真実はいつも1つ、とは限らない
「ひーちゃん、どうしたの? 急な事でビックリしたんだけど……」
「なっちゃん、ゆーちゃん、全てはミナの陰謀なの」
なな、何だってーーー!?
「えっと、姫子。なっちゃんとゆーちゃんって、誰?」
はい、アウトー!!
名探偵が喋り始めると別なトラブルが発生するパターンですね。
俺こと希瑠紗丹こと桐生優希。
結城エミルこと潮田夏希。
ひめこと橋出姫子。
この3人の関係性を明確にすると、俺達にとっては不都合な真実が曝け出される事になる。こういう問題について、ひめは割とあっけらかんとしているので、俺と夏希が慌てないといけない場面も多い。
ゆーちゃん、なっちゃんと俺達を呼んだ事について、村田ミナさんがひめに対し不思議そうに尋ねる。
それはそうだろう。紗丹と2人で稽古をしようとしているところへ、共演者である姫子がエミルの手を掴んで現れた。そしてゆーちゃんなっちゃんと口にすれば、ミナさんは誰の事を言っているのか分からないのは当然だ。
いや、さすがに分かるか。
「ひーちゃんってのは姫子の事だって分かるけど、という事はなっちゃんとゆーちゃんはエミルちゃんと紗丹君の事かな? つまり3人は個人的にとても仲が良いって事なのか」
おっとここにも名探偵が。いや、やっぱり分かったみたいですね。
「で、エミルさんはなっちゃんですか? ゆーちゃんですか?」
エミルの背中を追い掛けて来た武藤歩も参加する。合計5人の共演者が集合した訳だ。
ここで俺達の関係を出すのはマズイ。芸能界のスキャンダル、それも撮り始めたばかりの映画についてのゴシップなど芸能記者の格好の餌食にされる。
歩に訪ねられた夏希がオロオロとしながら俺とひめを見る。どうするのが最善か。ここは曖昧に返事をしつつ有耶無耶にして映画の撮影へ戻るよう促すか、それとも……。
大波監督の状況を確認すべく視線をやると、スタジオの端で腕組みし、ニヤニヤとした表情を浮かべてこちらを眺めている花蓮さんが目に入った。
あの人、マジでこの状況すらも金に換える算段が付いているかのような余裕の態度。それとも単純に俺が困っている顔を楽しんでいるのか……。サブマネージャーを名乗るなら何とかしてくれよ!
「ゆーちゃんは優希、なっちゃんは夏希。私達は仲良し3人組みなの。ミナが武藤君に気を回しているのは分かるけど、私達の仲を裂く事は不可能。諦めて」
いやいや、ひめよ。優希だ夏希だと言っても、結局俺と夏希のどちらがゆーちゃんでどちらがなっちゃんが分からんから。2人とも男でも女でも違和感のない名前だしな。
「エミルさんは姫子ちゃんにゆーちゃんって呼ばれてるんですか? 同じ事務所だけあって仲が良いんですね!」
ほら、さっそく歩が勘違いしてる。別に勘違いのまま放置してもいいんだけど。ミナさんが目を瞑って何か考えている様子なのが少し気になるが。
「えっと、歩君。私と優希、紗丹君は幼馴染みだって知ってるよね? 紗丹君の事を、その……、普段はゆーちゃんって呼んでるの。で、私がなっちゃん」
「エミルさんがなっちゃんだったんですか!」
うわー、夏希がこいつからなっちゃん呼ばわりされんの無性に腹立つんだけど。そして夏希、普段はなっちゃんゆーちゃんと呼び合ってないよな?
「それでひーちゃん、ミナさんの陰謀ってどういう事?」
そうだった、そもそもひめが陰謀だ何だと言い出したからおかしくなったんだ。俺とミナさんが2人で稽古するところに割り込んで来たひめの真意を確認しないと。
「ミナはなっちゃんと武藤君をくっつけようとしている」
「へっ!?」
真っ先に反応を示したのは歩だった。口をポカンと開けてすごく間抜けな顔をしている。そしてミナさんはひめの言葉を受けて俯く。
えっと、図星?
「以前舞台で共演した時に好きな人がいると言っていたから、ミナが優希狙いじゃないのは分かってる。恐らくミナが武藤君に気を回すのは、友情から来る応援したいという気持ち。
武藤君が向けるなっちゃんへの目を見れば、誰だって親愛の念に気付く。ミナは自分自身が恋をしているからこそ、同じく恋をしている武藤君にチャンスを与えたかったのよ。
そうでしょ? ミナ」
俺が観に行った舞台で、ミナさんは公爵家令嬢の役でひめと共演していた。確か役名は……、アンヌとか言ったかな。ひめが演じたアンジェルの主である主人公のリュドヴィックと結ばれる役だ。
「えっ、ミナに好きな人がいる、のか?」
間抜けな顔だった歩の表情は、今や驚愕に染まっている。そんな事など思ってもみなかった、というようは反応。
ひょっとしてこれ、名探偵ひめこちゃんの勘違いなんじゃないか?
「今は関係ない話。それよりも、あなたがなっちゃんを狙っている事の方が問題なの。
なっちゃんはゆーちゃんのもの。そして私もゆーちゃんのもの。あなたに入る余地はないの、諦めて」
あ~あ、ハッキリと言い切っちゃった。さてどうしよう。俺はともかく、エミルも姫子も現在ノリにノッている状況だ。大手事務所である高畑芸能事務所の力を借りて歩とミナさんに圧力を掛けるか、それとも宮坂家の……。
「いやいやちょっと待ってくれる? 俺は別にエミルさんに対して恋心を持っている訳じゃない。単純に女優さんとして尊敬しているだけなんだけどな」
「えぇっ!?」
今度はひめが驚愕の表情を浮かべる。いやまぁちょっと考えれば分かる話で、名探偵役はひめにはまだ早かったんじゃないかと思うんだけど。
俺もちょっと歩のエミルに向ける視線にそわそわした事は否定出来ないが……。
そうだ、もう手っ取り早くこの2人をくっつけるか。ミナさんも歩も同じく芸能人。同じスキャンダルを抱えた者同士、上手くこの場を収める事が出来るんじゃないだろうか。
「歩、この際だ。もうハッキリ言っちゃえよ。俺から見てもお前の気持ちはバレバレだ。どうせ俺達3人の関係も伝わっちまったんだからさ。
そうした方がこの5人はやりやすくなる」
言っておいて何だけど、すごいチャラいキャラだな俺。これも歩の為、ひいては俺達の為だ。今は気にしている場合じゃない。
「紗丹……、分かった。
ミナ、こんな状況で伝えるのはどうかと思うけど、俺はお前の事が好きなんだ。さっきも言った通り、エミルさんは尊敬する女優さんだけど、恋愛感情はない。俺が好きなのは、お前なんだ!」
「えっ? 歩が、私を……?」
ミナさんは歩の事が好きだった。でも、好きな人が向けるエミルへの眼差しを見て歩の気持ちに気付いてしまう。好きな人の為に、自分が出来る事は何なのか。
好きな人の幸せを願う女の子、ミナ。エミルの幼馴染みである俺をエミルから遠ざけ、歩とエミルが近付く場を作る。そして、2人が幸せになってくれればそれでいいと、身を引くのだ。
さぁ、ミナさん。後は貴女が歩の本当の想いに応えるだけだ!!
「……。ごめん、歩。私、付き合ってる人がいるの」
え?
「凛堂さん入られました~」
スタジオの入り口の方から、夢子役の凛堂奈央香さんのスタジオ入りを告げるスタッフの声が聞こえた。
「あら? 演者が5人も隅っこに集まって、一体何の話をしているのかしら?」
「なお! 遅いじゃん、淋しかったんだからねっ!!」
えぇ?
「ちょっと、みんなの前で抱き着かないでくれる?」
「えへへっ、いいじゃん別に。仲が良いのはいい事だよ?」
付き合ってる人って、奈央香さん……!? えっと、百合カップルって事か? さすが芸能界、奥が深いな。
「で? 今どういう状況なの?」
「あ、うん。えっとね、歩がエミルちゃんの事好きなのかなぁって思ったから、くっつけてあげようと変に気を回しちゃったのね。そしたらエミルちゃんと紗丹君と姫子が付き合ってて、私が歩に告白されたの」
大惨事だ。ただの勘違いで俺と夏希とひめの関係が第三者から口外された。大惨事だ。
いや、大丈夫だ。ここには花蓮さんがいる。何だかんだ言って助けてくれる系マネージャー、花蓮さんがここで登場する!
いねぇじゃねぇか! どこ行ったんだあいつ、さっきまでそこでニヤニヤしてたのに!!
「え、でも何でミナちゃんは優希と2人きりになろうとしたの?」
「2人きり? ただ私は紗丹君をエミルちゃんから引き離そうとしただけだよ」
何だよ、結局勘違いと勘違いと勘違いしかないじゃないか……。その上で歩は振られ、ずっと固まったまま動けないでいるし。今後の撮影大丈夫か? まだ撮影は始まったばっかなんだけど。
「はい皆さん、ぼちぼちいいかな? 演者同士仲が良いのはいい事だけどね……」
おっと、大波監督が来てしまった。事態の収拾は付いていない。このまま俺達3人の関係が噂になり、そして歩は使い物にならないままだ。どうすればいい……!?
「何よ達彦さん、私が他の演者と仲良くしてるからってぇ、妬いてるんですかっ?」
「ふんっ、そんな事ないよ。それにここではちゃんと大波監督って呼びなさいって言ってるだろう?」
「いいじゃんちょっとくらいっ! でもね、エミルちゃん達の秘密を知っちゃったから、大丈夫だよ? お互い様だし、誰も言わないよっ」
「秘密? 秘密って何の?」
「達彦さんにも秘密ぅ~」
「ええ~、教えてくれよ、俺とミーちゃんの仲じゃないか」
……、ミナさんが付き合ってるのは奈央香さんじゃなくて、大波監督だった、と。はい、じゃあ戻りましょうか。
「歩、大丈夫か?」
反応がない、ただの振られた男のようだ。はぁ、どうすんだよこいつ。
「あのっ、歩君? 女なんて他にもいるんだから、ね? そんなに気にしないで? ほらっ、一緒に行きましょう?」
奈央香さんが歩の腕を取って歩き出す。えー……。
「なるほど、奈央香さんが歩君とくっつけば、全てが丸く収まるって訳ね。ここは名探偵なつきちゃんが……」
「いやもう止めとこっ!?」
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