?
頼む、って言いながらお姉さんが差し出したグラスに口を付けてる場合じゃないですよ。別に頭下げてほしいって訳じゃないのにとっても釈然としない気分になって来た。
「言われなくても止めてほしいと思ってますよ。俺が言っても聞き入れて下さらないから困ってるんじゃないですか」
いかんいかん、ムっとした感情を乗せて言ってしまった。まぁまぁと隣のお姉さんが取り成そうとしてくれるけど、今の状況的には逆効果だ。腕を組まれそうになったのでさっと身を前に屈めて避ける。
「賢一さん、まずは高畑社長に花江さんの自宅での様子を伝えるべきですよ。疲れ切っていると。心労で倒れそうな様子であると。
俺が言っても社長は分かってくれませんでした。花江さんの旦那であり、高畑社長と昔からお付き合いのある賢一さんから言って下さいよ」
いや、そもそも賢一さんが花江さんに言えばいい話なんだよ。無理するなって。見てられないって。お前が心配だからもう止めろって言えばいいんだよ。それなのにこのオッサンはお姉ちゃんに囲まれて、酒飲ましてもらいながら、娘の旦那、いや旦那ではないけど、彼氏? いや何でもいいが。とにかく俺に頼むだって? 何言ってんだこいつ。
「俺が言っても聞かんから言ってる」
はぁぁぁ~~~???
俺が言っても聞かんから言ってる? 女侍らして酒飲みながら何を偉そうに!
「だから俺が言っても聞いてくれなかったって言ってるじゃないですか!? 俺の為に身を削って下さってるのは分かってますよ、だからこそ俺の言う事聞いてくれないのは仕方ないじゃないですか!
だいたい何で花江さんが心配だって話をこんな場所でする必要があるんですか? 花江さんに聞かれないようにであればオフィスで良かったじゃないですか。わざわざこんな場所に呼び出して、酒飲んで女の肩抱いてする話じゃないですよね!?」
VIPルームなので他の客はいない。個室だから思いっ切り叫んでしまった。お姉さん達は慣れているのか、大きな声を出しても顔色1つ変えなかった。頭のどこかでこの人達もプロなんだなぁと思いつつ、さらに賢一さんへ想いをぶつける。
「俺だって心配ですよ! 自分達の為に花江さんが辛い思いをしているのを見るの、心苦しいですよ。でも大丈夫だからって、笑うだけなんですよ。そんな笑顔見たくないのに……」
「だからそこを何とかしてくれと言ってるだろう。俺が言ってもダメなんだ、お前が何とかしろ。撮影自体はもう終わったんだろ? 番宣なんて自分ですればいいじゃないか」
いやだから俺が番宣に時間を取られずにプレイヤー業やリアル迷宮の準備、ハイスペックスのオープン準備にと本業に専念出来るようにと花江さんが頑張ってくれているんじゃないか! この人だって分かってるはずなのに何でそんな言い方するんだ!?
あ~~~、もう何か本気でイライラして来た。このオッサンこんな人だったっけ? もういいや、やるなら徹底的にやるしかないか。
俺は立ち上がり、賢一さんを見下ろし指さして言い放つ。
「あんた最低だな! 花江さんが何で自分を犠牲にして芸能界に復帰したのか分かってないのか!? 娘の為、娘の事業の為にって自分の出来る事をしているんじゃないか、その気持ちが分からないのか!!?」
ここまで言って分からないなら仕方ない、後は賢一さん抜きで花江さんに掛け合うしかない。もういいからテレビに出るのを止めてゆっくりして下さいと、みんなで訴えかけるしかない。
俺に怒鳴られたのが気に障ったのだろう、賢一さんも立ち上がり口を開く。
「こんなところで言い合いですか、仲が良くて羨ましいわ」
開いた口から言葉が出る前に、俺の背後から声が聞こえて来た。花江さんだ。何というタイミングでこんな場所に……。
「ひかりちゃんに聞いて来てみれば、まぁまぁなんと言うか……」
うっ……、後ろを振り向けない。花江さんが極度の上がり症であるのにも関わらず、俺達の為に頑張って映画の番宣をして下さっている裏で、しかもこんな場所で賢一さんと会っているところを見られてしまった。申し訳なくてギュッと胸が締め付けられる。このオッサンが花江さんにどう思われようとどうでもいいが、俺は違うと言わないと。花江さんが報われない。
「違うんです花江さん。賢一さんと俺は、花江さんの番宣を含む芸能活動をどうやって止めてもらおうかと話し合いをしていただけなんです。
賢一さんが何でこんな場所に呼び出したのかは知りませんが、精神的に疲れておられるであろう花江さんを見ているのが辛いから、何とか止めないないかという話をしていただけなんです」
花江さんは俺の言い分を黙って聞いて下さった。賢一さんがお姉さん達に下がってくれと合図を出し、VIPルームには俺達3人だけになった。
「なぁ花江。人の為に頑張るのはとても良い事だ。でも無理し過ぎはいかん。俺も娘達も優希も心配している。自分の為に頑張っている人がどんどんやつれて行くのを見ていて、心配しない訳がない。
自分のせいだと、申し訳ない気持ちになるだろう? 今の優希がそうだ。お前の為に俺に食って掛かって来て、止めさせるようにと怒鳴って来た」
あれ? このオッサン、何か良い雰囲気にしようとしてないか? むしろこの展開に持って行く為にわざわざこの場所で、俺を怒らせるような空気を作っていたのでは?
「自分の女の父親に怒鳴れる男がいるか? それもその女の母親の為に。娘達は良い男を捕まえたと思わんか?」
「あなた……」
花江さんが大きくため息を吐いた後、賢一さんの隣へと座る。やれやれと言うようは顔をされている。そう言えば花江さん、芹屋さんに聞いてここに来たって言ってたな。宮坂家メイド長もグルだという訳か。これは一杯喰わされたな……。
「俺から高畑に言っておくから、な? もう無理するな。優希もそう言ってる」
俺をダシに使って、一芝居打って、花江さんをほだそうという作戦だったようだ。賢一さんの企みは上手く行きそうな雰囲気。それならそうと言ってくれれば良いのに……。はぁ、俺の心労がマックスになった。
「私は悲しいわ。旦那とは怒鳴り合うほど仲が良くなったというのに、娘婿は私に対してはまだ心を開いてくれていないようなのがとっても悲しいの……」
よよよっ、とハンカチで目元を拭う花江さん。う~ん、伝説の名女優が臭い芝居をしている。わざとらし過ぎて見ていられない。
これはあれだろ? 俺にお義母さんと呼ばせようという誘導だろ? 別に言ってもいいし、お義母さんと呼ばせて頂くのは非常に光栄なんだけど、こうも露骨に誘導されると心が拒否反応を示してしまうんだよな……。
にっこにこの笑顔で俺に目で訴えかける賢一さん。ほら早く、今だぞさぁ言えと語る目つき。嫌だぁ、言いたくないよぉ……。チラチラと俺の顔を窺う花江さんといい、賢一さんといい、調子がいいもんだ全く!
「はぁ、分かりました言います言えばいいんでしょ!? ゴホンっ。
……、お義母さん、俺の為に無理して芸能活動をしてくれてありがとう、感謝してる。でも、もう無理しなくていいから。十分宣伝してもらったから、後は俺に任せてほしい。落ち着いたらまた改めてお礼をするから、今はとにかくゆっくりと休んでほしい」
「……、ふぅ。分かったわ。私から言い出した手前、止め時を見失ってたかも知れないわ。ちょっとムキになってたところもあるし。
ふふっ、改めてお礼なんて必要ないけど、そうね。お義母さん、期待して待ってるわ」
良かった、言わされるだけ言わされて言う事聞いてくれないパターンじゃなくて。賢一さんに乗せられた形にはなったけど、心配していた花江さんが元の生活に戻ると言って下さったので結果オーライという事にしておこう。
「花江、もう無理はするなよ。俺はお前のように芸能活動を通して優希を応援する事は出来んが、正直見ていられんかった。お前の気持ちもよくよく分かるが、お前が心配で堪らなかった。もう身体を壊すほどに突っ走るのは止めてくれ、な?」
「まぁ、あなたったら……」
お~っと、今度は賢一さんが臭い芝居をする番なのか? しかも伝説の名女優がクラッと来てる感じだし。もう付き合ってらんないわ、お暇するとしよう。
「花江……」
「あなた……」
はいはい、末永くお幸せにぃ~。




